白鬼

藤田 秋

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第十章 仁義なき文化祭!

10-5 突撃! 隣のメイドさん!

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「ねぇねぇ」
 珀弥君がいなくなった後、二人の女子がこちらに近寄ってきた。噂好きの曽田そださんと、ふわふわ系美少女の室町むろまちさんだ。

「千真ちゃんって、黎藤君と付き合ってるの?」
 室町さんが周りを窺うように小声でそう尋ねてきた。どストレートですな。

「はい!? そのような事実はございませんが!」
「えー! 付き合ってないの!? 二人とも仲良いじゃん!」
 驚きのあまり、声が裏返る。何? 付き合ってる? まさか。
 曽田さんは『意外だ!』と言うように、若干オーバーリアクションをする。

「そんなに仲良く見える?」
「見えるよ! っていうか、黎藤君の千真ちゃんに対する扱いが他の子と違うっていうの?」
「えっ、嘘だー」
 他の子と違うのかなぁ。
 珀弥君は誰にだって分け隔てなく優しい人だし、誰かに接する上で差別はしないと思うけれど。ただし翼君は除く。

「あーっ、神凪さんって鈍いタイプ?」
 曽田さんは目を三日月のように細めて、クスクスと笑った。

「運動神経は皆無です!」
 キリッ。私ほどスポーツの才能が無い子は、なかなかいないと思う。

「いや、そうじゃなくて……」
 苦笑する曽田さんに代わり、室町さんが口を開いた。

「千真ちゃん自身は、黎藤君のこと、どう思ってるの?」
 彼女はモジモジしながら整った眉を下げ、不安そうに私を見た。可愛いなぁ。
 珀弥君は私の恩人だし、いつも優しくしてくれるし、一緒にいると心地よい。

「うーん、好きだよ」
 そう答えた瞬間、翼君が飲んでいた飲み物でむせた。彼は激しく咳き込みつつ、大笑いしてる。え、大丈夫?

「悪ィ、悪ィ、お気、に、なさらずっフゥッ!」
「本当に大丈夫?」

「えっと、それって、友達として? それとも……恋愛感情として……?」
 室町さんは更に不安そうに、顔を蒼くする。
 友達として? うーん、彼を『友達』って言うのは何か違うなぁ。恋愛感情として? いやいや、そんな。恋心とか、わからないし……多分違う。

 じゃあ、彼に対する『好き』って何だろう? 

「わからないなぁ」
 この感情は、何かの枠に括れるものじゃないのかもしれない。

「え……」
「じゃ、じゃあさ、神凪さんは黎藤君の彼女になりたいとか、そんな願望とか無いの?」
 驚いたように目を見開き、言葉を失う室町さん。そんな彼女を見かねた曽田さんが、とんでもないことを聞いてくる。

「まさか! そんなことないよ!」
 珀弥君には、もっと聡明な女性がお似合いだろうし。私なんか、もったいないよ。
 それに、この心地よい距離感が無くなるのが、怖い。

「ホント!? 室まっちゃん、やったじゃん!」
「う、うん」
 曽田さんはパァっと明るくなり、室町さんは安堵したように胸に手を当てた。
 翼君はまた吹き出し、腹を抱えながらプルプルと震えている。さっきから、何が彼のツボに入っているのだろうか。

「室、まっちゃん、が、ガンバッ! あいつ、難易度たっけーから」
 翼君は笑いを噛み殺しながら、親指を立てる。難易度って何じゃらほい。

「あ、ありがとう」
 室町さんは戸惑いつつ、頷いた。翼君の勢いに若干引いている。

「じゃあね、変なこと聞いてごめん」
 彼女は私に少し頭を下げると、そそくさと離れていってしまった。
 曽田さんは翼君の話を詳しく聞きたそうにしていたが、室町さんについていく。

「何だったんだろ?」
 二人の後ろ姿を見ながら、ぽつりと呟いた。

「千真ちゃんってガチで鈍いんだな。スゲーわ」
「言っちゃ悪いけど、筋金入りの鈍感娘さんだね」
 翼君と志乃ちゃんは、うんうん、と頷き合った。失礼な!



「で、そん時さ、珀弥のヤツ……おふん!」
 翼君が珀弥君の面白エピソード暴露ショーが、オチに差し掛かったときだ。
 突如、素早いものが空を切り、翼君の顔面に鋭い蹴りを入れた。彼はその反動で仰け反る。
 ダイナミックなハプニングに、クラスは静まり返った。

「翼君!?」
「あちゃあ、自業自得ね」
 私はびっくりして声を上げたが、後から会話に混ざってきたなっちゃんは冷静に飛来物に目をやった。
 彼女の視線を辿ると、そこには黒い艶々の髪を長く伸ばした女の子がいた。

 女の子が、いた?
 床に華麗に着地したその子の顔は、私たちに背を向けている所為で見えない。

 黒に近い藍色のスカートと袖。肩にフリルがあしらわれた、白いエプロンらしきものを着用しており、何となくメイドさんに見えた。
 しかし、女の子にしては背中が広いし、屈んでいても背が高いのが分かる。

 スッと、彼女(?)は顔を上げ、こちらを向いた。光の灯っていない、暗い緑色の視線が翼君を突き刺す。

「不躾な話はそこまでですよ、ゴシュジンサマ」
 裏声ではない。落ち着いた雰囲気の女声で、珀弥君は翼君にそう言い放った。
 いつもは優しい低音ボイスの珀弥君が、完璧なアルト声を出しているのだ。

「えぇ!? 珀弥君の声帯どうなってんの!?」
「そこかよ! って、まぁ、そこもだよな」
 翼君は体勢を立て直すと、私にツッコミを入れた。

「あら、そこそこ似合うじゃない。顔だけ」
 なっちゃんは笑いを噛み殺しながら、珀弥君を見る。

 恐らくマスカラで盛られたのであろう、長い睫毛。アイラインが引かれ、目は従来より更にぱっちりしている。
 白い頬には、ほんのり赤みが乗っており、唇はナチュラルカラーのグロスで輝いていた。

 確かに、顔は清楚なお姉さん系で似合っているんだ。顔だけは。しかし、こちらを向いてよく分かったことがある。

「お、おまっ! ゴツイ! すっごいゴツイ!」
 翼君はヒーヒー言いながら、近くの机を叩いて爆笑した。

 長身で意外と筋肉質な珀弥君に女物の服が合うはずもなく、ぱつんぱつんになっていた。
 本来、そのメイド服は、正統派長袖ロングスカートだったのだろう。
 しかし、袖は七分丈になっているし、スカートは膝丈である。体格のミスマッチにも程があるだろオイ。

「うっるせぇボケがぁ! テメェもこうなるんだろうが! **の穴から直腸引きずり出されてぇかよ手羽先野郎!!」
「エグいなオイ!!」
 珀弥君は目を剥きながら、地声よりも低い声音で発狂した。綺麗にお化粧をした顔が台無しだ。
 やや笑いかけていたクラスも、彼の剣幕に若干引いている。

 いつも丁寧な言葉遣いの彼が、こんなになるなんて!

「珀弥君っ……! キャラが崩壊してるよ!」
「チマ、ちょっとズレてるわよ」
「おっと。僕としたことが」
「今さら繕ったって遅せーぞ」
 いつものにこやかな珀弥君に戻ったが、翼君の言う通り、手遅れだと思う。
 だって皆、もう何も信じないって顔してるもん。

「随分似合ってるじゃないか、そのウィッグ。まるでお前の為に作られた物のようだ」
 遠巻きに珀弥君を見ていた薄井先生は薄笑いを浮かべながら、カツラに隠された薄い頭を触った。

 何か物凄く根に持ってるよね? 珀弥君には後で丁重に謝っておこう。

「先生。これ、未使用ですか?」
 今更聞くのか、それを。

「そうだ」
「良かったぁ」
 薄井先生が頷くと、珀弥君は小さくガッツポーズを取った。本人の前でやるんじゃない。

「それでいいのかお前」
 翼君と同じ意見だ。というか、もし『使った』と言われたらどうするつもりだったんだろう。

「中年のおじさんの頭に乗ってないだけ、まだ精神的に救われたかなって」
「だから本人の前で言うなって!」
 翼君と私は珍しくシンクロした。気が遣えない辺り、珀弥君はそろそろ自暴自棄になってきている。

「黎藤、後で職員室な」
「私は田中です」
「何で田中なんだよ!」
 何故か違う姓を名乗った珀弥君に、先生は青筋を立てた。
 しかも、珀弥君は先程とはまた違う質の女声で、そう言ったのだ。

「珀弥君、特技多くない?」
「気のせいだよ」
 絶対気のせいじゃない。芸の無い私に謝れ。それどころか運動音痴設定を付与された私に謝れ。

「折角だから、文化祭は男子全員裏声で話してみたらどう?」
 なっちゃんは思いついたように、ポツリと提案した。

「それいいかも!」
「うわぁ、きもっ……」
「ちょっ、うける!」
 その言葉に、女子は笑いながら賛同する。男子は顔を引きつらせ、首を横に振った。

「おい、ナツ。男子が全員珀弥並みの技能を持ってるわけじゃねーんだぜ?」
 翼君が口を尖らせる。

「知ってるわよ。ただ、裏声の方が気持ち悪くてインパクトがあるってだけの話」
「それはそれでひでーな!」
「外見だけでも十分凶器なのにね」
 珀弥君、自分で言うな。

「そうね。でも、サイズくらいは何とかしたいわよね……」
 なっちゃんは、珀弥君の顔から下の凶器を眺めた。何回見ても不恰好なメイドさんを、知り合いだと思いたくない。

「全員分の衣装とかも、どうするの?」
 不安そうな意見が寄せられる。
 メイド服と燕尾服を着ることになったが、肝心の衣装が無い。

 わざわざ買うにしても高いし、作るにしてもかなり手間が掛かる。まぁ珀弥君なら簡単に作りそうだけど。
 その辺はどうするつもりだったのだろう。

「ふふ、この為の伏線は既に張ってあるわ」
 なっちゃんは不適な笑みを湛え、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた。まだ何か策があるとでも言うのだろうか。

 直後、なっちゃんの言葉の意味は、一人のクラスメイトによって明らかになったのだ。

「その心配はないさ」
 クラス全員がその声の主に注目した。
 珀弥君はピシリと固まり、顔を引きつらせる。笑いのツボが浅い翼君は、それを見て吹き出した。

「全部、ボクが用意するよ」
 まさかの救世主、お金持ちの二階堂君だ。
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