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第十章 仁義なき文化祭!
10-2 今度こそ上手い話には裏がある
しおりを挟むドヤ顔でのたまうのは、どっかのお家の御曹司の二階堂君だ。成金との噂もある。
ボンボンって意味では翼とキャラ被りするな。生きてる世界は違うけれど。
彼は両手を広げ、優雅に仰け反った。黒いロングヘアーが、さらりと流れる。よくわからないが、恐らく決めポーズのつもりだろう。
「君は神凪君と随分親しい様だが、いくら積んだのかね?」
「はい?」
いきなり何を仰っているのだね?
「ふん、君のように冴えない庶民風情が彼女と接するなど、分不相応なのだよ。金を積まない限りはね」
う、うわぁ、出たぁ~。嫌味なテンプレ金持ちキャラだぁ~。全てマネーで何とかなると思っている人種じゃないですかー! 本当にいるんですかこういう人ー! すごいな!
給料はあげてるから、金を積んでいるのは間違ってはいない。彼女にはそれ相応の仕事をして貰っているからこそ、なのだが。
それにしても面倒くさい奴だな。ちょっと黙らせてやろう。
「五月六日の五限、体育にて千真さんのスカートを新品のスカートと入れ替えて盗難した二階堂君。そういう言い方はいけないと思うよ」
ぴしり、と場の空気が凍った。
「何の、話かな……?」
ピクリ、と肩を動かす二階堂君。
「いえ、別に。五月十三日、三限の移動教室にて千真さんが口を付けたペットボトルを回収した二階堂君。ああ、スカートは不慮の事故で汚しちゃったから、お詫びに新しいスカートを弁償したよ」
千真は遠慮してたけれど。
しかしながら、穢れの付いた衣服を、巫女様に纏わせるわけにはいかないだろう。
「さっきから、適当なことを」
「言ってると思う?」
ずい、と彼の目の前に突き出したのは、彼の犯行を収めた携帯電話のカメラ写真。シャッター音消し協力は翼。
「庶民は影で彼女を慰みモノにしている君と違って、真正面から普通に接しているだけだ。わざわざ金で釣る必要あると思う?」
この言葉は二階堂君に限らず、他の男子にも向けたものだ。自分から歩み寄らずして、他人の親交を妬むなど筋違いだ。
翼は例外だが。アレは何に対して妬んでいたのだろうか。
二階堂君が口を結んだところで携帯電話を畳んだ。そして、そのまま仕舞おうとした時だ。
「調子に乗るな!」
彼は僕の手から携帯を引ったくり、曲がってはいけないところまで開いた。これは、逆パカ……ッ!
必要以上に曲がった携帯が、彼の手から滑り落ちた。その流れで不自然に足が乗った。
ばき、と御愁傷様な音が響く。
「あ」
少しだけ間の抜けた声が出る。
だって、僕の携帯が目の前で殉職したのだから。周りで見ている皆も、口をぽかんと開けて見ている。
「あぁ、ごめんよ。つい手足が滑ってしまってね」
二階堂君はしたり顔をして心無い謝罪の言葉を言う。足は更にぐりぐりと携帯を潰しているが、不自然にも程があるだろう。
「手が滑ったなら仕方がないね。でも大丈夫」
わざとだろうがこの野郎、なんてわざわざ口には出さない。
僕はズボンのポケットに手を突っ込み、中身を漁った。指先に堅く薄い物が触れ、それを取り出す。
「バックアップは完璧だから、気にしなくていいよ」
いつ何処で何があるかわからない。当然、SDカードにバックアップは取ってある。これで、証拠も電話帳もばっちりである。
更に他の記録媒体にも保存してあるため、この場での完全な証拠隠滅は不可能だ。
二階堂君が携帯を粉々にしてくれたおかげで、スマホに替えるキッカケが出来たし、万々歳。今までありがとう、ガラケー。さようなら、ガラケー。
彼の顔はサッと青ざめ、苦虫を潰したような表情で僕を睨み付ける。
「いくらだ……」
絞りだしたようなその声は、怒りと屈辱で震えているようだった。
「何? お金で情報を買うの?」
「そうだよ。さぁ、値段を言ってみろ……!」
こんな高圧的なお客様は嫌だ。
「今値段を言ったところで、そのお金はどこから出るの?」
二階堂君は眉をひそめた。君は何を言っているんだ、という表情だ。
「もちろん、このカー……」
「へぇ、パパのお金で?」
わざと煽ってみると、彼はワイシャツの胸ポケットから豪奢な色のカードを取り出しかけ、ピタリと動きを止めた。
カードをそのまま入れているなんて、意外と無用心のようだ。
「あれ、どうしたの? 証拠隠滅したいんでしょ?」
わざとらしく追撃してみる。
あまり売れないおみくじ(定価百円)を手書きで全て作製とか、『心霊現象の相談乗ります』とか胡散臭いポスターを出してゴーストバスターとか、したことが無いだろう、貴様。
君の気に入っている千真が、バイトをしながら貧乏生活を送っていたことを知らないだろう、貴様。
ホームレスになったときの彼女が、あまりにもやせ細っていたことを知らないだろう、貴様。
「親の七光りで威張ってそんなに楽しい?」
沈黙し続ける二階堂君に、僕はそっと引導を渡した。
少しの沈黙が流れた後、二階堂君は突然肩を震わせる。
「ふ、ふふふ……」
静かに不気味に、彼の口元が弧を描く。
俯いているため、口以外の表情はわからない。また、何か言ってくるのだろうか。はたまた、手を不自然に滑らせるのか。
何も言わずに様子を見ていると、彼は顔を上げた。その顔に浮かんでいる表情は、思いの外清々しい。
この数十秒の間に何があった。
「やられたね。今回は負けを認めるよ」
「は、はぁ」
前髪を掻き上げ、ふっと笑う二階堂君。
まるで、正義の味方に改心の一撃を食らった後の悪役のような、晴れやかな雰囲気を纏っている。
え、何で? さっき凄く嫌な奴だったじゃん。早くね? 意外と潔くね?
「ここまでボクに楯突いたのは、君が初めてだ。好敵手と認めてもいい」
「はは、そう……」
いえ、結構です。鬱陶しいから好敵手にルビを振らないでほしい。
「しかし、次は負けな——」
「男子ィ! ちょっと聞いてー!」
ここで二階堂君の台詞を遮るように女子陣から声が掛かり、男子陣は一斉にそちらを向いた。
皆の注目が集まったところで、雨ヶ谷さんは不敵な笑みを見せ、口を開く。
「やっても良いわよ、メイ……コスプレ喫茶」
……は?
反応が薄い男子に眉をひそめ、雨ヶ谷さんはもう一度繰り返す。
「コスプレ喫茶に賛成、って言ってるんだけど」
男子は目をぱちくりさせ、そして歓声を上げた。そりゃそうだ、あんなに拒否されていたメイドカフェ案が通ったのだから。
だから、嫌な予感がするんだ。
何故、『コスプレ喫茶』って言い換えたんだ?
「翼」
「あぁ、ナツは何か企んでるぜ」
ノリとはいえ先陣を切って戦っていた翼も素直に喜ばず、不信感を露わにしている。それだけで、僕の嫌な予感は的中することが確定した。
「これで女子は妥協したわ。だから、こっち側の要望も聞いてくれるわよね?」
「はいもちろん!」
「喜んで!」
「踏んでください雨ヶ谷さん!」
馬鹿野郎共! 言質取られてんじゃねぇよ!! おい、気付け! 早く気付け! 雨ヶ谷さんが悪い顔してるぞ。
まずいぞ、あれは何か良からぬことが起こる。
「あ、雨ヶ谷さん? そんな簡単に意見を変えちゃっていいの?」
「そ、そぉーだぜナツ! なんならお化け屋敷でも良いんだぜ!?」
顔を引きつらせながら説得を試みるが……。
「何言ってんだよお前ら!」
「黎藤はともかく、狗宮はどうしたんだよ!?」
「このまま行っちゃおうぜ!」
マジ黙ってろよお前ら! 上手い話には裏があるんだよ!
それに、今日は本気でヤバいんだよ。凶のおみくじを引いてしまったからな!
朝っぱらからパンイチにさせられたり、携帯破壊されたりしてる僕がいるんだぞ? 絶対とばっちり受けるぞ。
びっくりするほど厄病神だぞ僕は。
「いいのよ? ほら、チマも賛成だもんねー?」
「ねー!」
「何ッ!?」
千真を見ると、ほっこりとした顔で親指を立てていた。どうやって買収されたんだ。
いや、『どっちでもいい、雰囲気が怖い』って感じで中立にいたからな。千真はどちらに転んでもおかしくなかった、ということか。
「チマがやりたがってるのに、あんたは反対するの?」
「くっ……!」
くそっ! やられた!!
本人が乗り気なら、それを否定することなんかできない。
翼は元々賛成派だったし、今さら足掻いても説得力が無い。つまり、僕が折れたら反対派は実質ゼロになり、『コスプレ喫茶』案は可決に向かう。
楽しげな笑みを浮かべた千真が、僕の手を取った。その笑顔はあまりにも眩しい。
「珀弥君、やろうよ!」
「はい」
折れました。
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