白鬼

藤田 秋

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第九章 マスコットが増えるとそれなりに困る

9-8 運命の三分間

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* * * * * * * *

「よっと!」
「っ!?」
 刀を打ち合わせている最中、脚に衝撃を感じ、ぐらりと体勢を崩してしまった。翼の野郎、足掛けやがった。

 立ち上がろうとすると、野郎は切っ先を俺の喉に突き付け、にやりと笑う。

「はーい、しゅーりょー!」
 何言ってんだこいつ。

「は? まだ始めたばか——」
「うるせーうるせー! あの足掛けごときに反応出来ねぇくらいなら、ちゃんと休めっつーの! このMr.やせ我慢が!!」
 余計なお世話だ。身体はまだ動く。休む必要なんて無い。

「あーっ、今、余計なお世話だ。とか思っただろォ?」
 モノマネが微妙に似てて腹立つな。

「うるせぇ……俺はまだ、」
「戦える。ってか? バーカ、いい加減キャパ超えしてんの気付けよ」
 翼は俺の台詞を奪い、真剣な面持ちで言い放った。自然と背筋が伸びてしまう。

「限界を超えるまでやるなんて時代遅れだ。それ以上リソースを割いても何もならねぇ」
 冷たい目で俺を見下ろしながら、言葉を続ける。

「お前は今日一日、異常な速度で妖力を取り戻してきた。だが、一度に力を得過ぎると身体壊すぞ」
 翼は俺の喉元から刀を退き、刀身を鞘に収めた。その瞬間、奴の肩から力が抜ける。

「まだ、その身体は人間なんだからよ」
 その言葉を聞き、俺は自身に無理強いをしていたことにようやく気付いた。

 妖怪の力で強化されているとはいえ、ベースは人間の身体だ。やわな人間の身体に規格外の労働を強いれば、簡単に壊れてしまう。

 そもそも、自分の身体がどれだけ脆いか、知っていた筈だ。

「……悪かった」
「素直でよろしい」
 翼はいつものように軽いノリで言うと、手を差し伸べてきた。手を貸してやる、ってか?

「いらん」
「いらんキャンセル」
 自力で立ち上がろうとしたが、翼は強引に俺の腕を引き、半ば強引に立ち上がらせてきた。この野郎。

「アリガトサン」
「ドウイタスマステ」
 お互いに乾いた笑い声を上げた。捻くれた性格の二人が集うとこうなる。

 そして、翼はとんでもないことを言い出した。

「暇になったし、千真ちゃんの様子でも見に行く?」
「何故そうなる」
 どうしてあいつの名前を出すのか、理解に苦しむ。

「お前が深刻な千真ちゃん欠乏症かなぁ、と思って?」
 うはっ、オレやっさしー! って顔してんじゃねぇよ。いちいち腹立つなこいつ。
 とりあえず、意味不明な病気について聞いてみる。

「シンコクナチサナチャンケツボウショウって何だよ」
「千真ちゃん不在の影響で白鬼君の常に低いテンションが更に振り切れて低いことを指し同時に早く家に帰りたいが為にモチベーションが異常に上がることを指します」

 一息で言いやがった。せめて句読点付けろよ、読みにくいじゃねーか。

「俺はそんな病気じゃねぇよ」
「ふっ、ウブな少年よ。これは、自覚できない病なのサ……!」
 翼は顔に手を当て、気持ち悪いくらい反り返ってポーズを取る。
 何でこんなに芝居掛かった言い方をするのかもわからないし、そのポーズもよくわからない。

「羽もぐぞ」
 取り敢えず反応に困ったので、翼の翼(ややこしい)に手を掛けた。

「らめぇ! 翼君から羽もいだら異君になっちゃ——ちょっ、痛い痛い痛ッマジやめろ!!」
 裏返った叫び声が耳障りな為、手を離してやった。
 もげると痛いって、お前、人間の姿の時は身体の一部ねーだろ。既にもげてるだろ。

「何で事あるごとにあいつの話を持ち出すんだよ」
 俺の言葉に、翼は表情を引き締めた。そんな様子に、つい身構えてしまう。何を宣うつもりだ。

「そんなの決まってるだろ……!」
 彼の言葉から、その真剣さが伝わる。拳を固く握り、力強い視線をこちらに寄越した。

「お前をからかうのが楽しいからだろが!」
「よーし、そこに直れー。ぶった斬る」
 俺は鯉口を切った。



 気付いたら、神社の前にいた。
 あれ、いつの間にか翼の丸め込まれてねぇか? 油断ならねぇな、あの天狗。

 空は月が出ており、暗くなっている。朱塗りの鳥居を見上げると、相変わらずでかい。

「ほい、これで君もヒーローだ!」
 翼が懐から出したのは、何の変哲もない白い数珠だ。
 直径一センチ程の球が連なっており、それで構成された輪っかは、丁度ブレスレットになる程度のサイズである。

「何故にヒーロー? 俺は既に主人公ヒーローだけ——」
「説明しよう!」
 この馬鹿は俺の台詞を遮りやがった。
 ドヤ顔と、無駄に良い声がムカつく。日曜日の朝のナレーションで聞くような声だ。

「これをつけると神社の結界内でも問題なく動き回れるのだが、何と効果は三分しか保たないのだ!!」
 確か、地球で三分しか活動できないヒーローがいたな。なるほど。

「三分過ぎると?」
「オレらの苦労は水の泡」
「理解した」
 俺は数珠に手首を通した。これといって変化は無いが、本当に大丈夫なのだろうか。

「オレの術式ナメんなよ?」
「不安だ」
 そう言い残すと、俺は鳥居の向こうへ足を踏み入れた。後ろから翼の喚き声が聞こえるが、知らぬ存ぜぬ我関せず。

 三分なんて余裕だ。少し様子を見るだけなのだから。そう思っても、足が自然と速くなってしまう。この敷地の広さが恨めしい。
 さて、どこに行くか。

 あいつにとって白鬼おれは、名も知らない誰かだ。直接姿を現すのは憚られる。
 変化へんげを解けば良い話なのだが、途中で人間に戻っても努力が水の泡になるのだそうだ。
 とりあえず、全てはあいつの所在地次第なんだが。

 建物の横を通り、裏庭へと足を進めた。大木の彼岸桜が堂々とそびえ立っており、一際目立っている。

 ふと、家と本殿を繋ぐ渡り廊下が目に入った。そこに、小さな人影がある。

 音を立てないように、物影に身を隠す。あれは千真だ。まだ、起きてるのかよ。
 何か物思いに耽っているようで、虚空を眺めている。
 馬鹿かあいつは、風邪ひくだろうが。

「ッ!」
 突然、手首に締め付けるような痛みが走った。
 白かった数珠が黒みを帯びてきている。時間が押してるのか? 三分ってのは結構短いな。
 あいつの様子も見られたし、帰るか。
 風邪ひくなよ。

 足を出口に向けつつ、もう一度千真を見ると、苦しそうに胸を押さえていた。呼吸が荒くなっている。
 俺はすぐに方向転換し、駆け出していた。

 崩れ落ちるように傾く細い身体。俺は手を伸ばし、あいつの名前を叫んでいた。
 腕に寄り掛かってきた小さな身体は、軽くて、か細い。

 爪で傷つけないように慎重に抱え上げ、千真の部屋に向かった。



 彼女の部屋には既に布団が敷いてあり、寝ていた跡があった。また眠れなかったのか。
 素早く千真を降ろし、掛け布団を被せる。汗が出ているな、熱があるかもしれない。

「くっ!」
 手首を締め付ける力が更に強くなった。数珠の色が黒に近い灰色になっている。時間が無い。

 構うもんか。翼には悪いが、今はこいつを介抱してやらねぇと。

「だめ」
 聞きなれない、しかし余りにも懐かしい声が耳に飛び込んできた。

 息が止まりそうになった。いつの間にか目の前にいたの瞳の色が、翡翠の色をしていたからだ。

「……は」
「違う。僕は千真の式だよ」
 白髪に犬耳を携えた少年は、俺の言葉を遮った。

「最初からずっと見てたから、全部わかってる。後は僕がやるよ」
 幼い見た目には似合わない、しっかりとした話し方だ。彼は俺を真っ直ぐと見上げた。
 手首が締め付けられ、血が止まりそうだ。

「だが」
「君には早く帰ってきてもらいたいの。だから、行って」
 こいつは一体、何を言ってるんだ。
 様々な疑問が浮かび上がって来るが、彼はその質問すら許さないという顔をしている。そもそも質問する時間は無いが。

「……わかった。そいつに『家を開けて悪い。必ず帰る』と伝えておいてくれ」
 彼が頷くのを確認すると、俺は全速力で部屋を跳び出した。

***

 急いで鳥居を抜けると、手首に着けていた白い数珠が黒く染まり、粉々に砕け散ってしまった。

「ギリギリセーフってとこだな」
「あぁ、そうだな」
 出口で待っていた翼は、ホッとしたように胸を撫で下ろした。

「……」
 俺は振り返り、鳥居の奥を凝視する。千真は大丈夫だろうか。どうして、具合が悪くなったのだろうか。

 ……は一体何者なんだ。
 いや、本当は誰なのか、俺が一番よく知っているはずだ。

 だが、それを解き明かすのが恐ろしかった。

* * * * * * * *

「行ったかぁ」
 僕は彼の後ろ姿を見送った。ボロボロな姿だったけれど、大丈夫だったのかな。
 でも、今はちさなの式なんだから、ご主人様を第一に考えよう。ちさなの看病しなくちゃ!

 さっさと氷水の入った桶を用意し、それで冷やしたタオルを絞ってちさなの額へ。
 すごい汗だ、苦しそう。小さなタオルで汗を拭いてあげた。
 顔を歪めて何かを考えているけれど、答えは見つけられてない。辛いね、苦しいね。

「……っ!」
 突然、意識が遠退きそうになった。そろそろ、時間かな?

 あぁ、伝言。どうしよう。メモでいいかな。幸運にも、ちさなのペンとメモ帳が机の上に置いてあった。

 意識が途切れそう。僕はやっとのことでペンを取り、メモを一枚破った。
 早く書いちゃおう。珀弥はあんなぶっきらぼうな喋り方はしないから、丁寧な言葉遣いに直しておこう。

 僕はちさなを振り返った。まだ、もがいて苦しんでいる。

「大丈夫だよ、ちさな」
 彼の本当の気持ちは、あの亡霊を見てわかったから。君は絶対、答えを見つけられるよ。
 もう、かくれんぼは終わりにしようね。

 僕はそっと意識を手放した。
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