白鬼

藤田 秋

文字の大きさ
上 下
61 / 285
第九章 マスコットが増えるとそれなりに困る

9-3 縮んだ理由

しおりを挟む
* * * * * * * *

 絶え間なく続く剣戟。
 俺は呉羽のわがままに押され、こうして手合わせをしているのだ。

「それっ!」
 連続で襲ってくる呉羽の刃、それを受ける俺の刀は小さく震動していた。

 彼女の一撃は重さが足りない代わりに、スピードがある。気を抜くと、全身切り刻まれてしまうだろう。
 大天狗という種族は神に近いらしく、戦闘力が格段に高い。それは子供に見える呉羽も同じだ。

「ほらほら! 本気でやらないと、殺しちゃうよー?」
 るかられるかの殺伐としている妖怪社会では、これは挨拶のようなものだ。戦闘力が上下関係を決めるなんて、こいつらカタギじゃねぇ。

 呉羽は一旦距離を取り、鷲の翼をはためかせた。彼女の翼から放たれた羽根はクナイのように鋭く尖り、俺めがけて直進する。
 俺はそれを避け、回避しきれなかった一部を刀で叩き落とした。

「おわっ!」
 避けた分の羽根は、端っこで観戦していた翼のところへ行ったらしい。

「おい、あぶねーぞ!」
 んな所にいるオメーが悪い。
 そんなことを思いながら、背後から迫ってきた刃を中指と人差し指で挟んで止めた。

「よく気付いたね!」
 元気な少女の声は嬉々としている。
 その瞬間、羽根を飛ばしてきたは数羽の鷲になって飛んでいった。

「慣れてるからな」
 うちの狐がよくやる手口だ。

「さっすが!」
 不意に刃の圧力が低くなったのを感じた。
 それは彼女が刀から手を離したからだと気付いた時には——。

「ふっふーん、呉羽の勝ちー」
「いや、俺の勝ち」
 呉羽は今まで隠していたのであろう短刀を、俺は刀をお互いの喉元に突き付けていた。

「はいはい、間を取ってオレの勝ちな」
「あ?」
 馬鹿なことを言い出した翼に、俺と呉羽はシンクロする。自分で言うのもアレだが、ガラが悪い。
 一回顔を見合わせると、頷き合って翼に向き直った。

「え? な、何スカ? 何でそんなに笑ってるんスカ?」
 何かを察したのか、翼の顔が引きつってきた。

「うるせぇウッカリカサゴ」
「おにい覚悟!」
「ちょ、待て、いーやー!」



「もぉ~、冗談キツいぜー?」
 翼は脱臼した肩を無理矢理戻すと、『うぉっつぁー!』と叫び声を上げた。馬鹿だろ。

「先に冗談を言ったのはどっちだ」
「オレだな」
 野郎は頷くと、立ち上がった。

「ちぃと茶でも淹れてくるわ」
「……お前、絶対変なもの調合するだろ」
「何故わかった!」
「昨日の仕返しは、これしかないだろ?」
 奴はあっけらかんとしているが、やられたら必ずやり返すタイプだ。

「お前頭良いな」
 普通に考えりゃ誰でもわかるわ。

「失礼致します」
 女性の声が聞こえ、部屋の襖がスッと開く。すると女中が盆に茶を載せて入ってきた。
 茶を受け取って礼を言うと、女中は一礼して部屋を出ていく。

「そもそも、お前が茶を淹れる必要無かったじゃねーか」
「く、バレたか」
 なに『しまった!』って顔してんだ、このお坊っちゃんが。

 俺は翼を尻目に、茶を啜りながら部屋を見回した。棚いっぱいに、古びた巻き物や書物、外国の文献が並んでいる。

 翼はチャラい外見とは裏腹に、勉強熱心なのだ。主に人間について。だからなのかは知らないが、彼は人間に友好的だ。
 実に変わった妖怪である。

「なーにヒトの部屋じろじろ見てんの?」
「別に」
 俺は茶を置くと、翼に視線を戻した。奴は嫌そうな声の割には、さほど気にしてないような表情をしている。

「……早く元の姿に戻りたいんだけど」
 そう、俺はこれが目的でここに来——。

「あ、そうだったな!」
「忘れんなよ。鳥頭かテメェは!」
「悪ィ悪ィ、忘れてた訳じゃねーんだぜ?」
「どうだか」

 現在、俺は翼の背中に乗り、野郎の頭を踏みつけている。メリメリと圧力をかけたところで、『ギブ、ギブ!』と情けない悲鳴が上がった。

 俺は(性格的な意味で)鬼じゃないので、鴉天狗から降りる。翼はすかさず飛び起き、どこから取り出したのか、一匹のカマドウマをつまんで俺に近づいてきた。

「暴力反対! 乱暴いくない!」
「わかった、わかった。だから、そのカマドウマを今すぐ外に捨てろください」
「どうしよっかなぁー?」
 俺は両手を上げ、無抵抗のポーズを取る。それに気を良くしたのか、奴はニヤリと悪い笑顔。

「お前、御中元に生サバを大量に送り付けるからな」
「何それこわい」
 翼は顔を蒼くし、サッと身を退いた。ちなみに奴はサバが嫌いだ。

「と、取り敢えず、座ろうぜ? 元の姿に戻る方法教えるからよ」
「わかった」
 俺たちは一時休戦し、座布団の上に胡坐をかいた。
 翼はカッと目を開くと、俺を指さす。人を指さすな。

「珀弥、いや、白鬼! 修行だ!」
 ででどん。
 いや、何? 修行? キラキラしてんじゃねぇ、うぜぇ。

「説明を求める」
「あいよ」
 翼は茶を一口飲むと、茶請けに湯飲みを置いた。

「お前が小さくなった原因は、ズバリ『力の封印』だ」
「力の封印」
「妖怪がガキの姿になる理由は変化へんげを除けば、主に二つある。一つは、妖力を封印『されている』奴」
 翼は人差し指を立てた。

「もう一つは、自分で妖力を封印『している』奴だ。お前は前者ね」
 次に中指を一旦立て、すぐに折り、そして人差し指で俺をさしてきた。だからいちいち指さすな。

「俺の力が封印されているっていうのか?」
「そ。まずはお前ン家のことから説明しなきゃな」
 神社に何かあるのだろう。翼はコホンと咳払いをした。

「お前ン家は元々、鬼を『祀る』ためじゃなくて、『封印』するための神社のようだ。あの神社全体に、強力な封印が施されている」
 翼が『ここまでよろしい?』と確認してきた為、相槌を打った。

「封印で抑えつけられてるから、天は子供の姿ってことなんだよな?」
「そーゆーこと。で、神社の封印はちょっと面倒くさいのよ」
 奴は『こっからはオレの完全な推測な』と前置きをし、また言葉を続けた。

「お前ン家は、妖力の弱い妖怪は侵入できねぇ。強い妖怪は侵入できても、力が抑えられる。少なくとも、オレが見てきた中では皆そうだ」
 完全に侵入者をガード出来ているわけではないが、一応は神域だ。大体翼の言う通りだろう。

 神社の中は天と狐珱を除くと、あとは付喪神や子供の浮遊霊がそこら辺を徘徊しているくらいだ。
 そいつらは侵入者でなく、中で生まれたからノーカンなのだろう。うーん、ゆるい。

「オレみたいに妖力を程よくセーブしてる妖怪は、割とスムーズに入れるんよ」
 うちのセキュリティ、ザルどころじゃなかった。

「ところがどっこい、そんなにザルでもねーのよ?」
 翼は指を左右に振り、チッチッチと得意顔になる。うっぜぇ。

「お前の家の結界って結構シビアでねぇ。弱くもなく強くもない、侵入できる『中間点』の許容範囲が狭いのよ。だから、力を精密にセーブしなきゃいけねぇんだ」
 ちょっとした匙加減で、対妖怪オートロックか力の封印になるのか。

「話をまとめると、俺は力を持ち過ぎて封印された。だから、妖力をコントロールするすべを会得しなきゃならねぇ、ってことだな」
「そゆこと」
 これが、くどくどしい説明の結論か。
 翼は俺の見解に賛同するように頷いた。あっさりした反応である。最初からそう言えよ。

「じゃあ、早速……」
「その前に」
 翼は俺の台詞に被せるように口を挟んだ。

「覚悟してもらいたいことがある。元の姿に戻りたいならな」
 奴の声音からはおちゃらけた雰囲気が消え失せていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。 *丁寧に描きすぎて、なかなか神社にたどり着いてないです。

神さまのお家 廃神社の神さまと神使になった俺の復興計画

りんくま
キャラ文芸
家に帰ると、自分の部屋が火事で無くなった。身寄りもなく、一人暮らしをしていた木花 佐久夜(このはな さくや) は、大家に突然の退去を言い渡される。 同情した消防士におにぎり二個渡され、当てもなく彷徨っていると、招き猫の面を被った小さな神さまが現れた。 小さな神さまは、廃神社の神様で、名もなく人々に忘れられた存在だった。 衣食住の住だけは保証してくれると言われ、取り敢えず落ちこぼれの神さまの神使となった佐久夜。 受けた御恩?に報いる為、神さまと一緒に、神社復興を目指します。

冥府の花嫁

七夜かなた
キャラ文芸
杷佳(わか)は、鬼子として虐げられていた。それは彼女が赤い髪を持ち、体に痣があるからだ。彼女の母親は室生家当主の娘として生まれたが、二十歳の時に神隠しにあい、一年後発見された時には行方不明の間の記憶を失くし、身籠っていた。それが杷佳だった。そして彼女は杷佳を生んですぐに亡くなった。祖父が生きている間は可愛がられていたが、祖父が亡くなり叔父が当主になったときから、彼女は納屋に押し込められ、使用人扱いされている。 そんな時、彼女に北辰家当主の息子との縁談が持ち上がった。 自分を嫌っている叔父が、良い縁談を持ってくるとは思わなかったが、従うしかなく、破格の結納金で彼女は北辰家に嫁いだ。 しかし婚姻相手の柊椰(とうや)には、ある秘密があった。

鳳凰の舞う後宮

烏龍緑茶
キャラ文芸
後宮で毎年行われる伝統の儀式「鳳凰の舞」。それは、妃たちが舞の技を競い、唯一無二の「鳳凰妃」の称号を勝ち取る華やかな戦い。選ばれた者は帝の寵愛を得るだけでなく、後宮での絶対的な地位を手に入れる。 平民出身ながら舞の才能に恵まれた少女・紗羅は、ある理由から後宮に足を踏み入れる。身分差や陰謀渦巻く中で、自らの力を信じ、厳しい修練に挑む彼女の前に、冷酷な妃たちや想像を超える試練が立ちはだかる。 美と権力が交錯する後宮の中で、紗羅の舞が導く未来とは――?希望と成長、そして愛を描いた、華麗なる成り上がりの物語がいま始まる。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

処理中です...