白鬼

藤田 秋

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第七章 先生! バナナはおやつに入りますか!?

7-1 バナナはおやつに入るか否か

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「来週の一日HRホームルームで行きたいところを挙げてくれ」
 薄井先生は教壇の前で私たち生徒に指示した。

 一日HRとは、クラスで行き先を決めて貸し切りバスで遊びに行くという、いわゆる遠足のようなものだ。

「沖縄!」
「北海道!」
「ブラジル!」
「セーシェル!」
「バングラデシュ!」
 次々と地名が挙げられるが、日本本土をかすりもしていない。皆、バスで行く気無いよね?

「できれば海を越えない方向で頼む」
 薄井先生は実に微妙な顔をしたのだった。



 協議の結果、私たちはテーマパークに行くことになった。無難、あまりにも無難。
 遠足は冒険すると大抵失敗するので、無難こそベストである。

「先生!」
 ある程度話が進んだところで、翼君が手を挙げた。

「何だ、狗宮」
 先生は身構える。翼君が発言するとき、基本的にろくな事を言わないからだ。

「バナナはおやつに入りますか!」
「はい、じゃあバスの席順決めるぞー」
「うわぁ、無視すか。ヘコむわぁ」
 遠足時には恒例の質問が飛び出るが、先生はフルシカトして次の議題に移った。あしらい方がプロになってきている。

 私はデザートだと思う。

***

「さて、容赦ない時間経過で一日HR当日ですが」
「千真さん、誰に言ってるの?」
 よい日和……とは言い難い微妙な日。
 というか午前六時前の為、空がまだ白くて天気がよくわからない。

 私たちは広い駐車場に停まっているバスの前で、クラスが集まるのを待っていた。

「わたし、不安になってきた……」
「大丈夫よ。あの二人とマトモに渡り合う必要は無いから」
 不安げな顔をする谷口さん——志乃ちゃんと、慣れた様子のなっちゃん。あの、すみません、すんごく聞き捨てならないんだけど。

「な、何よぅ! まるで珀弥君が変人みたいじゃない!」
「変人は君だ」
 珀弥君、ワンクッション置かずに、本当に即座に切り捨てるのね。勿論、素敵な笑顔で。

「両方共よ」
 なっちゃんは呆れたように目を細めて、珀弥君を突き飛ばした。

「でも、そんなチマも可愛いわ!」
「むぐっ!」
 豊満なお胸を顔に押し付けてきた。女の子特有の柔らかさと、甘くて良い匂いが鼻腔を刺激する。
 しかし、嫌悪感を抱くほど強くはなく、自然にほんのり香る程度なのだ。美人ってやつは香りから違いますなぁ!

「はわわ、女の子同士で……!」
 何か志乃ちゃんが誤解してるんだけど! 結構いつもやってる流れなんだけどね!

「ひ、ひどい……強く突き飛ばすこと、ないじゃん?」
「お前の役回りも大変だよな」
 しくしくと手で顔を覆う珀弥君と、彼の肩に手を置いて慰める翼君。

 最近の珀弥君の乙女度アップというか。か弱さに磨きがかかってるというか。入学式の頃の格好良さは何処に行ったのだろうか……。

「珀弥、普段は格好よくないってよ」
「もう何も言わないで」
 ケラケラ笑う翼君に、珀弥君はボディーブローをかました。

「珀弥君っ、違うから! その、違うから!」
 今日は何でこんなにネガティブなの!? 何であんなに繊細なの!?

「おーい、お前ら。そろそろバスに乗るぞー」
 ここで、薄井先生が声をかけてくる。いつのまにか、クラス全員が揃っていた。

「薄い先生、収拾が着かなくなる前に話をぶった切ってくださってありがとうございます」
「黎藤、『薄い』ってわざとか?」



「私がバスガイドを務めさせて頂きます、中橋と申します。今日はよろしくお願いしますね」
 バスのマイクを持ちながら、バスガイドさんは軽く会釈する。クラスもそれに応えた。

「すごい、遠足みたい……!」
「千真ちゃん、楽しそうだね」
 これまた私の隣でクスクスと笑う志乃ちゃん。

 私たちは翼君のコミュ力のお蔭でバスの一番後ろの席を勝ち取り、右の窓際から順に、なっちゃん・私・志乃ちゃん・翼君・珀弥君の順で座っている。

 周りから見たら真ん中の席は空いているようにしか見えないだろうけど、中途半端な位置の席で不自然に補助席を出すよりは良いだろう。

「うん! やっぱ、こういうイベントはわくわくするよ!」
「その一方で、こいつは平然と寝てやがるけどな」
 翼君は苦々しい顔をし、親指を立てて珀弥君を指差した。何というか、燃え尽きていた……真っ白にな。

「どんな格好で寝てんの! いつのジョージなの!?」
「そりゃあ、明日だろうな」
「そうね!」
 こんなくだらない応酬があっても起きない。珀弥君、朝弱いからなぁ。

 きっと、凄く眠たかったのだろう。
 今朝、鳩尾にエルボーを食らわせるまで起きなかったくらいだし。テンションが微妙に低かったのは、眠い所為かな?

「すごい角度だね。首が凝っちゃうかも……」
 志乃ちゃんは若干心配そうに珀弥君を見つめる。優しい。

 頭のネジを何本か失った人間の集団に混じるなんて、猛獣の檻に全裸で投げ入れられるのと同じだ。頑張れ志乃ちゃん。常識人枠は任せた。

「珀弥君、本当に寝顔だけは見せたくないみたいだね」
 どうしてここまでガードが固いのか、未だにわからない。寝顔、可愛いのにな。でも男の子って、可愛いと思われるのは嫌かな?

「なら、ここで寝るなって話よ」
「なっちゃん、それはそれで厳しくないですか?」

「んじゃあ、鬼が寝てる間にイタズラでもしてやるか」
「狗宮君、それはちょっと、かわいそうだよ……」
 翼君はニヤニヤしながら、どこからかピンク色のヘアゴムを取り出した。志乃ちゃんが控えめに注意するが、翼君は『大丈夫、大丈夫』と取り合わない。

 一体、何をする気だ。見るからに女の子が使うような、可愛らしいヘアゴム。赤いポンポンがついている。彼の持ち物とは考えにくいが……。

「こんなことがあろうかと、妹ちゃんからパクってきた物です」
 翼君は何故か真面目な顔でサムズアップ。ちょっと面白い。

「あんたはろくな事しないんだから。呉羽くれはちゃんが怒るわよ?」
「くーは大丈夫だ、きっと許してくれる」
「そのくーちゃんが、あんたのことウザイって言ってたわよ」
「ヒドイ! お兄ちゃん傷ついた!」

 呉羽ちゃんやら、くーちゃんやら呼ばれてるその子が翼君の妹さんだろう。お兄ちゃんを欝陶しがる年頃なのかな。

「くそぉ、珀弥! 覚悟しやがれ!」
「結局やるのね」
 翼君は悲しみをぶつけるように、珀弥君の前髪を掴んだ。そして、呉羽ちゃんのヘアゴムで掴んだ前髪をまとめあげる。

 出来上がったちょんまげは、結び方が少々ガサツで所々ほつれていた。

「へんなちょんまげだぁ」
「んだ。これは恥ずかしいべ?」
「んだね」
「あの、あなたたちはどこの地方の方ですか?」
 急に訛り始めた私と翼君を、志乃ちゃんが交互に見たときだ。
 翼君の後ろで、微かに何かが動いた。その何かというものは、もちろん……。

「し、志村! 後ろ!」
「へ? おうわぁあ!?」
 しむ……翼君が後ろを見た瞬間、珀弥君が彼の顔にアイアンクローをかました。
 翼君は暴れるが、大きな手で顔がしっかりと掴まれている為、逃げ出すことができない。

「ねぇ、何してるの?」
 めちゃくちゃ笑顔すぎて怖い。
 いつもは前髪を下ろしてるから気付かなかったが、額には青筋が浮かんでいた。

「お前、なっがい前髪でデコ隠してるだろ? だからもっと男らしいだだだだだ!」
「文句はキャラデザした人に言ってくれない? それ以前に文章媒体で視覚的なネタを出すな」
 ぎりぎり、と締め付ける音がソレのヤバさを表していた。メタ発言が気にならない程度まで。人間の発する音じゃない。

「まったく、翼の所為で目が覚めちゃったじゃないか」
 珀弥君はその不機嫌そうな口振りとは裏腹に、大層にこやかである。

「すいません、全てオレが悪いんです……」
 翼君の先程までのテンションはどこへやら。顔に影を落とし、萎れた表情をしている。

 その原因は、彼の今の格好にある。翼君の前髪は可愛らしいヘアゴムで結ばれ、綺麗なちょんまげを作っていた。
 更に、額には偉く達筆な字で『内』と書かれている。これじゃあ、さすがの翼君もテンションが下がるだろう。

「君は僕がぐっすりと安らぎの時間を過ごそうとしている間にこんな愉しいことをしようとしていたんだね~人が悪いなーあはははは」
「返す言葉もありません」
 珀弥君は殆ど息継ぎもせずに、棒読み且つ早口で長々と台詞を言い放った。
 前髪を結われたことより、睡眠の邪魔をされたことの方が腹立つようだ。

 その笑顔がいちいち怖い。背筋が寒くなるというか、お腹の底がぞわっとするというか。志乃ちゃんだって顔を蒼くして怯えている。

「これからビンゴゲームを始めます。このカードを回していって下さい」
 ガイドさんのアナウンスが聞こえ、ビンゴカードが次々と回される。定番だ。定番のビンゴだ!

「タイミングがいいね」
 にっこり顔の珀弥君。翼君への説教は終わりにするようだ。翼君は『助かった』と云わんばかりの、安堵の表情を見せた。

「余りがあったら回してください」
 とアナウンスされる。

 右側の列、私たち女子陣の方は三枚回ってきた。これも普通の人から見れば一枚余る筈だが、私たちにとっては丁度良い枚数だ。

「チマ、志乃ちゃん、好きなの選んで?」
 前の人からビンゴカードを受け取ったなっちゃんは、私と志乃ちゃんにそれらを見せる。ビンゴカードは、五列×五列でランダムな数字が記載されている、ごく普通のものだ。

「わたしも良いのかな?」
 志乃ちゃんは困ったように、少し首を傾げた。

「大丈夫よ、参加しちゃいましょ?」
「そうそう、バレないよ」
「う、うん、ありがとう」
 なっちゃんと私の説得に、志乃ちゃんは柔らかく微笑んだ。

「全員回りましたね? では、始めますよー」
 クラス全員が揃ったイベント、スタートです。
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