白鬼

藤田 秋

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第五章 春の氷人形

5-9 幽霊少女の決断(2)

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 先生は神妙な顔をして話を切り出した。これは、もしかしなくても……。

「実は皆に悲しいお知らせがあ——」
「っとぉ、ギリセーフ!」
 そこに狗宮君が乱入してきた。
 彼がギリギリに登校してくるときは、必ずと言っていいほど、先生の話を遮るように教室に飛び込んでくるのだ。

 ここまでくると狙っているとしか思えない。
 この前、窓から飛び込んできたときはさすがに驚いた。七階なのに……。

 先生はうんざりしたように、適当に狗宮君をあしらい、咳払いをした。

「朝から悲しいお知らせだが、よく聞いてほしい。……谷口が、亡くなった……」
 あぁ、やっぱりそうだよね。
 クラスのどよめきが起こる中、わたしは至って冷静だった。

 自分の死を客観的に見ると、案外冷静になれるものだ。他人事のように思える。
 ふと、視線を感じた。
 まさか。わたしが見える人なんているわけない。黎藤君を除いては。

 視線だけを周りに向ける。廊下側……違う。前……違う。窓側……。

「えっ」
 神凪さんがこちらを見ながら、固まっているように……見えないこともないような。

 え、見えてるの? ガン見してくるんだけど、見えてるの?
 わたしはどうして良いかわからなくて、彼女と目を合わせないように前を向いた。

 先生の話が終わり、一時限目との間の休み時間になる。
 クラスは何とも言えない、異様な雰囲気だった。朝からあんな話を聞かされては、無理もないだろう。

「しぃちゃん……いやだよ……」
「サヤ……」
 両手で顔を覆うサヤちゃんと、彼女に寄り添う真奈美ちゃん。そっと近付いてみても、気付いてもらえない。
 わかってる。でも、わたしはここにいるよ。って、本当は伝えたいのに。

 授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り、皆は席に着いた。



 授業は教科書も無いので、ただ先生の話を聞いているだけだった。神凪さんが挙動不審なのが気になる。あ、注意された。

 ここでチャイムが鳴った。次は昼休みだ。
 どうしよう。ご飯も無いし、何もすることが無い。図書室にでも行こうかな?

「あっ」
 少し驚いたような、短い声が近くから聞こえた。同時に、何か固いものが落ちる音がする。

 床には携帯電話が落ちていた。それを拾おうと、わたしは屈み、反射的に手を伸ばす。
 しかし、手が届く前に、ぴたりと止めた。
 わたしが拾ったら、周りには携帯電話が浮いているようにしか見えないんじゃ……。

 携帯電話の持ち主も屈んで、ひょいとそれを拾い上げる。

「ついてきて」
 彼は顔を上げる瞬間、他の誰にも聞こえないくらい小声で、そう言った。
 立ち上がると、すました顔で教室のドアに向かって行く。

「黎藤君……?」
 ついてきて。それはわたしに向けた言葉なの? 自然と足が動き、わたしは彼を追った。

 廊下には多くの生徒がたむろっている。
 ドアの隙間からチラりと見える他のクラスの教室では、いくつかのグループが食卓を囲んでいた。

 そんな中、思ったことは……黎藤君、歩くのが遅い。
 何故だろう。彼は背が高い分、脚も長いから歩幅も大きい。なのに、動作が遅い。
 キリンばりの優雅な遅さだ。昨日は競歩をしてるのではないのかと思うほど速かったのだが、素はどっちなのだろうか。

 そういえば、もう一つ不思議なことがある。
 周りの生徒の背中には、必ず幽霊がいる。武者とか、お爺さんとか、犬とか……。これって、守護霊とか背後霊とかいうやつかな?

 でも、黎藤君の後ろには霊が居ない。もちろん、わたしを除いての話だ。
 どうしてだろう? どこかに出掛けたりとか、姿を隠してるとか?
 そんなに詳しくないから、わからないけれど。

 考えてるうちに、廊下の端までたどり着いた。ここには屋上に続く階段がある。
 黎藤君はそのままのんびりと階段を昇っていった。ちなみに、屋上は立入禁止だ。

 階段を昇り切り、彼は屋上の入り口のドアノブをひねった。しかし動かない。鍵が掛かっているのだろう。
 ここにはわたしたち以外誰も居ないし、話し掛けても大丈夫かな?

「黎藤君、ここは立入禁止だよ?」
「うん、そうだね」
 あぁ、知った上での犯行なんだ。

「ちょっと待ってね」
 そう言って彼がズボンのポケットから取り出した物。それはヘアピン。黒くて細長い、先端が丸くないタイプだ。
 彼はそれを真っ二つにした。

「な、何をするの?」
「ピッキング」
 今、語尾に音符が付いていた。そう思える程の笑顔。

「えぇっ!」
 薄々感付いていたけど本当にやるの!?
 黎藤君は悪役のような悪い顔をしながら、鍵穴にヘアピンを入れる。カチャカチャと金属同士がぶつかる軽い音だけが響く。

「……」
「……」
 カチャカチャが続く。

「無理」
「無理なんだ!」
 え、無理なんだ。そつなく開けられそうな雰囲気だったけど、無理なんだ! この人わからないな!

「一回やってみたかったんだよねー、ピッキング。えーい」
 彼は扉に蹴りを入れ、扉丸ごとを枠から外して倒した。

「やったー、開いた」
 フリーダムだね、黎藤君。

 わたしたちは屋上に出た。黎藤君はいそいそと蹴り倒したドアを戻す。ここは器用だ。
 屋上を見回すが、想像される一般的な屋上とは違う。

 フェンスで囲まれてると思いきや、城壁のようなもので囲まれているのだ。そうだよね、外装がヨーロッパ風なんだもんね。

「学校、来たんだね」
「う、うん」
 黎藤君が唐突に口を開いた。
 実は、こっちの『黎藤君』と改まって話すのは初めてだ。少し緊張してしまう。

「あのとき、厳しい言い方しちゃったからさ、正直来ないと思ってた」
 彼は眉をハの字にしながら、申し訳なさそうに笑う。

「うん……自分は居ないものだと思われるのは、辛いし、来るのは迷ったよ? でも、様子を見るだけでもいいから、学校に来たかったの」
「そう」
 彼は短く返事をしながら、ゆっくり頷いた。

「実は、謝りたいことがあるんだ」
「えっ。な、何?」
 黎藤君の意外な言葉に、わたしは変な声を上げてしまった。

「前に言ったことには、ちょっと語弊があったんだ」
「それはどういう……」
「あ、来た来た」
 黎藤君はわたしの質問には答えず、出口の前まで歩いて行ってしまった。今度は何だろう?
 彼は扉の前で口を開く。

「合言葉は?」
「漬物石!」

「何で漬物石なの?」
「思い浮かんだから!」
「へぇ」
 扉の向こうから聞こえてくる高い声との短い問答の後、黎藤君は鍵を開けた。

「珀弥君! 合言葉があるなんて聞いてないよ!」
「大丈夫だよ、別に決めてないし」
「何ですと!?」
 黎藤君とテンポの良い茶番劇を繰り広げる、あの子は神凪さんだ。

「何でそんな無駄なことをするのよ」
 神凪さんに続き、雨ヶ谷さんが姿を見せた。

「ごめん、何となく」
「あんたねぇ……」
「おーい、コロッケパン買ってきたぜ!」
 更に続いて現れたのは、購買の袋をぶら下げた狗宮君だ。

「焼そばパン買ってこいって言ったよね?」
「無かったんだよ!」
 黎藤君は狗宮君の言葉に眉をひそめる。

「まったく、使えないな」
「人をパシらせておいて何つー物言いだコラ!?」

「パシリは焼そばパンを買ってくるって相場が決まってるんだよ。焼そばパンを買えないパシリなんてパシリじゃない。パシリに失礼だとは思わないの?」
「お前のパシリの定義が謎過ぎて困るわ」
 狗宮君は黎藤君に若干引きつつ、わたしに視線を寄越してきた。

「志乃ちゃん、メシ食おうぜ!」
 と、購買の袋を掲げる。

「あんた、馴れ馴れしいのよ」
「いてっ!」
 雨ヶ谷さんが狗宮君に脳天チョップを食らわし、彼は頭を押さえた。そんな中、神凪さんがこちらに軽い足音を立てて走ってくる。

「た、谷口さん! わ、私たちで良ければ、お話しましょう!」
 その言葉から、彼女の緊張がひしひしと伝わってきた。視線をゆらゆらと泳がせているので、余計にわかる。

 ふと、黎藤君と目が合った。彼はにこりと笑った。そうか……。

『友達にも、先生にも、誰にも気付いて貰えないものと思え』

 彼はそう言った。
 だけれど、わたしに話し掛けてくれる人がいる。わたしに気付いてくれる人がいる。彼の言う『語弊』とはこういうことだったんだ。

「……うん!」
 わたしが頷くと、神凪さんは顔をぱぁっと輝かせた。ずっと感じていた虚無感は、どこかへ行ってしまった。

 ちなみに、この後四人が怒られたのは、言うまでもない。 
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