この夜を越えて、静寂。

創音

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息の根を止めて。

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※暗い話が二本。





 溺れる。

 ……溺、れる。



 ゆめを、見るのだと。
 きみは笑った。 キレイな笑顔で。


「たとえばお前が産まれて、しあわせな世界を」


 きみはそう言って、蒼の瞳を閉じた。

 光を反射した青い髪の毛が、水中でゆらゆらと遊んでいる。
 その幻想的な光景は、しかし僕のこころに切なさを与えるだけだった。


(……僕が産まれたからと言って、きみがしあわせになれる保証なんかない)


 言いかけたコトバを飲み込んで、僕は曖昧に頷いた。

「たとえばあの子が誰も殺さない世界を、たとえば彼が心を閉ざさない世界を、たとえばあの子どもが甘えられる世界を」

 そんな世界をゆめに見ては、現実に嘆く。
 ああ、きみが、彼らの苦しみまで背負う必要などありはしないのに。


「お前も願ったんだろう、あの少女に。 人々の平穏を願った、夢を繋ぐ少女に」


 そうして人々の願いを、祈りを集め世界を織った少女に。
 ああ、そうだ。 僕は彼女に、きみのしあわせを願ったのだ!


「たとえば……同じことが、オレに、オレたちに出来る、としたら?」

「そんなこと、」


 世界を織る、なんてことは神でなければ出来ないことだ。
 そう言うときみはいたずらっ子のような笑みを、浮かべた。


「ああ、世界を織るのとは違うけれど。 たとえばこの世界で、彼らにしあわせを」


 そんな、ゆめを、見るのだと。


「だって、オレたちは“世界樹”なのだから」

「きみが目覚めなければ、僕はただの力なき存在だよ」


 だから早く、めざめて。
 僕の声に、きみは首を振る。


(ああ、いつになれば)


「ゆめを、見ているんだ」


 様々な世界の、様々な可能性。 その、未来を。

 そのゆめに、溺れる。

 きみはすべてを諦めたような、遠いあしたを見据えるような瞳で、ふんわりと笑っていた。


「……時間だ。 またな」


 淡い水中の空間が、消えていく。
 嗚呼、僕はまた、きみのいない世界を、時間を過ごすのか。


「まって、よる!!」


 手を伸ばして、現実に還る僕を見つめるきみを呼ぶ。
 きみは笑って、水中の空間に取り残された。




 いつまで。

 いつまできみは、海の中のようなセカイで、ゆめに溺れるの?


(きみのゆめの、その先に、何があるの?)




 また僕は、きみのいない世界ゆめに溺れる。




 それはまるで、世界を模した海だった。

(目覚めぬきみを待つ、ひとりの僕)








 ざくり。
 ざくり。

 ……ざくり。



 刺す音、で目を覚ます。 隣で寝ていたはずの片割れが、いない。


 ざくり。
 ざくり。
 ざく。


 暗い室内を見回す。 深い蒼の髪は、暗闇に紛れて見つけにくい。


 ざくり。
 ざくり。
 ざくり。


 音の方向へ歩き出す。 宵闇に目が慣れてきたのか、人影が見える。 ……片割れだ。
 僕はそっと後ろから抱き締める。


 ざくり。
 ざくり。
 ざく、


「よる」

 名前を、呼んだら止まる音。
 手元を見れば、彼の剣で切り刻まれた、ぬいぐるみ。

(確か、道に落ちていたのを彼が拾って、)



 ……ざくり。

 ざくり。

 ざくりざくりざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく、


「よーる」


 抱き締める腕に力を入れる。 ぴたり、と止まる彼に安堵する。


「なんでざくざくしてるの?」


 そっと問えば弟は、やっと僕の方を向く。


「したくなったから」

「誰かのぬいぐるみかもしれないよ」

「知らないよ、泣けばいい」

「……夜」


 困ったような顔をすれば、彼も困ったような顔をする。
 鏡のような、僕たち。


「みんなぐちゃぐちゃになってしねばいい。 みんなこわれていけばいい」


 真夜中には思い出すのだろう、その存在を蝕む闇のことを。

(少しでも僕のぬくもりが届けばいい、などとんだエゴだ)


「ああ、でも」


 僕の弟はいつだって、残酷な言葉を吐く。


「おにいちゃんがしぬのは、いやだ」


 それを彼の優しさなのだと思い込む僕は、きっと馬鹿だ。
 彼は僕を恨んでいる。 僕の、存在を。
 だから僕に、死滅した世界で、生きろと言う。

(君がいてくれるなら、別にいいけど)



(違う、違うよお兄ちゃん)

(ごめんなさいよるのせいでお兄ちゃんは、)

(ああああ、あ)





 僕がしねばいいのに。

(よるがしねばいいのに)




 ぐちゃぐちゃになった、ぬいぐるみ。
 まだしねない、僕たちの身代わり。
 床に転がる、彼の剣。
 いつまでも繰り返す、世界の伝承。
 眠れない夜の、月明かり。
 震える僕らのからだ、触れた体温。

 世界から逃げるように、僕たちは互いを抱き締めた。



 息の根を止めて。

(いっそのこと、心中しようか)
(それは名案だね、夜)




 こわれていたのはなんだったのか。



 
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