Destiny×Memories

創音

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Epilogue. ~運命と記憶の物語~

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「ここ……は……」

 光が収まり目を開けると、そこは数刻前に見た景色……“神の洞窟”の中だった。

「アーくん! ソーくん!!」

「ヒアさん、ソカルさんっ!!」

 涙で濡れた顔で駆け寄ってきたフィリとリブラ、それから「バカ」と一言呟いて肩を震わせたナヅキに出迎えられ、先輩たちにもみくちゃにされながら、オレとソカルは顔を見合わせて笑い合った。

 夜先輩が言うには、双子の【世界樹ユグドラシル】のタイムリミットと同時に、全員をこの洞窟内ローズラインへと転移させたのだとか。
 ゆるく笑う彼と朝先輩は、晴れやかな顔に疲労の色を乗せていた。

 そして、深雪先輩やソレイユ先輩、イビアと黒翼とも、お互い随分とボロボロだが無事に再会できた。
 満身創痍な仲間たちだが、それでも誰一人欠けることはなく。
 笑顔で再会を喜び合う彼らに、オレはホッと肩の力を抜いたのだった。


 そうして一段落ついた頃、とりあえず休みましょう、と提案した深雪先輩に従って、オレたちは桜華オウカの宿へと戻ってきた。
 早朝に出発したはずが、空はすっかり暗くなっており、煌めくネオンライトマギアライトがオレたちを迎えた。

 宿の一室でリブラによる治癒魔法を受けながら、オレとソカルは事の顛末を聞いた。
 【全能神】は消滅したということ。けれど……精霊魔法ビブリオ・マギアスミラのチカラで、天界の崩壊は免れたということ。
 天界の【世界樹】は、今後しばらくは自然界が担うだろうということ。
 【創造神】アズール・ローゼリアは、魔力を使い果たし一時的に深い眠りについたらしい。
 彼女が目覚めるまでの間、朝先輩が【創造神】の代理をするのだとか。
  一通りの説明を受けたあと、オレもこちらの事情を話した。
 精神世界でアズールと作戦会議をしたこと。
 その結果、アズールの魔力とオレの運命力記憶を引き換えにミラを生み出し……【全能神】の【世界樹】としての運命を変えるという決断に至ったこと。
 ……そして……【魔王因子ヘルファクター】だったクラアトが、【太陽神】の後継者としてのオレの代わりに、代償となって消えたことも。

「ローズラインを守るために天界を滅ぼすなんて、オレは嫌だったんです。
 ……まあ、散々【神】や天使を倒しといて、偽善にも程があるんですけど……」

 苦く笑いながらそう言えば、仲間たちは優しく頷いてくれた。

「ヒアの決断、ヒアらしくていいと思うよ」

 とは夜先輩の談だが。
 しかし、当然ながら勝手に自分を犠牲にしようとしたこと、時間が無かったとはいえ相談の一つもしなかったことなどを、主にソカルとナヅキから責められてしまった。
 ミラによる光が収まったとき、現実世界ではオレとソカルの姿が消えていたのだとか。
 ミラは笑って、「二人を信じてあげてください」と言い残し、【全能神】の亡骸共々消え去ったという。
 すごく心配した、と再び泣き始めたフィリと釣られて涙ぐむリブラに、オレは慌てる。
 おろおろと謝罪するオレを見兼ねてか、すっかり短くなった髪を揺らして深雪先輩が助け舟を出してくれた。

「まあまあ。今日は皆さんお疲れでしょうし、もう休みましょうか」

 変わらずふわりと笑う歌唄いに頷いて、オレたちは解散することとなった。

 +++

「……なんか、未だに信じられないというか……現実味がないよな」

 とは言えオレたち現“双騎士ナイト”組とディアナは、誰が言い出したわけでもなく揃って宿の外へと出ていた。
 体は確かに疲れているのだが……眠ってしまうのは勿体ないような、そんな気分だ。
 ふらふらと歩いて辿り着いたのは、決戦前夜にオレとソカルが話をしたあの高台だった。

「そうねー……。なんか、夢でも見てた気分だわ」

 傷とか痛いし、疲れてもいるから現実だってわかるけど。
 オレの呟きにそう答えたのは、ナヅキだった。
 眼下の街灯りが、瞳に揺らめく。

「……ヒアは、このあと元の世界に帰るのよね?」

 不意に、彼女がそう言った。
 オレは「うん」と頷いて、星空を見上げる。

「オレとソカルは、地球……元の世界に帰るよ。
 ナヅキは残るんだよな?」

 オレの問いかけに、ナヅキも首を縦に振った。

「ええ。……ここしか、居場所がないしね。
 ……ディアナ、アンタは?」

 しんみりとした雰囲気を振り払うように、明るい声でディアナに話を振るナヅキ。
 問われた彼はいつも通り無表情で、彼女に答えた。

「僕もしばらくこの世界に残るつもりだ。
 僕を転移させていたアズールが眠りについてしまったからな。
 いつになるかはわからないが、目覚めるまでここにいるさ」

 ディアナの言葉に、リブラがほっと表情を緩めたのが見える。
 この二人の行く末を見れないのは残念だけど……きっとナヅキとフィリが見守ってくれるだろう。

「そか。じゃあ帰るのはオレとソカルだけだな」

「そうですね……寂しくなるです」

 しゅん、と俯くフィリに、心は痛むけれど。
 オレには待ってくれてる人たちがいる。だから……帰らなければいけないのだ。

「そんな顔しないの! 別に今生の別れってわけでもないんだし。
 生きてりゃまた会えるわよ。……そうよね?」

「そもそもこの世界が再び危機に陥れば、お前たちも再召喚されるだろう。夜はそういう奴だからな」

「ふふ。再会を楽しみにしていますね!」

 オレに確認しながらフィリを励ますナヅキに頷き、ディアナの身も蓋もない言葉に苦笑いを返し、リブラの純粋な笑顔に「オレも」と同意する。

「……はい。僕も……きっとまた会えるって信じるです!」

 やっと笑顔を浮かべてくれたフィリの頭を撫で、オレも笑った。

「ま、ディアナの言葉を借りるなら……僕らが再召喚される時は、また世界の危機に巻き込まれた時だけどね」

 呆れたようにため息を吐いたソカルに、オレたちは一瞬固まる。
 けれど次の瞬間には、みんなそれぞれ声を上げながら笑い合った。
 きっとまた会える。例えその時、また世界に危機が訪れていたとしても……。

(オレたちの絆があれば、乗り越えられるから)

 星灯りが、オレたちを優しく照らしていた……それが、最後の夜だった。

 +++

 ――翌日。
 “神の洞窟”内に作られた転移ゲートの前に、オレたちは集まっていた。

「ゲートの先は、ヒアの故郷。日本にある都市……明神あけがみ市の神原かんばら

 痛みを堪えたような夜先輩の声が、洞窟内に響く。
 彼の精神世界の最奥で会った時に、彼はオレと同じ制服を着ていたから……きっと、神原は夜先輩の故郷でもあるのだろう。
 それでも先輩はオレたちのために、そこへゲートを繋いでくれた。
 隣にいるソカルの手を握る。彼はオレを見て、微笑みながら頷いてくれた。

「……黒翼、イビアさん。深雪先輩、ソレイユ先輩。ルー、カイゼルさん。朝先輩、夜先輩。
 マユカさん、ディアナ、リブラ。……フィリ、ナヅキ。
 今まで……本当にありがとうございました!」

 たくさんの思い出があり、たくさんの想いがある。
 絞り出したそれだけの言葉に、下げた頭に、仲間たちは優しく言葉を返してくれた。

「ああ。よく頑張ったな、緋灯ひあ

「うんうん、大変だったけど……終わりよければ全てよし、ってな!」

 黒翼が、イビアさんが。

「こちらこそ……ありがとうございました、ヒアくん、ソカルくん」

「オレたちのこと、忘れないでくれよな!」

 深雪先輩が、ソレイユ先輩が。

「みんなで無事に、この瞬間を迎えられてよかった。
 ヒアくんたちのおかけだよ」

「ま、帰ったらゆっくり休むことだな」

 ルーが、カイゼルさんが。

「……まあその。色々迷惑かけて悪かったね。……ありがと」

「うん。……最後まで……オレたちのこと、信じてくれてありがとう」

 朝先輩が、夜先輩が。

「日本に戻ってもし弟……歩耶アユカに会ったら、よろしく言っといてくれ」

「お前たちとの旅も……まあ、悪くはなかった」

「はい! お二人のこれからの道行きが、希望と光に満ちていますように……!」

 マユカさんが、ディアナが、リブラが。

「帰っても、しっかりやんなさいよね!」

「アーくん、ソーくん。こっちのことは、僕たちに任せてくださいです!」

 ……ナヅキが、フィリが。
 それぞれがそれぞれの言葉で、オレたちに別れを告げてくれる。
 緩みそうになる涙腺を、ぐっと堪える。
 だって、別れは笑顔がいい。悲しい別れでは、ないのだから。

「……楽しかったよ、君たちとの旅路。
 ――ヒトを信じることを、共に歩くことを、教えてくれて……ありがとう」

 最後にソカルが、満面の笑顔でそう言った。
 仲間たちの瞳に揺らめく涙を見つけ、視界が滲む。
 瞬きをすれば、雫が一つ頬を伝って地面に落ちた。
 だけどオレは、もう一度みんなを見回して……笑顔を浮かべる。

「――さよなら!」

 ソカルと共に、踵を返してゲートの中に入る。
 背後から、仲間たちの「さよなら」の声が聞こえた。

「……みんなに逢えて……本当に良かった」

「……うん」

 溢れ出すたくさんの記憶に、夢のような日々に、耐えきれず涙が零れる。
 呟いた声にソカルが頷いてくれたのと同時に、オレたちは夕焼け色の光に包まれた。

 ――眩い光の先、クラアトとアメリが笑っているような……そんな気が、した。

 +++

 ――遠くから響く騒音。電車の走る音。車のクラクション。子供たちの笑い声。
 海から届く潮風と、住宅街から漂う夕飯の匂い。

「……ここは……?」

 聴覚と嗅覚を刺激する情報に目を開くと、夕焼け空が飛び込んできた。
 強い橙色の光に目眩がする。頭を振って視線を下げると、眼下には高層ビルや商店街が見えた。
 遠くには天文台や離島に繋がる大きな吊り橋も見える。

「帰って、きた……?」

 この景色は、確か、藍璃アイリの家の近くにある高台から見えるものだ。
 見慣れたはずなのに、懐かしい光景。なぜだろう、涙がどんどん溢れてくる。

「――ヒア」

 ふと耳に届いたのは、大切な彼の声。
 隣を向くと、同じように涙を浮かべたソカルがいた。

「ソカル……」

 オレは袖でごしごしと目元を拭う。
 そこで気がついたが、オレもソカルも異世界に行く前の姿……学生服に戻っていた。
 高く結ったソカルの銀髪が、夕陽を映しながら風に揺れている。

「オレたち……無事に帰って来れたんだな」

「……うん」

 秋から冬に移り変わるような風の冷たさが、逆に心地いい。
 オレはソカルに手を差し出して、微笑んだ。

「ソカル。これからもさ……オレの傍にいてくれないかな?」

「……もちろん。……ところでそれ、プロポーズ?」

 手を取ったソカルが、いたずらっ子のような顔で放った冗談に、オレたちはお互い声を上げて笑い合う。
 繋いだ手の温もりが、これが現実なのだと教えてくれた。

「――緋灯……ソカルくん……!?」

 ……と、突如聞こえた驚愕の声に、オレたちは振り向いた。
 夕陽に照らされた、藍色の髪。首にストールを巻いた、セーラー服姿の少女。

「……っ藍璃!!」

 名を呼べば、彼女はドサリと落ちたカバンに目もくれず、オレたちに向かって走り出した。
 藍璃。藍璃。オレの帰りを待ち続けてくれた、大切な少女。

「緋灯……ッ!!」

 勢いはそのままに、藍璃はオレに抱きついてきた。
 変わらないその温もりに、ほっと息を吐く。

「もう……もう!! バカバカバカ!!
 帰ってくるなら連絡しなさいよ!! ほんと……ほんとに……アンタたちはあ……っ!!」

 オレの肩に顔を埋めながら文句を言う彼女に、ソカルと顔を見合わせて笑い合う。
 やがて少女から嗚咽が聞こえ、オレは落ち着かせるようにその背をそっと叩いた。

「……心配かけて、ごめん、藍璃」

「ほんと……ほんとに! 心配したわよ、不安だったわよ!
 でも……でも。約束、してくれたから……緋灯たちの帰る場所になろうって、だから待とうって、私……っ!!」

 そう言うと、彼女はおもむろにオレから体を離す。
 ぽろぽろと落ちる涙が、残陽を映して煌めいた。

「おかえり……おかえりなさい、緋灯、ソカルくん……っ!!」

「……っ!!」

 濡れた瞳で、それでも笑ってくれた彼女に息を呑む。
 オレとソカルは、それぞれ彼女の小さな手を握り……こう言ったのだった。

「――ただいま!」


 
 夢のような、お伽噺のような、不思議な世界の話をしよう。
 そこで出会った大切な仲間たち。見つけた自分自身。
 神様や天使との戦いと、美しい景色を巡る冒険譚。

 きっと忘れない。もう二度と……大切な、この思い出を。

 運命と記憶の、物語を。



 Destiny×Memories Fin.
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