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解体作業

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 翌日、<闇姫>とは別行動ということになり、アークは皇都を歩いていた。
 気分転換のためなので特に目的地があるわけではない。

「よォ、アークじゃねェか……!」
「ん……? ああ、副ギルドマスター……」

 細道から現れたのは見覚えのあるスキンヘッド。
 皇都の冒険者ギルド南支部の副ギルドマスター・グリーグだった。

「お、なんかずいぶんこざっぱりしたなァ?」
「はは……」

 こざっぱりと言われるほどにアークの姿が違って見えるのは、カテナに服を貸し出されたためである。
<闇姫>の屋敷の管理者として、屋敷に寝泊まりすることになったアークが無精な姿でいるのは看過できないらしい。アークは風呂に入れられ、元々の服は没収され、それまで自分で適当に切っていた髪もカットされて整えられた。外出の際には必ず髭を剃ることも言い含められている。
 おかげでと言うべきか、アークは従者としてそこそこ見られる姿となっている。

「奇遇、ってほどでもねェか……知ってっかもだが、皇都のギルドにゃァ大した依頼はねェぞ?」

 アークはどうやらギルド南支部へ近づいていたようだ。先日は裏道を駆けていたため、アークにはギルド支部までの道がわからなかったりするが、冒険者の帰巣本能であろうか、なお、<闇姫>が皇都の地理を理解しているのは年に二度程度は屋敷に顔を出していたためらしい。

 グリーグがアークに並びかけ、二人はそのまま連れだって歩く。

「そういや報酬はオメェさんに渡しちまっていいのか?」
「報酬って?」
「闇ギルド殲滅のだ。あと証拠の分だな」

<梟の矢>から押収した証拠は<闇姫>と二人でチェックし、不必要な分は冒険者ギルドに提出済みである。
 それよりアークが気になったのはそれらが依頼扱いになっていることだった。

「実務上の都合ってヤツだなァ。指名依頼って形で処理しといた方があとあと面倒にならねェんだよ」
「そういうもんなのか……」

 アークはソロの二つ星なので、ギルドと高ランク冒険者のやりとりがどうなっているのかよくわからなかった。ただ、常設の採取・討伐依頼もある意味で似たようなものかもしれない。それらは受諾は後回しでも構わないというシステムだからだ。

「なんだ、シケた面してんなァ? 痴話ゲンカでもしたかよ?」
「……ちょっとばかり面倒な頼みごとを引き受けたもんで」
「カハハッ! 人間社会ってのはめんどくせェことばっかだよなァ? ダンジョン潜ってたころはよ、シンプルだったぜ……」

 どこどこの迷宮を踏破しただとか、グリーグからそんな話を聞いているうちにギルドに到着する。

 すでに昼前。
 ずいぶん遅い出勤だが一昨日、昨日と色々あったのだろう。
 アークも他人事ではなく、少し寝坊気味だったのでこの時間だ。遅い朝飯を食べての外出である。

「――おらよッ」

 応接室にて、アークは雑に放られた小袋を受け取った。

 重さからして金貨が二十といったところ。闇ギルドを壊滅させるという戦果の報酬としてはかなり安いように思えたが、正規の依頼ではないし情報料をさっ引けばこんなものなのかもしれない。それに、時給換算すれば破格である。

 例えば、アークが専門的に狩っていた黒鋼の大蛇。擬態能力は優秀とは言えないが薄暗い森の中で探すのは一苦労。絶滅させるわけにもいかないので狩り場は広げざるを得ないし、下手をすれば十日かかることもある。その倍の報酬を実動一時間なのだからおいしい仕事だ。アークの貢献はほぼなかったので、アーク自身が受け取っていい金額は微々たるものであろうが。

「ついでだ。アーク、オメェ三つ星になっとくか?」
「……は?」
「ポーション借金返し終えたんだろ? それでまだ二つ星ってこたァ護衛依頼くらいだろ。達成してねえのは」
「あ、ああ。たぶんな……」

 冒険者ランク――星の数は登録時の無星から始まり、条件を達成し、試験をクリアするごとに増えていく。
 一つ星への昇格条件は『登録一ヶ月以上』・『依頼達成数二十件以上』・『採取依頼五件以上』・『危険度E以上の討伐依頼五件以上』を全て達成すること。昇格試験はない。二つ星、三つ星は難易度が増した条件と昇格試験がある。

「けど、オレはこっちじゃ何もしてないぞ?」

 四つ星以上ならともかく、一般レベルの冒険者の仕事内容が各ギルドで共有されるということはない。
 昇格条件は一つのギルドで満たす必要があるのである。

「三つ星まではギルドの裁量の範囲内だ。つっても昇格は……特に三つ星への昇格は、慎重にやるもんだ。昇格の記録を残さなきゃなんねェからな。そいつらが下手こいたり賊落ちなんかすりゃァギルドの評価が下がっちまう。逆に言やァ四つ星に昇格すりゃギルドは鼻高々ってモンさ。つーわけで、ここで昇格してけよ、アーク」
「……じゃあ、そういうことで頼む」

 期待されているということであるし、二つ星と三つ星の待遇には大きな差がある。
 悪い話ではなかったので、アークは求められるままグリーグに冒険者タグを渡した。

 しばらくして部屋に戻ってきたグリーグからタグが返ってくる。
 表にはアークの名と三つに増えた星。裏面には三つ星に認定したギルド支部の名が刻まれていた。
 昇格には本来一カ所の行動拠点にそれなりの期間留まる必要があるので、三つ星に昇格させたギルドがアークという冒険者の拠点であったように見えなくもない。少なくともその上にある登録と二つ星昇格を行った支部名は記載は新人時代に活動した場所程度に見なされることだろう。ちょっとした詐欺かもしれない。辺境都市ライジェルの冒険者ギルド支部の名は<闇姫>のタグに刻まれているので、アーク一人程度、少なくともアークの活躍が常識的な範囲に留まる間はさして気にしないはずだが。

(……一応、あそこには恩があるからな、複雑っちゃ複雑だ。ま、<闇姫>に証文売っぱらった時点で借りはチャラでいいだろ)

 ちなみに、タグに刻まれる星の数は、装備に描いたり刻んだりしていい星の数でもある。我が強い三つ星冒険者は必ずと言っていいほど、武器か防具に三つ星を表記していたりする。

「四つ星になるにゃ中規模のダンジョン踏破するのが手っ取り早ェぞ」
「用が済んだら行ってみたいとは思ってるよ」

 ソロの無騎乗<龍騎士>ではどうにもならなかったが、今なら様々な財貨を得られる迷宮探索を活動の中心にするのも悪くないとアークは考えていた。

「是非そうしてくれ。ところでよ、オメー家ぶっ壊せねェか?」
「家? まあ、やれると思うが……」
「じゃ、潰してくんねェか? <梟の矢>のアジトを取り壊すことになったんだがよ、そっち系のスキル持ってるヤツいねェんだわ。ワシならやれるんだがな、ロートルが現場に出ると色々面倒でなァ……」

 ギルドのトップ陣は引退した四つ星以上の冒険者。年を食っても並の三つ星冒険者など問題にならないくらいの能力はあるが、依頼をこなすために動かすのはギルドとしては最終手段なのである。

「引き受けてもいいが、家の解体なら建築系の仕事じゃないか?」
「フツーは断然そっちなんだがな、なんせ闇ギルドが使ってた物件だ。打診はしてみたが……風化するまで放置しとけってな感じだ」

 一般人なら王侯貴族に次いで関わりたくない相手だろう。影すら踏みたくないに違いない。辺境都市にいたころのアークでもそう考えていたはずだ。

 今でもさして違いはない。力は増したが、小賢しく生きてきた冒険者という根っこはそうそう変わりはしない。先日のアジト襲撃とて、アークでは有効だと思いつつも実行に移すところまではいかなかっただろう。

「事務員から一人つける。立ち会いの下で始めてくれ」
「どれくらい壊せばいい?」
「瓦礫の山になってるのが理想だが、最低限人が住めないくれェに崩れてりゃいい。わかってっと思うが、周りの家には被害出すなよ」
「了解だ」
「ちと面倒かもしれんが頼まァな」

 そういうことで、アークは手空きの事務員を一人伴って現場へ向かった。

 * * *

「……どうすっかな」

 なんとなくやれるだろうという感覚で引き受けたものの、いざ壊すべき建物を前にしてみるとなかなかに戸惑いがあった。

 壊すこと自体は問題ない。
 皇都までの道中、木や岩など色々と破壊してきた経験がある。

 注意が必要なのは元アジトに隣接している家だ。
 それらに被害を与えず、潰さなければならない。

(……ま、こういうのは嫌いじゃないしな)

 アークは建物の周囲を見て回り、中にも入って家屋の構造を確かめる。

 建坪はおおよそ五×十メートル。二階建て。
 屋根と一階の天井兼二階の床が木造。壁はレンガ製だ。

 この手の建築物は頑丈ではあるが、一定以上の力が横に加わると脆い。
 一部の崩落が全体に波及する可能性もある。

「いや、安心しました」
「安心?」
「この仕事、頼めそうな者が他にいなかったわけではないのです。ですがその者たちは思慮に欠けると言いますか、彼らなら来てすぐに壊しにかかったでしょう」
「……わからんでもないな」

 魔物と戦う冒険者にとって、攻撃とは概ね全力攻撃のことを指す。

 魔物は闘争本能の塊でしぶとい。下手をすれば首だけになっても噛みつこうとする。仕留め損なうくらいなら過剰攻撃の方がいい、というのが冒険者の基本スタイルだ。

 加えて、多くの戦闘職は全力を行使した方が熟練度の伸びがいい。十の力を持っているなら十の力を、百なら百の力を出す方がより成長する。逆に言うなら、使ったのが百のうち五十ではあまり成長しない。

 そんなこんなで、全力攻撃至上主義が蔓延しているわけだ。
 アークはその空気に入りようがなかった……いや、今でも成長という意味では入れないが。

「残ってる家具も廃棄処分か?」
「はい。物件ともども曰く付きですからね。流してトラブルにしたくはありません。他に質問などはお有りですか?」
「……いや、特にない」
「では、私は近隣の方に説明した後、ギルドに戻ります。本日の作業が終わりましたら進捗報告をお願いします」
「了解だ。それじゃな」

 アークは家の中へ戻り、二階へ上がる。
 そして、早速とばかりに床板の一枚をベリベリと力任せに剥いだ。

 床を支えていた梁が二本露わになる。

(――家を潰すだけなら、こいつをへし折ればいいんだが)

 その衝撃、あるいは傾いた重心により、梁を支えている壁が崩れて全体が崩壊するだろう。
 今回それをするとご近所迷惑になるので、少しずつ崩していく必要があった。

 アークは同様にして床板を剥ぎ、全て一階に落としていく。
 いくらかあった家具も階下へ投げ落とすと、吹き抜けのような形になった。

 次に処理するのは屋根だ。
 外から屋根に飛び乗り、瓦の上を慎重に登る。

 頂点に辿り着いたところで、アークはふと気づく。

「これは……着替えるべきだったか」

 埃やら何やらで借り物かつ上等な服が汚れ出していた。
 手遅れというほどではないが、まあ今さらなので作業続行を選択する。

 てっぺんの瓦とその周辺の瓦を剥ぎ、下にある板に右手を当てた。
<握る>が発動し、拳大の穴ができる。ちなみに同様の使い方で鉄板にも穴を空けることが可能だ。
 何度か<握る>を行使して、こしらえたのは投入口。

 アークは瓦を剥いでその穴に投げ入れていく。
 一歩の範囲に瓦がなくなったら移動して穴を空け、そこを投入口にする。
 その繰り返しだ。

 非常に地道な作業だが、アークはこの手の単純労働に耐性があった。
 冒険者になるまでは<握る>で鉱石やレンガ、瓦などを握り砕くことを仕事にしていたからだ。
 解体作業そのものに関わることはなかったが現場へ出向いたことも多い。書物から得た知識もあるが、家の構造をそれなりに理解しているのはそのときの経験が大きかった。

 ガチャンガチャンと瓦が割れる音を聞きながら動き続け、三千枚ほどを落とすのに一時間と半。
 その後の三十分で屋根板を剥ぎ、三角の骨組みを<握る>で破壊して下に捨てた。

 次は屋根を支えていた梁だが、重いので厄介だ。
 下手に落としてしまえば壁を巻き込んで意図せぬ崩れ方をしかねない。
<闇姫>と出会う前ならば、この時点でギブアップだったかもしれない。

「よっ」

 アークは木の枝を拾う程度の気楽さでもって、五メートルほどある梁の一端を持ち上げた。脇に抱えて締めつけ、反るようにして力を込めれば、四時だった角度が三時、二時と巻き戻っていく。

 そして、0時――垂直にまで至ったところで反転すると、梁を隣家との隙間に下ろした。次いで自らも飛び降り、直立している梁を静かに横たえて一本目終了。同様に、残りも安全確実に地上へと運んだ。

 邪魔物がなくなったところで二階の壁の解体に入る。
 使用されているレンガの数は万単位。普通の平民の家で五万個といったところ。
 それら全てを砕いていった経験もあるが、解体が目的ならさすがに効率が悪い。

 しかし、今日のところはその効率の悪さを選ぶことにした。

 アークが外に出てきたそもそもの理由は気分転換だ。それはここまでの解体で多少体を動かしたことで達成している。あとは思索に耽るべきだろう。それには手近な物を握り潰しながらというのがアークの流儀、幼少よりの癖だ。

 最上段に座り、積まれたレンガに右手を添えれば、<握る>が発動して一部が砕け散る。アークが意識するのは握り込まれた右手を開くこと、右手が届く範囲のレンガが尽きれば少し移動することくらいだ。

 そうしてレンガを砕き続けること二時間ほど――アークの耳は悲鳴を聞いた。

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