解剖令嬢

井戸 正善

文字の大きさ
上 下
20 / 20

20.新たな死者

しおりを挟む
「結局、アポンテ子爵は単なる物取りの犯行として処理してしまったようです」
 現場検証をする予定であった監視班は王都屋敷に留め置くことになり、王城内迎賓館に集まったのはクレーリア、アルミオ、イルダとエレナ、そしてカルロスだった。
 カルロスは状況を聞いてすぐに王都での事件処理を行う部署に状況を問い合わせてくれたのだが、結果は酷いものだった。

「遺体は家族の回収待ちの状態ですが、子爵の息がかかった騎士が安置所を守っているため、わたしでも近づくことが難しい状況です」
 カルロスは王の護衛であり、犯罪捜査の部署とは責任者が違うためにあまり勝手な真似ができない。
「王の護衛と言っても、多少手当てが付く単なる騎士ですので……申し訳ない」

「例の金刺繍が施された布については、どうでしょう?」
「尋ねた仕立て屋は見たことがないと言っていましたが、同業者を幾人か紹介してもらいましたので、これから聞き込みをしてみます」
 ただ、とこれについてもカルロスはやや暗い顔をしている。
「その仕立て屋が言うには、貴族家のお抱えが作ったものだと特定は難しい、と」

 とにかく調べてみる、と言ってカルロスは出て行った。
 ベルトルドも調査をしているはずだが、いかんせん捜査権限が無い状態での行動なので制限がかかってしまう。
「今は情報を待つしかありません、か。ロザリンダさんは、一体どこに……」
 アルミオはクレーリアにかける言葉を探しながら、窓からちらりと外の様子を窺った。

「まだ見ているな」
 やや離れた場所から、一人の騎士がこちらの様子を窺うようにして立っていた。見回りをしているふうを装っているが、視線の動きが不自然に過ぎる。
 その人物が何かに驚いたような表情をして、姿を隠した。
「うん?」

 どうかしたのか、とアルミオが確認に出ようとしたときだった。
「ソアーヴェ侯爵閣下がお見えです」
 と、使用人が声をかけてきたのだ。
「お父様が? こちらへお通ししてください」
「かしこまりました」

 使用人に案内されて入ってきた侯爵の表情は渋い。
「クレーリア。また城内で死者が出た。お前に見てもらいたい」
「今、ですか?」
「ああ、先ほど遺体が発見された」
 クレーリアは驚いていた。王城の敷地内で死者が出ることは基本的に稀なのだ。それが先ほどの事故死者から続けてまた死人が出るなど、異例である。

 王城の敷地内には騎士たちの訓練所があり、宿舎がある。使用人たちも住み込みで働いている者がほとんどで、城内と言っても王族以外に多数の貴族や平民たちが生活をしている。
 そこで事故や諍いなどが発生し、時には死者が出ることはある。
 しかし王の居城で働く者たちである以上、それだけの教育がなされているし、粗暴な者は弾かれてしまう。

「立て続けに死者が出てしまったこともあるが、今回も事故だと考える者が多くてな。貴族の中には調べもしないうちに呪いではないかなどと騒ぎたてる連中も出てきてしまった」
「事故、ですか」
「正確には火災で焼死した遺体だ。消火が早く、部屋を一つ焼いただけで済んだが……問題は、その死者だ」

 宿舎の一部屋が焼け、室内は木製の家具がほとんど焼けてしまい、石造りの壁を焦がしてしまったものの、他の部屋に延焼するまえに消火が間に合った。
 その部屋を使っていたのが、日中解剖した騎士を指導していた教官であり、焼けただれてはいるが体格からその教官が死亡したものと思われる。
「騎士は事故死した。しかしこの件も事故とするには奇妙だと感じている。ゆえに、王に話してこの件を私の預かりとした」

 侯爵が出張るのは、ロザリンダの件もあって城内での捜査をしやすくする狙いもある。
「わかりました。まずは遺体を確認させてください。それと……窓の外からこちらを見ているアポンテ子爵の子飼いの騎士を排除できませんか?」
「良かろう。実は、子爵がこの件に首を突っ込んでこようとしたのでな、あまり良くないやり方だが、強制的に排除させてもらった」

 王に説明するのに苦労したようだが、あくまで騎士階級の者たちの事件であるから『貴族の事件』であり、日中にクレーリアが解剖した件と繋がる可能性があると主張したのだ。
「遺体はまだ部屋にある。私は人事について調査を行うので、現場と遺体の確認を任せる」
 侯爵は咳ばらいをして、一つの書状をクレーリアに渡した。
「本来なら夕食の席で王から渡される予定だったものだが……」

「これは……!」
 それはクレーリアに対して王が自ら署名して発行した『捜査許可証』であった。
「ソアーヴェ侯爵家当主である私が担当する件に関して、王城内での禁足地を除いたすべての場所で調査を行う権利を与えるものだ。……陛下からの信頼の証でもある」
「謹んで。お父様の、そして王国のお役に立てることを証明してみせます。それに、ロザリンダさんも」

 奇妙な事件を目の前にして、クレーリアは少しも委縮していない。
 むしろ焼死体の解剖は経験が少ないこともあって、彼女は内心昂揚していた。
 それに気づいてしまった侯爵は、ひっそりと嘆息したのだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

つぐみ静謐
2022.01.30 つぐみ静謐

貴族社会の設定がとても緻密に描かれていて、先を読むのが楽しみです。
死体や解剖、といった強烈なワード以上に、それらと関わる登場人物たちに注目したいですね。

解除
koyatake_44
2021.09.06 koyatake_44

検屍官シリーズは好きで読んでましたが、異世界要素が入ってくるとまた違う魅力がありますね
実直な主人公に一癖も二癖もある登場人物たち
また骨太で胸に迫る物語をお願いします

井戸 正善
2021.09.06 井戸 正善

お褒めと期待のツイート、ありがとうございます。
慎重に、かつ楽しく更新していく所存ですので、一緒に楽しんでいただければ幸いです。

解除

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

押し付けられた仕事は致しません。

章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。 書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。 『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。