聞き屋

はやしまさひろ

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第三話

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 俺がいるこの場所は、俺だけの場所じゃない。そんなことは当たり前だよな。ここは駅前の、地下へと続く階段の裏。折りたたみ椅子もギターケースも、置きっ放しにすれば、普通なら盗まれても文句が言えない。この庇だって、俺のために後からつけられた物だ。と言っても、すぐ脇のエレベーターを設置するときのついでだけどな。俺が聞き屋を始めた頃は、あんなものはなかったよ。
 階段の出入り口の真正面には、交番がある。ここら辺は人の往来が多く、小さないざこざが絶えることはない。警察官達は、いつも仕事に追われている。
 俺の仕事に、明確な依頼者は存在しない。それが通常だが、そうでない場合もときにはある。警察の連中は、意外と人使いが荒いんだ。と言っても、ごく一部の、あの二人だけなんだけどな。
 始まりの事件は単純だった。俺がギターを弾いていると、集まった数少ない観客にあいつがぶつかり、走り去った。観客に怪我はなかったが、俺は観客を担いで病院へと走った。当時はまだ、当然のようにギターケースも一緒に担いでいたよ。
 怪我をしたその客は女の子だった。女子大生と言っていたが、俺には中学生くらいにしか見えなかったな。しかしまぁ、それはどうでもいいことだ。俺はその後、その子とは会っていない。たまにこの街を歩く姿は見かけるが、接点はないんだ。その子は、俺に助けられたことを知らない。俺もその子に言うつもりはないが、恋人と歩く姿、大きくなったお腹、ベビーカーを押す姿を見ると、なぜだか心が暖まる。
 あいつの正体は、すぐに知ることとなった。本当に嫌な事件だ。この街で人が殺されるのは、俺には初めての経験だった。あいつはJR駅の構内で、無差別に人を殺していた。
 俺はニュースでそのことを知った。病院の中だったと思う。待合で流れる映像に、怒りが湧いた。
 すぐに行動に移すのが俺の取り柄だ。俺はあいつを探した。ただ闇雲に、それでいいんだ。俺の目的はただ一つ。あいつを探している奴がいる。それを知らせることにある。しかし、俺の狙いは見事に外れた。あいつじゃない、別の奴を誘き寄せてしまったんだよ。
 それがあそこの二人だよ。俺と警察官が繋がった瞬間だ。
 妙な真似はするなと、忠告された。あんたが最近評判になっているのも知っている。けれどこれは事件だ。悩み相談とはわけが違うんだよと言われた。聞き屋さんの出番じゃないんだとも、薄笑いで言われたよ。俺はそんな小さな嫌味に反応したわけじゃないが、俺もすでにこの事件に関わっている。今更抜け出せないだろ? そう言って、腰を上げた。俺の仕事は聞くことだ。話すことがないなら、帰ってくれ。あんた達がいると、誰も近寄ってこないんだよ。
 二人は、すぐには帰ってくれなかった。まぁそう言うなよと、大人な対応。とにかく、あまり無茶をされては困るんだ。俺たちはさ、あんたのことを買っているんだ。この街には、あんたみたいなのが必要だ。警察には話せないことも、あんたになら話せる。あんたはどんな話でも聞いてくれるからな。しかし今回のことは、それとは話が違うだろ? 大人しくしていた方が身のためだよ。そう言って、二人共が俺の肩を叩いた。一人は右肩をポンッと、もう一人は左肩ポンポンッと。
 俺は警察官なんて好きじゃないが、あの二人は別だ。いい奴とか悪い奴っていうんじゃなく、ちゃんとしている奴らだからな。つまらないことは、あまり言わない。このときくらいだな、言ったのは。
 あの二人は見た目が良く似ている。背格好が同じくらいで同じ制服を着ていると、見分けなんてつきやしない。俺はいまだに、向かって右をA、左をBと呼んでいる。もちろん、心の中でだ。面と向かってはちゃんと名前で呼んでいる。加藤と佐藤、ややこしいもんだよ。どっちがどっちか分からなくて困ったときは、口籠って誤魔化せば済んでしまう。俺はほとんどいつも、口籠っているよ。
 あの二人の言葉に従ったわけではないが、俺はしばらく動きを止めた。というよりも、なにもすることがなくなってしまったってだけのことだ。どこをどう調べても、犯人らしき男には繋がらない。そういうときはじっと、待つに限る。
 聞き屋の仕事は、尽きることがない。ただ話を聞くだけだから、楽なもんだ。大抵は、なにも考えずに話を聞いている。当然、金にはならない。しかし、大事な仕事でもあるんだ。ほんの些細な言葉から、ヒントをもらうことも多い。今回はまさに、そんな感じで事件を解決した。
 この街で起きた大きな事件。心を傷める者は多く、俺に少なからずの言葉を落としていく。その中の一人が、こんなことを言った。あの犯人、本当に男なのかな? 思いがけない言葉だった。俺はあいつを目撃していた。確かに線は細かった。目深にかぶったキャップ帽、黒のエムエーワンにジーンズ。男でも女でもあり得る格好だった。髪型は隠れて分からなかった。肩には大きなスポーツバックを抱えていた。まるで部活動の学生のように大きく、重たそうだった。それが彼女にぶつかり、倒されたんだよ。
 その言葉は一つじゃなかった。犯人が持っていたバック、あれと同じのを持っている女を知っている。あれ、限定品なんだよな。
 俺はちっとも気がつかなかった。俺だけじゃない。警察だって知らなかった情報だ。ありきたりのスポーツバックにしか見えなかった。知る人ぞ知るってやつは、わずかばかりの知る人しか知らないってことでもある。
 よく耳を傾けると、情報は溢れていた。街のみんなが心に抱えた不安を、少しずつ俺に吐き出していく。俺は丁寧にその言葉を拾っていった。
 無差別殺傷事件の結果、高二の男子と七十三歳の婆ちゃんが死亡した。他に五人が重傷、三人が軽傷、重体の二人は事件から三日後に死亡した。高二の女子と、七十九歳の爺さんだった。俺が病院に連れて行った彼女は人数に含まれてはいない。きっと他にも、突き飛ばされて擦り傷を負った者はいることだろう。
 限定品のスポーツバック。この街で販売していた店は少ない。探すのは簡単だった。しかし、他所の街で買ったのかも知れない。今時のネットショッピングの可能性もあった。けれど俺には、この街で買っているはずとの確信があった。犯人がこの街の人間だという確信もな。その理由なんて聞かないでくれ。そういう勘が働くのが、聞き屋っていう生き物の特徴なんだよ。
 犯人を女かも知れないと言ったのは、高校生の女の子だ。どこかで見た顔なんだよね。普段はあんな格好じゃないんだけど。
 あのスポーツバック、結構高いんだよね。知り合いに聞いたんだけど、若い女が買っていったそうだよ。大抵はスポーツ好きの大人が買っていくらしいから、珍しいって言っていたよ。知る人ぞ知っているその人がそう言った。
 犯人の情報には、いい加減なものも多かった。あいつを知っているとか、あいつに違いないとか、調べるまでもない言葉だ。俺は信頼できる言葉とそうでない言葉を聞き分けることができる。だからこそこんな商売が成り立っているんだ。俺には言葉の色が見えるんだよ。なんてな。
 言葉の色は目で見るというより、感じると言った方が分かりいいかも知れない。俺にははっきりとその色が目に飛び込んでくるが、それは、俺が言葉を文字として捉えているからなんだ。俺には言葉も見えているんだよ。しかしそれは、俺が特別なんだ。言葉を目で見ることは、漫画の世界以外では難しい。けれど、感じることは誰にでもできる。嘘の言葉は、心が暗くなる。認めたくない真実の言葉は、耳に痛く突き刺さる。優しい言葉は常に、心を暖かくさせる。本音の言葉はいつでも、どんなに汚い言葉でも輝きを持っている。まぁ、そんな気がしているってだけのことだ。
 殺された四人には、意外な共通点があった。二人の高校生は、恋人同士。婆さんと爺さんは、元夫婦。爺さんは、高二の男子の父親の小学校時代の恩師だった。俺はその事実を、ここで知ったんだ。警察やマスコミの調べより早かった。しかも、警察では調べが行き届かない事実まで知ることになる。
 犯人をどこかで見たことがあると言った女の子の同級生の一人が、死亡した高二の男子の幼な馴染みだった。私のクラスの子が、亡くなった彼のお葬式に行ったんだって。噂だけど、元カノだったらしいよ。そう言ったのは、また別の高校生だった。俺の客は曜日と時間帯によってはっきりと客層が別れている。まぁ、常に例外はあるんだけどな。平日の三時過ぎから六時頃までは、高校生がメインだ。
 この事件は全世界的に報道されている。結末はみんなが知っていることだ。誰が犯人なのかは、初めから分かっているだろ? 犯人の背景も、ある程度は知っているはずだ。けれど、報道されるのはいつも上辺だけ。あいつの本心はどこにも載っていない。同級生や学校の先生、近所の住人の言葉は、いつも無責任だ。言葉に色がついていない。俺は決してあいつを擁護するつもりはないが、あいつの本心は、みんなが知るべきだと思う。例えそれが、自分勝手な言葉だとしても。
 高二の男子の元カノ、彼女が中心となり、四人が強く繋がった。婆さんと爺さんは、彼女の叔父の妻の両親だった。
 彼女は長い髪の毛の、細身のいい女だった。テレビに出ていてもおかしくないほどの美少女だ。俺の同級生だったらよかったのにと、今でも思っている。そうだったなら、様々な人生が大きく変わっていたことだろう。
 俺は少しの下調べを終えてから、彼女に会うことを決めた。しかしそれは、たった一度の幻だった。遠くからその姿を確認し、そっと近づいた。君がそうなのか? 俺が放った情けのない言葉だ。彼女は俺に、そうかも知れない。そう言った。そして俺に、手提げのバックから取り出したノートを手渡した。
 海外モデルの休日のような姿の彼女は、とても犯罪者には見えなかった。ブランド物のバックも、彼女が持つと嫌味がない。受け取ったノートは普通の大学ノートだった。俺は無意味に好感を持ってしまった。
 それじゃあ私はもう行くわね。彼女はそう言い残し、立ち去った。俺はなにも言い返せず、彼女の後ろ姿を眺めていた。いい女だからってだけじゃなく、その後ろ姿からはある種の言葉の色が浮き出ていたんだ。彼女からは、嘘が少しも見えなかった。
 そんな彼女が俺の目の前で、何者かに襲われ、逃げ出した。突然のことで戸惑ったが、俺も追いかけ、走り出した。しかしそれは、無意味なことだった。彼女は交通量の多い国道に飛び出し、トラックに跳ね飛ばされた。近寄るまでもなくわかる。即死だった。彼女を跳ねたトラックの運転手は、その罪を問われてはいない。突然飛び出してきた彼女が一方的に悪いと判断をされた。彼女を襲った何者かは、以前行方知らずだ。実のところ、俺でさえその素性がつかめなかった。ってことは、あれは単純な変質者か暴行犯ってことだ。彼女は偶然に、なにも知らない誰かに襲われそうになったってことだよ。俺はそのうち、本気でその何者かを探そうかと考えている。まぁ、それはきっと無意味なことだ。というか、無意味に終わってほしいと願うよ。
 彼女が死んだことで、事件は明らかになった。俺は警察に、ほんの少し協力したが、ノートは渡していない。その存在すら知られていない。聞き屋として得た情報と、それを元に調べた事実を教えただけだ。それだけでも案外役には立ったはずだ。あの二人はその後、俺によくしてくれる。この庇の設置だけでなく、ときには差し入れもあり、俺の調査に協力もしてくれる。まぁ、俺が協力することの方が多いんだがな。
 彼女の家で見つかった凶器には、血痕がそのまま残されていた。変装に使ったキャップ帽もスポーツバックも見つかった。動機は恋愛感情の縺れと、口うるさい親戚への逆恨み。そういうことになっている。四人はたまたまあそこにいたわけではなく、彼女が裏で糸を引いておびき寄せていたことがわかった。元カレがその日、彼女とデートをすることは知っていた。映画のチケットを二枚、数日前に手渡していたからだ。元カレの好みはよく知っている。映画好きで、観たい映画は必ず初週と決めている。土日は混むからと、月曜日を選ぶことが多い。学校帰り、彼女と待ち合わせてくるはずだ。時間も大抵は予想できる。叔父を呼び出すのはもっと簡単だった。前の日に散歩途中の叔父を捕まえ、明日買い物がしたいと言っただけ。待ち合わせの時間も場所もいつも通り。叔母を連れてくるのもいつものことだった。
 彼女の叔父との関係は、良好だった。元カレとも同様だ。幼馴染としての付き合いは続けていた。しかしそれは、どちらも表向きはの話だった。
 警察の調べで分かったことは、ありきたりの理由ばかり。全ては事件後の後付けでしかなかった。俺が与えた情報も、上辺だけだ。俺だけが知っている手紙からの情報は一切話していない。直接彼女と言葉を交わしたことも、伝えていない。俺が見つけたときは、もう死んでいたと伝えている。
 俺の知っている真実は、ちょっと哀しい。俺が彼女だったら・・・・ 俺の娘が彼女だったら・・・・ 考えるだけでも胸が苦しい。
 彼女の元カレは、見た目はそこそこだが、中身は酷い。彼女が彼を愛していたのは、半分は幼馴染だからとの情けだったんじゃないかと思う。愛情は、共に過ごした時間の長さが関係することもある。そうじゃない愛も存在はするが、時間は人を慣れさせる。それは行動だけじゃなく、感情も同じこと。元カレは、彼女をとことん利用した。精神的にも、肉体的にも。都合のいい付き合いを求め、強制した。彼女が抵抗をしなかった理由はわからない。できなかったわけじゃないのは確かだ。彼女はあえてそうしなかった。彼女の手紙の文字からそう感じられた。
 俺は彼女の手紙を読んだ後、もう一度周辺の聞き込みを始めた。すると、新しく見えてきたことが多く存在した。人間って、勝手だ。そして、曖昧だ。
 元カレの人柄は、事件の直後と少し経ってからとではまるで違う印象だった。当初は亡くなった人への礼儀のつもりなのか、いい人だったのにとの言葉ばかり。少し経ってからでは、そんな言葉は全く聞こえてこない。悪い評判ばかりだ。俺が警察じゃないことを知ると、口数が増え、俺が聞き屋だと気がつくと、さらに濃い情報を与えてくれた。叔父叔母についても同様だった。
 これはきっと、当事者以外では俺だけがつかんだ真実だと思う。あいつがやったことは許されない。それでも俺は、動かずにはいられなかった。彼女の無念を晴らすとか、そんなんじゃない。彼女は、あいつだ。なにがあっても、犯罪者は犯罪者だ。責任を取れない罪は、永遠に消えることがない。だけど俺は、あいつの真実を知ってしまい、彼女の想いを救いたいと思ったんだ。俺を非難したければすればいい。俺は生まれて初めて、犯罪者の肩を持つ。
 彼女は元カレに脅されていた。悪いことなんてなにもしていないのに、欲望のままに弄ばれる。身体もお金も奪われてしまった。
 幼馴染からの発展は、自然と恋に落ち着いた。言ってしまえば、どこにでも転がっている普通の恋愛感情から始まったってわけだ。俺の知り合いでも、幼馴染との恋愛経験者は数多い。まぁ、大抵は若気の至りで別れてしまうんだがな。
 物心ついたときから、愛を感じていた。そういう関係になるのは自然だった。あいつは本気で愛していたという。俺もそうだと思う。元カレも、初めはそうだった。しかし、あることがきっかけで狂ってしまった。
 初めて二人が身体の関係を持ったのは、中学三年の夏休み。親の留守中に、彼の家でそうなった。誘ったのは彼女の方からだった。彼はそのとき、彼女があまりにも慣れていることが気になったが、それ以上に初体験の興奮に気圧され、しばらくはなにかを気にする余裕なんてなかった。毎日のように家に呼び、その行為に溺れていった。
 彼女は汚れていた。それは、彼の言い分だ。彼女はただ、汚されていただけだった。彼女自身が汚れていたわけではない。彼女は叔父に、いたずらをされていた。さらにそのことは、当時すでに離婚をしていた叔母も承知していた。叔父は半分病気だった。依存症ってやつだ。二人は離婚をしてはいたが、その関係は続いていた。離婚の理由がなんなのかなんて、ばかげていて調べる気にもなれなかった。二人は、お互いに別々の暮らしをしていることを装いながら、それぞれに生活保護費を頂いていたってわけだよ。
 彼女はそんな叔父の、依存症の犠牲になっていたんだ。高校生になってからも、叔父との関係は続けられていた。買い物がしたいとの呼び出しに応じるのは、そういうわけだ。叔母がついてくるのもいつものこと。三人は親子のふりをしてホテルに入り、叔母はロビーで時間を潰す。帰りには見返りとしてなにか一つ、手頃なものを買ってもらう。叔父はケチだ。ブランド物のバックをポンとは、買ってくれない。金もくれない。彼女は別のアルバイトで稼いでいた。それがどんななのかは、俺は知りたくない。彼女の人柄を知る上で、そんなのはどうでもいいことだ。金を稼ぐには、少なくとも幾つかの妥協が必要だろ? 俺だっていくつもの妥協を超えて聞き屋として稼いでいる。それが良いか悪いかを判断することは、誰にもできない。本人にだってできやしない。
 そんな叔父との関係に、彼は気づいた。アルバイトのことまで知ってしまったようだ。はっきりとは言わないが、小さな噂が広がっている。お前なんだろ? そう言われた。叔父との仲も、深くは突っ込まないが、知っているんだぞとの合図を送ってくる。他の誰かに教わったのか? そんな言葉を行為の最中にぶつけてくる。
 彼女は彼に振られた。と言っても、関係は続いていた。彼に恋人ができただけの話で、彼女は都合よく利用されていた。酷いことに、彼の恋人の前でおもちゃにされたこともある。二人に殺意を感じたのは、そのときだった。
 叔父と叔母は、その態度を少しずつ変化させていった。欲しい物を買ってあげる代わりに、アルバイトを勧めてきたんだ。おかしな話だ。以前からも欲しい物の代わりに叔父を満足させてきた。それなのに、アルバイト? アルバイトをすれば、そのお金は自分のもの。どういうこと? 彼女は訝しむ。しかし叔父叔母は、構わず話を進める。いつものホテルで待っていればいいんだ。私が部屋を出て行った後、入れ違いに来るお客さんの相手をすればいいだけだ。いつものことをすればいいんだよ。たまには私以外の相手とするのも楽しいだろ? こんな年寄りじゃなく、若いお客さんを用意しとくよ。そんなことを二人して真顔で言っていた。要は姪っ子を使った売春斡旋だよ。最低だな。
 彼女は苦しんだ。しかし、避けられなかった。叔父叔母は、自らの行為を棚に上げて脅してくる。元カレも同じだ。逃げたくても逃げ方がわからなかった。頼りになる人なんて、誰もいなかった。俺だって、同じだ。頼りにならない男なんだよ。
 彼女は一度、俺の元を訪ねていたらしい。俺はなにも覚えていない。彼女がその本音をなにも話さなかったとしても、その哀しみに気がつけなかったのは俺の罪だ。
 俺は、なにをすればいい? 考えたところで答えは出ない。俺は彼女のお墓へ行き、線香をあげた。彼女の怨みが晴れるとは思わないが、彼女の仇はもう、この世にはいない。彼女を救えなかった俺には、二度と彼女のような存在を生まないために、この街で耳を傾けることしかできない。偉そうなことを言っているが、ただの自己満足だ。それでいいんだ。そうやって俺は、生きていく。罪を軽くしているってわけだ。
 それからもう一つ、彼女の代わりにしたことがある。彼女が怪我をさせた八人の犠牲者に、俺は会いに行った。ごめんなさいの言葉は言わなかった。ただ、加害者である彼女の知り合いだと伝え、話を聞いた。俺にできることはそれだけ。文句でもなんでも聞き入れた。ボロクソに言われるのも当然だ。手を出されたこともある。けれど最後には、みんなが共通して泣き崩れる。悔しいこの気持ちをぶつける相手がいなかった。俺が代わりに受けつけたんだ。
 警察にも俺の行動は伝わった。あいつと知り合いってどういうことだと言われたよ。俺は、ただの客だと言った。話を聞いただけで、そのときの子が犯人だとは知らなかった。後になってここで耳にしたんだよ。犯人の友達だった子が来たんだ。私、あの子と一緒に、前にもここに来たんだよ。なんて言っていたな。俺はその子の話を聞いて、行動したまでだ。もっとちゃんと話を聞いていたら救えたかも知れないからな。俺が警察に話したことは、全てが事実だったが、余計なことは言わなかった。それでも警察は納得した。あの二人が用もないのにちょくちょく顔を出すようになったのは、その後からだ。俺はやっと、認められたんだよ。なにを認めてくれたのかはわからないけどな。
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