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第十三話⑤
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十七時過ぎ──
アヤちゃんとハナちゃんが帰ってきた。
それにエリザちゃんが嬉しそうに二人を出迎えた。
「二人ともおかえり」
エリザちゃんはあんなこと、何もなかったかのようにふるまう。私はまともにアヤちゃんやハナちゃんの顔を見ることができなかった。
「今日はね、私が炒めたんだよ。ちょっと焦げちゃったけど」
照れ臭そうにエリザちゃんが言う。その様子が禍々しかった。
夕飯の準備は、エリザちゃんも手伝ってくれた。
今日は時間がなかったので、簡単な料理しかできなかった。ナスを味噌で炒めたものと、缶詰のサバの水煮と、インスタントのお吸い物。エリザちゃんにあんなことをさせられなければ、もっとしっかりとした夕飯を作れたのに。
二人が帰ってくる前──平然と、楽しそうに手伝うエリザちゃんに私は聞いた。
「エリザちゃんは、私にこんなことをさせて、いったい何がしたいの……?」
「本当の家族になりたいだけだよ」
まったく意味が分からなかった。
「本当の家族だったら、こんなことしない……」
「私はね、家族の愛が欲しいの。私を愛してくれる家族」
「エリザちゃんにだって、家族がいるんじゃ──」
「私はおばあちゃんにも、ママにも、何度も殺されそうになった。産まれてくることもできなかったかもしれない。中絶期間を過ぎた私を堕胎するために、ママは冷水に入ったり、病院に運ばれるほど薬を飲んだりしたんだって。おばあちゃんは何度も私の首を絞めたり、地面に叩きつけようとして、そのたびに私を抱きしめて謝った。ママは三歳の私を餓死させようと、一週間も家の中に放置したこともあったよ。帰ってきた時、なんて言ったと思う? まだ生きてたんだ、って」
エリザちゃんは、まるでひとごとのように笑っていた。
「ダリアちゃんのママは悪徳商法でいくつもの家庭を壊して、そのことでダリアちゃんがいじめられても気づかない。マリーちゃんの家族は、マリーちゃんがどんな怪我をしても見て見ぬふり。ほかの家族だって、普通を装って、普通だと思い込んでいるだけ。家族ごっこをしているだけだよ。でもね──」
エリザちゃんが私の目を、その琥珀色の瞳で、じっと見つめてくる。
「ハナちゃんの家族は、ハナちゃんのママもお姉ちゃんも、本当に互いを思いやって、愛しあっている。初めてだった。そんな家族。それで私は、こんなママが、こんなお姉ちゃんが、こんな家族がほしいなと思ったの」
「だからって、どうして、こんなことをするの……」
性的な行為が、どうして家族の愛に結びつくのか、私には理解できなかった。そこにエリザちゃんの本当の闇があるような気がした。
「ママ、私のことを愛して。私もママを愛するから」
エリザちゃんは答えず、にっこりと笑った。
私はこの少女の姿をした、恐ろしい、おぞましい怪物に、いったいどうしたらいいのだろうか。私自身を生贄に差し出すことで、家族を守れるだろうか──
「お母さん、夕飯、並べるね」
着替えを済ませたアヤちゃんに声をかけられて、私は我に返った。
「う、うん……」
ハナちゃんも手伝って、夕飯がテーブルに並ぶ。それから私たち四人は席に着いた。エリザちゃんはハナちゃんの隣に座る。エリザちゃんから一方的に親しくしている感じが、なんだか不安で嫌だった。
「もうすぐ七夕だね」
エリザちゃんが何か言い始めた。
「ハナちゃんはどんなことお願いするの?」
「え……」
ハナちゃんはエリザちゃんの顔を見ると、すぐに目をそらしてうつむく。
「お姉ちゃんは?」
「私は……」
アヤちゃんも口ごもった。
「ママは、どんなことをお願いするの?」
「私は……」
エリザちゃんが一日でも早く死んでくれますように──そんなことを思って、心の底から嫌な気持ちになった。
結局、エリザちゃんがハナちゃんに何かしているのか分からなかったけれど、ハナちゃんにもう近づかないでほしかった。けれど私はエリザちゃんに致命的な弱みを握られて、彼女に逆らうことができない。
私は、私の家族を守るために、なんとか私だけでエリザちゃんに満足してもらうしかない。
「私はね、家族がずっと仲良く、幸せに過ごせますように、って」
それは彼女の家族の話なのだろうか。私には何か皮肉や嫌味のように聞こえた。
「ねぇ、ママ。今週末、泊まってもいい?」
「え?」
突然のことに、私はどうするべきか分からなかった。
エリザちゃんが家に泊まる。それがどんなに恐ろしいことか、想像もつかなかった。気分が悪くなって、目眩がしてきた。
「ね、いいでしょ? ママ」
何かしらの理由をつけて断ろうと思ったけれど、もしそうしたらエリザちゃんは私の動画のことをバラすかもしれない。それだけならまだしも、学校でハナちゃんのことをいじめるかもしれない。
「エリザちゃんのお母さんに確認して、外泊してもいいのなら……」
「やったぁ、嬉しい! ありがとう、ママ」
エリザちゃんのお母さんは、話を聞く限り、とんでもない人のようだった。本当はどんな人か分からないけれど、エリザちゃんが泊まることを反対してくれないかと、ほのかに期待した。
「それじゃハナちゃん、一緒に寝よう」
「ダメ!」
アヤちゃんが声をあげた。
「エリザちゃん、私と一緒に寝よう」
どうしてアヤちゃんがそんなことを言い出すのか、私には分からなかった。今まで、二人がそんなに親密な様子はなかった気がする。それなのにいったいどうして──
私としては、エリザちゃんと、ハナちゃんもアヤちゃんも一緒に寝かせるわけにはいかなかった。エリザちゃんが二人にいったい何をするか分からない。
「エリザちゃん、私の部屋を使っていいから……」
「それじゃママが一緒に寝てくれるの?」
「私は、アヤちゃんたちの部屋で寝るから……」
「それなら四人で一緒に寝ようよ」
四人で寝れば、エリザちゃんも変なことをできないだろうか。なるべくエリザちゃんを、娘たちに近づけたくない。私の目の届くところに置いておきたかった。
「ダメ! エリザちゃんは私と寝るから! ハナちゃんはお母さんと寝て」
「アヤちゃん……?」
「いいでしょ? ハナちゃんも。たまには私がエリザちゃんを独り占めしたって」
「そんなにお姉ちゃん、私と一緒に寝たいんだ。嬉しい。でも、楽しみは明後日、当日までとっておこう。誰と寝ようかな、みんなで寝ようかな。どうしよう、今からすごい楽しみ」
エリザちゃんは目を細めて、うっとりと微笑んでいた。
急にどうして泊まるなんて言い出したのか分からないけれど、エリザちゃんのことだから、何か恐ろしい企みがあるはずだった。
私は、エリザちゃんが、アヤちゃんやハナちゃんを傷つけることを許さない。二人は絶対に私が守る。けれどそのために、私に何ができるだろうか。私の体を差し出す以外に。
アヤちゃんとハナちゃんが帰ってきた。
それにエリザちゃんが嬉しそうに二人を出迎えた。
「二人ともおかえり」
エリザちゃんはあんなこと、何もなかったかのようにふるまう。私はまともにアヤちゃんやハナちゃんの顔を見ることができなかった。
「今日はね、私が炒めたんだよ。ちょっと焦げちゃったけど」
照れ臭そうにエリザちゃんが言う。その様子が禍々しかった。
夕飯の準備は、エリザちゃんも手伝ってくれた。
今日は時間がなかったので、簡単な料理しかできなかった。ナスを味噌で炒めたものと、缶詰のサバの水煮と、インスタントのお吸い物。エリザちゃんにあんなことをさせられなければ、もっとしっかりとした夕飯を作れたのに。
二人が帰ってくる前──平然と、楽しそうに手伝うエリザちゃんに私は聞いた。
「エリザちゃんは、私にこんなことをさせて、いったい何がしたいの……?」
「本当の家族になりたいだけだよ」
まったく意味が分からなかった。
「本当の家族だったら、こんなことしない……」
「私はね、家族の愛が欲しいの。私を愛してくれる家族」
「エリザちゃんにだって、家族がいるんじゃ──」
「私はおばあちゃんにも、ママにも、何度も殺されそうになった。産まれてくることもできなかったかもしれない。中絶期間を過ぎた私を堕胎するために、ママは冷水に入ったり、病院に運ばれるほど薬を飲んだりしたんだって。おばあちゃんは何度も私の首を絞めたり、地面に叩きつけようとして、そのたびに私を抱きしめて謝った。ママは三歳の私を餓死させようと、一週間も家の中に放置したこともあったよ。帰ってきた時、なんて言ったと思う? まだ生きてたんだ、って」
エリザちゃんは、まるでひとごとのように笑っていた。
「ダリアちゃんのママは悪徳商法でいくつもの家庭を壊して、そのことでダリアちゃんがいじめられても気づかない。マリーちゃんの家族は、マリーちゃんがどんな怪我をしても見て見ぬふり。ほかの家族だって、普通を装って、普通だと思い込んでいるだけ。家族ごっこをしているだけだよ。でもね──」
エリザちゃんが私の目を、その琥珀色の瞳で、じっと見つめてくる。
「ハナちゃんの家族は、ハナちゃんのママもお姉ちゃんも、本当に互いを思いやって、愛しあっている。初めてだった。そんな家族。それで私は、こんなママが、こんなお姉ちゃんが、こんな家族がほしいなと思ったの」
「だからって、どうして、こんなことをするの……」
性的な行為が、どうして家族の愛に結びつくのか、私には理解できなかった。そこにエリザちゃんの本当の闇があるような気がした。
「ママ、私のことを愛して。私もママを愛するから」
エリザちゃんは答えず、にっこりと笑った。
私はこの少女の姿をした、恐ろしい、おぞましい怪物に、いったいどうしたらいいのだろうか。私自身を生贄に差し出すことで、家族を守れるだろうか──
「お母さん、夕飯、並べるね」
着替えを済ませたアヤちゃんに声をかけられて、私は我に返った。
「う、うん……」
ハナちゃんも手伝って、夕飯がテーブルに並ぶ。それから私たち四人は席に着いた。エリザちゃんはハナちゃんの隣に座る。エリザちゃんから一方的に親しくしている感じが、なんだか不安で嫌だった。
「もうすぐ七夕だね」
エリザちゃんが何か言い始めた。
「ハナちゃんはどんなことお願いするの?」
「え……」
ハナちゃんはエリザちゃんの顔を見ると、すぐに目をそらしてうつむく。
「お姉ちゃんは?」
「私は……」
アヤちゃんも口ごもった。
「ママは、どんなことをお願いするの?」
「私は……」
エリザちゃんが一日でも早く死んでくれますように──そんなことを思って、心の底から嫌な気持ちになった。
結局、エリザちゃんがハナちゃんに何かしているのか分からなかったけれど、ハナちゃんにもう近づかないでほしかった。けれど私はエリザちゃんに致命的な弱みを握られて、彼女に逆らうことができない。
私は、私の家族を守るために、なんとか私だけでエリザちゃんに満足してもらうしかない。
「私はね、家族がずっと仲良く、幸せに過ごせますように、って」
それは彼女の家族の話なのだろうか。私には何か皮肉や嫌味のように聞こえた。
「ねぇ、ママ。今週末、泊まってもいい?」
「え?」
突然のことに、私はどうするべきか分からなかった。
エリザちゃんが家に泊まる。それがどんなに恐ろしいことか、想像もつかなかった。気分が悪くなって、目眩がしてきた。
「ね、いいでしょ? ママ」
何かしらの理由をつけて断ろうと思ったけれど、もしそうしたらエリザちゃんは私の動画のことをバラすかもしれない。それだけならまだしも、学校でハナちゃんのことをいじめるかもしれない。
「エリザちゃんのお母さんに確認して、外泊してもいいのなら……」
「やったぁ、嬉しい! ありがとう、ママ」
エリザちゃんのお母さんは、話を聞く限り、とんでもない人のようだった。本当はどんな人か分からないけれど、エリザちゃんが泊まることを反対してくれないかと、ほのかに期待した。
「それじゃハナちゃん、一緒に寝よう」
「ダメ!」
アヤちゃんが声をあげた。
「エリザちゃん、私と一緒に寝よう」
どうしてアヤちゃんがそんなことを言い出すのか、私には分からなかった。今まで、二人がそんなに親密な様子はなかった気がする。それなのにいったいどうして──
私としては、エリザちゃんと、ハナちゃんもアヤちゃんも一緒に寝かせるわけにはいかなかった。エリザちゃんが二人にいったい何をするか分からない。
「エリザちゃん、私の部屋を使っていいから……」
「それじゃママが一緒に寝てくれるの?」
「私は、アヤちゃんたちの部屋で寝るから……」
「それなら四人で一緒に寝ようよ」
四人で寝れば、エリザちゃんも変なことをできないだろうか。なるべくエリザちゃんを、娘たちに近づけたくない。私の目の届くところに置いておきたかった。
「ダメ! エリザちゃんは私と寝るから! ハナちゃんはお母さんと寝て」
「アヤちゃん……?」
「いいでしょ? ハナちゃんも。たまには私がエリザちゃんを独り占めしたって」
「そんなにお姉ちゃん、私と一緒に寝たいんだ。嬉しい。でも、楽しみは明後日、当日までとっておこう。誰と寝ようかな、みんなで寝ようかな。どうしよう、今からすごい楽しみ」
エリザちゃんは目を細めて、うっとりと微笑んでいた。
急にどうして泊まるなんて言い出したのか分からないけれど、エリザちゃんのことだから、何か恐ろしい企みがあるはずだった。
私は、エリザちゃんが、アヤちゃんやハナちゃんを傷つけることを許さない。二人は絶対に私が守る。けれどそのために、私に何ができるだろうか。私の体を差し出す以外に。
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