私を支配するあの子

葛原そしお

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第十話①

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 私はエリザちゃんに連れられて、駅の近くの喫茶店に入った。
 そこには彼女の友達の、砂村大麗花ちゃんがいた。彼女はスマートフォンを手に、マイク付きのイヤフォンまでしていた。
「お待たせ、ダリアちゃん。首尾はどう?」
「マリーは今、ターゲットとATMにいるらしいわよ」
「そう。順調だね」
 私はエリザちゃんと一緒に、ダリアちゃんの向かいに座る。
 ダリアちゃんの前には食べかけのパンケーキとアイスの乗ったコーヒーがあった。
「お姉さんも何か食べる?」
「私は……」
 そんな気分にはなれなかった。
 エリザちゃんは私がクロキさんに会っていることを、前から知っていたようだった。そうでなければ、ここまで用意周到に仕組めないだろう。
「いったい、どういうことなの……? ハナちゃんはこのことを知っているの……?」
 私は今の状況が分からなくて、生きた心地がしなかった。
「ハナちゃんは知らないよ。安心してください。私たちはお姉さんを助けにきたんですよ」
「助けに……?」
「それともいらなかったですか? お姉さんが好きでやってるなら、邪魔してごめんなさい」
 好きでやっていたわけではない。ただ納得して受け入れるしかなかった。エリザちゃんが「助けにきた」という言葉。もうあんなことしなくていいんだ、そう思ったら、私は涙がこぼれてきた。
「ありがとう……」
 鼻が詰まって声がうまく出なかった。
「よしよし」
 エリザちゃんが私の頭を撫でてくれた。私は彼女の肩にもたれ、そのまま泣いた。その私の肩を優しく抱き寄せてくれた。
「ちょっと、目立つからやめてよ」
「まあまあ」
 ダリアちゃんが困っているようだから、私は声を堪えた。
 エリザちゃんは気にせず、私を慰めるように、優しく髪を撫でてくれた。
「つらかったね、もう安心だから。私が守ってあげるよ」
 エリザちゃんの黒髪が頬に当たって、柔らかくて、ずっとそこに顔を埋めていたい気持ちになった。
「私、変だな、と思ったんです。お姉さんが何のアルバイトをするのか、お母さんも知らないことに。未成年のアルバイトなら、親の同意書とか必要ですよね? それがないということは、必要のない、ちゃんとしたアルバイトじゃない。もしかして最近流行りの、お金をもっている大人の女性と食事をしたり、体でお小遣いをもらうシス活じゃないかなって。それで何度か、あとをつけて、確信したわけです。おばさんと会ってホテルに入るところ、見たのは今日が初めてじゃないんですよ。お姉さんが好きでやってるなら、私も邪魔するつもりはなかったけど、元気がないのが気になって。余計なことをしてごめんなさい」
「ううん……助けてくれてありがとう……」
「ハナちゃんの大切なお姉さんだから、心配だったんです」
 エリザちゃんのことは、変わった子、不思議な子だと思っていたけれど、よく人のことを見ている、思いやりのある、優しい子だと分かった。
 ただ彼女の話を聞いていると、なぜか不安な気持ちになってきた。私のことを心配してくれて、助けてくれたことは嬉しいけれど、ずっと疑われていた、監視されていたと思うと、失礼だけれど、やはり彼女のことは不気味に感じてしまった。
「マリー、回収したって」
「そう、よかった」
「え、なに、ナポリタンとグラタンとパンケーキ? それ全部、一人で食べる気?」
「合流したら、いったん離れたいんだけどな」
「エリザがダメだって。うちに着いたら好きなもの出前していいから」
 それからダリアちゃんはマリーちゃんと話し込んでいるようだった。
 エリザちゃんに対する不安な気持ち──私は助けてくれたことをエリザちゃんに感謝しているけれど、彼女がクロキさんから百万円を脅し取ったのは怖かった。それに妹のハナちゃんと同い年の、本当に中学一年生なのだろうか。
 私は落ち着いてきたので、エリザちゃんから体を離す。
「あの、エリザちゃん……ありがとう……」
「どういたしまして」
 エリザちゃんが優しく微笑む。
「あと、このこと、お母さんやハナちゃんには……」
「もちろん言ったりしませんよ」
「ありがとう……」
「ただ、その代わり──」
 エリザちゃんが何か言いかけた時、マリーちゃんが戻ってきた。
「回収してきた」
「ありがとう、マリーちゃん。それじゃ行こうか」
「待って、私まだ食べてる!」
「私も食べる」
「ちょっと──」
 マリーちゃんはダリアちゃんの隣に座り、パンケーキとコーヒーを奪って食べる。ダリアちゃんが食べる間もなく、あっという間になくなった。

   *  *  *

 私はエリザちゃんたちと一緒に、ダリアちゃんの家に来た。彼女の家は大きな一軒家で、庭もあり、いわゆる豪邸というものだった。ダリアちゃんの部屋なんかは、私たちの住む団地の部屋より広いのではないだろうか。家の中の小物や置物も、高級そうで、お金持ちの家にありそうなものばかりだった。
 本当はまっすぐ家に帰りたかった。今頃ハナちゃんは一人でお留守番していると思うと心が痛い。土日は、前は一緒に動画を見たり、お絵描きしたり、折り紙を折って遊んだりした。最近はクロキさんに潰されて、二日連続で会うこともあった。どうしても後ろ暗い気持ちがあって、家に帰ってもハナちゃんと面と向かって話すことができなかった。
 ただそれも今日まで。お金も十分たまったので、これでハナちゃんやお母さんに、何か買ってあげようと思った。
「すぐには帰れないでしょ? バイトってことで出てると思うから。ちょっと時間を潰してから帰りましょう」
「うん……」
 エリザちゃんの言う通りだった。
 それにエリザちゃんにちゃんと事情を話して、このことをお母さんやハナちゃんには言わないよう、念押ししたかった。信じていないわけではないけれど、エリザちゃんの考えていることが分からない。
 ダリアちゃんの部屋には、ソファにテレビ、大きなベッドがあった。部屋に入るなり、マリーちゃんがソファの前のローテーブルに札束を置く。それはクロキさんから回収した百万円だった。それをエリザちゃんが何枚か手に取ってばら撒く。
「あはは、本当にある」
 エリザちゃんは声を立てて笑った。
「ちょっと、散らかさないでよ」
「あの人の持っているカードの、ATMの上限がわからなかかったから、せいぜい二十万か五十万円かと思っていたけど、ちゃんと百万円あるよ」
「このお金どうするの?」
「ダリアちゃんはいくらほしい?」
「私はいらないわ」
 ダリアちゃんは百万円もの大金に気後れしている感じではなく、興味がない様子だった。ソファに座り、スマートフォンを取り出していじり始める。
「それじゃマリーちゃん、預かってて。とりあえず私はこのぐらい使うかな」
 エリザちゃんは何枚か無造作にとった。
「はい、お姉さん」
 エリザちゃんはそのうちの十枚を私に差し出した。
「これお姉さんの取り分」
「え、そんな……受け取れない……」
「ハナちゃんやママのために必要なんでしょ?」
「うん……」
「だったら、受け取ってください」
 私は受け取ったけれど、エリザちゃんが怖くて仕方なかった。
 脅迫でこんな大金を回収し、表情ひとつ変えないマリーちゃん、気にも留めないダリアちゃん、彼女たちを従えるエリザちゃんのことが怖かった。
 エリザちゃんの本当の目的はお金だったのではないだろうか。
「あと、こんなの持ってた。いちおう回収しておいた」
 マリーちゃんが鞄から何か、パッケージに入ったものを取り出す。
 それはピンク色で、U字型をした棒状のものだった。三十センチほどの長さで、手で握れるぐらいの太さ。蛇か何かの幼虫に見えた。
 マリーちゃんがそれをパッケージから取り出して、左右の端を持って曲げ伸ばしする。
「ちょっとマリーちゃん、なにそれ?」
 エリザちゃんはお腹を抱えて笑い出した。
「お金を受け取ったあと、ついでに身分証とクレジットカードを出すように言ったら、これを投げて逃げてった」
「最初から逃げればよかったのにね。ちょっと考えれば、こっちも表沙汰にするわけにいかないから、写真や動画を拡散しないってわかるのに」
「だから考える時間を与えなかったんでしょ。いつもの手口じゃない」
 ダリアちゃんが呆れたように言うのに、エリザちゃんは笑った。
 それからエリザちゃんは、マリーちゃんからさっきの謎の物体を受け取り、ぐねぐねと動かして遊ぶ。私も見るのは初めてだったけれど、クロキさんはそれを使って私に何かするつもりだったのは分かった。
「ねぇ、お姉さん。これ、どうやって使うんですか?」
「え、わからない……」
「でも使う予定だったんですよね?」
「知らない……」
「そうなんだ。どうやって使うんだろう。両端で太さが違うんだ」
「お尻に入れるんじゃないの?」
 ダリアちゃんの指摘に、エリザちゃんが勢いよく振り向く。それにダリアちゃんは面食らったようだった。
「そうなの?」
「だって、それ、そういう道具じゃないの?」
「ダリアちゃんは使い方わかるの?」
「いや、知らないけど……形から、前と後ろの穴に同時に入れるんじゃないの? それか二人同時に入れるとか……知らないけど……」
「ああ、なるほど」
「それ、わざと言ってるでしょ……」
「なにが?」
「なんでもない……」
 エリザちゃんが私に向き直る。楽しそうに笑っていた。この年頃なら、こういう下ネタが楽しいのかもしれない。
「それじゃお姉さん、これ使ってみてください」
「いい……いらない……」
「そうじゃなくて、今ここで、これを使っているところを、私たちに見せてください」
「え……?」
 私はエリザちゃんが何を言っているのか信じられなかった。
 聞き間違いだと思った。彼女はいつもと変わらない顔で微笑んでいたから。
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