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97話

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 誰も動かない。聞こえてくるのは、風により揺らされた御神木の音だけだ。ゼラ達がいるであろうそこを振り返ると、祈るように手を組んだ木の精霊さんが遠目に見える。
「承知しました」
 兵士たちはそれだけ言うと片付けを始めた。どうやら命令書が本物であると判断してくれたらしい。王族であるイーサン様の前で、許可されていないのに勝手に立ち上がるなんて、無礼なのではないか、とも思うのだが、焦っているのだろうか。であれば、仕方がない気もするが。
「終わった、の……」
 信じられないと言うように、冬菜がつぶやいたその次の瞬間、獣人達は歓喜の声を上げた。木が折れてしまうのではないかと言うほど大きなその声は、私たちの耳を通過していく。
 信じられなかった。切られてしまうと思ったのに、木も、木の精霊さんも生きている。この世にまだ、存在している。その事実がどうにも信じられなくて。突然の事態についていけない私の心は、訳のわからない感情で埋め尽くされていく。
 溢れ出そうになる涙をグッと堪える。きっと、今安堵で一番泣きたいのは私ではないから。木の精霊さんを見ると、少し遠くてよくわからないが口元を手で覆ったり、笑顔を見せてくれたり、なんとも嬉しそうにしている。その笑顔を見た時、私はやっと信じることができた。
 昨日から怒涛の時間だった。まるで一瞬のことのようにも感じられる。けれど、長いようにも思える。木の精霊さんは、もう何も心配することはないのだ。その事実に、私達はただただ安心し、笑い合った。

 しばらくすると、獣人達は仕事があるのか、ぞろぞろと町の方へと帰って行った。残されたのは私たちと木、そしてイーサン様の隊だけ。
 話しかけていいものなのかわからず、たじろいでしまう。別に怒られているわけではないのに、謎の緊張感に包まれる。
「……昨日の今日で、お会いできるとは光栄ですね」
 一番最初に声をかけたのは、冬菜だった。今の冬菜はどうやらご機嫌らしく、ニコニコ笑っている。少し皮肉めいたようにも聞こえるが、きっと気のせいだろう……。
 それに対して、イーサン様は機嫌が悪そうに目を逸らして答えた。
「そうか」
 たった一言、それだけ。なんだか違和感のあるその顔。まるで怒っていると言うよりも、照れ隠しのように見えて仕方がない。謎だ。
「ねえねえ、姉さん。その人誰」
 あ、イーサン様の顔が普通に不機嫌になった。なんなんだろ、ほんと。
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