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 さて、いつまでもこうしていても仕方がない。使用人達に見られても不審がられるだろう。鏡をじっと見つめているお嬢様なんて、何かあったのかと思うはずだ。
 私は鏡に背を向けると、扉の方に目を向けた。朝食の時に言い出すか迷ったのだが、結局両親には何も言わずに私は自室に戻ってきたのだ。
 何を私が言いたかったのか。それは今後の希望だ。どうやってこれから生きていくのか。王子という婚約者を逃したクロエに残された道は、決して生やさしいものではない。けれど、おそらく両親はこれを受け入れてくれるだろう。それどころか喜んで送り出してくれるかもしれない。もし両親が少しでも私のことを愛していたら、期待外れの結果になるかもしれないが。
 その道を選ぶことを許され、ここを旅立つ時が来たら。その時のために準備しておくことは何かあるだろうか。……いや、衣服は用意してもらえるだろうし、他の持ち物は持っていくことを許されないだろうから、するなら心の準備のみだ。もちろん、自分で選ぶ道であるからには覚悟はできているつもりだ。それなら、やるべきことは一つ。
「言わなきゃ、お父様と、お母様に」
 反対されることはないだろう。そうわかってはいても普段話さない2人に話をしにいくのは勇気のいるものだ。私はほんの少しだけ勇気を握りしめて、机の上に置かれたベルを鳴らした。ベルの音に誘われるように入ってきたメイドさんに私は少し無理のある、けれど美しい笑顔で命じた。
「お父様とお母様にお会いしたいわ。伝えてきてくれる」
 彼女がはい、と返事をして部屋を出て行っても、胸のドキドキは収まる気配を見せなかった。

 不機嫌そうにお父様は私を見た。お母様は私に関心すらなさそうだ。
「今後のことについて、お願いがございます」
 心臓が大きな音を立てて主張している。本当に言ってしまうのか。大丈夫なのか。本当に期待通りの結果になるのか。心臓は私に問いかけてきていた。思い通りにいかないかもしれないことくらいわかっているから、少し静かにして欲しいものだ。
 お父様もお母様も何も言わない。けれども視線から伝わってくる。これ以上私達に迷惑をかけるな、と。
 安心して欲しい。私はもう二度とあなた達に迷惑をかけたりしない。
 あなた達が私のしでかしたことの後始末に悩まされ、苛立ちを覚えていることくらい分かっている。まあ、あなた達どころか、国中の人が私の扱いに困っているだろうけれど。
 あなたが私のことを疎ましく思っているように、私もあなた達のことを好いていない。それなら一緒にいる意味なんてないと思うんです。ですから。
「私を生贄として精霊の森に送ってください」
 あなた達の前から、消えさせていただきます。
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