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16話 婚約破棄

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 目をゆっくりと開ける。どうやら私は眠ってしまっていたらしい。泣き疲れて眠るなんて、まるで子供のようだ。笑ってしまいたいところだが、心は暗く沈んだままだった。
 起き上がると顔の横にタオルが落ちていたことに気がついた。揺れている。マテオが濡らして私の目にかけてくれたのだろう。おかげで私の目は腫れていないようだ。
「お目覚めですか、お嬢様」
そう言うマテオは私ではなく扉の方を怪訝そうにみていた。扉の向こう側に誰かいるのだろうか。
「ローガン王子がおいでです。寝ていらっしゃるとお伝えしたら、待つとおっしゃられたので……」
要件は何となく分かっている。これが女の勘というものなのかはよくわからないが、何となく分かってしまったのだ。
「お通しして」
私はマテオにそう頼むとベッドを降りて身だしなみを整えた。鏡の前に立ち、乱れた髪を整え、服を整え、そしてにっこりと笑顔を作った。
「……ガーベラ嬢」
もうガーベラとは呼んでくださらないようだ。その言葉が、事実が重くのしかかる。
「申し訳ありません、ロー様。少し疲れて眠ってしまっていて……。何か御用でしょうか」
どうせ絶望に突き落とされるなら私を奈落の底へと。
「婚約、無かったことにしてほしいんだ」
あなたの手で、突き落としてくださいな。

 その言葉を告げられれば世界が止まったような苦しさを味わうものだと思っていたが私は案外何も感じなくて。それどころか、何かから解放されたような気さえしていた。私は本当にロー様に恋をしていたのか。それさえを疑うほどだ。
「はい、ローガン様」
仕返しとばかりに私はロー様ではなくローガン様と呼んで笑ってみせた。私は大丈夫なのだと知らしめてやりたくて。だからローガン様には幸せになって欲しくて。
 ローガン様はハッとしたように私をみたがすぐにいつもの完璧な表情で笑って。
「要件はそれだけだ。後日正式に書類を送る。それでは、失礼」
部屋を出ていった。

 力が抜けたようにベッドに腰掛ける。
「マテオ」
ふと漏れ出した名前だった。呼ぶ気なんてなかったけれどなぜか呼んでしまった。
「はい、お嬢様」
頭は何でもないと言えと言っているのだが、心は知っていた。私は彼に何を言いたいのかを。
「私はうまく笑えていたかしら」
天井を見上げ私はそう尋ねた。とてもじゃないけれどマテオの顔なんて見れなくて。あんな場面を見られて気まずくて。
「……大丈夫ですよ、お嬢様。完璧でしたよ、お嬢様は。ですから、大丈夫です」
優しくそれでも力強い彼の声を私を安心させ、そして再び私は眠りの世界へと入っていった。
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