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第三章「黒衣の少女」

第29話「叩きの心理」

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 もし諸君に、他人の意識など気にしないという強い信念があり、そういう風に自分を変えるための時間の余裕があったとしても、一度この快楽を覚えてしまったら、もうそこから変化を望むことなどありえないだろう。

 なぜなら、この快感を知ってしまった時点で、つまり、最高のタイミングですべてをぶち壊し、他人から嘲笑を受ける中に潜む喜びを知ってしまった時点で、絶対に作家になどなれないことに、気づいてしまっているからである。

「意識とは何だ? さっぱりわかりやしない」と、あまりにも諸君がおっしゃるものだから、ここは一つ意識の話を、貴方がたの大好きな【評価】に絞って考えて見ることにしよう。評価とは、君たちが心の底から渇望しているあの☆や、♡や、応援コメントの事である。

 評価というものは、所詮意識の一側面に過ぎず、更に言うなら【本当に素晴らしいものを書いておきながら、他人からはまったく相手にされないこと】にこそ、物書きの真の愉悦はあるのだが、まあその話は、今は脇に置いておくとしよう。

「他人からの評価など気にしない」と、諸君らがどんなにうそぶいてみたところで、諸君らの本心は誰かに褒められたくて仕方ない。相手がどんなボンクラであろうと、いや実際は人間ですらなく、自動評価のボットであるかもしれない訳だが、たとえそれが真実であろうと、一つでも多くの☆や♡が、欲しくて仕方ないのだ。

 たまにコメントでも付こうものなら、「コイツは、俺のやりたいことなどちっとも分かってやしない」と嘲りながらも、慢心の笑みである。レビューなど書かれた日には、もう天にも昇る気持ちだ。そして、つい先ほどまでの自分の信念などかなぐり捨てて、もし自分の作品に関心を示したのでなければ歯牙にもかけぬボンクラ相手に、阿諛追従を繰り返すのである。

 これはもう、「読者を喜ばせるため書く」どころの話ではない。単なる奴隷だ。それほどまでに、評価というものは、人の頭と心をおかしくする。僕は何度だって繰り返すが、なのだ。

 諸君らは他人からの評価がなければ、一文字だって書くことが出来ない病人だ。それは即ち、「本物の作家になることなど出来ない」という事と殆ど同義なのだが、諸君らはまだ、その事実に気づいていない。そしていつしか書くことを止めてしまう訳だが、他人からの評価が貰えないために、筆を折ってしまう人間は、実はまだマトモである。

 たとえば、強烈な意識の結果として、こんな人間だって生まれ得よう。他人の評価がなければ書くことが出来ない、あるいは出来たとしても、大したものにならない事が分かっている人間は、突然、他人の作品を批評しだすのだ。否、正確にいえば、それは批評という名の【悪態あくたい】である。

 誤解を招かないように敢えて言うのだが、彼らのこの行動は【嫉妬】から来るものではない。もし、その行動が嫉妬から来るのであれば、彼らは作家にはなれないにせよ、マトモな人間に戻れるはずだ。しかし、最初に述べたように、強烈な意識(≒ここでは他人からの評価)に捕らわれた人間は、既に病気であり、「この病気を治すくらいなら、死んだ方がマシだ」と思うほどに、自意識過剰なのである。

 では何故、「他人からの評価を受けたい。でも、作品は書けない」という人間は、批評(という名の罵詈雑言)を始めるのか? それは、自分という存在が世間から黙殺される位なら、自分では何も作らぬくせに他人のアラ捜しするクズとして、衆人の嘲笑や憎悪の対象にされた方が、いくらかマシであると考えるからである。

 彼らは必死になって、世間で話題になっている作品を探す。そして、とにかく叩けそうな所を見つけ、思いつく限りの全ての卑語をもって罵倒する。当然、その批判や批評は的外れなので、衆目から物笑いの種となる訳だが、心の弱い作家は、そんな彼らの言葉だけでも簡単に筆を折ってしまう訳だ。

(この一点を取ってみても、他人の視線を意識することなど、作家になるためにはマイナスでしかないと言えよう)

 勿論、書いてる本人も、自分の批評あくたいが取るに足らないものであることは重々承知である。それでも彼らは、悪口を書くのを絶対に止めない。その意気込みを創作に向ければ、せめて僕のような拗ねモノの評価位は貰えそうなものだが、彼らは決してそうは考えないのだ。

 さて、これは彼らをフォローするのではなく、事実なので言うのだが、彼らとて、自分が愚かな行為をしていることはちゃんと分かっている。自分という存在が、生きているだけで周りの人々に迷惑をかけるような、この世から消えた方が遥かにマシな存在であることは、ちゃんと自覚しているのだ。でなければ、自分をさいなめないし、後悔も出来ない。

 では、まっとうな人間と、病人がどこで分けられるかと言えば、彼らはその反省や後悔や良心の呵責ですら、【己の快楽のために行う】という事である。

 つまり、的外れな批判を繰り返し、才能ある若い作家を潰したクズという【汚名】を受ければ受けるほど、彼らの苦しみは増していき、それがいつしか、一種の呪わしい汚辱に満ちた甘い蜜に変わり、彼らに快感を持たらすのだ。

 これはすべて、強烈な意識(≒ここでは評価を望む心)に含まれているノーマルな根本法則と、その法則から生ずる惰力によって簡単に説明できる彼らの行動原理である。したがってこの場合、彼らがマトモに戻るなどということは到底あり得ず、仮に名誉棄損の訴訟など持ち出したところで、彼らの快楽がより深く増すだけだから、もうてんで手も足も出ないのである。

 しかし、もうたくさんだ……。散々しゃべり散らしはしたものの、いったい何を説明出来たというのだ? 僕のいう快感は、どう説明されたのだ? いくらなんでも、評価いしきに取りつかれた人間には生きる資格すらないというのは、言い過ぎじゃないのか? 人が幸福を求める事を許容された生き物であるのならば、僕らがそうすることだって、同じように許されるべきではないのか?

 ああしかし、最大多数の最大幸福こそが善であり、この世の真理だというのなら、僕らみたいな存在は当然消えてしかるべきなのだ!

 いや、僕は説明してみせる! 仮に僕らが消えるべき存在だとしても、【真実】に気づいてない奴らよりは賢く、また優秀な人間であるはずだ。そのことを、僕は証明せずにはおれない。僕が筆をとったのも、つまりそのためではないか!!

《続く》
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