33 / 61
第三章「黒衣の少女」
第28話「意識と言う病」
しおりを挟む
ところで、諸君。僕はこれから、なぜ僕が【作り手】になれなかったかを、話して聞かせたいと思う。
堂々と恥を晒してのけるが、僕は今までに何度も、クリエーターになるのだと周囲に宣言してきた。けれども、僕がどんなに真面目にモノを創りたいと訴えても、「貴方はお金だけ出してくれれば良いのです。後は僕らで上手くやっときますから」としか、周りの人間に言ってもらえなかったのだ。
だから僕は、相場で身ぐるみをはがされて初めて、ようやく最初の一歩を踏み出す資格を与えられた事になる。だが諸君、誓って言うが、かつて僕にモノを創らせようとはしなかった周りの判断は、やはり正しかったのだ。
トレードとは、自分がどう考えるかではなく、他人がどう考えるかを正確にとらえる技術の事である。そしてこの、他人がどう考えるかを意識するということは、それ自体が病気なのだ。つまり、他人の目を気にして作品を書いているうちは、何時まで経っても自分の文章を金には出来ない。
他人の視線を意識することは、作家を目指すうえで何のメリットもない。僕はハッキリと断言するが、他人にどう思われようとまったく気にしない人間にしか、【成功】というものは掴めないように出来ているのだ。
僕は賭けてもいいが、諸君は僕がこんなことを書くのを、本当はお金のためだ――相場師として復活するために、悪趣味ながら自分の人生を切り売りし、可哀想だと思った善良な読者から、新たな金主を見つけようとしているのだ――と、考えておられるに違いない。
しかし、諸君。他人のお金を運用しようというのに、自分の病気を自慢げに語る相場師がどこにあろう? しかもそれを、案外得意げに感じている奴なんて、僕以外にいるはずがない。
いや、僕は一体、何を言っているのだ? 誰だって、自分を大きく見せようとしているではないか。つまり皆、病気を自慢しているのだ。少なくとも、作家を目指そうという人間は、皆そうである。僕などは、おそらくその最たるものだろう。
「いや私は、皆の幸せにために書いてるんです。皆の幸せが、私の幸せなんです」みたいな事を真顔で言う作家もいるには居るだろう。だが、それは結局のところ、自分の事しか考えてないという事を、別の言葉で言い換えているにすぎないのだ。
別に議論をするつもりはない。信じたくなければ、信じなくたって構わない。だが僕は、こと意識の問題に関してだけは、心の底から確信している。意識の過剰どころか、どんな種類の意識であろうと、他人がどう考えるかを意識するということは、それ自体が病気なのである。勿論、そんな病気を抱えてるうちは、まともな作家には決してなれない。僕はそれを主張する。
僕のこの主張は、大半の読者からは受け入れられないであろう。なので、この主張が真実であることを実感していただくために、まずはひとつ、質問に答えていただきたい。この質問にどう答えるかで、僕と諸君との【距離】が決まるからだ。
何故僕は(そして、もしかしたら君たちは)、あの大切な瞬間に、つまり、普通の人間が到底なしえない、「美しくして、深淵なるもの」を手中にしようとする瞬間に、どうして見ぐるしい所業をやってのけ、自ら幸せを放棄するような真似をしてしまうのか?
しかもそれは――正直に言えば、皆もそうに違いないと僕は確信しているのだが――決して、不注意から起こるミスではない。「今は絶対に、そんな事をやってはならない」と十二分に意識しているにもかかわらず、愚かな行為を【好んで】やってしまうのである。
「美しくして、深淵なるもの」を手にしたいと、はっきり意識すればするほど、いよいよ深く自己の内部の泥沼にはまりこみ、すべてをぶち壊しにするより、他に手がなくなってしまうのである。
何よりも困ったことは、どうもそれが偶然ではなく、そうならざるをえないように仕組まれている点である。つまりこれが、僕の正常な状態であって、けっして病気でもなければ、変態でもないらしいのだ。
結局のところ、それは、他人の目を意識しているから起こる問題であると思う。つまり、幸運を掴むとか、何かを成しうる人間になるためには、努力とか能力の問題以前に、「他人の視線などまったく気にしない」というスタンスが、どうしたって必要なのだ。
僕はハッキリと言うが、「読み手がどんな気持ちになるかを、常に考えながら書きましょう」などと言っている輩の事を、絶対に信じてはならない。それは、まばゆい才能をもった人間を、少しずつすりつぶすための罠である。既に伸びしろのない彼らは、諸君らに自分らの食い扶持を減らされると困るのだ。
他人を喜ばせよう、理解させよう、幸せになってもらおうと思った瞬間から、作品は腐っていく。彼らはそのことを骨の髄まで知っているから、「まずはテンプレ作品を作ってみましょう」などと勧めてくるのだ。
僕は奴らの言葉を信じてしまったおかげで、一時期は彼らに感謝までし、戦おうという気持ちなど微塵もなくなってしまった。他人に尽くすなど、不可能な人間であることをちゃんと分かっていながら、「文章を使って他人に奉仕すること」が自分のノーマルな状態であると、ほとんど信じかねない状態に陥っていたのだ。
いや、ことによったら、本当に信じ切っていたかもしれない。
「読者を喜ばせるために書きましょう」という、このクソみたいな言葉のお陰で、一体どれだけの才能が闇に葬られたことだろう? 皆この言葉をウソだとは思わない。真実に気づいた人間は、自分より才能のある人間にそれに気づかれると困るから、この言葉はずっと、常識としてまかり通った。まるで、呪いでもあるかのように。
僕は、それを素直に信じた自分を恥じた。だが、真実に気づいた時には、僕は他人の意識を捨象することなど、到底不可能な人間になっていた。だから僕は、逆に自分というものを捨て、何をやったら、他人が自分を愚かな人間だと思ってくれるかだけを考えて生きる、下劣な生き物になることを決断したのだ。
「今日もまた、愚劣なことをやってのけた。しかし、やってしまったことは取り返しがつかない」
一生懸命に意識の中でくり返しては、心ひそかに自分を責め苛み、我が身を噛み砕き、しまいにはこの意識の苦汁こそが、一種の呪わしい汚辱に満ちた甘い蜜に変わるのだ。そして最後には、それこそが間違いのない真剣な快楽になってしまう。
そうだ、これは快楽なのだ! 僕はそれを主張する。
僕がこんな手記を書き始めたのは、他の人にもこんな快楽があるものか、それを知りたくてたまらなかったからだ。僕は諸君に説明しよう。この場合の快楽は、あまり強烈に、自己の愚かさを意識するところから生まれる。
つまり、自分がどんづまりの壁にぶつかって、その苦しさを痛感しながら、逃れるべき道がない、今さら別人になる訳にもゆかないといった袋小路に嵌って、ようやくたどり着ける真の愉悦なのである。
(続く)
堂々と恥を晒してのけるが、僕は今までに何度も、クリエーターになるのだと周囲に宣言してきた。けれども、僕がどんなに真面目にモノを創りたいと訴えても、「貴方はお金だけ出してくれれば良いのです。後は僕らで上手くやっときますから」としか、周りの人間に言ってもらえなかったのだ。
だから僕は、相場で身ぐるみをはがされて初めて、ようやく最初の一歩を踏み出す資格を与えられた事になる。だが諸君、誓って言うが、かつて僕にモノを創らせようとはしなかった周りの判断は、やはり正しかったのだ。
トレードとは、自分がどう考えるかではなく、他人がどう考えるかを正確にとらえる技術の事である。そしてこの、他人がどう考えるかを意識するということは、それ自体が病気なのだ。つまり、他人の目を気にして作品を書いているうちは、何時まで経っても自分の文章を金には出来ない。
他人の視線を意識することは、作家を目指すうえで何のメリットもない。僕はハッキリと断言するが、他人にどう思われようとまったく気にしない人間にしか、【成功】というものは掴めないように出来ているのだ。
僕は賭けてもいいが、諸君は僕がこんなことを書くのを、本当はお金のためだ――相場師として復活するために、悪趣味ながら自分の人生を切り売りし、可哀想だと思った善良な読者から、新たな金主を見つけようとしているのだ――と、考えておられるに違いない。
しかし、諸君。他人のお金を運用しようというのに、自分の病気を自慢げに語る相場師がどこにあろう? しかもそれを、案外得意げに感じている奴なんて、僕以外にいるはずがない。
いや、僕は一体、何を言っているのだ? 誰だって、自分を大きく見せようとしているではないか。つまり皆、病気を自慢しているのだ。少なくとも、作家を目指そうという人間は、皆そうである。僕などは、おそらくその最たるものだろう。
「いや私は、皆の幸せにために書いてるんです。皆の幸せが、私の幸せなんです」みたいな事を真顔で言う作家もいるには居るだろう。だが、それは結局のところ、自分の事しか考えてないという事を、別の言葉で言い換えているにすぎないのだ。
別に議論をするつもりはない。信じたくなければ、信じなくたって構わない。だが僕は、こと意識の問題に関してだけは、心の底から確信している。意識の過剰どころか、どんな種類の意識であろうと、他人がどう考えるかを意識するということは、それ自体が病気なのである。勿論、そんな病気を抱えてるうちは、まともな作家には決してなれない。僕はそれを主張する。
僕のこの主張は、大半の読者からは受け入れられないであろう。なので、この主張が真実であることを実感していただくために、まずはひとつ、質問に答えていただきたい。この質問にどう答えるかで、僕と諸君との【距離】が決まるからだ。
何故僕は(そして、もしかしたら君たちは)、あの大切な瞬間に、つまり、普通の人間が到底なしえない、「美しくして、深淵なるもの」を手中にしようとする瞬間に、どうして見ぐるしい所業をやってのけ、自ら幸せを放棄するような真似をしてしまうのか?
しかもそれは――正直に言えば、皆もそうに違いないと僕は確信しているのだが――決して、不注意から起こるミスではない。「今は絶対に、そんな事をやってはならない」と十二分に意識しているにもかかわらず、愚かな行為を【好んで】やってしまうのである。
「美しくして、深淵なるもの」を手にしたいと、はっきり意識すればするほど、いよいよ深く自己の内部の泥沼にはまりこみ、すべてをぶち壊しにするより、他に手がなくなってしまうのである。
何よりも困ったことは、どうもそれが偶然ではなく、そうならざるをえないように仕組まれている点である。つまりこれが、僕の正常な状態であって、けっして病気でもなければ、変態でもないらしいのだ。
結局のところ、それは、他人の目を意識しているから起こる問題であると思う。つまり、幸運を掴むとか、何かを成しうる人間になるためには、努力とか能力の問題以前に、「他人の視線などまったく気にしない」というスタンスが、どうしたって必要なのだ。
僕はハッキリと言うが、「読み手がどんな気持ちになるかを、常に考えながら書きましょう」などと言っている輩の事を、絶対に信じてはならない。それは、まばゆい才能をもった人間を、少しずつすりつぶすための罠である。既に伸びしろのない彼らは、諸君らに自分らの食い扶持を減らされると困るのだ。
他人を喜ばせよう、理解させよう、幸せになってもらおうと思った瞬間から、作品は腐っていく。彼らはそのことを骨の髄まで知っているから、「まずはテンプレ作品を作ってみましょう」などと勧めてくるのだ。
僕は奴らの言葉を信じてしまったおかげで、一時期は彼らに感謝までし、戦おうという気持ちなど微塵もなくなってしまった。他人に尽くすなど、不可能な人間であることをちゃんと分かっていながら、「文章を使って他人に奉仕すること」が自分のノーマルな状態であると、ほとんど信じかねない状態に陥っていたのだ。
いや、ことによったら、本当に信じ切っていたかもしれない。
「読者を喜ばせるために書きましょう」という、このクソみたいな言葉のお陰で、一体どれだけの才能が闇に葬られたことだろう? 皆この言葉をウソだとは思わない。真実に気づいた人間は、自分より才能のある人間にそれに気づかれると困るから、この言葉はずっと、常識としてまかり通った。まるで、呪いでもあるかのように。
僕は、それを素直に信じた自分を恥じた。だが、真実に気づいた時には、僕は他人の意識を捨象することなど、到底不可能な人間になっていた。だから僕は、逆に自分というものを捨て、何をやったら、他人が自分を愚かな人間だと思ってくれるかだけを考えて生きる、下劣な生き物になることを決断したのだ。
「今日もまた、愚劣なことをやってのけた。しかし、やってしまったことは取り返しがつかない」
一生懸命に意識の中でくり返しては、心ひそかに自分を責め苛み、我が身を噛み砕き、しまいにはこの意識の苦汁こそが、一種の呪わしい汚辱に満ちた甘い蜜に変わるのだ。そして最後には、それこそが間違いのない真剣な快楽になってしまう。
そうだ、これは快楽なのだ! 僕はそれを主張する。
僕がこんな手記を書き始めたのは、他の人にもこんな快楽があるものか、それを知りたくてたまらなかったからだ。僕は諸君に説明しよう。この場合の快楽は、あまり強烈に、自己の愚かさを意識するところから生まれる。
つまり、自分がどんづまりの壁にぶつかって、その苦しさを痛感しながら、逃れるべき道がない、今さら別人になる訳にもゆかないといった袋小路に嵌って、ようやくたどり着ける真の愉悦なのである。
(続く)
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
全ての悩みを解決した先に
夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」
成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、
新しい形の自分探しストーリー。
戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)
俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。
だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。
また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。
姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」
共々宜しくお願い致しますm(_ _)m
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる