17 / 61
第二章「時空管理局の女」
第14話「人生を変える箱」
しおりを挟む
「夢か……」
リビングのソファーで、僕は目を覚ました。師匠のことを夢に見るなんてずいぶん久しぶりだ。滅多なことで、うたた寝なんてしないんだけど、今日は少し飲み過ぎたらしい。時刻はもう二十三時近くだった。
もうすぐ米国で取引が始まる。僕は外国株を取引きしないが、米国市場の値動きは翌日の日本市場にも多大な影響を与える。海外の値動きを見ながら、夜間取引で持ち高を調整し、明日の作戦を考えつつ就寝するのが、普段の僕のスタイルだった。
「とりあえず、先物のチェックでもするか……」
先物の値は、夕方の値段と大差はなかった。とりあえず、波乱のスタートという事は無さそうだ。
寝ぼけ眼のまま、なんとなくツイッターを眺めていると、美しい蒔絵の施された京漆器の写真と共に、こんな感じの胡散臭い煽りが、僕のタイムラインに飛び込んできた。
『クソみたいな貴方の人生を、この箱で変えてみませんか? これまで数々の為政者を生み出してきた奇跡の箱です。お代は送料のみで結構。どんな権力でも思うがままです! 無事に権力を手にしましたら、成功報酬として一千万円を振り込んでください』
「煽り文句としては下の下だな」と、僕は思った。勿論、こんなものが本物であるはずがない。けれども、その煽りの下にほんの小さく書かれていた注意書きに、僕は少し興味を惹かれた。
『ただし、保証するのは権力を手にすることであって、その後の人生の補償まではいたしません』
本来、この手の注意書きは、商品の効果が感じられない場合の言い訳として記載されるものだ。だがこれは、「権力を手に入れても、幸せになれるとは限りませんよ」という事が書いてあるだけで、権力を掴む事そのものは保証している。
珍しいなと思って、僕はその下にある詳細ボタンをクリックしてみた。リンク先のページには、過去の所有者の栄枯盛衰のエピソードが詳細に記されていた。眉唾物だなと僕は思った。
もしこの箱の力が本物だとして、最期は不幸になるとわかっている代物を、欲しがる人間などいるはずもない。「馬鹿らしい……」と思ってブラウザを閉じようとした瞬間、僕は箱の最後の所有者として記されている人物の名前を見て、ハッと息を飲んだ。
もしそれが本当なら、たとえどんな不幸がこの先に待ち構えていようと、僕はこの箱を手に入れなきゃいけない。
結論から先に言うと、僕はユキと名乗る少女からその箱を購入し、相場師を廃業することになる。そして新たな世界に向けて、一歩足を踏み出す事になった。つまり、「人生を変える箱」の名に偽りはなかった訳だ。
だが、この箱の所有者には、栄光の後に必ず悲劇が訪れる。僕もきっと、その運命からは逃れられないだろう。語りたいことは山ほどあるが、まずはこの箱を手にすることになった、最初の一日から語っていこうと思う。
《続く》
リビングのソファーで、僕は目を覚ました。師匠のことを夢に見るなんてずいぶん久しぶりだ。滅多なことで、うたた寝なんてしないんだけど、今日は少し飲み過ぎたらしい。時刻はもう二十三時近くだった。
もうすぐ米国で取引が始まる。僕は外国株を取引きしないが、米国市場の値動きは翌日の日本市場にも多大な影響を与える。海外の値動きを見ながら、夜間取引で持ち高を調整し、明日の作戦を考えつつ就寝するのが、普段の僕のスタイルだった。
「とりあえず、先物のチェックでもするか……」
先物の値は、夕方の値段と大差はなかった。とりあえず、波乱のスタートという事は無さそうだ。
寝ぼけ眼のまま、なんとなくツイッターを眺めていると、美しい蒔絵の施された京漆器の写真と共に、こんな感じの胡散臭い煽りが、僕のタイムラインに飛び込んできた。
『クソみたいな貴方の人生を、この箱で変えてみませんか? これまで数々の為政者を生み出してきた奇跡の箱です。お代は送料のみで結構。どんな権力でも思うがままです! 無事に権力を手にしましたら、成功報酬として一千万円を振り込んでください』
「煽り文句としては下の下だな」と、僕は思った。勿論、こんなものが本物であるはずがない。けれども、その煽りの下にほんの小さく書かれていた注意書きに、僕は少し興味を惹かれた。
『ただし、保証するのは権力を手にすることであって、その後の人生の補償まではいたしません』
本来、この手の注意書きは、商品の効果が感じられない場合の言い訳として記載されるものだ。だがこれは、「権力を手に入れても、幸せになれるとは限りませんよ」という事が書いてあるだけで、権力を掴む事そのものは保証している。
珍しいなと思って、僕はその下にある詳細ボタンをクリックしてみた。リンク先のページには、過去の所有者の栄枯盛衰のエピソードが詳細に記されていた。眉唾物だなと僕は思った。
もしこの箱の力が本物だとして、最期は不幸になるとわかっている代物を、欲しがる人間などいるはずもない。「馬鹿らしい……」と思ってブラウザを閉じようとした瞬間、僕は箱の最後の所有者として記されている人物の名前を見て、ハッと息を飲んだ。
もしそれが本当なら、たとえどんな不幸がこの先に待ち構えていようと、僕はこの箱を手に入れなきゃいけない。
結論から先に言うと、僕はユキと名乗る少女からその箱を購入し、相場師を廃業することになる。そして新たな世界に向けて、一歩足を踏み出す事になった。つまり、「人生を変える箱」の名に偽りはなかった訳だ。
だが、この箱の所有者には、栄光の後に必ず悲劇が訪れる。僕もきっと、その運命からは逃れられないだろう。語りたいことは山ほどあるが、まずはこの箱を手にすることになった、最初の一日から語っていこうと思う。
《続く》
0
お気に入りに追加
46
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる