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第二章「時空管理局の女」
第13話「師匠」
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彼の第一印象は、正直あまりよくなかった。
「コイツが早稲田まで入って、ニッパチ屋に騙されてるボンクラかい?」
と言うのが、僕の顔を見た後の、彼の最初の一言だったからだ。悪徳業者に命銭を全部預けちゃったんだから、バカにされるのは仕方ないが、この人は本当に僕の力になってくれるんだろうか?
「坊主、名前は?」
「佐々井です。よろしくお願いします」
「歳は?」
「十九歳です」
「その歳で相場を張るたあ、なかなか感心じゃねえか。だが、俺がお前の歳の頃には、既に仕手の片棒を担いでたよ。自分で相場を作りだしたのは、二十一の時だ。坊主、仕手って分かるか?」
目の前の怪しげな男はそう言った。年のころは四十代の後半くらいだろうか? 本職かどうかは分からないが、その目は妙にギラギラしていて、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出していた。
「わかります。そういう人たちが動かす株を買ったことはないですけど……」
「おいおい、仕手こそが相場の華だぜ? 株買って、誰かが買い上げてくれるの待ってて、何が楽しいんだよ」
そう言いながら男は、胸元からタバコを取り出し、一服し始める。
「楽しいとか、そういうのはよく分かりません。僕は自分の人生を変えたくて、株を始めました。勉強なら、多分得意なので……」
「それで、ニッパチ屋に嵌ってりゃ世話ないな」
そういって、男は僕の方に煙を吐き出した。僕は、「その通りです」と答え、それ以上彼の顔を見ることが出来ずに、うなだれてしまった。大人の力借りるしかない今の自分が、みじめで仕方なかった。
「剣乃さん。若いのを弄るのはそれくらいにして、少し話を聞いてあげちゃくれませんか? これでなかなか、将来有望な奴だと思ってるんです」
仲介者の土佐波さんがそう言った。僕みたいに若いのが場末の証券会社に出入りするのはとても珍しいらしく、僕は時々、彼から昼飯をご馳走になったりしていた。それでダメ元で、今回のニッパチ屋の件を、彼にも相談していたのだ。
「俺は別にいじめてる訳じゃねえよ、土佐波。お勉強しかできない若造に、少し世間ってものを教えてやってるだけさ」
そういって、剣乃と呼ばれた男は不敵に笑った。
仲介者の土佐波さんは、ほとんど毎日といっていい位に、僕の出入りしている証券会社の店頭にいる男だった。株価ボードの前に設置されたソファーにどっしりと腰をかけ、いつも誰かの電話を待っていた。今にして思えば、それが剣乃さんだったのだろう。
そんなに相場が上手い感じでもなかったが、確かに彼は、相当な金を証券会社に預けているようだった。時折、携帯で電話を受けると、場に出てる売り注文をすべて担当者に調べさせ、「〇〇〇円まで、全部さらえ!」と発注するのが常だった。受ける方も手慣れたもので、発注書を書くのはすべて注文が終わってからだ。
僕は彼のその姿に、ほんの少しだけ憧れていた。
普段の彼は、株価をチェックしに情報端末を時々叩くものの、売買をすることはほとんどない。自分で銘柄を決めているのではなく、後ろに誰か指示をしている人間がいて、その人の代わりに株を集めてる。そんな感じの印象だった。
「第一、話すも何も、この坊主の金をニッパチ屋から取り返しゃいいんだろ?」
「それは、剣乃さんのお心次第です。でも俺は、彼が店頭に来なくなっちまうと、ちょっと寂しいんでね」
「ふうん……」
彼は、特に関心もなさげにそう答えた。このまま黙っていても、状況はきっと良くならない。そう思った。
「力になってもらえますか?」
僕はうつむいたまま彼に尋ねた。多分、物凄く情けない顔になってると思ったからだ。「事と次第によってはな……」と剣乃さんは答え、こう続けた。
「おい、坊主。いつまでも、うなだれてないで顔をあげな。この世界じゃ、一度弱気を見せたら、とことん付け込まれるぜ」
僕は仕方なく顔を上げて、涙をぬぐった。そして、僕の泣き顔を見た彼は、本職も顔負けな恐ろしい声でこういったのだ。
「笑え」
「えっ?」
「笑うんだよ。俺は辛気臭い奴には絶対に手は貸さねえ。心の底から笑えたら、力を貸してやる」
「わかりました」
僕は無理やり、口角を釣り上げた。大人にバカにされているみじめさと、もしかしたら、奪われた金が戻ってくるかもしれないという嬉しさが入り混じった、何とも形容しがたい気持ちだった。
あんな思いをしたのは、後にも先にも、あれ一度きりだ。
「そうだ。どんな辛い時でも、顔上げて笑ってろ。そしたら運も向いてくる。なんだ、よく見りゃ良いツラしてるじゃねえか? 萩原健一の若い頃にちょっと似てるな」
「そうですか?」と、僕は答えた。もはや涙は気にしてなかった。
「ああ。地頭は悪くなさそうだし、女にもモテそうだ。これであそこがデカけりゃ、色んな【使いで】がある」
「……」
「おい、ショーケン。ここで俺がお前の金を取り返したら、お前は俺に何をしてくれる?」
そういって、彼はこの日初めて、僕の瞳をまっすぐに見つめた。
これが後に僕の師匠となる。剣乃さんとの最初の出会いだった。
《続く》
「コイツが早稲田まで入って、ニッパチ屋に騙されてるボンクラかい?」
と言うのが、僕の顔を見た後の、彼の最初の一言だったからだ。悪徳業者に命銭を全部預けちゃったんだから、バカにされるのは仕方ないが、この人は本当に僕の力になってくれるんだろうか?
「坊主、名前は?」
「佐々井です。よろしくお願いします」
「歳は?」
「十九歳です」
「その歳で相場を張るたあ、なかなか感心じゃねえか。だが、俺がお前の歳の頃には、既に仕手の片棒を担いでたよ。自分で相場を作りだしたのは、二十一の時だ。坊主、仕手って分かるか?」
目の前の怪しげな男はそう言った。年のころは四十代の後半くらいだろうか? 本職かどうかは分からないが、その目は妙にギラギラしていて、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出していた。
「わかります。そういう人たちが動かす株を買ったことはないですけど……」
「おいおい、仕手こそが相場の華だぜ? 株買って、誰かが買い上げてくれるの待ってて、何が楽しいんだよ」
そう言いながら男は、胸元からタバコを取り出し、一服し始める。
「楽しいとか、そういうのはよく分かりません。僕は自分の人生を変えたくて、株を始めました。勉強なら、多分得意なので……」
「それで、ニッパチ屋に嵌ってりゃ世話ないな」
そういって、男は僕の方に煙を吐き出した。僕は、「その通りです」と答え、それ以上彼の顔を見ることが出来ずに、うなだれてしまった。大人の力借りるしかない今の自分が、みじめで仕方なかった。
「剣乃さん。若いのを弄るのはそれくらいにして、少し話を聞いてあげちゃくれませんか? これでなかなか、将来有望な奴だと思ってるんです」
仲介者の土佐波さんがそう言った。僕みたいに若いのが場末の証券会社に出入りするのはとても珍しいらしく、僕は時々、彼から昼飯をご馳走になったりしていた。それでダメ元で、今回のニッパチ屋の件を、彼にも相談していたのだ。
「俺は別にいじめてる訳じゃねえよ、土佐波。お勉強しかできない若造に、少し世間ってものを教えてやってるだけさ」
そういって、剣乃と呼ばれた男は不敵に笑った。
仲介者の土佐波さんは、ほとんど毎日といっていい位に、僕の出入りしている証券会社の店頭にいる男だった。株価ボードの前に設置されたソファーにどっしりと腰をかけ、いつも誰かの電話を待っていた。今にして思えば、それが剣乃さんだったのだろう。
そんなに相場が上手い感じでもなかったが、確かに彼は、相当な金を証券会社に預けているようだった。時折、携帯で電話を受けると、場に出てる売り注文をすべて担当者に調べさせ、「〇〇〇円まで、全部さらえ!」と発注するのが常だった。受ける方も手慣れたもので、発注書を書くのはすべて注文が終わってからだ。
僕は彼のその姿に、ほんの少しだけ憧れていた。
普段の彼は、株価をチェックしに情報端末を時々叩くものの、売買をすることはほとんどない。自分で銘柄を決めているのではなく、後ろに誰か指示をしている人間がいて、その人の代わりに株を集めてる。そんな感じの印象だった。
「第一、話すも何も、この坊主の金をニッパチ屋から取り返しゃいいんだろ?」
「それは、剣乃さんのお心次第です。でも俺は、彼が店頭に来なくなっちまうと、ちょっと寂しいんでね」
「ふうん……」
彼は、特に関心もなさげにそう答えた。このまま黙っていても、状況はきっと良くならない。そう思った。
「力になってもらえますか?」
僕はうつむいたまま彼に尋ねた。多分、物凄く情けない顔になってると思ったからだ。「事と次第によってはな……」と剣乃さんは答え、こう続けた。
「おい、坊主。いつまでも、うなだれてないで顔をあげな。この世界じゃ、一度弱気を見せたら、とことん付け込まれるぜ」
僕は仕方なく顔を上げて、涙をぬぐった。そして、僕の泣き顔を見た彼は、本職も顔負けな恐ろしい声でこういったのだ。
「笑え」
「えっ?」
「笑うんだよ。俺は辛気臭い奴には絶対に手は貸さねえ。心の底から笑えたら、力を貸してやる」
「わかりました」
僕は無理やり、口角を釣り上げた。大人にバカにされているみじめさと、もしかしたら、奪われた金が戻ってくるかもしれないという嬉しさが入り混じった、何とも形容しがたい気持ちだった。
あんな思いをしたのは、後にも先にも、あれ一度きりだ。
「そうだ。どんな辛い時でも、顔上げて笑ってろ。そしたら運も向いてくる。なんだ、よく見りゃ良いツラしてるじゃねえか? 萩原健一の若い頃にちょっと似てるな」
「そうですか?」と、僕は答えた。もはや涙は気にしてなかった。
「ああ。地頭は悪くなさそうだし、女にもモテそうだ。これであそこがデカけりゃ、色んな【使いで】がある」
「……」
「おい、ショーケン。ここで俺がお前の金を取り返したら、お前は俺に何をしてくれる?」
そういって、彼はこの日初めて、僕の瞳をまっすぐに見つめた。
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《続く》
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