14 / 61
第一章「タペストリーの中のプリンツ・オイゲン」
エピローグ1「未来から来たメール」
しおりを挟む
「アナーキーとは挑む事だ。社会に挑む最良の方法は、コメディだ」
ジョニー・ロットン
令和二年 八月三十日。
「あのさあ……。何か変なメールが来たんだけど、君はどう思う?」
僕は、玄関の家内に話しかけた。
「変って?」
「ちくねこだん。の入ったメールなんだけど、僕の知ってるちくねことは、ちょっと違うんだよね。僕がまだ書いてない最終回まで、ちゃんと書かれているんだ」
「へー」
「おまけに、タイムスタンプが今年の十二月二十三日なんだ。これって変じゃないかい?」
「未来から来たメールってこと?」
「うん」
「作品の他に、何かメッセージはないの?」
「作品のテキストデータは添付されてて、メールの本文にはこう書いてあった」
『はち月まつの しど・びしゃすへ。この『ちくねこだん。』を はーとうぉーみんぐ大しょうに おくってください。じうに月まつの しど・びしゃすより』
「よくわからないけど、送れって言うならとりあえず送ってみれば? 別に損はないんだし」
「うーん……。最後だけとはいえ、自分の書いてないものを賞に出すのはなあ……」
「あんまり出来が良くないの?」
「いや、そんな事は無い。ちゃんとまとまってる。いま僕が頭の中で考えてるプロットとそっくりだ」
「じゃあいいんじゃない? どうしても気になるなら、どこか改変してからだして見たら?」
「うーんでも、ちくねこはお気に入りの作品だし、締め切りまであと二日しかないからなあ……」
考えた挙句、僕はこのちくねこを、素材の一つとして使うことにした。ちくねこは、猫に振り回されている僕の日常を、面白おかしく書いた作品である。ヒロインは勿論、玄関のプリンツだ。
僕は、過去の公募で落選した作品たちのなかから、プリンツと同じく実体を持たない幻想の少女たちが出ている部分をピックアップして、四篇の断章からなる新作を作ろうと思った。
名付けて『幻想少女四選―Quartet―』
ちょっと中二病臭いタイトルだが、これならあと二日あれば、何とかなるだろう。この世では、主人公の事を無条件で受け入れてくれるヒロインや、ハーレムものがもてはやされてるらしいが、僕の描くヒロインは基本的に皆、塩対応である。恋愛のレの字もない。
一番マトモなプリンツからして、玄関のタペストリーに過ぎないのだから、もしお互いにそんな感情を抱いたところで、どうにもなりはしないではないか。美人で頭の回転が速くて、僕の事など歯牙にもかけない女性に振り回されるからこそ、人生は最高なのだ。僕のその思いは絶対に成就しないかわりに、彼女たちは永遠に劣化しない。ずっと最高のままだ。
「何か賞に引っかかるといいね」
「どうかな。基本的に、書籍化できる作品が欲しいみたいだから、こんな一般受けしない作品じゃダメだと思うよ。まあでも、猫はコンテンツとしては強いし、未来から来たメールの指示に従ったんだから、ちょっとは期待しとくか」
「もし何か賞が取れたら、全力さんと半力さんに、ちゅーるを買ってあげないとね」
「そうだね」
なんだかんだいって、プリンツは優しい。まあ、僕の産み出した幻想の少女たちとは違って、タペストリーの中の彼女は本当に存在するから、少しくらい、一般向けでもいいだろう。僕ほどの人間が好きになる女性が、僕の事なんか好きになって欲しくない。プライドとコンプレックスの入り混じった、アンビバレンツな感情に振り回されるのが、僕は結構好きなのである。
「じゃあ、行ってくる。今日も多分、遅くなるから先に寝てていいよ」
「わかった。頑張ってね」
玄関のプリンツにそう挨拶して、僕は赤瀬川さんの事務所に向かって駆けた。猫のトイレ掃除をしたら、今日も一日中、執筆である。年内には何かしらの目途を付けないと、百人いる僕の支援者たちも、愛想をつかしちゃうかもしれないからね。
『ついしん しんさいんのみなさま。じうに月まつの しど・びしゃすを どうかすくってあげてください』
<おしまい>
ジョニー・ロットン
令和二年 八月三十日。
「あのさあ……。何か変なメールが来たんだけど、君はどう思う?」
僕は、玄関の家内に話しかけた。
「変って?」
「ちくねこだん。の入ったメールなんだけど、僕の知ってるちくねことは、ちょっと違うんだよね。僕がまだ書いてない最終回まで、ちゃんと書かれているんだ」
「へー」
「おまけに、タイムスタンプが今年の十二月二十三日なんだ。これって変じゃないかい?」
「未来から来たメールってこと?」
「うん」
「作品の他に、何かメッセージはないの?」
「作品のテキストデータは添付されてて、メールの本文にはこう書いてあった」
『はち月まつの しど・びしゃすへ。この『ちくねこだん。』を はーとうぉーみんぐ大しょうに おくってください。じうに月まつの しど・びしゃすより』
「よくわからないけど、送れって言うならとりあえず送ってみれば? 別に損はないんだし」
「うーん……。最後だけとはいえ、自分の書いてないものを賞に出すのはなあ……」
「あんまり出来が良くないの?」
「いや、そんな事は無い。ちゃんとまとまってる。いま僕が頭の中で考えてるプロットとそっくりだ」
「じゃあいいんじゃない? どうしても気になるなら、どこか改変してからだして見たら?」
「うーんでも、ちくねこはお気に入りの作品だし、締め切りまであと二日しかないからなあ……」
考えた挙句、僕はこのちくねこを、素材の一つとして使うことにした。ちくねこは、猫に振り回されている僕の日常を、面白おかしく書いた作品である。ヒロインは勿論、玄関のプリンツだ。
僕は、過去の公募で落選した作品たちのなかから、プリンツと同じく実体を持たない幻想の少女たちが出ている部分をピックアップして、四篇の断章からなる新作を作ろうと思った。
名付けて『幻想少女四選―Quartet―』
ちょっと中二病臭いタイトルだが、これならあと二日あれば、何とかなるだろう。この世では、主人公の事を無条件で受け入れてくれるヒロインや、ハーレムものがもてはやされてるらしいが、僕の描くヒロインは基本的に皆、塩対応である。恋愛のレの字もない。
一番マトモなプリンツからして、玄関のタペストリーに過ぎないのだから、もしお互いにそんな感情を抱いたところで、どうにもなりはしないではないか。美人で頭の回転が速くて、僕の事など歯牙にもかけない女性に振り回されるからこそ、人生は最高なのだ。僕のその思いは絶対に成就しないかわりに、彼女たちは永遠に劣化しない。ずっと最高のままだ。
「何か賞に引っかかるといいね」
「どうかな。基本的に、書籍化できる作品が欲しいみたいだから、こんな一般受けしない作品じゃダメだと思うよ。まあでも、猫はコンテンツとしては強いし、未来から来たメールの指示に従ったんだから、ちょっとは期待しとくか」
「もし何か賞が取れたら、全力さんと半力さんに、ちゅーるを買ってあげないとね」
「そうだね」
なんだかんだいって、プリンツは優しい。まあ、僕の産み出した幻想の少女たちとは違って、タペストリーの中の彼女は本当に存在するから、少しくらい、一般向けでもいいだろう。僕ほどの人間が好きになる女性が、僕の事なんか好きになって欲しくない。プライドとコンプレックスの入り混じった、アンビバレンツな感情に振り回されるのが、僕は結構好きなのである。
「じゃあ、行ってくる。今日も多分、遅くなるから先に寝てていいよ」
「わかった。頑張ってね」
玄関のプリンツにそう挨拶して、僕は赤瀬川さんの事務所に向かって駆けた。猫のトイレ掃除をしたら、今日も一日中、執筆である。年内には何かしらの目途を付けないと、百人いる僕の支援者たちも、愛想をつかしちゃうかもしれないからね。
『ついしん しんさいんのみなさま。じうに月まつの しど・びしゃすを どうかすくってあげてください』
<おしまい>
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
全ての悩みを解決した先に
夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」
成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、
新しい形の自分探しストーリー。
戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)
俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。
だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。
また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。
姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」
共々宜しくお願い致しますm(_ _)m
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる