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第6話「長老たちの陰謀」
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ヴァルダさんのお話は、いよいよ熱を帯びてきた。僕は既に自分の違和感の正体に気づいていたが、面白いので黙っていた。おかしな人に「貴方はおかしいです」と言うほど、無益な事はこの世に無い。エンタメ精神にあふれたキチガイは、今の世の中では貴重なのだ。
「ユダヤの長老たちは、世界征服の第一段階として、人類の全てを自分たちの奴隷にしてやろうと画策していたの」
「どんな計画ですか?」
「賭博よ。博打で嵌め込んで、オケラにしてから金を貸す。奴隷にするには、それが一番手っ取り早いからね。サイコロやルーレットやトランプといった賭博。そして、その上級版ともいえる金融派生商品は、全て彼らが世界中に広めたものよ」
理解できる話だ。しかし、ギャンブルには一切手を出さないという人間もこの世には大勢いる。まさか、無理やりやらせる訳にもいかないだろう。
「その手で嵌められない人間はどうするのですか?」
「もっと、ヤバい奴があるじゃない」
「薬物ですか?」
「それも悪くないけど、そのやり方は法に触れるしね。あるでしょう? 心弱い人間を依存させ、金を巻き上げ続ける恐ろしいものが……」
「もしかして、宗教?」
「ご明察。真面目なだけの馬鹿を嵌め込むために長老たちが発明し、世界中にまき散らしたものが、キリスト教よ」
「ええ!」
「だってそうじゃない? この世の中の事は、何もかも神様のおぼしめしであり、祈ってさえいれば、神様が何でも下さるのだから」
ヴァルダさんは、意地悪な微笑みをたたえながらこう続けた。
「労働は「罰」として課せられるものであり、『隣人を愛し、祈りに生きる生活』こそが正しい。それが、あの宗教の正体でしょ?」
彼女が言うには、世界中を皆、従順な怠け者にするための謀略がキリスト教であり、全人類を腑抜けにした後、世界を乗っ取ろうというのが、長老たちの長年の計画であるらしい。
「……そこで彼らは、エルサレムで一番の名優と評判のヨハネという爺さんを雇って来て、キリスト教を煽らせてみたのだけれど、これがうまいこと行かない。『やっぱ、ジジイじゃダメだ』ってことで、連れてこられたのが、あの有名なナザレのイエスよ」
「ええっ!」
越えちゃいけない一線を、あっさりと越えてきやがった。
「彼は見た目も悪くなかったし、屁理屈を言わせたら右に出る者はいない男だった。そして彼を、ナザレで一番美しい女優のマリアと組ませたの」
「何のために?」
「そりゃあ勿論、大衆受けするためよ。連れ歩く使徒たちも、美少年からナイスミドルまで徹底的に美形を揃えた。その後の事は知ってるわよね?」
「パリサイ人やサドカイ人を、公衆の面前で論破しまくったんですよね? 美男美女の集団が、権力者たちに一泡吹かす。そりゃあ、大当たりをとる訳だ」
「でしょう? しかも、論破された連中は皆、ユダヤ教の一派なんだから、裏で絵図を描いてるのが同じユダヤの長老たちだとは、誰も思いもしなかったでしょうね」
「でもそれって、要するに自作自演ですよね?」
「そりゃそうよ。じゃなきゃ、あんな数々の奇跡を起こせる訳がないわ」
ヴァルダさんの言ってることは、一見めちゃくちゃだが、微妙に筋が通ってる話でもあった。
「では、イエスの磔刑と、その後の復活も、すべて彼らのシナリオ通りだと……」
「そうよ。最初から替え玉を用意しといて、ボロが出る前に行方をくらませただけ。貧乏くじを引いたのは、本当に殺されちゃったナザレのイエスだけよ」
「自業自得とはいえ、やることがえぐいなあ……」
「ひと一人の命で、大衆の心が掴めるなら安いモノじゃない。思惑通りにキリスト教は大当たりして、彼らの支配者であるローマ帝国でも国教となった。長老たちは笑いが止まらなかったでしょうね」
「もしそれが本当なら、恐ろしい話ですね」
「本当よ。悪魔よりも恐ろしいのは、人間なの」
その後も彼らは、賭博と宗教を使って人類を従順な羊にしようとした。悪魔は実は、それを阻止しようとしてた人類の味方であり、もし悪魔が居なかったら、長老たちの野望は達成されていたはずだと、ヴァルダさんは力説する。まるでヴァルダさん自身が、悪魔の領袖なんじゃないかって、勘違いしそうになるくらいだった。
「デュッコはキチガイには違いないけど、長老たちの欺瞞はちゃんと見抜いていたのね。だから彼は、表向きには虫も殺さぬ宣教師となって神の道を説きながら、内心では悪魔の道を信仰し、科学を尊び、無神論者を増やし続けて来たのです」
「ようやく、少しわかってきました」
「何が?」
「彼の言い分がです。倫理的な面はともかくとして、彼は徹底的な合理主義者であり、奇跡を信じなかった」
「そうね」
「論理的にモノを考える人間は宗教には嵌らないし、賭博にも絶対に手を出さない。それが彼の『正義』だったんだと思います」
「そういうこと。彼の祈祷書には、ありとあらゆる科学的な悪事のやり方が、自分の体験と共に、悪魔式のお説教を添えて書いてあるのです。彼は快楽主義者だったけど、自分の頭で考えることを忘れなかったわ」
人間は、神様と良心を蹴飛ばしてしまえば、どんな幸福でも得られるし、他人に人生を貪られることもない。我々が師と仰ぐべき者は、イエス・キリストではなく、悪魔に魂を売り、人生のあらゆる快楽を貪ったファウストであるというのが、結局の所、デュッコの言い分なのだ。
「人類全ての罪を背負って死んだキリストの死とその復活が、すべて大ウソなのだとしたら、誰だって彼のように考えるでしょうね。長年教え込まれた、三位一体の教義が、そもそもデタラメなんだから……」
「そうね。人類史上、最大の欺瞞だと私は思うわ」
ヴァルダさんは吐き捨てるようにそう言った。
「僕は特定の宗教に与する者ではないから、そこについては判断を差し控えます。ただ、神に反発する悪魔と呼ばれる連中が存在し、専制君主や独裁者たちにちょっかいを掛けていたのは、本当だと思う。つまり、デュッコの言ってることは正しいんだ」
「何故そう思うの?」
「ユダヤ教徒に対する迫害や、大量虐殺は現実にあったからです。悪魔たちは、自分たちと契約する専制君主を使って、彼らの力を弱めようとしていたんでしょう」
「そうね」
「そして、二十世紀の前半にはヒトラーとスターリンとを使って、ユダヤ教徒を絶滅させようとしていた。長老たちさえ斃せば、彼らに逆らう人間は、実質的にはこの世からいなくなるからです」
「おおむねその通りよ。だけど、ヒトラーはドイツ民族の生存圏として東方の地を必要としていたし、共産主義も大嫌いだったから、二人は仲たがいを始めてしまった」
「反ユダヤ主義、反カトリックとしては手を組めても、それ以外の部分では、信条が真逆ですからね」
ヴァルダさんの熱に当てられてしまったのか、いつの間にか僕も、悪魔の側に回ってしまっていた。
「そもそもヒトラーは、ユダヤ人を忌み嫌ってただけで、ユダヤ教徒に反発したイエスの事は尊敬していたの。ナチスの方針に反しないために、旧約聖書の全てを否定し、『イエスはユダヤ人ではない』と公言してた位だからね」
「成程。ある意味ヒトラーは、長老たちの策略に一番嵌った人間でもあった訳ですね」
「その通りよ。彼らもまさか、ヒトラーが本気で自分たちを殲滅しに来るとまでは思わなかったんでしょうね」
イスラエルの建国は、第二次大戦後の一九四八年だ。国際社会の同情を買い、パレスチナに同朋を集めるために、長老たちが同朋の追放を黙認してた可能性は十分にある。けれども、民族そのものを潰しに来るのだとすれば話は別だ。
「日独伊三国同盟が結ばれて、人種差別撤廃を唱えてた日本までがナチスに肩入れすることになった。焦ったユダヤの高僧たちは、ここぞとばかりにカネをばらまいたわ。腰の重いアメリカを参戦させるためにね」
「そっか……。彼らは金とキリスト教を使って、民意を操ることが出来るんだから、イギリスやアメリカは怖くないんだ。だけど、二人のような独裁者……つまり、国の権力を掌握してる上に、悪魔と契約してる人間たちだけは怖かった……」
「ご明察。第二次大戦は自由主義陣営とファシストの戦いなのではなく、ユダヤの長老たちと悪魔の戦いだったの。彼らはアメリカを参戦させて、ナチスと日本を潰すことには成功したけど、ここで新たな問題が起こった」
「問題?」
「これまでのような戦争が出来なくなってしまったのよ。ナチスと日本を斃すために、ユダヤ人の科学者たちがアレを作っちゃったからね」
「アレって?」
「原子爆弾。いくら敵を潰したって、征服すべき世界そのものが無くなっちゃったら意味がないでしょ?」
(続く)
「ユダヤの長老たちは、世界征服の第一段階として、人類の全てを自分たちの奴隷にしてやろうと画策していたの」
「どんな計画ですか?」
「賭博よ。博打で嵌め込んで、オケラにしてから金を貸す。奴隷にするには、それが一番手っ取り早いからね。サイコロやルーレットやトランプといった賭博。そして、その上級版ともいえる金融派生商品は、全て彼らが世界中に広めたものよ」
理解できる話だ。しかし、ギャンブルには一切手を出さないという人間もこの世には大勢いる。まさか、無理やりやらせる訳にもいかないだろう。
「その手で嵌められない人間はどうするのですか?」
「もっと、ヤバい奴があるじゃない」
「薬物ですか?」
「それも悪くないけど、そのやり方は法に触れるしね。あるでしょう? 心弱い人間を依存させ、金を巻き上げ続ける恐ろしいものが……」
「もしかして、宗教?」
「ご明察。真面目なだけの馬鹿を嵌め込むために長老たちが発明し、世界中にまき散らしたものが、キリスト教よ」
「ええ!」
「だってそうじゃない? この世の中の事は、何もかも神様のおぼしめしであり、祈ってさえいれば、神様が何でも下さるのだから」
ヴァルダさんは、意地悪な微笑みをたたえながらこう続けた。
「労働は「罰」として課せられるものであり、『隣人を愛し、祈りに生きる生活』こそが正しい。それが、あの宗教の正体でしょ?」
彼女が言うには、世界中を皆、従順な怠け者にするための謀略がキリスト教であり、全人類を腑抜けにした後、世界を乗っ取ろうというのが、長老たちの長年の計画であるらしい。
「……そこで彼らは、エルサレムで一番の名優と評判のヨハネという爺さんを雇って来て、キリスト教を煽らせてみたのだけれど、これがうまいこと行かない。『やっぱ、ジジイじゃダメだ』ってことで、連れてこられたのが、あの有名なナザレのイエスよ」
「ええっ!」
越えちゃいけない一線を、あっさりと越えてきやがった。
「彼は見た目も悪くなかったし、屁理屈を言わせたら右に出る者はいない男だった。そして彼を、ナザレで一番美しい女優のマリアと組ませたの」
「何のために?」
「そりゃあ勿論、大衆受けするためよ。連れ歩く使徒たちも、美少年からナイスミドルまで徹底的に美形を揃えた。その後の事は知ってるわよね?」
「パリサイ人やサドカイ人を、公衆の面前で論破しまくったんですよね? 美男美女の集団が、権力者たちに一泡吹かす。そりゃあ、大当たりをとる訳だ」
「でしょう? しかも、論破された連中は皆、ユダヤ教の一派なんだから、裏で絵図を描いてるのが同じユダヤの長老たちだとは、誰も思いもしなかったでしょうね」
「でもそれって、要するに自作自演ですよね?」
「そりゃそうよ。じゃなきゃ、あんな数々の奇跡を起こせる訳がないわ」
ヴァルダさんの言ってることは、一見めちゃくちゃだが、微妙に筋が通ってる話でもあった。
「では、イエスの磔刑と、その後の復活も、すべて彼らのシナリオ通りだと……」
「そうよ。最初から替え玉を用意しといて、ボロが出る前に行方をくらませただけ。貧乏くじを引いたのは、本当に殺されちゃったナザレのイエスだけよ」
「自業自得とはいえ、やることがえぐいなあ……」
「ひと一人の命で、大衆の心が掴めるなら安いモノじゃない。思惑通りにキリスト教は大当たりして、彼らの支配者であるローマ帝国でも国教となった。長老たちは笑いが止まらなかったでしょうね」
「もしそれが本当なら、恐ろしい話ですね」
「本当よ。悪魔よりも恐ろしいのは、人間なの」
その後も彼らは、賭博と宗教を使って人類を従順な羊にしようとした。悪魔は実は、それを阻止しようとしてた人類の味方であり、もし悪魔が居なかったら、長老たちの野望は達成されていたはずだと、ヴァルダさんは力説する。まるでヴァルダさん自身が、悪魔の領袖なんじゃないかって、勘違いしそうになるくらいだった。
「デュッコはキチガイには違いないけど、長老たちの欺瞞はちゃんと見抜いていたのね。だから彼は、表向きには虫も殺さぬ宣教師となって神の道を説きながら、内心では悪魔の道を信仰し、科学を尊び、無神論者を増やし続けて来たのです」
「ようやく、少しわかってきました」
「何が?」
「彼の言い分がです。倫理的な面はともかくとして、彼は徹底的な合理主義者であり、奇跡を信じなかった」
「そうね」
「論理的にモノを考える人間は宗教には嵌らないし、賭博にも絶対に手を出さない。それが彼の『正義』だったんだと思います」
「そういうこと。彼の祈祷書には、ありとあらゆる科学的な悪事のやり方が、自分の体験と共に、悪魔式のお説教を添えて書いてあるのです。彼は快楽主義者だったけど、自分の頭で考えることを忘れなかったわ」
人間は、神様と良心を蹴飛ばしてしまえば、どんな幸福でも得られるし、他人に人生を貪られることもない。我々が師と仰ぐべき者は、イエス・キリストではなく、悪魔に魂を売り、人生のあらゆる快楽を貪ったファウストであるというのが、結局の所、デュッコの言い分なのだ。
「人類全ての罪を背負って死んだキリストの死とその復活が、すべて大ウソなのだとしたら、誰だって彼のように考えるでしょうね。長年教え込まれた、三位一体の教義が、そもそもデタラメなんだから……」
「そうね。人類史上、最大の欺瞞だと私は思うわ」
ヴァルダさんは吐き捨てるようにそう言った。
「僕は特定の宗教に与する者ではないから、そこについては判断を差し控えます。ただ、神に反発する悪魔と呼ばれる連中が存在し、専制君主や独裁者たちにちょっかいを掛けていたのは、本当だと思う。つまり、デュッコの言ってることは正しいんだ」
「何故そう思うの?」
「ユダヤ教徒に対する迫害や、大量虐殺は現実にあったからです。悪魔たちは、自分たちと契約する専制君主を使って、彼らの力を弱めようとしていたんでしょう」
「そうね」
「そして、二十世紀の前半にはヒトラーとスターリンとを使って、ユダヤ教徒を絶滅させようとしていた。長老たちさえ斃せば、彼らに逆らう人間は、実質的にはこの世からいなくなるからです」
「おおむねその通りよ。だけど、ヒトラーはドイツ民族の生存圏として東方の地を必要としていたし、共産主義も大嫌いだったから、二人は仲たがいを始めてしまった」
「反ユダヤ主義、反カトリックとしては手を組めても、それ以外の部分では、信条が真逆ですからね」
ヴァルダさんの熱に当てられてしまったのか、いつの間にか僕も、悪魔の側に回ってしまっていた。
「そもそもヒトラーは、ユダヤ人を忌み嫌ってただけで、ユダヤ教徒に反発したイエスの事は尊敬していたの。ナチスの方針に反しないために、旧約聖書の全てを否定し、『イエスはユダヤ人ではない』と公言してた位だからね」
「成程。ある意味ヒトラーは、長老たちの策略に一番嵌った人間でもあった訳ですね」
「その通りよ。彼らもまさか、ヒトラーが本気で自分たちを殲滅しに来るとまでは思わなかったんでしょうね」
イスラエルの建国は、第二次大戦後の一九四八年だ。国際社会の同情を買い、パレスチナに同朋を集めるために、長老たちが同朋の追放を黙認してた可能性は十分にある。けれども、民族そのものを潰しに来るのだとすれば話は別だ。
「日独伊三国同盟が結ばれて、人種差別撤廃を唱えてた日本までがナチスに肩入れすることになった。焦ったユダヤの高僧たちは、ここぞとばかりにカネをばらまいたわ。腰の重いアメリカを参戦させるためにね」
「そっか……。彼らは金とキリスト教を使って、民意を操ることが出来るんだから、イギリスやアメリカは怖くないんだ。だけど、二人のような独裁者……つまり、国の権力を掌握してる上に、悪魔と契約してる人間たちだけは怖かった……」
「ご明察。第二次大戦は自由主義陣営とファシストの戦いなのではなく、ユダヤの長老たちと悪魔の戦いだったの。彼らはアメリカを参戦させて、ナチスと日本を潰すことには成功したけど、ここで新たな問題が起こった」
「問題?」
「これまでのような戦争が出来なくなってしまったのよ。ナチスと日本を斃すために、ユダヤ人の科学者たちがアレを作っちゃったからね」
「アレって?」
「原子爆弾。いくら敵を潰したって、征服すべき世界そのものが無くなっちゃったら意味がないでしょ?」
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