本日は性転ナリ。

ある

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49.女の試練

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 ーー人生の窮地とはこの事を言うのだ。ーー
 宿泊棟へと戻った私達は一度部屋へと戻り、部屋を出て行くクラスメイトを横目に林間学校のプログラムを開いた。
 こういう日常から少し離れた状況下において、人は普段当たり前にしている行動をつい忘れてしまうものだ。そしてそれは今の私に当てはまっていて、プログラムに書かれた"入浴"の文字は、私の思考を停止させるのには十分過ぎる破壊力を備えていた。

「えっ……今からって」

「お風呂だよっ? そんな気にしなくて大丈夫だって、見た目は完全に女の子だし」

 そういう問題じゃない。この件において重要なのは見た目じゃなくて気持ちの方だ。いくら見た目が女に変わったからって、私にも男としての理性は残っている。勿論、野生動物のような男子共と比べれば私の女子に対する興味などあって無いようなものだけど、倫理的にそれは許されるものだろうか。だって私は近いうちにまた元の身体に戻るつもりな訳だし、肉体的変化はあっても記憶として残り続けるであろうこの件に関しては、"大丈夫"で済まされる事案なんかじゃ無いはずだ。
 そんな葛藤を横目に、莉結は淡々とバッグからタオルや着替えを取り出している。

「ねぇ、やっぱりさすがにみんなでってのはちょっと……」

 そんな私の訴えも莉結は微笑み返すだけで、さっさと自分の支度を終えた莉結は、私のバッグに手を伸ばして着替えを取り出し始める。今思えば昨日の時点で策を練っておくべきだった。また莉結と二人きりの風呂なんて恥ずかしくて死にそうだけど、それ以上にクラスメイトと風呂に入る事なんて事は考えられない。
 私が山田先生にまた貸切で入浴させてもらいないか聞いてみないかと提案したのに、莉結はあっさりと"男だったら覚悟決めなさい"なんて吐き捨てた。こういうときばっか"男だから"なんて都合が良すぎる。でも案外世の中はそういうものだったりするのかも。都合が良い時に自分の性別を理由にできる。私にも"女だし"なんて思って都合良くしてしまった記憶があるから、私は莉結に何も言わなかった。
 いつの間にか私の支度まで終えていた莉結は、意地悪に目を細めて「で、どうすんの?」と私を見た。そんな事言われても、私は行きたくはなかった。でもここで行くのをやめたら元の身体に戻る事さえも諦めてしまうような気がして、私は莉結の手から着替えを強引に剥ぎ取ると、「早くしてよ。風呂が混む」と呟いて先に部屋を出た。
 更衣室の前に着くと、浴室の中から響く黄色い声が私の足を止めさせた。急に止まった私の肩に莉結の額が軽くぶつかる。
 すると莉結の手が私の背中をポンと押し出して、私は仕方なく浴室の扉をゆっくりと開いたのだった。
 クランクした壁を進むと、不覚にも一瞬クラスメイトの一糸纏わぬ姿が視界に入ってしまった。すぐに視線を逸らして、同じ身体じゃん、と何度も言い聞かせながら破裂してしまいそうに脈打ちだした胸をギュッと抑える。そのまま両サイドに備え付けられた背丈程の棚の一番隅へ立つと、私はなるべく何も考えないように急いで服を脱ぎ捨てた。
 急いで身体だけ洗って出よう……。
 莉結の事なんか無視して、私はさっさと浴室のドアを開け、足元の濡れたタイルだけを見て、記憶を頼りにシャワーの前へと座った。
 背中に響く笑い声。お湯のバシャバシャと波立つ音が私に覆いかぶさってそのまま押し潰されてしまいそうだ。
 そして緊張のせいで自分が何をしているのかも分からないまま、ちゃんと身体全体を洗えたのかも確認せずに私は立ち上がると出口へと小走りに向かった。
 すると、ゴツンと額に衝撃を感じ、前面を隠していたタオルを持った腕に柔らかな感触が伝わった。その時私の目に映ったのは細くて白い腕に、プツプツと薄っすら残る赤い点……。

「痛っ、あっ……衣瑠ちゃん」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには麗美が立っていて、視界の端には艶やかな光を纏った柔らかなモノが映り込んでいた。私は咄嗟に両手で顔を隠すと、ごめん見てないから! と麗美に言葉を投げつけてその場を駆け出す。それからふっと身体が軽くなった感覚を覚えたけど、後頭部に走った鈍痛と共に私の記憶は途絶えてしまった。

 
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