遠い海に消える。

7

「周期外れのヒート……。それってヒートじゃなくて」
「それ以上言うな」
　学食で向き合っている征人を制して、俺は食べかけのラーメンをすすり会話を遮った。征人は不完全燃焼と言いた気な眼差しで、オムライスを突きながら、どうするの？　と一言呟いた。俺はそれを見ない振りしたまま、チャーシューを頬張る。薄く、味のない肉だった。
「それって発じょ」
「それ以上はいい」
　二度言葉を遮ると、征人の眉間にはっきりと深い皺が寄せられた。
　夏に近い日差しが降り注ぐ明るい学食は、物音と笑い声と会話で溢れ、何も変わらない日常が淡々と漂い、時間は一分一秒狂いなく流れている。
　それなのに、歯車が何となく合わなくなっている俺は、日常に溶け込めないでいた。
　突然兄に対して溢れ返った、あの欲求を感じた日から、全てがちぐはぐに、ガタガタと音を立てながら過ぎている。過ぎているというより、やり過ごして見ない振りをしているという方が正しいかもしれない。
　征人はオムライスをスプーンで突きながら、
「一人暮らしにする？」
　と提案してきた。
「バイトの余裕がない……」
「まあ、オメガは働く前に働く為の好条件資格を取りまくらないと、世の中渡ってけないからね」
「それ。時間が足りない」
　しょっぱ過ぎるスープをレンゲに掬って飲み、俺は頷いた。
「色々割り切ってさ、一回話し合ってみたら？」
　からん、と具材と麺のなくなったスープだけの残る器に割りばしとレンゲを置いて、俺は曖昧に頷く。
「結構しんどいネタだけど」
　追い打ち掛けられて、俺は机に突っ伏した。
「もうやだなあ。ほんと、母さんもうちょっと結婚我慢してほしかったなあ」
　本音と弱音がぼろぼろと零れると、征人の手が俺の髪を慰める様に撫でてくる。その宥めるような優しい指先に溜息が零れた。
　あれだけ言っておいて、情けない姿なのは自覚がある。けれど、心や体など、意思でどうしようもないものは、どうしようもないのだと、痛感させられ、もがくだけ苦しい。
「そういう弱音位いくらでも聞くし、最悪俺のところくればいいよ。それだけは頭入れておいて」
　俺は征人の言葉に顔を上げ、窓から降り注ぐ陽を受けて、白く鮮やかな肌と、活発そうで頼りになる眼差しに、
「良い男になったな……」
　と呟いた。
「可愛いだけが取り柄じゃないの」
　征人はそう笑って俺の額を叩いた。
　ぺちん、と良い音がして、俺はあの中学生から何も変わっていない自分を恥ずかしく、それでいて卑下するわけでもない、複雑な心地に眉を寄せた。
　胸の中で聞きたくない声とあの夏にも似た日差しが、眩しく網膜を――胸の内を焼こうとするので、俺はゆっくりと瞬きをするように目を閉じた。