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8 一期一会
8-2 鉄甲船
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天つ正しき四の年。
一益は志摩の海賊、九鬼嘉隆とともに安土の信長の前に伺候した。
この七月、若狭住吉の浜で大坂本願寺を見張っていた織田方の和泉海賊衆三百艘は、本願寺へ物資を運び入れようとしていた村上海賊が瀬戸内海から現れたのを見て、総掛りでせき止めようとした。ところが村上海賊衆は八百艘の関船、小早船を繰り出し、和泉海賊衆は完膚なきまでに打ち破られた。
「本願寺への兵糧・武器弾薬の補給を止めねば、この戦は終わらぬ」
毛利側には戦国最強を誇る村上海賊があり、今回は焙烙火矢により織田軍の船がことごとく燃やされ、走行不能に陥ったという。
「阿武船を造れ。伊勢・志摩より阿武船を出し、火矢を避け、海から本願寺を取り囲むのじゃ」
阿武船は大きいので小回りがきかない。小舟で取り囲まれ、火矢を撃ち込まれては前回の二の舞になる。
「船は木造。火をかけてられて燃えぬ船などござりませぬ」
九鬼嘉隆がそう言うと、信長が一益の顔を見る。
「左近、どうじゃ。燃えぬ船を造れるか」
(燃えぬ船…)
燃えない木でも用意しなければ、村上海賊に対抗することなどできない。
(燃え尽きない木か)
ロレンソがそんな話をしていたことを思い出した。ロレンソなら、都に新しく建設した南蛮の寺にいるはずだ。
一益は上洛すると早速、忠三郎に案内させて義太夫と共に都の南蛮寺に向かった。
「三九郎にも、義太夫にも断られたというに、よもや義兄上が南蛮寺に案内せいと仰せとは」
忠三郎が驚いて案内する。
南蛮寺は以前からあったらしいが、建物老朽化に伴い、大きく建て替えたらしい。その費用は畿内はもとより中国地方のキリシタンからの寄進で賄われたという。
木造瓦葺の三層の寺で、ポルトガルから持ち込まれた鐘と、天井には十字架が乗せられている。
門をくぐると、馬屋から馬が溢れていた。思っていたよりも多い。高山右近が家来を連れてきたにしても多すぎるのでないか。しかも、よくよく見るといずれも煌びやかな鞍が装着されている。
(右近の家来ではない)
一体、誰が来ているのかと不思議に思って本堂に近づくと、供の者らしき家人が大勢、本堂から溢れている。
「あれは…」
そこにいたのは信長の三人の息子、信忠・三介・三七だった。この兄弟は嫡男の信忠を中心に仲がいいので、よく一緒にでかけることが多いようだ。
「城介どの」
声をかけると、この冬、織田家の家督を継いで当主となった信忠がこちらを見る。
「左近か。これは思うてもみないところで会うたな。これもデウスの導きやもしれぬ」
と言ったので、嫌な胸騒ぎに襲われてよくよく見れば三人とも十字架のついたキリシタンの数珠を持っている。
(これは一体…)
振り返り、忠三郎を見ると、傍で笑って聞いている。
「…と仰せになるは…」
聞きたくないが、聞かざるを得ない。信忠は常と変わらず生真面目な顔で、
「わしら三人はパーデレよりキリシタンの教えを聞き、洗礼を受けようかと話していたのじゃが…」
と言い出したので、さすがの一益も青くなった。
「そ、それは…しばし…しばしお待ちくだされ。城介どのは織田家の当主、まずは上様にお話しされては如何なもので」
信長に黙ってそんなことをされては、三人の後見を務める一益の面目は丸つぶれではないか。信忠は織田家を継いだばかり。そして北畠家の当主、北畠三介の領地には日本最古にして最大の伊勢の神宮がある。氏神の中でも特別な氏神、全ての氏神の上に位置付けられた伊勢の神宮は、民からは「お伊勢さん」と呼ばれ、伊勢は元より日本国中から参拝するものは後を絶たない。ところが、右近をはじめとするキリシタンたちは自国にある神社仏閣を破壊するという。その話を聞いていた一益には、まさに寝耳に水だ。
(ようやく伊勢に平穏な日々が訪れたというに…何故にかような仕儀となったのか…)
チラリを忠三郎を睨むと、忠三郎が笑いを堪え、うつむいた。信忠はそんな二人を交互に見ながら、
「さりながら、わしには側室がおる。キリシタンの教えを変え、側室を認めるというのであればキリシタンになるつもりであったが、ロレンソめが頑固にもそれはならぬと言うての」
と言ったので、一益は少し胸をなでおろし、三介と三七を見る。
「では北畠中将どのと、三七どのは?」
ハラハラしながらそう聞くと、北畠三介は
「紀州攻めが近いと聞いた。洗礼を受けるためには、これまで以上にキリシタンの教えを受けねばならぬ。それゆえ、戦さのあととする」
この返事なら大丈夫だろう。時間を稼ぎ、何か別なことに目を向けて熱を冷ませば、忘れてくれるだろうと安堵した。
「三七どのは?」
神戸三七はうーんと考えだして、傍にいる家臣に何か相談している。
「忠三郎の話を聞いて、いささか気になることがある…」
なんのことかと忠三郎を振り返ると、困ったような笑顔を返してくる。
「鶴、何があった?」
「キリシタンになると知らせを送ったところ、日野から安土にいるそれがしに文が届きました」
忠三郎が胸元から文を取り出して一益に渡す。
『昨今耳にし風聞に依れば、切支丹は神仏を恐れず、先祖を敬まうこと、此れもなし。人の血を飲み、肉を食らう恐ろしき魑魅魍魎。我が家に曲事は断じて許すまじ。赦免これ有るまじきものなり。此の心持、分別もなく、言語道断の題目の事。此の不孝者、日野の地に足を踏み入ること勿れ』
祖父の快幹と父の賢秀の連名であったが、快幹の考えだろう。
この一文だけでも相当な怒りが伝わってくる。いささか極端な風聞が混じっているが、余程腹に据えかねたようだ。
「で、思いとどまったか?」
「はい」
祖父と父親に厳しく叱られ、がっかりしているようだ。多少、同情していると、それまで黙って聞いていた義太夫が忠三郎を小突いて、
「鶴。偽りを申すな。キリシタンになると、正室以外の女子もいかんと言うではないか。まことはそれでキリシタンになるのを諦めたのじゃろう」
「な、なにを申すか。皆の前でそのような…。わしはお爺様と父上がお許しくだされておれば…」
そういうことか。忠三郎もたいした信心ではないようだ。一益が半ば呆れて、
「キリシタンになると、そなたの女遊びが治るというご利益があるならば、家督を継いでからでもキリシタンになってはどうじゃ」
「義兄上まで、そのような…織田の方々がいる前でお戯れを…」
信忠はニコリともせず、生真面目な顔で忠三郎と一益を見ていたが、
「左近の言うこと尤もじゃ。忠三郎、よう考えてみよ」
信忠にまで言われ、忠三郎は恐縮し、はい、と言うしかない。
困惑して皆の顔を見ていた三七は一益に向き直る。
「左近。おぬしから父上に、わしがキリシタンになることを、如何お思いになるか、そっと探ってはくれぬか」
「は…それがしから上様に」
三男の三七郎であれば、一笑して終わるかもしれないが、それにしてもこの兄弟がここまで感化されたことには驚かされた。
夕暮れ近くなり、信忠たちが屋敷に戻っていった。残された一益一行は、そのままロレンソを待つことにする。
「いやはや、にしてもここは全く落ち着かぬところにて」
義太夫がそわそわとしながら言う。
「かようなことを申すは義太夫がはじめてじゃ。皆、心落ち着く場と言うておるが」
忠三郎が小首を傾げると
「あの裸の男がぶら下がっているのが、どうにも気になる」
というので理由がわかった。逆さ磔になったおつやの方を思い出すのだろう。
のち、ロレンソが杖をつきつき、南蛮寺に戻ってきた。このころのロレンソは畿内で爆発的に増えるキリシタンたちに教えを語って聞かせるのに奔走している。
「ようやく戻ってきたか。前に燃え尽きぬ木の話をしておったろう。詳しく聞かせよ」
「燃え尽きぬ木とは…。燃え尽きぬ柴のことか」
ロレンソが話したのは何千年も前から伝わるという話。選ばれし君主が神の山に登り、燃えている柴をよくよく見ると、燃えているのに柴が燃え尽きず、面妖なその光景を不思議に思い、近寄ってさらによく見ようとすると、神のお告げがあったという。
「何故に燃え尽きぬのじゃ。燃えているように見えていただけか。火と早合点したか?」
義太夫が首を傾げてそう問うと、ロレンソは首を横に振る。
「さにあらず。デウスは時も間も支配しておる。火が燃えておれば、いずれは柴が燃え尽きると考えるは人の考え。デウスは燃えるまま保つことができるのじゃ」
なんとも不思議な話だ。
「では神のお告げとは?」
「捕らわれし者たちの苦しみを見、叫びを聞いた。痛みを知っている、とデウスはそう仰せられた」
そして神の導きに従って捕らわれし民族を率いて敵国を脱した。
「南蛮には木が燃えない方法があるのかと思うたのじゃが、違うのか」
ある筈もないとは思っていたが、あえて訊くとロレンソは笑って、
「燃えぬ木がある筈はない。燃えて困るものを木で作らねばよい」
しごく当たり前の回答が返ってきた。
織田水軍の船が火矢により悉く燃やされたことを知っていた忠三郎が、あぁと顔をあげる。
「船を石か鉄で作っては?」
「古来よりそのような阿呆な話は聞いたこともない。石や鉄の船が水に浮くとは思えぬ。浮いたとしても人が乗れば沈むか、一歩も動けぬか、大湊から大坂までどうやって運ぶのじゃ」
義太夫が目を丸くしてそう言う。
(鉄の船)
それだ。
「鉄の船ならば…燃えることはない。鉄の船は海上の砦となる。その砦から大筒を撃ち込めば、毛利の水軍など遅るるに足らぬ」
「殿までそのような…鉄の船などあり得ぬことにて」
鉄はあくまでも火矢を防ぐためだ。すべてを鉄で作る必要はない。
「鉄は熱い内であれば薄く伸ばすこともできよう。薄く伸ばした鉄の板で阿武船全体を覆えば、火矢を防ぎ、操行も可能となる」
海上封鎖のためには一隻・二隻では足りない。装着する大筒の数も鑑みると相当な量の鉄が必要になるが、堺、国友、日野の職人を総動員させればできなくもない。
「安土に戻って、上様に言上いたすとするか」
船の完成には一年はかかる。しかし、この作戦があたれば、本願寺への物資供給を遮断することができる。海上を封鎖し、紀州を抑え、兵糧攻めに持ち込むこめば本願寺を追い込むことができるだろう。
(これで村上・毛利の海賊衆、そして本願寺に反撃できる)
いよいよ本願寺攻めが見えてきた。
一益は志摩の海賊、九鬼嘉隆とともに安土の信長の前に伺候した。
この七月、若狭住吉の浜で大坂本願寺を見張っていた織田方の和泉海賊衆三百艘は、本願寺へ物資を運び入れようとしていた村上海賊が瀬戸内海から現れたのを見て、総掛りでせき止めようとした。ところが村上海賊衆は八百艘の関船、小早船を繰り出し、和泉海賊衆は完膚なきまでに打ち破られた。
「本願寺への兵糧・武器弾薬の補給を止めねば、この戦は終わらぬ」
毛利側には戦国最強を誇る村上海賊があり、今回は焙烙火矢により織田軍の船がことごとく燃やされ、走行不能に陥ったという。
「阿武船を造れ。伊勢・志摩より阿武船を出し、火矢を避け、海から本願寺を取り囲むのじゃ」
阿武船は大きいので小回りがきかない。小舟で取り囲まれ、火矢を撃ち込まれては前回の二の舞になる。
「船は木造。火をかけてられて燃えぬ船などござりませぬ」
九鬼嘉隆がそう言うと、信長が一益の顔を見る。
「左近、どうじゃ。燃えぬ船を造れるか」
(燃えぬ船…)
燃えない木でも用意しなければ、村上海賊に対抗することなどできない。
(燃え尽きない木か)
ロレンソがそんな話をしていたことを思い出した。ロレンソなら、都に新しく建設した南蛮の寺にいるはずだ。
一益は上洛すると早速、忠三郎に案内させて義太夫と共に都の南蛮寺に向かった。
「三九郎にも、義太夫にも断られたというに、よもや義兄上が南蛮寺に案内せいと仰せとは」
忠三郎が驚いて案内する。
南蛮寺は以前からあったらしいが、建物老朽化に伴い、大きく建て替えたらしい。その費用は畿内はもとより中国地方のキリシタンからの寄進で賄われたという。
木造瓦葺の三層の寺で、ポルトガルから持ち込まれた鐘と、天井には十字架が乗せられている。
門をくぐると、馬屋から馬が溢れていた。思っていたよりも多い。高山右近が家来を連れてきたにしても多すぎるのでないか。しかも、よくよく見るといずれも煌びやかな鞍が装着されている。
(右近の家来ではない)
一体、誰が来ているのかと不思議に思って本堂に近づくと、供の者らしき家人が大勢、本堂から溢れている。
「あれは…」
そこにいたのは信長の三人の息子、信忠・三介・三七だった。この兄弟は嫡男の信忠を中心に仲がいいので、よく一緒にでかけることが多いようだ。
「城介どの」
声をかけると、この冬、織田家の家督を継いで当主となった信忠がこちらを見る。
「左近か。これは思うてもみないところで会うたな。これもデウスの導きやもしれぬ」
と言ったので、嫌な胸騒ぎに襲われてよくよく見れば三人とも十字架のついたキリシタンの数珠を持っている。
(これは一体…)
振り返り、忠三郎を見ると、傍で笑って聞いている。
「…と仰せになるは…」
聞きたくないが、聞かざるを得ない。信忠は常と変わらず生真面目な顔で、
「わしら三人はパーデレよりキリシタンの教えを聞き、洗礼を受けようかと話していたのじゃが…」
と言い出したので、さすがの一益も青くなった。
「そ、それは…しばし…しばしお待ちくだされ。城介どのは織田家の当主、まずは上様にお話しされては如何なもので」
信長に黙ってそんなことをされては、三人の後見を務める一益の面目は丸つぶれではないか。信忠は織田家を継いだばかり。そして北畠家の当主、北畠三介の領地には日本最古にして最大の伊勢の神宮がある。氏神の中でも特別な氏神、全ての氏神の上に位置付けられた伊勢の神宮は、民からは「お伊勢さん」と呼ばれ、伊勢は元より日本国中から参拝するものは後を絶たない。ところが、右近をはじめとするキリシタンたちは自国にある神社仏閣を破壊するという。その話を聞いていた一益には、まさに寝耳に水だ。
(ようやく伊勢に平穏な日々が訪れたというに…何故にかような仕儀となったのか…)
チラリを忠三郎を睨むと、忠三郎が笑いを堪え、うつむいた。信忠はそんな二人を交互に見ながら、
「さりながら、わしには側室がおる。キリシタンの教えを変え、側室を認めるというのであればキリシタンになるつもりであったが、ロレンソめが頑固にもそれはならぬと言うての」
と言ったので、一益は少し胸をなでおろし、三介と三七を見る。
「では北畠中将どのと、三七どのは?」
ハラハラしながらそう聞くと、北畠三介は
「紀州攻めが近いと聞いた。洗礼を受けるためには、これまで以上にキリシタンの教えを受けねばならぬ。それゆえ、戦さのあととする」
この返事なら大丈夫だろう。時間を稼ぎ、何か別なことに目を向けて熱を冷ませば、忘れてくれるだろうと安堵した。
「三七どのは?」
神戸三七はうーんと考えだして、傍にいる家臣に何か相談している。
「忠三郎の話を聞いて、いささか気になることがある…」
なんのことかと忠三郎を振り返ると、困ったような笑顔を返してくる。
「鶴、何があった?」
「キリシタンになると知らせを送ったところ、日野から安土にいるそれがしに文が届きました」
忠三郎が胸元から文を取り出して一益に渡す。
『昨今耳にし風聞に依れば、切支丹は神仏を恐れず、先祖を敬まうこと、此れもなし。人の血を飲み、肉を食らう恐ろしき魑魅魍魎。我が家に曲事は断じて許すまじ。赦免これ有るまじきものなり。此の心持、分別もなく、言語道断の題目の事。此の不孝者、日野の地に足を踏み入ること勿れ』
祖父の快幹と父の賢秀の連名であったが、快幹の考えだろう。
この一文だけでも相当な怒りが伝わってくる。いささか極端な風聞が混じっているが、余程腹に据えかねたようだ。
「で、思いとどまったか?」
「はい」
祖父と父親に厳しく叱られ、がっかりしているようだ。多少、同情していると、それまで黙って聞いていた義太夫が忠三郎を小突いて、
「鶴。偽りを申すな。キリシタンになると、正室以外の女子もいかんと言うではないか。まことはそれでキリシタンになるのを諦めたのじゃろう」
「な、なにを申すか。皆の前でそのような…。わしはお爺様と父上がお許しくだされておれば…」
そういうことか。忠三郎もたいした信心ではないようだ。一益が半ば呆れて、
「キリシタンになると、そなたの女遊びが治るというご利益があるならば、家督を継いでからでもキリシタンになってはどうじゃ」
「義兄上まで、そのような…織田の方々がいる前でお戯れを…」
信忠はニコリともせず、生真面目な顔で忠三郎と一益を見ていたが、
「左近の言うこと尤もじゃ。忠三郎、よう考えてみよ」
信忠にまで言われ、忠三郎は恐縮し、はい、と言うしかない。
困惑して皆の顔を見ていた三七は一益に向き直る。
「左近。おぬしから父上に、わしがキリシタンになることを、如何お思いになるか、そっと探ってはくれぬか」
「は…それがしから上様に」
三男の三七郎であれば、一笑して終わるかもしれないが、それにしてもこの兄弟がここまで感化されたことには驚かされた。
夕暮れ近くなり、信忠たちが屋敷に戻っていった。残された一益一行は、そのままロレンソを待つことにする。
「いやはや、にしてもここは全く落ち着かぬところにて」
義太夫がそわそわとしながら言う。
「かようなことを申すは義太夫がはじめてじゃ。皆、心落ち着く場と言うておるが」
忠三郎が小首を傾げると
「あの裸の男がぶら下がっているのが、どうにも気になる」
というので理由がわかった。逆さ磔になったおつやの方を思い出すのだろう。
のち、ロレンソが杖をつきつき、南蛮寺に戻ってきた。このころのロレンソは畿内で爆発的に増えるキリシタンたちに教えを語って聞かせるのに奔走している。
「ようやく戻ってきたか。前に燃え尽きぬ木の話をしておったろう。詳しく聞かせよ」
「燃え尽きぬ木とは…。燃え尽きぬ柴のことか」
ロレンソが話したのは何千年も前から伝わるという話。選ばれし君主が神の山に登り、燃えている柴をよくよく見ると、燃えているのに柴が燃え尽きず、面妖なその光景を不思議に思い、近寄ってさらによく見ようとすると、神のお告げがあったという。
「何故に燃え尽きぬのじゃ。燃えているように見えていただけか。火と早合点したか?」
義太夫が首を傾げてそう問うと、ロレンソは首を横に振る。
「さにあらず。デウスは時も間も支配しておる。火が燃えておれば、いずれは柴が燃え尽きると考えるは人の考え。デウスは燃えるまま保つことができるのじゃ」
なんとも不思議な話だ。
「では神のお告げとは?」
「捕らわれし者たちの苦しみを見、叫びを聞いた。痛みを知っている、とデウスはそう仰せられた」
そして神の導きに従って捕らわれし民族を率いて敵国を脱した。
「南蛮には木が燃えない方法があるのかと思うたのじゃが、違うのか」
ある筈もないとは思っていたが、あえて訊くとロレンソは笑って、
「燃えぬ木がある筈はない。燃えて困るものを木で作らねばよい」
しごく当たり前の回答が返ってきた。
織田水軍の船が火矢により悉く燃やされたことを知っていた忠三郎が、あぁと顔をあげる。
「船を石か鉄で作っては?」
「古来よりそのような阿呆な話は聞いたこともない。石や鉄の船が水に浮くとは思えぬ。浮いたとしても人が乗れば沈むか、一歩も動けぬか、大湊から大坂までどうやって運ぶのじゃ」
義太夫が目を丸くしてそう言う。
(鉄の船)
それだ。
「鉄の船ならば…燃えることはない。鉄の船は海上の砦となる。その砦から大筒を撃ち込めば、毛利の水軍など遅るるに足らぬ」
「殿までそのような…鉄の船などあり得ぬことにて」
鉄はあくまでも火矢を防ぐためだ。すべてを鉄で作る必要はない。
「鉄は熱い内であれば薄く伸ばすこともできよう。薄く伸ばした鉄の板で阿武船全体を覆えば、火矢を防ぎ、操行も可能となる」
海上封鎖のためには一隻・二隻では足りない。装着する大筒の数も鑑みると相当な量の鉄が必要になるが、堺、国友、日野の職人を総動員させればできなくもない。
「安土に戻って、上様に言上いたすとするか」
船の完成には一年はかかる。しかし、この作戦があたれば、本願寺への物資供給を遮断することができる。海上を封鎖し、紀州を抑え、兵糧攻めに持ち込むこめば本願寺を追い込むことができるだろう。
(これで村上・毛利の海賊衆、そして本願寺に反撃できる)
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