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7 涙の袖
7-3 騎馬鉄砲隊
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安土城の普請が続き、馬廻衆の屋敷に続いて城下には家臣たちの屋敷の建築が始まっている。
そんな中、摂津から急使が入る。一万の兵を率いて攻め込んできた一揆勢により寄せ手の原田直政以下の武将たちが討死。天王寺砦に籠った明智光秀が一揆勢に取り囲まれ援軍を求めている。
京にいた信長は、その敗戦を聞いてすぐに織田領全域に陣触れを発した。
急使を迎えた長島城の一益も家臣団に招集をかける。
「兵が集まるのを待たず、早々に出陣せよとのご命令である」
「は、兵が集まるのを待たず?は、はぁ…」
義太夫が間の抜けた声をあげる。
信長は武将たちだけで戦さすると言うのだろうか。居並ぶ家臣たちは顔を見合わせるが、遅れをとれば叱責されてしまう。一益は早々に長島を立ち、四日市の興正寺で兵が集まるのを待った。
「殿。二日、三日で集まるものではありませぬ」
各所で声をかけて回っている佐治新介は苦労しているようだ。
「したが、このまま後詰がなければ天王寺砦はその二日、三日で落ちる。上様は湯帷子のまま都を出立し、傍におるのは馬廻衆をはじめとした百騎あまりと聞く。我らも向かわねばなるまい」
援軍が間に合わず、明智光秀を死なせては織田家の威信も地に落ちる。一益はわずかな供周りと家臣たちを率いて昼夜馬を走らせ一路、亀山、関を越えて伊賀へ入り、そこから大和へ抜けた。
大和の国は数日前に戦死した原田直政が治めており、上は六十歳、下は十五歳の男すべて戦さに加わるようにと国中に触れがでている。
「しかし、まるで無人の国のようにて」
義太夫が小首を傾げる。大和に入る少し前くらいから、全く人影を見ない。
(ろくな評判がたっていないということか)
女子供しか残されていない筈だ。織田兵に恐れをなして、身を隠しているのだろう。
「ここからであれば明日には上様に追いつき、若江城に到達するじゃろう。ここで夜を明かし、兵を待つこととしよう」
一益が馬の脚を止めると、津田秀重が近寄ってきた。
「殿、大和に留まるは難しいかと…」
「如何いたした、秀重」
「されば…」
秀重は言い淀んだが、申し訳なさげに口を開く。
「我らが陣を張ることを恐れた土地の者どもはみな、家の前に垣根を張り巡らせ、馬の立ち入りを阻んでおりまする」
「津田殿、それはまことか!」
義太夫が驚き、声をあげる。一益は嘲笑った。
「滝川左近も嫌われたものよ」
他国での評判というものは、近江や伊勢にいては分からない。
「見知らぬ国にきて、ここまで忌み嫌われるとは…」
合戦の前に家臣たちを休ませ、兵が集まるのを待ちたかったが、それもかなわないようだ。
「このまま若江城まで突き進むしかなかろう」
こうして休むことなく若江城を目指した。
伊勢、美濃、江北の武将たちはそれぞれ強行軍で若江へ向かっている。その一方、近隣を治める武将たちはすでに若江城に集結していた。しかし兵がいない。多く見積もって二千といったところだ。
そうこうしている間にも明智光秀の籠る天王寺砦からは、後詰を求める知らせが矢のように届いている。三日五日は抱えがたしと聞いた信長は明日にも攻めかかると決め、諸将に陣立てを伝えた。
「小童。そちも馬廻衆とともに出陣いたすか」
先に若江城についた忠三郎に声をかけてきたのは荒木村重だった。
「いえ…それがしは馬廻のものとは別に、手勢を率いて参りました。馬廻衆は第三陣。それがしは第二陣でござりますゆえ」
明日の陣立ては三段構え。第一陣は荒木村重、佐久間信盛、松永久秀。信長は第一陣に加わり直接、軍の指揮を取る。明日には到着する伊勢・美濃・北江の将は第二陣、人数が少ない馬廻衆は第三陣だ。
「またとない好機ではないか」
村重が笑う。
「好機…とは?」
「馬廻衆が上様から離れるなどと、かような好機はそうそうあるまい。邪魔な足軽どもは三陣にはほとんどおらぬ。馬廻衆は裸同然。そちは二陣であろう。最後尾に回り、乱戦になったときを見計らい、万見仙千代を討て」
忠三郎が驚いて村重を見る。
「しかし…それでは…」
「臆したか。仙千代と戦って勝つ自信がないか。刺し違える覚悟もないか」
「刺し違える…」
忠三郎が返す言葉もなく黙り込むと、村重が嘲笑う。
「よいわ。わしはこの人数で弾避けを務める気にはならぬ。敵は一万五千。味方は二千。かような危うい戦はご免じゃ。木津川口に向かうゆえ、その旨、上様に伝えよ」
と言い捨てると、踵を返して去ろうとする。
「荒木殿、お待ちを!荒木殿は先陣を仰せつかっていたのでは…」
勝手に木津川口に行くとは一体、どんな了見なのか。忠三郎が慌てて呼び止めるが、村重は振り返ることなく、そのまま若江を出て行ってしまった。
忠三郎は仕方がなく、村重の言ったとおりに信長に伝えた。
「先陣を蹴った上、無断で城をでていったと申すか」
信長が怒って軍配を投げつける。重大な軍規違反で、他家はともかく、軍規が厳しい織田家では耳にしたことがない。
「木津川口に向かうと申したか。他には?何も言うてはおらぬか」
「は…取り立てて何ということは何も…」
まさか万見仙千代を討てと言われたとは言えない。
そこへ万見仙千代が姿を現したので、一瞬、心の声が聞こえたかとひやりとする。
「上様。滝川左近将監殿、御着到にござりまする」
「左近が参ったか」
まもなく一益が姿を現した。
「遅れました。面目次第も御座りませぬ」
「陣立ては聞いておろうな?」
「はい。明日、上様が先陣に加わり、総指揮をとられると」
信長は床几から立ち上がり、
「そうじゃ。かの者等を攻め殺させては、世上の非難は必定たるべし。わし自らが下知し、雑魚どもを蹴散らしてくれるわ」
「敵方の鉄砲隊は数千とも聞き及びました。矢玉が雨のごとく降り注ぐかと」
やんわりと先陣を控えてほしいと伝えるが、信長は首を横にふる。
「一揆の鉄砲など恐るるに足りず。なんとしても血路を開き、天王寺砦に入るのじゃ」
信長が先陣を駆ければ、味方の士気は上がる。この兵力差を打開するためには、桶狭間のときのように、味方の士気を高めるしかないと、そう言っているのだろう。
こうなると誰が何を言っても止まらない。一益は笑って
「致し方ありませぬな。では我が家の騎馬鉄砲隊の馬上筒と焙烙玉により敵を攪乱いたしまする。その間に上様は一兵でも多く兵を率いて敵が多く集まる正面を南へ迂回したのち北上し、砦まで一気に突撃してくだされ」
「何、騎馬鉄砲隊?」
鉄砲を馬上から撃つための馬上筒は片手で操作できる利点はあるが、通常の火縄銃よりも重く、銃身が短いために命中精度が落ちる。その欠点を補うため、まずは共にいる足軽が焙烙玉で敵を足止めして、ある程度敵がまとまったところを狙い、騎馬鉄砲隊と伏兵により一斉射撃。その後、騎馬兵による突撃を行う。
「我が家の騎馬鉄砲隊は他とは異なり、数は多くはありませぬが、いずれも砲術に長けたものばかりを揃えておりまする。更には馬上筒はそれがしが自ら改良に改良を加え騎馬武者のために拵えたもの。必ずや上様の突撃の一助となりましょう」
「よかろう。明日未明、砦を討って出る。騎馬鉄砲隊は先陣とともに出撃して行く手を阻む一揆どもを蹴散らし、三陣の馬廻が砦に入ったのを見届けたのちに城へ引き上げよ」
「ハハッ」
天王寺砦は一万の一揆勢によって何重にも取り囲まれている。それを引き付けるほどの騎馬鉄砲隊とはいかなるものなのか。
陣屋に戻ってきた一益から話を聞いた家臣たちが、エッと驚き、
「そっ、それでは騎馬鉄砲隊だけで敵を引き付けるようなものでは…」
滅多に顔色を変えることのない佐治新介が、言葉を詰まらせながらそう言うと、唖然として聞いていた義太夫も
「いやいやいやいや、と、殿…し、しばし、しばしお待ちを」
慌てふためいてそう言う。そこへ蒲生忠三郎が姿を現した。
「流石は義兄上じゃ!して、その騎馬鉄砲隊のものどもはいずこに?何百人おるので?」
最初から最後まで話を聞いていた忠三郎が、興奮気味に帷幕の中に入ってくると、義太夫が後ろを振り返り、
「いずこもなにもない、目の前におるではないか」
「目の前?とは?」
忠三郎がなんのことか、という顔をする。それを見た佐治新介がため息交じりに
「騎馬鉄砲隊は三十名。そのうち十五名は長島の留守居をしておる。ここにおる騎馬鉄砲隊の内、一人は殿で、もう一人は三九郎様。あとはわしと義太夫、他十名ほどしかたどり着いてはおらぬ」
「な、なんと!で、では明日は如何なる秘策をもって…」
忠三郎が唖然として一益を見る。
「秘策などというものはない。戦さの勝敗は天の時と地の利できまるもの。義太夫、あと一人は如何いたした?その方が砲術を教えたのではないのか」
一益に問われ、義太夫がうーんと唸る。
「これがどうも…なんとも…」
「如何いたした。小平次、呼んで参れ」
と呼びに行かせる。忠三郎が義太夫を見て、
「誰じゃ。砲術師か?わしの知らぬものか?」
「うーん…これがまた、なんとものう…」
常日ごろから聞いてもいないことまで喋りだす義太夫にしては、やけに口が重い。忠三郎が不振に思っていると、津田小平次が若武者を連れて帷幕に戻ってきた。
「お呼びで?」
一益の目の前に片膝ついた若い武将。そのいでたちがまた一風変わっている。両肩の肩上は左右に大きく張り出し、全身は朱色に包まれており、手にした大槍まで朱色で、四尺(百二十センチ)はあるかと思われた。
「砲術は上達したか。明日、我が鉄砲隊は上様と共に出撃し、馬廻が砦に入るまで敵と戦うが、そなたは如何いたす」
一益が問うと、その若武者は手にした槍の柄を上下に揺さぶりながら、
「鉄砲はなんとも扱いづらく好かぬ。それがしは明日、この大槍で鉄砲隊とともに出陣いたしまする」
と、胸を張ってうそぶく。義太夫が、
「これ、これ。殿の前で何ということを…」
と色を失って嗜めるので、傍で聞いていた忠三郎は可笑しくなって笑っている。
「面白いではないか、義太夫。槍で戦わせてやれ」
それを聞いていた若武者が、忠三郎をジロリと睨む。
「何じゃ、誰じゃ、この無礼者は」
その気迫に忠三郎が押され、義太夫の顔を見る。義太夫は手を振り、
「口の利き方に気を付けよ。これなるは、いやしくも上様の娘婿の…」
と言いはじめたので、忠三郎がふと気づいて
「待て、義太夫。口の利き方を改めるべきは義太夫ではないか。いやしくも、とは、このわしに向かって如何な物言いか。わしが分不相応と言うておるのか」
「いちいち面倒な奴じゃのう。鶴、これは、ことばのアヤじゃ。鶴は常よりつまらぬことばかり気に掛ける。それゆえに…」
「そうではない。莫逆の友のこのわしに向かって余りな言い様。いやしくも、ではなくせめて、いみじくも、くらいは言うてくれてもよいではないか」
「莫逆の友?おぬしが?」
莫逆の友は荘子にある話に由来する、心打ちとける友を指す。
「何じゃ、違うと申すか」
二人がまた言い争いをはじめるが、珍しいことでもないのか、誰も止めない。一益はこの喧騒の中でも何かを考えているらしく、黙って目を閉じたままだ。
傍で聞いていた若武者は、鶴と呼ばれている目の前の武将が蒲生忠三郎であると気づいたようだ。
「…合点がいった。その方が鳳凰の雛ともてはやされ、裏では鈍三郎と悪口雑言たたかれておる蒲生の子倅であろう」
その傲岸な言い方に、二人がはたと我に返る。
忠三郎が酷い言われように気づき、口を開こうとすると、一益がそれを制する。
「もうよい。慶次、許す。そなたは槍を持って共に参れ」
慶次と呼ばれた若武者がハハッと頭を下げ、その場を後にする。
「義兄上、あれは誰じゃ?」
忠三郎が不満そうに問うと、一益が笑って義太夫を見る。
「義太夫…話して聞かせてやれ」
「ハッ、それがしが…は、はぁ」
いつになく口の重い義太夫に、忠三郎が怪訝な顔をする。そんな二人を見ながら、一益は立ち上がり、広げられた天王寺砦の絵図を見た。
(明日は久方ぶりに面白い戦になる)
天気は問題ない。雨が降る様子はなく、虎の子の鉄砲隊も使えるだろう。
翌未明。法螺が鳴り、先陣を務める織田家の武将たちが次々に城門を駆け抜ける中、滝川家の騎馬鉄砲隊もその中を疾走する。その数二十騎。
滝川勢本隊は津田秀重に任せ、一益は三九郎たちを率いて信長に先立ち、天王寺砦を取り囲む敵の背後に迫る。
「気づかれる前に焙烙玉、鳥の子を投げよ」
皆が一斉に焙烙玉を投げ、鳥の子を投げると爆音が轟き、辺り一面が真っ白になった。
「敵はひるんだ。撃て!」
山間に銃声が響き、一揆勢が次々に倒れていく。その間に信長率いる騎馬隊が突撃し、敵中を強行突破して天王寺砦目指して駆けていく。
一益は足軽から次の鉄砲を受け取り、前方を走り抜ける一陣後方を見る。
(ここまでは計画通り。この先は…)
少し離れたところから銃声が響き、味方の騎馬兵が倒れるのが見えた。
「殿、あれなるは敵の鉄砲隊では」
義太夫が右前方を見て言う。そのとき、一益の眼前を敵の弾が掠めた。
狙いが正確だ。昨日、今日銃を手にした足軽が撃っているとは思えない。
(あれが雑賀衆か)
紀伊の国雑賀は近江の甲賀・伊賀、同じ紀伊の根来と並び、早くから鉄砲の製造方法が伝わり、砲術を学んだ土豪たちが複数の傭兵集団を作っている。
「雑賀衆じゃ、油断するな。焙烙玉を投げ、あれなる林に身を隠し、木の陰から撃て。一か所に留まるな。敵の狙いは確かじゃ」
林の中を右に左に移動を繰り返しながら駆け抜ける織田勢に迫りくる敵を撃つ。
「ご注進!」
滝川助九郎が叫びながら走ってくる。
「上様が一揆勢の鉄砲隊により手傷を追われたとのこと」
「何、上様が被弾?…して、傷の具合は?」
「大事には至らず、早、砦入口まで迫る勢いにて」
一陣が走り抜け、二陣の津田秀重率いる滝川勢他の部隊が次々に砦目指して走っていくのを横目で見ながら、少しずつ砦に近づき陣形を整えた。
続けて三陣の馬廻衆が姿を現したときには、辺りに敵が集まりつつあり、雑賀衆の銃弾が雨あられと降ってくる。
「殿!あれをご覧あれ」
義太夫が前方を走る織田勢の中で、一人、右往左往している騎兵を指さす。
「あれは鶴どのについて歩いている町野長門では……蒲生勢は二陣だった筈…」
佐治新介が不思議なものを見るように言う。
「おかしな様子でござります。忠三郎であれば先陣を駆けることはあっても、遅れをとるようなことはありませぬ」
三九郎がそう言ったときには、前方の騎馬武者の顔がはっきりとわかるところまで近づいていた。
「あれは確かに町野長門守…であれば助太郎も近くにおるはずじゃが…」
あたりを見回しても、忠三郎も、助太郎も姿がない。義太夫が町野長門守に声をかけようとしたとき、激しい銃声が響き、馬が仁王立ちになり、長門守が転げ落ちるのが見えた。
「これは拙い」
義太夫が馬を走らせ、町野長門守に向かっていく。
「町野どの!大事ないか」
「かすり傷にて…」
足を負傷したらしく、おびただしい血が流れている。義太夫があわてて担ぎ上げて馬に乗せ、林の中まで連れてくる。
「鶴は如何いたした。見失ったか?」
一益が色を失ってそう訊ねると、長門守が傷口を抑えながら
「面目次第もござりませぬ。若殿が万見どのを仕留めるまたとない機会じゃと、一人、馬廻をおいかけ、万見どのを探し回られているうちにお姿を見失い申しました」
「かような大事に、なんとたわけたことを…」
佐治新介は呆れてそう言い、他のものたちも皆、唖然としている。
「三九郎、長門守を連れて先に砦を目指せ。他の者どもも敵を倒しつつ、砦へ入れ」
「ハッ…父上は?」
一益はそれには答えず、鉄砲を背中に抱えると、手綱をとって馬を走らせた。
「あ、殿!それがしも御供仕りまする!」
義太夫があわててそれに続く。
その頃、目を血走らせて万見仙千代を探し回っていた忠三郎は、気づいた時には味方からはぐれ、進退窮まっていたところを滝川助太郎に導かれて住吉大社に身を隠していた。
「ここから天王寺砦までは二里もござりませぬが…兎も角、味方に我らがここにいることを知らせねば…」
砦に入ることはできないだろうが、せめて砦にいるであろう滝川家の誰かに、この場所にいることを知らせることができれば持ちこたえることができる。しかし敵が近すぎる。こんなところで狼煙をあげては、味方が来る前に敵に取り囲まれてしまう。
「それはまことか。二里もないのか。ではもう仙千代は…」
まだそんなことを言っているのか、と助太郎は呆れて
「とうに砦に入られたものかと」
忠三郎ががっくりと肩を落とす。
兜を脱ぎ、手にもつと銃弾の跡をまじまじと見て、
「凄まじい鉄砲の数であった…長門は無事であろうか」
途中ではぐれた町野長門守のことを思い起こす。それもこれも皆が止めるのもきかずに忠三郎が万見仙千代を討つと言い出し、一人で引き返したためだ。
「義兄上はお怒りかのう…:」
助太郎は腹立ちのあまり忠三郎の相手をするのにも嫌気がさしている。
「お怒りであろうな…滝川のものは誰も助けに来てはくれぬか…義太夫も、三九郎も、新介も、誰もわしのことを案じてくれてはおらぬのかのう」
一切返事を返さない助太郎をよそに、忠三郎は独り言のように言うと、手持無沙汰にあちこちを見回した。
「これなる社は和歌の神を祀っているのであったな」
忠三郎は助太郎が怒っていることにも気づいていないのだろうか。そんな悠長なことを話し出した。
「海の神と聞き及びましたが…」
「別の神格として和歌の神と伝わる。存じてはおらぬか?」
忠三郎が振り返って笑顔でそう言う。
「住みよしの 松はまつとも 思ほえで 君がちとせの 陰(かぜ)ぞ恋しき」
新古今にある歌を朗々と吟じる。住吉の松が自分を待っている松ではない。君が恋しい、と詠う。
「助太郎。まさに今のわしの心そのものじゃ。ことここに至っては、風情ある住吉の松などはつまらぬもの。上様や、義兄上が恋しい…」
この期に及んで和歌とは、自分の置かれている状況が理解できていないのだろうか。しかも勝手に離れておいて、恋しいとは…。助太郎の腹立ちもとうに通り越し、呆れるばかりだ。
「忠三郎様…今は歌などを詠んでいる場合ではござりませぬぞ」
助太郎が厳しい口調でそう言うと、忠三郎はおや、という顔をする。
「助太郎、怒っておるのか。和歌には古人の教えが含まれておる。猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。…仙千代は取り逃がし、お味方とも、乳人子の長門とも離れ、ここに取り残されたわしの心を察してくれ」
「察しておりまする。それゆえに早う我が家のものにこの場所を知らせ…」
助太郎が何かを思いついたように口を閉じる。
「如何いたした、助太郎」
「古人の教え……」
「そなたも一句、浮かんだか?…おや、短冊がない。長門に持たせていたような…」
忠三郎が短冊を探し始め、助太郎が首を横に振り、
「先ほど詠まれた歌は…」
「おお、感じ入ったか。そうであろう、そうであろう。あれは新古今にある歌で…」
「歌の細かな話はよろしい。名高い歌でしょうか」
助太郎が真顔で聞いてきたので、忠三郎はたじろぎつつ、
「さ、然様…住吉の松といえば歌枕…」
「しばしここでお待ちを。それがしは少し離れた場所から狼煙をあげ、お味方に知らせて参ります」
忠三郎は素直にうなずく。
「では、わしは、しばし古に思いを馳せておこう。そうじゃ、助太郎。短冊と筆はないか?」
と辺りを探し始める。助太郎は忠三郎の声が聞こえないかのように社を飛び出した。
一益と義太夫は敵の目をかいくぐりながら四方八方忠三郎を捜し歩き、熊野古道まで出た。熊野古道は古より摂津から紀州熊野三山へと続く巡礼道だ。
「おや、あれは…」
義太夫が立ち上る狼煙に目を止めた。
「殿、あれはもしや、助太郎では…」
一益の目も狼煙を捕える。
「待つ、と言うておりまするな。我らを待っているようで」
「まつ…」
助太郎ならば、居場所を伝えてくる筈だが…。
「住吉の松か」
住吉の松は有名な歌枕だ。
「鶴も共におるということで」
「住吉大社で和歌を詠んで待っていると、そう言うておるのじゃろう。参るぞ」
一益が苦笑して馬の首を返す。
「この期に及んで和歌を詠んで待つとは…あやつは何が起きても、あの調子でござりますな」
二人が住吉大社へ向かうと、前方に数人の人影が見え、辺りを窺っている。
「あれは敵では?」
「撃つな。敵を呼び込むことになる。近づいて倒せ」
二手に分かれて回りこみ、敵兵に近づくと義太夫が手裏剣を投げて一人目を倒す。続いて振り向き、刀を抜こうとすると、物陰から騎兵が飛び出し、大槍で雑兵をなぎ倒した。
「慶次ではないか。何処へ紛れていた。案じていたわい」
義太夫の前に現れた慶次は、フンと笑い、
「義太夫殿が案じておるのは忠三郎ではないか。忠三郎ならあれなる社におる」
とうそぶくと、また敵に向かって馬を走らせる。
「殿!」
騒ぎを聞いた助太郎が飛び出して来た。その後ろで忠三郎が馬に乗るのが見える。
「鶴!助太郎!」
義太夫が刀を振ると、二人が走り寄ってくる。忠三郎は義太夫の後ろにいる一益に気づき、
「義兄上…」
さすがにこれは叱責される、と忠三郎がばつ悪そうに一益の顔を見る。
「歌詠みは終わったか」
一益が苦笑してそう問うと、忠三郎が恥ずかしそうな顔をして、はい、と答えた。
「父上!」
狼煙を見た三九郎と佐治新介も駆けつける。一益はそれを見て、
「では物陰に潜むか」
「如何にして敵の目をかいくぐり、天王寺砦に入る御所存で?」
義太夫が問う。味方はわずか六騎だ。
信長率いる織田勢三千は、一万五千の敵に囲まれた砦に自ら飛び込む形になり、進退窮まる状況にある。
「いや、ここに留まる」
「上様と合流せず、わずか六騎でここに?」
忠三郎が驚いて声をあげる。
「鶴、兵は詭道なり。ここに至っては無理に砦に入るは得策ではない」
一益のことばの意味がわからず、忠三郎が首を傾げていると、義太夫が笑って忠三郎の肩を叩く。
「案ずるな、鶴。そなたと慶次以外は皆、素破じゃ。身を隠すなど容易いこと」
諸将が砦に揃えば、軍議が開かれる。その際に信長は一益がいないことに気づくだろう。
「砦に近い場所で、身を隠すと致そう」
一同が頷き、後に従う。このあたりは神社の境内であり、そこここに社がある。身を隠すには申し分ない。
この数日、明智光秀が討死覚悟で孤軍奮闘していた天王寺砦では、怪我の治療をした信長が諸将を集めて軍議を開いている。
「荒木どのは明智どのの縁者ではないか。それが敵の大軍を前にしり込みし、さっさと引き上げていくとは如何なる了見か。おかげで我らは命からがら、ようやくこの砦までたどりついた次第じゃ」
佐久間信盛が明智光秀相手にぼやいている。その光秀はというと、首の皮一枚で砦を守り切ったはいいが、敵の大軍に取り囲まれているのは変わらず、ようやく来た味方は侍大将以上の武将たちとわずかな足軽三千ほど。命がいくつあっても足りない戦況が続く中、疲労の色が隠せない。
「いやいや、御大将のご威光をもってすれば、一揆勢の一万や二万、たちどころに倒して進むことができましょう」
最近、ようやく尾張ことばが抜けてきた羽柴秀吉がそう言うと、
「下賤な者は控えておれ!」
柴田勝家が一喝する。
この状況においても一枚岩とは言えず、信長の前でも皆、思い思いのことを言い出す。他の諸将はことばもなく、疲労困憊してうつ向くばかりだ。
「左近と鶴は如何いたした」
この場に二人がいないことに気づいた信長が、万見仙千代に尋ねる。
「さて…我らも敵中を走り抜ける折に、ちらと旗を見たのみにて…」
「…で、あるか」
信長は短くそう言うと、居並ぶ諸将を見ながら思案する。
「滝川左近は最後まで鉄砲を撃っていたと聞き及びまする。よもや敵の手にかかり…」
佐久間信盛がそう言うと、信長がじろりと睨み、
「左近に限ってそれはあるまい。いや…むしろ…左近め、そうか」
信長には一益の考えが分かったようだ。にやりと笑うと、にわかに立ち上がり、
「我らはこれより出撃し、一揆勢の本陣を叩く」
といったので、佐久間信盛が真っ先に反対する。
「上様、お留まりを。敵は多勢。我らだけで奇襲をかけるなど、到底かなうものではありませぬ」
「いかにも。すでに外は暗く、まずは籠城して時を待ち、敵の隙をつくことこそ肝要かと」
柴田勝家がそう言うと、信長は驚いて見上げる諸将を見渡し、
「敵は我らが籠城すると思い、一万の兵は砦を包囲して本陣は手薄。これ以上の好機はあるまい。まさしく天の与うる所である。今こそ撃って出るときぞ!」
と叫びながら兜を掴み、音を立てて広間を後にする。
「これは一大事。遅れをとってはまた叱られまするぞ。げに恐ろしきは一向宗にあらず。頭に血がのぼった上様じゃ」
羽柴秀吉が慌てて立ち上がって信長を追う。いや、羽柴秀吉ばかりではない。居合わせたものはみな慌てふためき、床几を立ち上がり、我先にと広間を後にする。
まもなく天王寺砦から鬨の声があがり、織田勢が雪崩を打って本願寺の本陣目指して突撃した。
「殿!上様が砦から討って出られた由にて」
「よし、我らも参戦いたそう。続け!」
一揆勢の側面に回り、合図で馬上筒を撃ち込み、槍に持ち替えて敵陣に突撃した。
「雑賀の鉄砲隊が来る前に、敵を突き崩せ!」
「ハッ!」
ひと際威勢のいい声が響き、忠三郎が一番に飛び出し、槍を振り回して敵をなぎ倒すと、周りの敵が背を向けて逃げていく。
「いいぞ鶴!」
一益が声をかけると、忠三郎が嬉しそうに振り向く。
「義兄上とこうして戦うのは初めてじゃ!」
そこへ慶次が負けてはおられぬとばかりに飛び出して、敵の只中に乗り込む。
続いて信長が馬廻衆を引き連れて馬を走らせてきた。
「左近!敵は退却をはじめた。このまま敵を追い崩し、本願寺まで突き進もうぞ。我に続け!」
信長が槍をかまえて本願寺目指して突撃していくと、一益も周囲を見回して声をかける。
「皆、上様に遅れをとるな!」
慶次が驚いて、信長の去った方を見る。
「あれが上様?初めて見たわい。途方もない大声じゃ」
義太夫が苦笑して一益の後に続く。
この日、信長率いる織田勢三千は、退却する本願寺勢を次々に討ち取り、その数は千五百とも、二千ともいわれている。
そんな中、摂津から急使が入る。一万の兵を率いて攻め込んできた一揆勢により寄せ手の原田直政以下の武将たちが討死。天王寺砦に籠った明智光秀が一揆勢に取り囲まれ援軍を求めている。
京にいた信長は、その敗戦を聞いてすぐに織田領全域に陣触れを発した。
急使を迎えた長島城の一益も家臣団に招集をかける。
「兵が集まるのを待たず、早々に出陣せよとのご命令である」
「は、兵が集まるのを待たず?は、はぁ…」
義太夫が間の抜けた声をあげる。
信長は武将たちだけで戦さすると言うのだろうか。居並ぶ家臣たちは顔を見合わせるが、遅れをとれば叱責されてしまう。一益は早々に長島を立ち、四日市の興正寺で兵が集まるのを待った。
「殿。二日、三日で集まるものではありませぬ」
各所で声をかけて回っている佐治新介は苦労しているようだ。
「したが、このまま後詰がなければ天王寺砦はその二日、三日で落ちる。上様は湯帷子のまま都を出立し、傍におるのは馬廻衆をはじめとした百騎あまりと聞く。我らも向かわねばなるまい」
援軍が間に合わず、明智光秀を死なせては織田家の威信も地に落ちる。一益はわずかな供周りと家臣たちを率いて昼夜馬を走らせ一路、亀山、関を越えて伊賀へ入り、そこから大和へ抜けた。
大和の国は数日前に戦死した原田直政が治めており、上は六十歳、下は十五歳の男すべて戦さに加わるようにと国中に触れがでている。
「しかし、まるで無人の国のようにて」
義太夫が小首を傾げる。大和に入る少し前くらいから、全く人影を見ない。
(ろくな評判がたっていないということか)
女子供しか残されていない筈だ。織田兵に恐れをなして、身を隠しているのだろう。
「ここからであれば明日には上様に追いつき、若江城に到達するじゃろう。ここで夜を明かし、兵を待つこととしよう」
一益が馬の脚を止めると、津田秀重が近寄ってきた。
「殿、大和に留まるは難しいかと…」
「如何いたした、秀重」
「されば…」
秀重は言い淀んだが、申し訳なさげに口を開く。
「我らが陣を張ることを恐れた土地の者どもはみな、家の前に垣根を張り巡らせ、馬の立ち入りを阻んでおりまする」
「津田殿、それはまことか!」
義太夫が驚き、声をあげる。一益は嘲笑った。
「滝川左近も嫌われたものよ」
他国での評判というものは、近江や伊勢にいては分からない。
「見知らぬ国にきて、ここまで忌み嫌われるとは…」
合戦の前に家臣たちを休ませ、兵が集まるのを待ちたかったが、それもかなわないようだ。
「このまま若江城まで突き進むしかなかろう」
こうして休むことなく若江城を目指した。
伊勢、美濃、江北の武将たちはそれぞれ強行軍で若江へ向かっている。その一方、近隣を治める武将たちはすでに若江城に集結していた。しかし兵がいない。多く見積もって二千といったところだ。
そうこうしている間にも明智光秀の籠る天王寺砦からは、後詰を求める知らせが矢のように届いている。三日五日は抱えがたしと聞いた信長は明日にも攻めかかると決め、諸将に陣立てを伝えた。
「小童。そちも馬廻衆とともに出陣いたすか」
先に若江城についた忠三郎に声をかけてきたのは荒木村重だった。
「いえ…それがしは馬廻のものとは別に、手勢を率いて参りました。馬廻衆は第三陣。それがしは第二陣でござりますゆえ」
明日の陣立ては三段構え。第一陣は荒木村重、佐久間信盛、松永久秀。信長は第一陣に加わり直接、軍の指揮を取る。明日には到着する伊勢・美濃・北江の将は第二陣、人数が少ない馬廻衆は第三陣だ。
「またとない好機ではないか」
村重が笑う。
「好機…とは?」
「馬廻衆が上様から離れるなどと、かような好機はそうそうあるまい。邪魔な足軽どもは三陣にはほとんどおらぬ。馬廻衆は裸同然。そちは二陣であろう。最後尾に回り、乱戦になったときを見計らい、万見仙千代を討て」
忠三郎が驚いて村重を見る。
「しかし…それでは…」
「臆したか。仙千代と戦って勝つ自信がないか。刺し違える覚悟もないか」
「刺し違える…」
忠三郎が返す言葉もなく黙り込むと、村重が嘲笑う。
「よいわ。わしはこの人数で弾避けを務める気にはならぬ。敵は一万五千。味方は二千。かような危うい戦はご免じゃ。木津川口に向かうゆえ、その旨、上様に伝えよ」
と言い捨てると、踵を返して去ろうとする。
「荒木殿、お待ちを!荒木殿は先陣を仰せつかっていたのでは…」
勝手に木津川口に行くとは一体、どんな了見なのか。忠三郎が慌てて呼び止めるが、村重は振り返ることなく、そのまま若江を出て行ってしまった。
忠三郎は仕方がなく、村重の言ったとおりに信長に伝えた。
「先陣を蹴った上、無断で城をでていったと申すか」
信長が怒って軍配を投げつける。重大な軍規違反で、他家はともかく、軍規が厳しい織田家では耳にしたことがない。
「木津川口に向かうと申したか。他には?何も言うてはおらぬか」
「は…取り立てて何ということは何も…」
まさか万見仙千代を討てと言われたとは言えない。
そこへ万見仙千代が姿を現したので、一瞬、心の声が聞こえたかとひやりとする。
「上様。滝川左近将監殿、御着到にござりまする」
「左近が参ったか」
まもなく一益が姿を現した。
「遅れました。面目次第も御座りませぬ」
「陣立ては聞いておろうな?」
「はい。明日、上様が先陣に加わり、総指揮をとられると」
信長は床几から立ち上がり、
「そうじゃ。かの者等を攻め殺させては、世上の非難は必定たるべし。わし自らが下知し、雑魚どもを蹴散らしてくれるわ」
「敵方の鉄砲隊は数千とも聞き及びました。矢玉が雨のごとく降り注ぐかと」
やんわりと先陣を控えてほしいと伝えるが、信長は首を横にふる。
「一揆の鉄砲など恐るるに足りず。なんとしても血路を開き、天王寺砦に入るのじゃ」
信長が先陣を駆ければ、味方の士気は上がる。この兵力差を打開するためには、桶狭間のときのように、味方の士気を高めるしかないと、そう言っているのだろう。
こうなると誰が何を言っても止まらない。一益は笑って
「致し方ありませぬな。では我が家の騎馬鉄砲隊の馬上筒と焙烙玉により敵を攪乱いたしまする。その間に上様は一兵でも多く兵を率いて敵が多く集まる正面を南へ迂回したのち北上し、砦まで一気に突撃してくだされ」
「何、騎馬鉄砲隊?」
鉄砲を馬上から撃つための馬上筒は片手で操作できる利点はあるが、通常の火縄銃よりも重く、銃身が短いために命中精度が落ちる。その欠点を補うため、まずは共にいる足軽が焙烙玉で敵を足止めして、ある程度敵がまとまったところを狙い、騎馬鉄砲隊と伏兵により一斉射撃。その後、騎馬兵による突撃を行う。
「我が家の騎馬鉄砲隊は他とは異なり、数は多くはありませぬが、いずれも砲術に長けたものばかりを揃えておりまする。更には馬上筒はそれがしが自ら改良に改良を加え騎馬武者のために拵えたもの。必ずや上様の突撃の一助となりましょう」
「よかろう。明日未明、砦を討って出る。騎馬鉄砲隊は先陣とともに出撃して行く手を阻む一揆どもを蹴散らし、三陣の馬廻が砦に入ったのを見届けたのちに城へ引き上げよ」
「ハハッ」
天王寺砦は一万の一揆勢によって何重にも取り囲まれている。それを引き付けるほどの騎馬鉄砲隊とはいかなるものなのか。
陣屋に戻ってきた一益から話を聞いた家臣たちが、エッと驚き、
「そっ、それでは騎馬鉄砲隊だけで敵を引き付けるようなものでは…」
滅多に顔色を変えることのない佐治新介が、言葉を詰まらせながらそう言うと、唖然として聞いていた義太夫も
「いやいやいやいや、と、殿…し、しばし、しばしお待ちを」
慌てふためいてそう言う。そこへ蒲生忠三郎が姿を現した。
「流石は義兄上じゃ!して、その騎馬鉄砲隊のものどもはいずこに?何百人おるので?」
最初から最後まで話を聞いていた忠三郎が、興奮気味に帷幕の中に入ってくると、義太夫が後ろを振り返り、
「いずこもなにもない、目の前におるではないか」
「目の前?とは?」
忠三郎がなんのことか、という顔をする。それを見た佐治新介がため息交じりに
「騎馬鉄砲隊は三十名。そのうち十五名は長島の留守居をしておる。ここにおる騎馬鉄砲隊の内、一人は殿で、もう一人は三九郎様。あとはわしと義太夫、他十名ほどしかたどり着いてはおらぬ」
「な、なんと!で、では明日は如何なる秘策をもって…」
忠三郎が唖然として一益を見る。
「秘策などというものはない。戦さの勝敗は天の時と地の利できまるもの。義太夫、あと一人は如何いたした?その方が砲術を教えたのではないのか」
一益に問われ、義太夫がうーんと唸る。
「これがどうも…なんとも…」
「如何いたした。小平次、呼んで参れ」
と呼びに行かせる。忠三郎が義太夫を見て、
「誰じゃ。砲術師か?わしの知らぬものか?」
「うーん…これがまた、なんとものう…」
常日ごろから聞いてもいないことまで喋りだす義太夫にしては、やけに口が重い。忠三郎が不振に思っていると、津田小平次が若武者を連れて帷幕に戻ってきた。
「お呼びで?」
一益の目の前に片膝ついた若い武将。そのいでたちがまた一風変わっている。両肩の肩上は左右に大きく張り出し、全身は朱色に包まれており、手にした大槍まで朱色で、四尺(百二十センチ)はあるかと思われた。
「砲術は上達したか。明日、我が鉄砲隊は上様と共に出撃し、馬廻が砦に入るまで敵と戦うが、そなたは如何いたす」
一益が問うと、その若武者は手にした槍の柄を上下に揺さぶりながら、
「鉄砲はなんとも扱いづらく好かぬ。それがしは明日、この大槍で鉄砲隊とともに出陣いたしまする」
と、胸を張ってうそぶく。義太夫が、
「これ、これ。殿の前で何ということを…」
と色を失って嗜めるので、傍で聞いていた忠三郎は可笑しくなって笑っている。
「面白いではないか、義太夫。槍で戦わせてやれ」
それを聞いていた若武者が、忠三郎をジロリと睨む。
「何じゃ、誰じゃ、この無礼者は」
その気迫に忠三郎が押され、義太夫の顔を見る。義太夫は手を振り、
「口の利き方に気を付けよ。これなるは、いやしくも上様の娘婿の…」
と言いはじめたので、忠三郎がふと気づいて
「待て、義太夫。口の利き方を改めるべきは義太夫ではないか。いやしくも、とは、このわしに向かって如何な物言いか。わしが分不相応と言うておるのか」
「いちいち面倒な奴じゃのう。鶴、これは、ことばのアヤじゃ。鶴は常よりつまらぬことばかり気に掛ける。それゆえに…」
「そうではない。莫逆の友のこのわしに向かって余りな言い様。いやしくも、ではなくせめて、いみじくも、くらいは言うてくれてもよいではないか」
「莫逆の友?おぬしが?」
莫逆の友は荘子にある話に由来する、心打ちとける友を指す。
「何じゃ、違うと申すか」
二人がまた言い争いをはじめるが、珍しいことでもないのか、誰も止めない。一益はこの喧騒の中でも何かを考えているらしく、黙って目を閉じたままだ。
傍で聞いていた若武者は、鶴と呼ばれている目の前の武将が蒲生忠三郎であると気づいたようだ。
「…合点がいった。その方が鳳凰の雛ともてはやされ、裏では鈍三郎と悪口雑言たたかれておる蒲生の子倅であろう」
その傲岸な言い方に、二人がはたと我に返る。
忠三郎が酷い言われように気づき、口を開こうとすると、一益がそれを制する。
「もうよい。慶次、許す。そなたは槍を持って共に参れ」
慶次と呼ばれた若武者がハハッと頭を下げ、その場を後にする。
「義兄上、あれは誰じゃ?」
忠三郎が不満そうに問うと、一益が笑って義太夫を見る。
「義太夫…話して聞かせてやれ」
「ハッ、それがしが…は、はぁ」
いつになく口の重い義太夫に、忠三郎が怪訝な顔をする。そんな二人を見ながら、一益は立ち上がり、広げられた天王寺砦の絵図を見た。
(明日は久方ぶりに面白い戦になる)
天気は問題ない。雨が降る様子はなく、虎の子の鉄砲隊も使えるだろう。
翌未明。法螺が鳴り、先陣を務める織田家の武将たちが次々に城門を駆け抜ける中、滝川家の騎馬鉄砲隊もその中を疾走する。その数二十騎。
滝川勢本隊は津田秀重に任せ、一益は三九郎たちを率いて信長に先立ち、天王寺砦を取り囲む敵の背後に迫る。
「気づかれる前に焙烙玉、鳥の子を投げよ」
皆が一斉に焙烙玉を投げ、鳥の子を投げると爆音が轟き、辺り一面が真っ白になった。
「敵はひるんだ。撃て!」
山間に銃声が響き、一揆勢が次々に倒れていく。その間に信長率いる騎馬隊が突撃し、敵中を強行突破して天王寺砦目指して駆けていく。
一益は足軽から次の鉄砲を受け取り、前方を走り抜ける一陣後方を見る。
(ここまでは計画通り。この先は…)
少し離れたところから銃声が響き、味方の騎馬兵が倒れるのが見えた。
「殿、あれなるは敵の鉄砲隊では」
義太夫が右前方を見て言う。そのとき、一益の眼前を敵の弾が掠めた。
狙いが正確だ。昨日、今日銃を手にした足軽が撃っているとは思えない。
(あれが雑賀衆か)
紀伊の国雑賀は近江の甲賀・伊賀、同じ紀伊の根来と並び、早くから鉄砲の製造方法が伝わり、砲術を学んだ土豪たちが複数の傭兵集団を作っている。
「雑賀衆じゃ、油断するな。焙烙玉を投げ、あれなる林に身を隠し、木の陰から撃て。一か所に留まるな。敵の狙いは確かじゃ」
林の中を右に左に移動を繰り返しながら駆け抜ける織田勢に迫りくる敵を撃つ。
「ご注進!」
滝川助九郎が叫びながら走ってくる。
「上様が一揆勢の鉄砲隊により手傷を追われたとのこと」
「何、上様が被弾?…して、傷の具合は?」
「大事には至らず、早、砦入口まで迫る勢いにて」
一陣が走り抜け、二陣の津田秀重率いる滝川勢他の部隊が次々に砦目指して走っていくのを横目で見ながら、少しずつ砦に近づき陣形を整えた。
続けて三陣の馬廻衆が姿を現したときには、辺りに敵が集まりつつあり、雑賀衆の銃弾が雨あられと降ってくる。
「殿!あれをご覧あれ」
義太夫が前方を走る織田勢の中で、一人、右往左往している騎兵を指さす。
「あれは鶴どのについて歩いている町野長門では……蒲生勢は二陣だった筈…」
佐治新介が不思議なものを見るように言う。
「おかしな様子でござります。忠三郎であれば先陣を駆けることはあっても、遅れをとるようなことはありませぬ」
三九郎がそう言ったときには、前方の騎馬武者の顔がはっきりとわかるところまで近づいていた。
「あれは確かに町野長門守…であれば助太郎も近くにおるはずじゃが…」
あたりを見回しても、忠三郎も、助太郎も姿がない。義太夫が町野長門守に声をかけようとしたとき、激しい銃声が響き、馬が仁王立ちになり、長門守が転げ落ちるのが見えた。
「これは拙い」
義太夫が馬を走らせ、町野長門守に向かっていく。
「町野どの!大事ないか」
「かすり傷にて…」
足を負傷したらしく、おびただしい血が流れている。義太夫があわてて担ぎ上げて馬に乗せ、林の中まで連れてくる。
「鶴は如何いたした。見失ったか?」
一益が色を失ってそう訊ねると、長門守が傷口を抑えながら
「面目次第もござりませぬ。若殿が万見どのを仕留めるまたとない機会じゃと、一人、馬廻をおいかけ、万見どのを探し回られているうちにお姿を見失い申しました」
「かような大事に、なんとたわけたことを…」
佐治新介は呆れてそう言い、他のものたちも皆、唖然としている。
「三九郎、長門守を連れて先に砦を目指せ。他の者どもも敵を倒しつつ、砦へ入れ」
「ハッ…父上は?」
一益はそれには答えず、鉄砲を背中に抱えると、手綱をとって馬を走らせた。
「あ、殿!それがしも御供仕りまする!」
義太夫があわててそれに続く。
その頃、目を血走らせて万見仙千代を探し回っていた忠三郎は、気づいた時には味方からはぐれ、進退窮まっていたところを滝川助太郎に導かれて住吉大社に身を隠していた。
「ここから天王寺砦までは二里もござりませぬが…兎も角、味方に我らがここにいることを知らせねば…」
砦に入ることはできないだろうが、せめて砦にいるであろう滝川家の誰かに、この場所にいることを知らせることができれば持ちこたえることができる。しかし敵が近すぎる。こんなところで狼煙をあげては、味方が来る前に敵に取り囲まれてしまう。
「それはまことか。二里もないのか。ではもう仙千代は…」
まだそんなことを言っているのか、と助太郎は呆れて
「とうに砦に入られたものかと」
忠三郎ががっくりと肩を落とす。
兜を脱ぎ、手にもつと銃弾の跡をまじまじと見て、
「凄まじい鉄砲の数であった…長門は無事であろうか」
途中ではぐれた町野長門守のことを思い起こす。それもこれも皆が止めるのもきかずに忠三郎が万見仙千代を討つと言い出し、一人で引き返したためだ。
「義兄上はお怒りかのう…:」
助太郎は腹立ちのあまり忠三郎の相手をするのにも嫌気がさしている。
「お怒りであろうな…滝川のものは誰も助けに来てはくれぬか…義太夫も、三九郎も、新介も、誰もわしのことを案じてくれてはおらぬのかのう」
一切返事を返さない助太郎をよそに、忠三郎は独り言のように言うと、手持無沙汰にあちこちを見回した。
「これなる社は和歌の神を祀っているのであったな」
忠三郎は助太郎が怒っていることにも気づいていないのだろうか。そんな悠長なことを話し出した。
「海の神と聞き及びましたが…」
「別の神格として和歌の神と伝わる。存じてはおらぬか?」
忠三郎が振り返って笑顔でそう言う。
「住みよしの 松はまつとも 思ほえで 君がちとせの 陰(かぜ)ぞ恋しき」
新古今にある歌を朗々と吟じる。住吉の松が自分を待っている松ではない。君が恋しい、と詠う。
「助太郎。まさに今のわしの心そのものじゃ。ことここに至っては、風情ある住吉の松などはつまらぬもの。上様や、義兄上が恋しい…」
この期に及んで和歌とは、自分の置かれている状況が理解できていないのだろうか。しかも勝手に離れておいて、恋しいとは…。助太郎の腹立ちもとうに通り越し、呆れるばかりだ。
「忠三郎様…今は歌などを詠んでいる場合ではござりませぬぞ」
助太郎が厳しい口調でそう言うと、忠三郎はおや、という顔をする。
「助太郎、怒っておるのか。和歌には古人の教えが含まれておる。猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。…仙千代は取り逃がし、お味方とも、乳人子の長門とも離れ、ここに取り残されたわしの心を察してくれ」
「察しておりまする。それゆえに早う我が家のものにこの場所を知らせ…」
助太郎が何かを思いついたように口を閉じる。
「如何いたした、助太郎」
「古人の教え……」
「そなたも一句、浮かんだか?…おや、短冊がない。長門に持たせていたような…」
忠三郎が短冊を探し始め、助太郎が首を横に振り、
「先ほど詠まれた歌は…」
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助太郎が真顔で聞いてきたので、忠三郎はたじろぎつつ、
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「しばしここでお待ちを。それがしは少し離れた場所から狼煙をあげ、お味方に知らせて参ります」
忠三郎は素直にうなずく。
「では、わしは、しばし古に思いを馳せておこう。そうじゃ、助太郎。短冊と筆はないか?」
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一益と義太夫は敵の目をかいくぐりながら四方八方忠三郎を捜し歩き、熊野古道まで出た。熊野古道は古より摂津から紀州熊野三山へと続く巡礼道だ。
「おや、あれは…」
義太夫が立ち上る狼煙に目を止めた。
「殿、あれはもしや、助太郎では…」
一益の目も狼煙を捕える。
「待つ、と言うておりまするな。我らを待っているようで」
「まつ…」
助太郎ならば、居場所を伝えてくる筈だが…。
「住吉の松か」
住吉の松は有名な歌枕だ。
「鶴も共におるということで」
「住吉大社で和歌を詠んで待っていると、そう言うておるのじゃろう。参るぞ」
一益が苦笑して馬の首を返す。
「この期に及んで和歌を詠んで待つとは…あやつは何が起きても、あの調子でござりますな」
二人が住吉大社へ向かうと、前方に数人の人影が見え、辺りを窺っている。
「あれは敵では?」
「撃つな。敵を呼び込むことになる。近づいて倒せ」
二手に分かれて回りこみ、敵兵に近づくと義太夫が手裏剣を投げて一人目を倒す。続いて振り向き、刀を抜こうとすると、物陰から騎兵が飛び出し、大槍で雑兵をなぎ倒した。
「慶次ではないか。何処へ紛れていた。案じていたわい」
義太夫の前に現れた慶次は、フンと笑い、
「義太夫殿が案じておるのは忠三郎ではないか。忠三郎ならあれなる社におる」
とうそぶくと、また敵に向かって馬を走らせる。
「殿!」
騒ぎを聞いた助太郎が飛び出して来た。その後ろで忠三郎が馬に乗るのが見える。
「鶴!助太郎!」
義太夫が刀を振ると、二人が走り寄ってくる。忠三郎は義太夫の後ろにいる一益に気づき、
「義兄上…」
さすがにこれは叱責される、と忠三郎がばつ悪そうに一益の顔を見る。
「歌詠みは終わったか」
一益が苦笑してそう問うと、忠三郎が恥ずかしそうな顔をして、はい、と答えた。
「父上!」
狼煙を見た三九郎と佐治新介も駆けつける。一益はそれを見て、
「では物陰に潜むか」
「如何にして敵の目をかいくぐり、天王寺砦に入る御所存で?」
義太夫が問う。味方はわずか六騎だ。
信長率いる織田勢三千は、一万五千の敵に囲まれた砦に自ら飛び込む形になり、進退窮まる状況にある。
「いや、ここに留まる」
「上様と合流せず、わずか六騎でここに?」
忠三郎が驚いて声をあげる。
「鶴、兵は詭道なり。ここに至っては無理に砦に入るは得策ではない」
一益のことばの意味がわからず、忠三郎が首を傾げていると、義太夫が笑って忠三郎の肩を叩く。
「案ずるな、鶴。そなたと慶次以外は皆、素破じゃ。身を隠すなど容易いこと」
諸将が砦に揃えば、軍議が開かれる。その際に信長は一益がいないことに気づくだろう。
「砦に近い場所で、身を隠すと致そう」
一同が頷き、後に従う。このあたりは神社の境内であり、そこここに社がある。身を隠すには申し分ない。
この数日、明智光秀が討死覚悟で孤軍奮闘していた天王寺砦では、怪我の治療をした信長が諸将を集めて軍議を開いている。
「荒木どのは明智どのの縁者ではないか。それが敵の大軍を前にしり込みし、さっさと引き上げていくとは如何なる了見か。おかげで我らは命からがら、ようやくこの砦までたどりついた次第じゃ」
佐久間信盛が明智光秀相手にぼやいている。その光秀はというと、首の皮一枚で砦を守り切ったはいいが、敵の大軍に取り囲まれているのは変わらず、ようやく来た味方は侍大将以上の武将たちとわずかな足軽三千ほど。命がいくつあっても足りない戦況が続く中、疲労の色が隠せない。
「いやいや、御大将のご威光をもってすれば、一揆勢の一万や二万、たちどころに倒して進むことができましょう」
最近、ようやく尾張ことばが抜けてきた羽柴秀吉がそう言うと、
「下賤な者は控えておれ!」
柴田勝家が一喝する。
この状況においても一枚岩とは言えず、信長の前でも皆、思い思いのことを言い出す。他の諸将はことばもなく、疲労困憊してうつ向くばかりだ。
「左近と鶴は如何いたした」
この場に二人がいないことに気づいた信長が、万見仙千代に尋ねる。
「さて…我らも敵中を走り抜ける折に、ちらと旗を見たのみにて…」
「…で、あるか」
信長は短くそう言うと、居並ぶ諸将を見ながら思案する。
「滝川左近は最後まで鉄砲を撃っていたと聞き及びまする。よもや敵の手にかかり…」
佐久間信盛がそう言うと、信長がじろりと睨み、
「左近に限ってそれはあるまい。いや…むしろ…左近め、そうか」
信長には一益の考えが分かったようだ。にやりと笑うと、にわかに立ち上がり、
「我らはこれより出撃し、一揆勢の本陣を叩く」
といったので、佐久間信盛が真っ先に反対する。
「上様、お留まりを。敵は多勢。我らだけで奇襲をかけるなど、到底かなうものではありませぬ」
「いかにも。すでに外は暗く、まずは籠城して時を待ち、敵の隙をつくことこそ肝要かと」
柴田勝家がそう言うと、信長は驚いて見上げる諸将を見渡し、
「敵は我らが籠城すると思い、一万の兵は砦を包囲して本陣は手薄。これ以上の好機はあるまい。まさしく天の与うる所である。今こそ撃って出るときぞ!」
と叫びながら兜を掴み、音を立てて広間を後にする。
「これは一大事。遅れをとってはまた叱られまするぞ。げに恐ろしきは一向宗にあらず。頭に血がのぼった上様じゃ」
羽柴秀吉が慌てて立ち上がって信長を追う。いや、羽柴秀吉ばかりではない。居合わせたものはみな慌てふためき、床几を立ち上がり、我先にと広間を後にする。
まもなく天王寺砦から鬨の声があがり、織田勢が雪崩を打って本願寺の本陣目指して突撃した。
「殿!上様が砦から討って出られた由にて」
「よし、我らも参戦いたそう。続け!」
一揆勢の側面に回り、合図で馬上筒を撃ち込み、槍に持ち替えて敵陣に突撃した。
「雑賀の鉄砲隊が来る前に、敵を突き崩せ!」
「ハッ!」
ひと際威勢のいい声が響き、忠三郎が一番に飛び出し、槍を振り回して敵をなぎ倒すと、周りの敵が背を向けて逃げていく。
「いいぞ鶴!」
一益が声をかけると、忠三郎が嬉しそうに振り向く。
「義兄上とこうして戦うのは初めてじゃ!」
そこへ慶次が負けてはおられぬとばかりに飛び出して、敵の只中に乗り込む。
続いて信長が馬廻衆を引き連れて馬を走らせてきた。
「左近!敵は退却をはじめた。このまま敵を追い崩し、本願寺まで突き進もうぞ。我に続け!」
信長が槍をかまえて本願寺目指して突撃していくと、一益も周囲を見回して声をかける。
「皆、上様に遅れをとるな!」
慶次が驚いて、信長の去った方を見る。
「あれが上様?初めて見たわい。途方もない大声じゃ」
義太夫が苦笑して一益の後に続く。
この日、信長率いる織田勢三千は、退却する本願寺勢を次々に討ち取り、その数は千五百とも、二千ともいわれている。
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【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
満州国馬賊討伐飛行隊
ゆみすけ
歴史・時代
満州国は、日本が作った対ソ連の干渉となる国であった。 未開の不毛の地であった。 無法の馬賊どもが闊歩する草原が広がる地だ。 そこに、農業開発開墾団が入植してくる。 とうぜん、馬賊と激しい勢力争いとなる。 馬賊は機動性を武器に、なかなか殲滅できなかった。 それで、入植者保護のため満州政府が宗主国である日本国へ馬賊討伐を要請したのである。 それに答えたのが馬賊専門の討伐飛行隊である。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
淡き河、流るるままに
糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。
その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。
時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。
徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。
彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。
肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。
福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。
別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
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