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最終話 忠犬ハジッコ
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「きゃーっ!!!!!」いちばん絶叫していたのは希来里だろう。
一同はそのまま落下し、畳の上にどすんと落ちた。
「いたたたた……おー。ここって元の部屋? あいたたた……」
希来里がお尻を擦りながら立ち上がった。
「みんな大丈夫? 一応、バリア張っていたんで、それほどの衝撃じゃなかったと思うけど」まつりがそう言いながらあたりを見渡すと、どうやら戻ってこられた様だ。目の前にあの姿見が立っている。
「ふんっ! あんなエセ幽世。ざっとこんなもんよ! こんな真似して、もう力もほとんど残ってないんじゃない? さあ夜桜。観念なさい!」
「まさか、神器まで持ち込んでいるとは……」
「そうよ。あんたの行いに、もう神様達もキレちゃってるの! だからもうあきらめてこの幽世を閉じ、中の魂を解放しなさい」
「そう……か。神もお怒りなのか。だが私は悪い事をしたとは思っていない。現にこの幽世の魂達も望んでここに来たものがほとんどなのだ」
「私は望んでいないわよ!」声をあげたのは魂の澄子だった。
「確かに最初は、苦しんでいる女郎さん達の為にやった事かも知れない。でも年月を経てあなたはその意義を忘れた。女性が誰でも永遠の美貌と寿命を欲している訳じゃない事を、肝に命じなさい!! あんたが余計な事をしたからハジッコの魂は消滅するしかなくなったんじゃない!」
「……そうなのか?」とまどう夜桜にハジッコが答えた。
「はい。わたしは世の理を越えてしまいました。ですので輪廻には戻れません。この身体をスミちゃんに返したら、私の魂は消滅させてもらいます」
「そうか。たとえ犬とはいえ、私のやった事がそこまでお前の魂を追い込んだのか……分かった。もう何も言わん。好きにしろ」
「おい夜桜。一ついいか? お前、澄子の身体から澄子の魂を抜き取ったんだろ? ここでこいつの身体からハジッコの魂を抜く事は出来ないのか? それが出来れば、幽世が有る間、澄子とハジッコが一緒にいられる」
「おー、虎先輩。ナイスアイディア!」虎之助のアイディアを希来里が絶賛したが、夜桜が出来ぬといった。
「今の私では、魂を抜くのは幽世の外で手鏡を使わなくては出来ぬ。そのためには一度ここを出なくてはなるまい。しかし澄子の魂は外に連れて行けぬので、ハジッコの魂を手鏡が抜いても、その身体に澄子の魂が戻る手段があるまい」
一同が残念そうにどよめく。
「それでは、犬の転生神をここに呼べぬかえ?」今度はカキツバタだ。
「神と言えども、この狸の様にすぐそばで法力でも使わぬ限り、この幽世の中に入れるのは我が滅して後、幽世が瓦解するまでのほんの一時であろう。それでよければ試みるがよい」
「やっぱりそれしかなさそうね。それじゃ、お姉ちゃん。ハジッコ。澄子。それから不細工猫。もういいよね? 豊川……宜しくお願いします」まつりが悲痛な面持ちながら決意を新たにしてそう言った。
「はい。それではもう一つ。持ち込んだ神器を使います」
そう言いながら豊川刑事は懐から銃を取り出した。
「これに込めてある弾は、宇迦様に神通力を込めて貰っています。これで夜桜を破壊すれば、幽世もやがて崩壊し囚われた魂は順次輪廻に帰って行くでしょう」
言い終わって豊川刑事は銃口を目の前の大きな鏡に向けた。
「ハジッコ。最後までいっしょだよ!」
「はい、スミちゃん」二人は固く手をつなぎ、カキツバタとブチャ先生も寄り添う様に並んで地面に寝そべった。
それを見届けて、豊川刑事は引き金を絞る。
「それでは夜桜。これでおさらばです」
ズキューーーーン………
銃声が鳴り響き、夜桜の鏡の真ん中に弾が命中した。
そして鏡一面に細かいヒビが入り、次の瞬間、鏡自体が砕け散った。
ドンッ!!
急に空気が重くなった様な感じがした。
「幽世の崩壊が始まったわ。豊川、最後の仕上げをお願い。それとハジッコ。転生神を呼び続けるのよ。それは私にもどうにも出来ないから。
それから……お姉ちゃん。いっしょに遊んでくれてありがとうね。いつになるかはわからないけど、また生まれ変わって出会ったら……そしたら、また遊ぼうね」そう言うまつりのうしろから、世界が崩れ出していた。
◇◇◇
豊川刑事は、さかんに祝詞を唱えている。これは囚われた魂達へ成仏を促すまじないなのだそうだ。夜桜がいた館ももう天井や壁が上から消え始めていて、魂達がまるで流れ星が逆さまに流れるかの様に天に帰っていくのが見えた。
まつりは、カキツバタとハジッコの決着がつくまでこの場所の崩壊をなるべく遅らせようと詠唱を続けていたが、やがてカキツバタが口を開いた。
「まつりちゃん。いよいよわちきの番の様でありんす。本当にありがとうね。それからブチャ先生。この身体とっても居心地が良かったでありんす。本当にありがとさんね」そう言って、カキツバタの入っていたブチャ先生の身体がパタリと倒れ、そこからすーっと光る星が天に上った。
「カキツバタ!」ブチャ先生が声を発したが、まつりは一言もしゃべらない。ブチャ先生がまつりの顔を見上げたところ……もう、顔中が涙でビシャビシャなのが分かった。
「不細工猫!! 早く身体に戻りなさい!!」ようやく声をあげたまつりに叱責され、ブチャ先生はそっと自分の身体に手を触れた。
おお、中に入れる! やがてブチャ先生の魂はそのまますっぽり身体に収まり、そのまま意識を失った。
「うわ! 不細工猫。大丈夫?」希来里が叫ぶ。
「心配ないわ。なじむまで寝てるだけ!」すっかり鼻声のまつりがそう言った。
「それで、ハジッコは? 澄子は?」
虎之助が心配そうに抱き合っている二人を見つめる。
「おい。このまま転生神ってのが来なかったらどうなるんだよ」
「どうって……澄子の魂は成仏して、ハジッコ入りの身体が残るわよ。
でも……そうしないってさっき決めたよね」そう言いながらまつりは、ハジッコ達の方を向いた。
「それじゃ、ハジッコの魂を引きずり出すから……澄子。あんたもちゃんと最後までやり遂げなさいよ」
「わかってる……ハジッコの気持ちと努力を無駄にはしないよ!」
まつりは、ハジッコの魂を抜くべく詠唱を唱えるが、しばらくしても何も起きない。そしてその間も幽世の崩壊は進んでいる。
「だめだわ。あのエセ幽世を出る時に法力使いすぎたかな……」
「だめだって!? それじゃ澄子は?」まつりに掴みかかろうとする虎之助をビスマルクが飛びついて抑えた様に見えた。
「ご主人。来た様ですワン」
「おお、あれは……セントバーナード?」希来里の声がうわずる。
「ああ……犬の転生神様……」ハジッコがホッとした様にため息を漏らした。
「ああ、すまなんだ。中々この中に入れなくてな。じゃがハジッコよ。よくぞここまでやり遂げた。犬でもここまで出来るのかと思うと、わしも鼻が高いぞ」
「あの、いや転生神様。私……私自身は何も出来ていません。みんなこの人たちのおかげです。それに、正体をこの二人に知られてしまいまして……もうスミちゃんに身体を返せないと思うのですが、せめてこの身体から私の魂を引っこ抜いてもらえれば、まつりちゃんの法力でスミちゃんの魂を身体にねじ込めないかと……」
「そうか……それは残念。じゃが無理に魂を引っこ抜くと、その場でバラバラになって消滅するぞ。それでもよいか?」
「そんなの構いません! もとより覚悟は出来ています。もう幽世も長く持ちません。早くお願いします!」
「うむ。思った通りじゃの。お前は本当に澄子の事が好きなのだな。それにお前は何も出来んかった訳じゃないぞ。お前が一生懸命澄子の事を考えて行動したから、澄子の身体を守り通せたし、この者達も力を貸してくれたに相違あるまい。
それで今回は、特別に人間の神様から神通力を授かって来ておる。お前の頑張りに心を打たれたとの事で、宇迦之御魂大神様からな」
「ええ? それは……」ハジッコだけではなく、まつりも豊川もその他一同もビックリした。
「まあ、大した事は出来ぬのだが、ハジッコの魂を壊さぬ様に、この身体から抜き出せるじゃろう。さすれば、この幽世が消滅するまでのわずかな時間ではあるが、澄子と一緒にいられようぞ」
「ちょっと! 犬神様、それってセコくない? せめてもう一度犬に転生とか……」
希来里が食ってかかったが、まつりがそれを止めた。
「何言ってんのよ! 世の理にギリギリ反しない範囲での神様の最大限の譲歩よ! もう、こうしている時間も惜しいわ。犬の神様。さっさとやっちゃって!!」
「やれやれ、狸にせかされるとは……まあよい。ハジッコや。眼をつぶりなさい」
犬の転生神にそう言われ、ハジッコはそっと目を閉じた。
そして何か身体がきゅるんとねじれる様な感じがして、目を開けると、
眼の前に、顔が崩れていない、以前のままの澄子がほほ笑んでいた。
「ああ……スミちゃん。元に戻れたのね!?」
「うん……ありがとう。ハジッコ、本当にありがとう……」
どうやら自分は犬の姿に戻った様だ。スミちゃんが思いっきり身体のあちこちを撫でてくれるのがうれしい。
「それじゃ……私は、出来る限り幽世の崩壊を遅らせるから、せいぜい二人の時間を楽しみなさい!」
「ああ……まつりちゃん。ありがとうね」
「それじゃ、二人にしてやろうな」虎之助がそう言って、ビスマルクと希来里を伴ってちょっと離れた。
「ハジッコ。私、これからあなたがいなくても大丈夫かな。
全く自信ないよ……」
「そうですね。もしよかったらまた犬を飼って友達になってくれると嬉しいです。生き物ですから寿命の違いはどうにも出来ませんが、少なくとも一緒に過ごした時間は宝物になると思います。私もそうですから」
「そうだね。ハジッコは全力で一生を駆け抜けたんだよね。だから私も……思い出して泣いちゃうと思うけど、頑張る!」
「その意気です。あ、そうそう。虎之助さんは多分スミちゃんに気がありますよ。
だから、こんどちゃんと気持ちを伝えてみて下さいね」
「えっ? そうなの……って、ハジッコ。まさか私の身体で虎兄と……」
「いえいえ何もやましい事は……お口でチュッって位ですよ」
「えー!? 何それ。う、うらやましい……」
「ふっ、ははははははっ」
「はははははは!」
そこへまつりが近づいてきた。
「最後に笑いあえた様でよかったわ。でもごめん。そろそろ限界。これ以上法力つかったら、みんなで現世に帰れなくなっちゃう」
「まつりさん。豊川さん。それに虎之助さんも希来里さんも、ブチャ先生もビスマルクも……本当にありがとう。みんなが助けてくれたからスミちゃんを元に戻せました。私はもう何も思い残す事はありません!!
スミちゃん……幸せになってね」
そしてハジッコは犬の転生神の前にいく。
「転生神様。最後にこんな幸せな時間を戴き、お礼の申し様もございません。宇迦之御魂大神様にもくれぐれもよろしくお伝えください。それでは……お願いします」
「うむ、ハジッコよ。見事な生き様であったぞ」
犬の転生神がそう言って右手を上げると、ハジッコの犬の身体がゆっくりと宙に浮かんでいった。
そして上空からハジッコが微笑んだのがその場のみんなにも分かった。
「皆さん、ありがとう。そして……さようなら!」
次の瞬間。パンっと音がして、ハジッコの魂は色とりどりの細かい星になり、虹色の尾を引きながら四方に散っていった。
そして、それを見ながら「ああ……」と、その場に膝をつき涙する澄子の肩に、虎之助がそっと手を置いた。
◇◇◇
◇◇◇
「いやー。ブチャがいきなりいなくなってさ。猫って飼い主に死に目を見せないって言うじゃない。だからてっきりどこかでくたばったかと思ったんだけど、まさか、すみっ子の所に自力で行っていたとは……余程あんたが気に入ったんだね」理恵がそう言って、澄子に話しかけていた。
「でもその時、あなたも大変だったんでしょ? あんな低い山で遭難しかかったんだって?」薫が呆れた様にそう言った。
結局、あの日。現世に戻ってきたらもう夜が明けていた。
山の駐車場に虎之助の車が残されたままになっていて、自宅にもみんな帰っていないという事で、一時は大騒ぎになった様だ。結局、虎之助が登山初心者なのに無謀なルートを通って、足を滑らせてケガをしたという事で、関係各位にこってり絞られたあと解放され、事なきを得た。
手鏡は手付かずで元の場所に落ちていたらしく、豊川刑事が回収していった。
今回の件に関して、澄子は澄子なりに気持ちの整理を付けたつもりなのだが、やはりハジッコロスは大きい。しかし鬱々としていても仕方がないので、たまに理恵の家に遊びに行って、ブチャ先生をいじる事が多くなったのだが……なんと、まつりもしょっちゅうブチャ先生に会いに来ているらしい。
彼女もカキツバタがいなくなって寂しいのだろうなと澄子は思った。
そんなある日、虎之助が澄子を誘いに来た。
「へへー。もしかしてデートに連れてってくれるの?」
「ああ、着いてからのお楽しみな」
休日の昼下がり、虎之助の車で隣の県まで行き、とある大きなお屋敷についた。
「ここは?」
「俺のオヤジの古い友人の家だよ。いいからついて来な」
そして、虎之助に連れられて家の裏手に回った澄子が見たのは、庭のベンチにお座りをして並んだ六匹の子犬だった。
「ほら、秋田柴の子犬。これのブリーダー探すの苦労したんだ。それで、どの子にする?」虎之助の問いかけに、目を輝かせていた澄子が笑顔で答えた。
「もちろん……はじっこ!!」
(終)
一同はそのまま落下し、畳の上にどすんと落ちた。
「いたたたた……おー。ここって元の部屋? あいたたた……」
希来里がお尻を擦りながら立ち上がった。
「みんな大丈夫? 一応、バリア張っていたんで、それほどの衝撃じゃなかったと思うけど」まつりがそう言いながらあたりを見渡すと、どうやら戻ってこられた様だ。目の前にあの姿見が立っている。
「ふんっ! あんなエセ幽世。ざっとこんなもんよ! こんな真似して、もう力もほとんど残ってないんじゃない? さあ夜桜。観念なさい!」
「まさか、神器まで持ち込んでいるとは……」
「そうよ。あんたの行いに、もう神様達もキレちゃってるの! だからもうあきらめてこの幽世を閉じ、中の魂を解放しなさい」
「そう……か。神もお怒りなのか。だが私は悪い事をしたとは思っていない。現にこの幽世の魂達も望んでここに来たものがほとんどなのだ」
「私は望んでいないわよ!」声をあげたのは魂の澄子だった。
「確かに最初は、苦しんでいる女郎さん達の為にやった事かも知れない。でも年月を経てあなたはその意義を忘れた。女性が誰でも永遠の美貌と寿命を欲している訳じゃない事を、肝に命じなさい!! あんたが余計な事をしたからハジッコの魂は消滅するしかなくなったんじゃない!」
「……そうなのか?」とまどう夜桜にハジッコが答えた。
「はい。わたしは世の理を越えてしまいました。ですので輪廻には戻れません。この身体をスミちゃんに返したら、私の魂は消滅させてもらいます」
「そうか。たとえ犬とはいえ、私のやった事がそこまでお前の魂を追い込んだのか……分かった。もう何も言わん。好きにしろ」
「おい夜桜。一ついいか? お前、澄子の身体から澄子の魂を抜き取ったんだろ? ここでこいつの身体からハジッコの魂を抜く事は出来ないのか? それが出来れば、幽世が有る間、澄子とハジッコが一緒にいられる」
「おー、虎先輩。ナイスアイディア!」虎之助のアイディアを希来里が絶賛したが、夜桜が出来ぬといった。
「今の私では、魂を抜くのは幽世の外で手鏡を使わなくては出来ぬ。そのためには一度ここを出なくてはなるまい。しかし澄子の魂は外に連れて行けぬので、ハジッコの魂を手鏡が抜いても、その身体に澄子の魂が戻る手段があるまい」
一同が残念そうにどよめく。
「それでは、犬の転生神をここに呼べぬかえ?」今度はカキツバタだ。
「神と言えども、この狸の様にすぐそばで法力でも使わぬ限り、この幽世の中に入れるのは我が滅して後、幽世が瓦解するまでのほんの一時であろう。それでよければ試みるがよい」
「やっぱりそれしかなさそうね。それじゃ、お姉ちゃん。ハジッコ。澄子。それから不細工猫。もういいよね? 豊川……宜しくお願いします」まつりが悲痛な面持ちながら決意を新たにしてそう言った。
「はい。それではもう一つ。持ち込んだ神器を使います」
そう言いながら豊川刑事は懐から銃を取り出した。
「これに込めてある弾は、宇迦様に神通力を込めて貰っています。これで夜桜を破壊すれば、幽世もやがて崩壊し囚われた魂は順次輪廻に帰って行くでしょう」
言い終わって豊川刑事は銃口を目の前の大きな鏡に向けた。
「ハジッコ。最後までいっしょだよ!」
「はい、スミちゃん」二人は固く手をつなぎ、カキツバタとブチャ先生も寄り添う様に並んで地面に寝そべった。
それを見届けて、豊川刑事は引き金を絞る。
「それでは夜桜。これでおさらばです」
ズキューーーーン………
銃声が鳴り響き、夜桜の鏡の真ん中に弾が命中した。
そして鏡一面に細かいヒビが入り、次の瞬間、鏡自体が砕け散った。
ドンッ!!
急に空気が重くなった様な感じがした。
「幽世の崩壊が始まったわ。豊川、最後の仕上げをお願い。それとハジッコ。転生神を呼び続けるのよ。それは私にもどうにも出来ないから。
それから……お姉ちゃん。いっしょに遊んでくれてありがとうね。いつになるかはわからないけど、また生まれ変わって出会ったら……そしたら、また遊ぼうね」そう言うまつりのうしろから、世界が崩れ出していた。
◇◇◇
豊川刑事は、さかんに祝詞を唱えている。これは囚われた魂達へ成仏を促すまじないなのだそうだ。夜桜がいた館ももう天井や壁が上から消え始めていて、魂達がまるで流れ星が逆さまに流れるかの様に天に帰っていくのが見えた。
まつりは、カキツバタとハジッコの決着がつくまでこの場所の崩壊をなるべく遅らせようと詠唱を続けていたが、やがてカキツバタが口を開いた。
「まつりちゃん。いよいよわちきの番の様でありんす。本当にありがとうね。それからブチャ先生。この身体とっても居心地が良かったでありんす。本当にありがとさんね」そう言って、カキツバタの入っていたブチャ先生の身体がパタリと倒れ、そこからすーっと光る星が天に上った。
「カキツバタ!」ブチャ先生が声を発したが、まつりは一言もしゃべらない。ブチャ先生がまつりの顔を見上げたところ……もう、顔中が涙でビシャビシャなのが分かった。
「不細工猫!! 早く身体に戻りなさい!!」ようやく声をあげたまつりに叱責され、ブチャ先生はそっと自分の身体に手を触れた。
おお、中に入れる! やがてブチャ先生の魂はそのまますっぽり身体に収まり、そのまま意識を失った。
「うわ! 不細工猫。大丈夫?」希来里が叫ぶ。
「心配ないわ。なじむまで寝てるだけ!」すっかり鼻声のまつりがそう言った。
「それで、ハジッコは? 澄子は?」
虎之助が心配そうに抱き合っている二人を見つめる。
「おい。このまま転生神ってのが来なかったらどうなるんだよ」
「どうって……澄子の魂は成仏して、ハジッコ入りの身体が残るわよ。
でも……そうしないってさっき決めたよね」そう言いながらまつりは、ハジッコ達の方を向いた。
「それじゃ、ハジッコの魂を引きずり出すから……澄子。あんたもちゃんと最後までやり遂げなさいよ」
「わかってる……ハジッコの気持ちと努力を無駄にはしないよ!」
まつりは、ハジッコの魂を抜くべく詠唱を唱えるが、しばらくしても何も起きない。そしてその間も幽世の崩壊は進んでいる。
「だめだわ。あのエセ幽世を出る時に法力使いすぎたかな……」
「だめだって!? それじゃ澄子は?」まつりに掴みかかろうとする虎之助をビスマルクが飛びついて抑えた様に見えた。
「ご主人。来た様ですワン」
「おお、あれは……セントバーナード?」希来里の声がうわずる。
「ああ……犬の転生神様……」ハジッコがホッとした様にため息を漏らした。
「ああ、すまなんだ。中々この中に入れなくてな。じゃがハジッコよ。よくぞここまでやり遂げた。犬でもここまで出来るのかと思うと、わしも鼻が高いぞ」
「あの、いや転生神様。私……私自身は何も出来ていません。みんなこの人たちのおかげです。それに、正体をこの二人に知られてしまいまして……もうスミちゃんに身体を返せないと思うのですが、せめてこの身体から私の魂を引っこ抜いてもらえれば、まつりちゃんの法力でスミちゃんの魂を身体にねじ込めないかと……」
「そうか……それは残念。じゃが無理に魂を引っこ抜くと、その場でバラバラになって消滅するぞ。それでもよいか?」
「そんなの構いません! もとより覚悟は出来ています。もう幽世も長く持ちません。早くお願いします!」
「うむ。思った通りじゃの。お前は本当に澄子の事が好きなのだな。それにお前は何も出来んかった訳じゃないぞ。お前が一生懸命澄子の事を考えて行動したから、澄子の身体を守り通せたし、この者達も力を貸してくれたに相違あるまい。
それで今回は、特別に人間の神様から神通力を授かって来ておる。お前の頑張りに心を打たれたとの事で、宇迦之御魂大神様からな」
「ええ? それは……」ハジッコだけではなく、まつりも豊川もその他一同もビックリした。
「まあ、大した事は出来ぬのだが、ハジッコの魂を壊さぬ様に、この身体から抜き出せるじゃろう。さすれば、この幽世が消滅するまでのわずかな時間ではあるが、澄子と一緒にいられようぞ」
「ちょっと! 犬神様、それってセコくない? せめてもう一度犬に転生とか……」
希来里が食ってかかったが、まつりがそれを止めた。
「何言ってんのよ! 世の理にギリギリ反しない範囲での神様の最大限の譲歩よ! もう、こうしている時間も惜しいわ。犬の神様。さっさとやっちゃって!!」
「やれやれ、狸にせかされるとは……まあよい。ハジッコや。眼をつぶりなさい」
犬の転生神にそう言われ、ハジッコはそっと目を閉じた。
そして何か身体がきゅるんとねじれる様な感じがして、目を開けると、
眼の前に、顔が崩れていない、以前のままの澄子がほほ笑んでいた。
「ああ……スミちゃん。元に戻れたのね!?」
「うん……ありがとう。ハジッコ、本当にありがとう……」
どうやら自分は犬の姿に戻った様だ。スミちゃんが思いっきり身体のあちこちを撫でてくれるのがうれしい。
「それじゃ……私は、出来る限り幽世の崩壊を遅らせるから、せいぜい二人の時間を楽しみなさい!」
「ああ……まつりちゃん。ありがとうね」
「それじゃ、二人にしてやろうな」虎之助がそう言って、ビスマルクと希来里を伴ってちょっと離れた。
「ハジッコ。私、これからあなたがいなくても大丈夫かな。
全く自信ないよ……」
「そうですね。もしよかったらまた犬を飼って友達になってくれると嬉しいです。生き物ですから寿命の違いはどうにも出来ませんが、少なくとも一緒に過ごした時間は宝物になると思います。私もそうですから」
「そうだね。ハジッコは全力で一生を駆け抜けたんだよね。だから私も……思い出して泣いちゃうと思うけど、頑張る!」
「その意気です。あ、そうそう。虎之助さんは多分スミちゃんに気がありますよ。
だから、こんどちゃんと気持ちを伝えてみて下さいね」
「えっ? そうなの……って、ハジッコ。まさか私の身体で虎兄と……」
「いえいえ何もやましい事は……お口でチュッって位ですよ」
「えー!? 何それ。う、うらやましい……」
「ふっ、ははははははっ」
「はははははは!」
そこへまつりが近づいてきた。
「最後に笑いあえた様でよかったわ。でもごめん。そろそろ限界。これ以上法力つかったら、みんなで現世に帰れなくなっちゃう」
「まつりさん。豊川さん。それに虎之助さんも希来里さんも、ブチャ先生もビスマルクも……本当にありがとう。みんなが助けてくれたからスミちゃんを元に戻せました。私はもう何も思い残す事はありません!!
スミちゃん……幸せになってね」
そしてハジッコは犬の転生神の前にいく。
「転生神様。最後にこんな幸せな時間を戴き、お礼の申し様もございません。宇迦之御魂大神様にもくれぐれもよろしくお伝えください。それでは……お願いします」
「うむ、ハジッコよ。見事な生き様であったぞ」
犬の転生神がそう言って右手を上げると、ハジッコの犬の身体がゆっくりと宙に浮かんでいった。
そして上空からハジッコが微笑んだのがその場のみんなにも分かった。
「皆さん、ありがとう。そして……さようなら!」
次の瞬間。パンっと音がして、ハジッコの魂は色とりどりの細かい星になり、虹色の尾を引きながら四方に散っていった。
そして、それを見ながら「ああ……」と、その場に膝をつき涙する澄子の肩に、虎之助がそっと手を置いた。
◇◇◇
◇◇◇
「いやー。ブチャがいきなりいなくなってさ。猫って飼い主に死に目を見せないって言うじゃない。だからてっきりどこかでくたばったかと思ったんだけど、まさか、すみっ子の所に自力で行っていたとは……余程あんたが気に入ったんだね」理恵がそう言って、澄子に話しかけていた。
「でもその時、あなたも大変だったんでしょ? あんな低い山で遭難しかかったんだって?」薫が呆れた様にそう言った。
結局、あの日。現世に戻ってきたらもう夜が明けていた。
山の駐車場に虎之助の車が残されたままになっていて、自宅にもみんな帰っていないという事で、一時は大騒ぎになった様だ。結局、虎之助が登山初心者なのに無謀なルートを通って、足を滑らせてケガをしたという事で、関係各位にこってり絞られたあと解放され、事なきを得た。
手鏡は手付かずで元の場所に落ちていたらしく、豊川刑事が回収していった。
今回の件に関して、澄子は澄子なりに気持ちの整理を付けたつもりなのだが、やはりハジッコロスは大きい。しかし鬱々としていても仕方がないので、たまに理恵の家に遊びに行って、ブチャ先生をいじる事が多くなったのだが……なんと、まつりもしょっちゅうブチャ先生に会いに来ているらしい。
彼女もカキツバタがいなくなって寂しいのだろうなと澄子は思った。
そんなある日、虎之助が澄子を誘いに来た。
「へへー。もしかしてデートに連れてってくれるの?」
「ああ、着いてからのお楽しみな」
休日の昼下がり、虎之助の車で隣の県まで行き、とある大きなお屋敷についた。
「ここは?」
「俺のオヤジの古い友人の家だよ。いいからついて来な」
そして、虎之助に連れられて家の裏手に回った澄子が見たのは、庭のベンチにお座りをして並んだ六匹の子犬だった。
「ほら、秋田柴の子犬。これのブリーダー探すの苦労したんだ。それで、どの子にする?」虎之助の問いかけに、目を輝かせていた澄子が笑顔で答えた。
「もちろん……はじっこ!!」
(終)
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秋野 木星
児童書・童話
どこからともなくやって来たゆかこさんは、ある町の神社に住むことにしました。
これはゆかこさんと町の人たちの四季を見つめたお話です。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ この作品は小説家になろうからの転記です。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
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