忠犬ハジッコ

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第十二話 恋の駆け引き

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 二日後。サイパンから帰国した理恵が、お父さんといっしょに車でブチャ先生を迎えに来た。

「おー、すみっ子。ありがとねー。これお土産」かなり日焼けした顔で、理恵が両手に袋を抱えてやって来た。
「どう? ブチャ、おとなしくしていた? 何も変わりない?」
「えっと……多分……」ハジッコの言葉は歯切れが悪い。
「何か、ちょっと見ないうちに顔立ちが上品な感じになった様な……ブチャ。それじゃ帰ろう。すみっ子にバイバイだよ」
 そういって理恵がブチャを抱えると、カキツバタが念話ねんわで語りかけてきた。
(それじゃ、ハジッコさん。打ち合わせ通りにね!)

「あ、あの理恵! また日曜にブチャ先生に会いにいってもいいかな? 
 それと……たまに電話で声も聞かせてくれるとうれしい……」
「ははっ。そんなにブチャが気に入っちゃった? すみっ子は甘えん坊だな。いいよ。好きな時に会いに来て! 電話もOK」
「ありがと、理恵!!」

 ◇◇◇
 
「よお希来里きらり。体調はもう大丈夫か?」
 澄子の家で夜桜の捕り物があってから一週間程して、虎之助は大学で希来里を見つけて話しかけた。
「あっ! 虎先輩。お陰様で、すっかりへっちゃらです。これから講義ですか?」
「いや。今日は午前中で終わり。夕方からバイト入れてるんだ」
「そうですか……あの。夕方までちょっと時間ありませんか? この間の件、あのあとどうなったかなって……」
「ああ、少しくらいなら構わないぞ。学食でよければ、お茶でも飲みながら話そうや」

 そして希来里は、虎之助と共に学食に入り、話を切り出した。
「虎先輩。この間の夜桜騒動の件。その後スミちゃんは大丈夫そうですか?」
「いやー。見てる限りでは特にそんなに変わった様な様子は……犯人も警察が捕まえたしな」
「だったらよかったです。でも私……なんか怖くなっちゃって……」
「まあ、お前はあの時ひどい目にあったんで、ちょっとトラウマなのかもな」
「そうなんですー。出来れば先輩にちゃんとなぐさめてほしいんですけど……」
「あのなー……でも、そうとばかりも言えないか。もともと巻き込んだのは俺だしな。わかった! それでどうすればいい? 頭でもでようか?」
「あの、子供じゃないんですから……今度の日曜日、デートして下さい! 
 いまさらNoは無しですよ」
「あっ? ……ふうっー、わかった。一回だけだぞ……」
「ふふふん。その一回で、先輩を魅了みりょうしてみせますね」

 同じ頃、とりあえずカキツバタとの連絡手段は確保したものの、常に一緒にいる訳ではないため、ハジッコは緊張しながら日々を過ごしていたが、まつりと豊川が言っていた様に、まだ霊力とやらが回復していないのか、周りに夜桜の気配は感じられなかった。

 そんな時、虎之助がやって来てポロっとらした。
「スミ。おれ今度の日曜、希来里とデートしてくる……」
「えっ!? それって一体……やはり虎兄は希来里さんと恋仲こいなかなのですか?」
「違う違う! 何言ってんのお前。いやな、こないだの夜桜事件で怖い思いさせちゃったんで、一回だけアイツのいう事聞いてやろうと思ってさ。
 だからそれを予めお前に言っておこうかと……決して希来里と付き合ってる訳じゃないから!」
「あ、はい……わかりました……」
 そうは言ったものの、ハジッコはこのまま虎之助の気持ちが澄子から離れて行ってしまいそうで気が気ではなかった。そして、カキツバタに相談しようと理恵に電話をかけ、ブチャ先生に取り次いでもらった。

(ははは、ハジッコさん。それは何も心配いらないでありんすよ。虎之助さんの気持ちが本当に希来里さんを向いてらっしゃるなら、わざわざあなたにその事を伝えには参りませんでしょう?)
「ですが、希来里さんは可愛いし、ずっと近くに居たら今はそうでなくてもいずれ……私は、スミちゃんがお留守の間、彼女が悲しむ様な事にはなってほしくありません!」
(やれやれ……心配症でありんすな。でもまあ、可能性はゼロではありゃしませんか。分かりもした。それではハジッコさん。あなたもスミちゃんとして積極的に虎之助さんにアタックなさるのがよろし。
 少なくともそうしていれば、直ぐに虎之助さんの心が他の女性を向く事はないと思いますよ)
 そうしてカキツバタが、奥手おくてのハジッコにいくつか恋の手ほどきをしたあと、通話を理恵に替わった。
「いやー。なんかニャーニャーずっと話してたけど……本当に猫語が分かってるみたいだねえ……」理恵が少しあきれながらハジッコにそう言った。

 ハジッコは、ベッドに転がってカキツバタのアドバイスを振り返る。
「えー、私から虎之助さんに接近しろと……まずはどこかに連れていってもらうおねだりですか……ですが仕方ありません。スミちゃんの為です!!」
 そう言いながらハジッコは、ふたたびスマホを手に取る。
「えっと……虎之助さんの番号は……」最近、ようやく電話をかけるのに慣れた。

「あ……虎之助さん……いや虎兄?」
「ああ澄子か。どうした……」
「あ、あの……ブチャ先生もいなくなっちゃって、なんだか寂しいの。
 気晴らしに虎兄、どっか連れてってくれないかな?」
 言い方はほぼカキツバタからの受け売りである。
「ああ。バイトがない時なら……でも、日曜は希来里との予定があるな」
「それでは土曜日とかは?」
「ああ、すまん土曜は遅くまでバイトだ……だが、そうだな。日曜の希来里との外出はそんなに遅くはならないと思うから、その後中央公園でも散歩するか? ビスマルクも連れてくぞ!!」
 ハジッコは、散歩と聞いて本能的に喜んでしまった。そして、とりあえず会う回数を重ねる事とカキツバタに言われた事もあり、それで了解した。
「それじゃ、虎兄。散歩楽しみにしてるね!」

 よし。これで第一歩だ! スミちゃん、私頑張るから。

 ◇◇◇ 

 日曜の朝。虎之助は、電車で三十分程の遊園地の入場口で希来里と待ち合わせた。
「あー、虎先輩。お待たせしましたー。待ちました?」希来里が改札を出てかけ寄って来た。
「いや、お前の一本前位の電車かな。そんなに待っちゃいない……って、今日はずいぶんおしゃれじゃないか!」
「いやー。そりゃそうですよ。なんたって、虎先輩とデートですよ!
 ここで気合を入れなきゃ、私、もう女子やめますから」
「にしても……スカート短すぎないか?」
「ふふっ。気になりますか?」
「馬鹿やろ! 別に気になりは……あ、それで希来里。今日の夕方からちょっと用事あって、三時位まで付き合えばいいよな?」
「はいぃ!? 何をふざけた事を! 女性とのデートで終了時間を決めるとは……普通なら、夕食の後二人で肩を寄せ合いながらホテルの一室で朝を……」
「あほか! そんな事はしないからな。とにかく頼むよ。もう予定組んじゃったんだ」
「もう、仕方ないなー。それじゃこれからガンガン行きますよ! それで私が満足出来なかったら、次回も予約です!!」
「あ……ああ。それで頼む……」

 そして虎之助は、希来里に腕を組まれたまま遊園地の中をグルグル連れまわされた。
「希来里……あの……さっきから左腕に胸当たってる……」
「はい? そんなのデートですから当然です」
 そんな感じでアトラクションを楽しんだり、食事をしたりしていたら、虎之助の気持ちがなんだかふわふわしてきた。

(どうしたんだろ俺。なんかぼーっとしてきた様な。希来里がいい匂いすぎるのか……)
「どうしました? 虎先輩。なんか眠たそうですけど」希来里の声にハッと我に返る。
「いや、なんか心がふわふわしてきちゃってるみたいな……ちょっと、いい気分かも……」
「ははは。私の魅力みりょくいましたね。ここまで来たら、もう後の予定はすっぽかして、私と朝まで過ごしましょうよ」
「いやいや……それはさずがに澄子に悪い……」
 あっ、しまった。ぼーっとしていて口が滑った。
 虎之助はそう思ったが後の祭りである。

「なんですって!? 先輩、まさかデートの掛け持ちとか? やだ……信じらんない……」そう言って希来里が泣きだしてしまった。

「ああ、あの……希来里。すまん。俺、お前とのデートっていつものサークル飲み会位の軽い気持ちで……」いや、これはかえって火に油を注ぐ物言いである。
 希来里はますます大声で泣き出し、周りの人達も気の毒そうにしながら通り過ぎていく。そしてしばらくすると、突然希来里が、「ちょっとお手洗い行ってきます!」と言って、その場を離れてしまった。
「失敗したな……どうしようこれ……」虎之助は呆然ぼうぜんとしながら、希来里が戻るのを待った。

 お手洗いの鏡に希来里の顔を写しながら夜桜が考えにふけっている。
「くそっ。出会った時から魅了みりょうの術を放っているのに……まさかこれほど我が霊力が弱っているとは。しかし、このまま虎之助を帰してしまっては次の手が打てん。こうなれば、とりあえず次の布石ふせきだけでも打っておくか」

 そして、虎之助の所に戻って、こう言った。
「もう虎先輩なんて知りません。私の事をそれほど軽く見ていたなんて……絶望ぜつぼうして死にたい位です。もう二度と会いたくありません!」
「あ、いや。希来里、すまん!! 別にお前を軽んじていた訳では……いや、それも男らしくないか。とにかくすまん! どうすれば機嫌を直してくれる?」
「……私をこんな気持ちにさせた罪は重いですよ。もし悪いと思ってるなら、キスして下さい! ほっぺたとかではなく、口にです!!」

「えっ!? いやそれはさすがに……」
「ああ―――――――! この裏切り者―――――!!
 私という者がありながら他の女に……死んでやるう!!」
 希来里が大声で叫んだため、周りの人達が一斉に二人を見た。

「おい希来里。さわぐな! 分かった。分かったから……口にチュッと軽くだぞ……」
「それでいいです……今日はそれで勘弁かんべんしてあげます……」
 そして、虎之助と希来里は、軽くチュッと唇を合わせた。

 ドクンッ!! その時虎之助は、何かよく分からない力に心臓をつかまれた様な感覚がした。

「そ、それじゃ、希来里。もうすぐ三時になるし……今日はいいよな? じゃ……ごめん」そう言って虎之助は、遊園地の出口に向かった。

 その姿を見送りながら、夜桜はつぶやいた。
「今日の所はこれでいい。呪詛じゅそは仕込んだ。私の今の力ではこれが精一杯だが、はてさてどうなる事やら。あの犬が虎にどんな目に会わされるのか……ふふ……はははははは……」
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