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第十一話 タヌキとキツネ
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ハジッコ達が夜桜の手鏡の中からカキツバタを連れ戻し、夜桜自身も豊川刑事に連行された翌日。まつりが、ブチャ先生と遊びたいと言って九重家を訪ねてきた。もちろん、ハジッコも聞きたい事だらけだったので、おばあちゃんに「外出してくる」と言って、ブチャ先生も連れてまつりと共に近くの公園に向かった。
公園のベンチに座り、まわりに人気が無い事を確認したところで、いきなりまつりが強い口調で言った。
「さあ! さっさとあんたが知ってる今回のいきさつを全部話しなさい!!」
ハジッコもさすがにカチンと来て、大声で言い返す。
「なんでそんな命令口調なんですか!? まず私にも判る様に夕べの事を説明して下さい! だいたい、ブチャ先生はどうなっちゃったの? あさって理恵さん、帰ってきちゃうのよ!」
「なっ、何よ! 犬のくせに生意気ね!」
まつりも見たまんまの通り気が強い様で、負けずに言い返す。
「フゥウウウウウッツ!」
「グウウウウウウッ!!」
ハジッコとまつりが顔を突き合わせて唸り合っていたら、いきなり頭の中で声が響いた。
(二人とも! やめるでありんす!!)
ああっ。カキツバタさん? ハジッコが見ると、二人の足元でブチャ先生が睨んでいた。
「あっ、お姉ちゃん。でもこいつが……」
(まつりちゃん! 自分の事ばかり考えてはだめでありんす! わちきがこうして外に出られたのは、ハジッコさんのお陰でもありんしょ? ちゃんと相手の事情もお考えなまし)
「……はい。お姉ちゃん。ごめんなさい」
あら、カキツバタさんには素直に従うのね。昨夜は豊川さんに命令してたけど……ハジッコはちょっとおかしくなって、くすっと笑った。
「あの、まつりさん。順番にゆっくりお話しましょ。私も聞きたい事がたくさんあるのよ。それでまず、あなたと豊川刑事。それにカキツバタさんって……夜桜とどういう関係なのですか?」
「ふう。わかったわよ。全部話す。あいつ多分まだあなたの姿を写すの、あきらめてないと思うし……私は、お姉ちゃんを助け出せたけど、豊川はまだ目的を達してないし……」
「姿を写す?」
「そうよ。あなたも気が付いたでしょ。夜桜は、気に入った女子の魂を自分の幽世に引き込んで、その姿を模してああして遊郭の木戸に飾っているのよ。でも魂を引き込んだだけではだめで、その容姿もあの手鏡で写し取るの。そして時間をかけて自分好みのお人形に仕上げる……あんたのスミちゃん? は、多分容姿を写し取る時、手鏡にトラブルがあって、ちゃんと姿を写せなかった。だから、それからあんたの事をマークしてたんじゃない?」
「ああ、それじゃやっぱり……私が夜桜の腕を噛んだ時、あいつ手鏡を落として……それで、スミちゃんの顔にヒビがはいったままだったのね」
「やっぱりそんなところか。あんたが襲われたのって、今までの連続美少女変死事件とあらましは同じだったのに本人がピンピンしてたんで、豊川が不思議がっていたのよ。だからあんたをマークしてたの。
それで、どうして飼い犬が主人の身体を勝手に占拠している訳?」
「いえ、そんな不当に占拠している様な言い方はやめて下さい。あの時、私、夜桜に地面にたたきつけられて死んじゃって……犬の転生神様に、スミちゃんに転生させてやるから、後は自分でなんとかしろって言われたんです」
「転生神? なるほど……あんた、そんなに歳だったんだ」
「あの……お言葉ですが、昨夜あなたも人外だって……私と同じ様な感じですか?」
「犬といっしょにするな! 私は狸!! これでも齢百歳を超える大狸よ!」
「まあ狸さん! それでそんな可愛いお嬢さんに変化されているのですか?」
「そんな……可愛いとか……照れるからやめなさいよ!」
あっ、照れてる所、なんかちょっと可愛い。ハジッコはそう感じた。
「それではカキツバタさんも狸?」
(ああ、わちきは人間でありんすよ。ですが……そうですねえ。今だと年齢は多分百歳こえちゃってるでありんす! まあ、生きてたら……ですけど。わちきは、丹波篠山の生まれで子供の頃は山でよく、まつりちゃんと遊んだんでありんす。それですっかりなつかれて、お姉ちゃんって……)
そこからのまつりとカキツバタの話が結構長くなったので、かいつまんでまとめると、百年程前、カキツバタが口減らしで遊郭に身売りされ、あまりに生活が辛くて、そこで出会った夜桜に魂と容姿を渡してしまった。まつりはカキツバタに会うために一念発起して化身術を学び、遊郭まで来てみると、すでにカキツバタが夜桜に囚われた後だった事が判った。なんとかカキツバタを取り戻そうとしたまつりの前に豊川が現れ、いっしょに夜桜を追う事になった……と言う事らしい。
「百年!? それで豊川さんって……あの方も人間ではないのですよね?」
「ああ、私の口からあいつの話をするのはちょっと。機会があったら直接聞いて」
「そうですね……ああでも。そうです! ブチャ先生!! スミちゃんもそうですけれど、ブチャ先生まで……私はどうすればいいんですか!?」
「ああ、あの不細工猫は、魂の方が弱って死にかけていたのよ。あのまま、この肉体に置いておいたら、そのまま成仏しちゃったでしょうね。でも、わたしが姉ちゃんの魂と入替で幽世においてきちゃったから……多分、魂はまだ生きてるわ。夜桜に処分されてなければね」
「そんな……それじゃこちらに連れて来るには……」
「まあ、魂は幽世にしばらくいれば元気を取り戻すかとは思うけど……一人で帰っては来られないから、やっぱり夕べみたいにあいつに入って連れて来ないとダメよ。でも、あなた。どうせスミちゃんも迎えに行くつもりなんでしょ?」
「はい、もちろん!! でも、夜桜は昨夜捕まったじゃないですか。これで何とかなるんじゃないですか!?」
「どうかな。まあ、豊川と合流すれば詳しくわかると思うけど……」
「あの、それで……ブチャ先生の魂は、スミちゃんともども何とかして取り戻すとして、その時カキツバタさんはどうされるのですか?」
「ああ、それは……」まつりが言いづらそうに口をつぐんだ。
(わちきが説明しなんしょ。さっきも言った様に、わちきはすでに百歳を超えてます。それにもう戻るべき人間の身体もありゃしません。ですから夜桜から出られたなら、成仏して輪廻転生の流れに帰る事こそが、世の理であり、あちきの希望でありんすよ)
「そんな! せっかく出られたのに」ハジッコは言葉に詰まった。
「まあ、あんたも転生出来る位長生きしてるんだから、いろいろ分かっていると思うけど、終わりがあるから命なのよ。そして終わりがあるから皆、今を一生懸命生きるの。そして、死んで輪廻転生してまたゼロからやり直す。それが本来の魂の在り方。だから、あんたみたいに肉体だけ転生って言うのも、本来この世の理に反して邪道なのよ。でもそう言う意味では、夜桜の幽世は天に唾するものの代表だわ」
「それでは、夜桜が退治されたら、あの幽世の魂たちは……」
「ええ。そのほとんどが輪廻転生に帰るわ。でも、それが……」
「はい。それが私の目標です!」後ろから声がした。
「豊川さん!?」ハジッコが後ろを向くと、いつの間にか豊川刑事が立っていた。
「ハジッコさん。その顔だとどうやら大体の事は理解してもらえた様ですね。まつりさんの説明で大丈夫かちょっと心配だったんですが。私は、実は狐なんです。ちょっとワケ有りで、宇迦之御魂大神様から命ぜられ、もう奴を追いかけて五十年程になります。夜桜に囚われた魂を解放して輪廻転生の流れに帰す事が私の使命なのです」
「そうだったんですか。それで宇迦之御魂大神様とは?」
「何言ってんのよ。人間がお稲荷さんって呼んでおまつりしている神様よ」
まつりの言葉にハジッコは驚く。
「えっ。お稲荷さんって、狐ではないのですか。私はてっきり豊川さんがお稲荷さんかと……」
「いやいや、そんな恐れ多い。狐はすべて宇迦様のしもべなんですよ」
「それで豊川。あの女から何か分かったの?」まつりの言葉に豊川は首を横に振りながら「何にも……」と言った。
「やっぱりというか、あの女。昨日までの記憶が一切ありません。いや正確にいうと、二十歳くらいの時にお花見に出かけた後の記憶がありませんでした。夜桜の手足としてずっと操られていたんでしょうね。
十年前に警察に捜索届けが出されていて、身元はすぐわかりましたので、今頃、病院で治療を受けている事でしょう」
「そんな事って……なんて恐ろしい。ですがそれだと夜桜は今どこに?」
ハジッコが豊川に問う。
「あいつの本体は、多分あの手鏡です。ですが昨夜、虎之助さんがいらした時、すでに部屋には見当たりませんでした。どうやってあそこから逃げたのか……奴の能力はまだ分からない事が多いんです。私らが鏡の中に入る前に、手鏡自身を拘束しておくべきでしたね。ですがハジッコさん。あいつは多分またあなたを狙ってきます。ですからこちらも準備して取り掛かりましょう!」
「ですが、本当に来るでしょうか? あなた方まで私の側に居て下さるとなると、警戒してもう近寄ってこないのでは?」
(多分、また来るでありんすよ。あいつ、結構義理堅いでありんす)
カキツバタがそう言いながら補足した。
(昨日見たでありんしょ? あいつは問題のある魂でも、ちゃんと裏で保護しているでありんす。わちきもあいつに関わった時は、すでに労咳で痩せこけちまっていたんでありんすが、なぜかああしてちゃんと幽世においていてくれました。それに……スミちゃん? あんな顔になっちゃったら、コレクションとしては不適当だし、普通はハジいてしまうんでありゃしませんか? ですがあいつはそうはしていない)
「そう……だといいのですが……」
不安そうなハジッコに、カキツバタが言葉をかける。
(ですから、ハジッコさん。スミちゃんとブチャ先生を助けに行くチャンスは必ず訪れるでありんす。わちきはそれまでこの身体を大事にお預かりして、ブチャ先生の魂のお帰りを待つでありんす)
「ああ、そうしていただければ助かります」
そう言いながら、ハジッコはその日がいつになるのか、一抹の不安を抱いていた。
「それにしても、ハジッコさんの言葉通りだとすると、あの手鏡は一度割れている事になる。だが、私達が中に入った時は何でもなかった……普通に考えれば、割れた時点で夜桜の命運は尽きてもおかしくはなさそうだが……」その豊川刑事の言葉に「あの手鏡が本体じゃないのかもね」とまつりが返した。
「ですが、それだと本体はいったいどこに? あの女も単に操られていただけでしたし……」豊川の疑問にまつりが答えた。
「私にも確証はないわ。でも……もしかしたら、あの幽世自体が怪しいかも。あの手鏡はただの玄関なのかもしれないわよ」
「……だとすると、先日の突入はちょっと無謀でしたね。今度、幽世に入る時はもっと準備しないと。実際、侵入に気付かれてはじき出されましたし……ですから次に備えて、私は一度国元に戻って奴に対抗する準備をして来ようと思っています」
「宇迦様に報告してくるの?」
「はい。それだけではなく、出来れば奴の幽世対策も授かって来ようと存じます」
「それがいいわね。私も自分の法力にはちょっと自信があったんだけど、あんなところではじき出されるくらいじゃまだまだだわ。だから私も一度、国元で修行し直してくる」そう言うまつりにハジッコが食い下がった。
「あの……お二人のそれって、どのくらい時間がかかるものなのですか?」
「そうね。最低二~三年はかかるかも。どうせ今まで何十年もかかってたし、いまさらその位は……」まつりが事もなげに言う。
「そんな! それでは困ります。私は、早くスミちゃんとブチャ先生の魂を元に戻さないとならないのです!」
「まあまあ、ハジッコさん落ち着いて。あなたの気持ちも理解出来ますが、急いては事を仕損じます。なるべく早めに用事を済ませる様努力はいたしますので、辛抱下さい」豊川刑事がそう言ってハジッコをなだめた。
(ですが、あんたらがいない時にまた夜桜が来たら、ハジッコさんはどうすればよいのですか? まさか見捨てるおつもりか……)
カキツバタの強めの言葉に、豊川刑事もまつりも押し黙って、お互いの顔を見合わせた。そして何やら相談した後こう言った。
「……わかったわ。お姉ちゃんのいう事も一理ある。それじゃハジッコ。一ヵ月よ! その間にわたしと豊川は出来る限りの準備をして戻ってくるわ。あいつも私達を幽世から強制排除するのにかなりの霊力を使ったと思うから、いきなり直ぐには大きな行動に出られないはずよ。それならいいでしょ、お姉ちゃん!?」
(それでいいでありんす。それじゃ、その間あちきらも極力連絡を取り合いましょうね、ハジッコさん)
「えっ、カキツバタさん。あさってには理恵さんが帰ってきちゃうし……どうやって連絡を?」
(まあ、なんとかなりんしょ。あちきにまかせてくれなんしょ)
そう言いながら、カキツバタが入ったブチャ先生はニャーと鳴いた。
公園のベンチに座り、まわりに人気が無い事を確認したところで、いきなりまつりが強い口調で言った。
「さあ! さっさとあんたが知ってる今回のいきさつを全部話しなさい!!」
ハジッコもさすがにカチンと来て、大声で言い返す。
「なんでそんな命令口調なんですか!? まず私にも判る様に夕べの事を説明して下さい! だいたい、ブチャ先生はどうなっちゃったの? あさって理恵さん、帰ってきちゃうのよ!」
「なっ、何よ! 犬のくせに生意気ね!」
まつりも見たまんまの通り気が強い様で、負けずに言い返す。
「フゥウウウウウッツ!」
「グウウウウウウッ!!」
ハジッコとまつりが顔を突き合わせて唸り合っていたら、いきなり頭の中で声が響いた。
(二人とも! やめるでありんす!!)
ああっ。カキツバタさん? ハジッコが見ると、二人の足元でブチャ先生が睨んでいた。
「あっ、お姉ちゃん。でもこいつが……」
(まつりちゃん! 自分の事ばかり考えてはだめでありんす! わちきがこうして外に出られたのは、ハジッコさんのお陰でもありんしょ? ちゃんと相手の事情もお考えなまし)
「……はい。お姉ちゃん。ごめんなさい」
あら、カキツバタさんには素直に従うのね。昨夜は豊川さんに命令してたけど……ハジッコはちょっとおかしくなって、くすっと笑った。
「あの、まつりさん。順番にゆっくりお話しましょ。私も聞きたい事がたくさんあるのよ。それでまず、あなたと豊川刑事。それにカキツバタさんって……夜桜とどういう関係なのですか?」
「ふう。わかったわよ。全部話す。あいつ多分まだあなたの姿を写すの、あきらめてないと思うし……私は、お姉ちゃんを助け出せたけど、豊川はまだ目的を達してないし……」
「姿を写す?」
「そうよ。あなたも気が付いたでしょ。夜桜は、気に入った女子の魂を自分の幽世に引き込んで、その姿を模してああして遊郭の木戸に飾っているのよ。でも魂を引き込んだだけではだめで、その容姿もあの手鏡で写し取るの。そして時間をかけて自分好みのお人形に仕上げる……あんたのスミちゃん? は、多分容姿を写し取る時、手鏡にトラブルがあって、ちゃんと姿を写せなかった。だから、それからあんたの事をマークしてたんじゃない?」
「ああ、それじゃやっぱり……私が夜桜の腕を噛んだ時、あいつ手鏡を落として……それで、スミちゃんの顔にヒビがはいったままだったのね」
「やっぱりそんなところか。あんたが襲われたのって、今までの連続美少女変死事件とあらましは同じだったのに本人がピンピンしてたんで、豊川が不思議がっていたのよ。だからあんたをマークしてたの。
それで、どうして飼い犬が主人の身体を勝手に占拠している訳?」
「いえ、そんな不当に占拠している様な言い方はやめて下さい。あの時、私、夜桜に地面にたたきつけられて死んじゃって……犬の転生神様に、スミちゃんに転生させてやるから、後は自分でなんとかしろって言われたんです」
「転生神? なるほど……あんた、そんなに歳だったんだ」
「あの……お言葉ですが、昨夜あなたも人外だって……私と同じ様な感じですか?」
「犬といっしょにするな! 私は狸!! これでも齢百歳を超える大狸よ!」
「まあ狸さん! それでそんな可愛いお嬢さんに変化されているのですか?」
「そんな……可愛いとか……照れるからやめなさいよ!」
あっ、照れてる所、なんかちょっと可愛い。ハジッコはそう感じた。
「それではカキツバタさんも狸?」
(ああ、わちきは人間でありんすよ。ですが……そうですねえ。今だと年齢は多分百歳こえちゃってるでありんす! まあ、生きてたら……ですけど。わちきは、丹波篠山の生まれで子供の頃は山でよく、まつりちゃんと遊んだんでありんす。それですっかりなつかれて、お姉ちゃんって……)
そこからのまつりとカキツバタの話が結構長くなったので、かいつまんでまとめると、百年程前、カキツバタが口減らしで遊郭に身売りされ、あまりに生活が辛くて、そこで出会った夜桜に魂と容姿を渡してしまった。まつりはカキツバタに会うために一念発起して化身術を学び、遊郭まで来てみると、すでにカキツバタが夜桜に囚われた後だった事が判った。なんとかカキツバタを取り戻そうとしたまつりの前に豊川が現れ、いっしょに夜桜を追う事になった……と言う事らしい。
「百年!? それで豊川さんって……あの方も人間ではないのですよね?」
「ああ、私の口からあいつの話をするのはちょっと。機会があったら直接聞いて」
「そうですね……ああでも。そうです! ブチャ先生!! スミちゃんもそうですけれど、ブチャ先生まで……私はどうすればいいんですか!?」
「ああ、あの不細工猫は、魂の方が弱って死にかけていたのよ。あのまま、この肉体に置いておいたら、そのまま成仏しちゃったでしょうね。でも、わたしが姉ちゃんの魂と入替で幽世においてきちゃったから……多分、魂はまだ生きてるわ。夜桜に処分されてなければね」
「そんな……それじゃこちらに連れて来るには……」
「まあ、魂は幽世にしばらくいれば元気を取り戻すかとは思うけど……一人で帰っては来られないから、やっぱり夕べみたいにあいつに入って連れて来ないとダメよ。でも、あなた。どうせスミちゃんも迎えに行くつもりなんでしょ?」
「はい、もちろん!! でも、夜桜は昨夜捕まったじゃないですか。これで何とかなるんじゃないですか!?」
「どうかな。まあ、豊川と合流すれば詳しくわかると思うけど……」
「あの、それで……ブチャ先生の魂は、スミちゃんともども何とかして取り戻すとして、その時カキツバタさんはどうされるのですか?」
「ああ、それは……」まつりが言いづらそうに口をつぐんだ。
(わちきが説明しなんしょ。さっきも言った様に、わちきはすでに百歳を超えてます。それにもう戻るべき人間の身体もありゃしません。ですから夜桜から出られたなら、成仏して輪廻転生の流れに帰る事こそが、世の理であり、あちきの希望でありんすよ)
「そんな! せっかく出られたのに」ハジッコは言葉に詰まった。
「まあ、あんたも転生出来る位長生きしてるんだから、いろいろ分かっていると思うけど、終わりがあるから命なのよ。そして終わりがあるから皆、今を一生懸命生きるの。そして、死んで輪廻転生してまたゼロからやり直す。それが本来の魂の在り方。だから、あんたみたいに肉体だけ転生って言うのも、本来この世の理に反して邪道なのよ。でもそう言う意味では、夜桜の幽世は天に唾するものの代表だわ」
「それでは、夜桜が退治されたら、あの幽世の魂たちは……」
「ええ。そのほとんどが輪廻転生に帰るわ。でも、それが……」
「はい。それが私の目標です!」後ろから声がした。
「豊川さん!?」ハジッコが後ろを向くと、いつの間にか豊川刑事が立っていた。
「ハジッコさん。その顔だとどうやら大体の事は理解してもらえた様ですね。まつりさんの説明で大丈夫かちょっと心配だったんですが。私は、実は狐なんです。ちょっとワケ有りで、宇迦之御魂大神様から命ぜられ、もう奴を追いかけて五十年程になります。夜桜に囚われた魂を解放して輪廻転生の流れに帰す事が私の使命なのです」
「そうだったんですか。それで宇迦之御魂大神様とは?」
「何言ってんのよ。人間がお稲荷さんって呼んでおまつりしている神様よ」
まつりの言葉にハジッコは驚く。
「えっ。お稲荷さんって、狐ではないのですか。私はてっきり豊川さんがお稲荷さんかと……」
「いやいや、そんな恐れ多い。狐はすべて宇迦様のしもべなんですよ」
「それで豊川。あの女から何か分かったの?」まつりの言葉に豊川は首を横に振りながら「何にも……」と言った。
「やっぱりというか、あの女。昨日までの記憶が一切ありません。いや正確にいうと、二十歳くらいの時にお花見に出かけた後の記憶がありませんでした。夜桜の手足としてずっと操られていたんでしょうね。
十年前に警察に捜索届けが出されていて、身元はすぐわかりましたので、今頃、病院で治療を受けている事でしょう」
「そんな事って……なんて恐ろしい。ですがそれだと夜桜は今どこに?」
ハジッコが豊川に問う。
「あいつの本体は、多分あの手鏡です。ですが昨夜、虎之助さんがいらした時、すでに部屋には見当たりませんでした。どうやってあそこから逃げたのか……奴の能力はまだ分からない事が多いんです。私らが鏡の中に入る前に、手鏡自身を拘束しておくべきでしたね。ですがハジッコさん。あいつは多分またあなたを狙ってきます。ですからこちらも準備して取り掛かりましょう!」
「ですが、本当に来るでしょうか? あなた方まで私の側に居て下さるとなると、警戒してもう近寄ってこないのでは?」
(多分、また来るでありんすよ。あいつ、結構義理堅いでありんす)
カキツバタがそう言いながら補足した。
(昨日見たでありんしょ? あいつは問題のある魂でも、ちゃんと裏で保護しているでありんす。わちきもあいつに関わった時は、すでに労咳で痩せこけちまっていたんでありんすが、なぜかああしてちゃんと幽世においていてくれました。それに……スミちゃん? あんな顔になっちゃったら、コレクションとしては不適当だし、普通はハジいてしまうんでありゃしませんか? ですがあいつはそうはしていない)
「そう……だといいのですが……」
不安そうなハジッコに、カキツバタが言葉をかける。
(ですから、ハジッコさん。スミちゃんとブチャ先生を助けに行くチャンスは必ず訪れるでありんす。わちきはそれまでこの身体を大事にお預かりして、ブチャ先生の魂のお帰りを待つでありんす)
「ああ、そうしていただければ助かります」
そう言いながら、ハジッコはその日がいつになるのか、一抹の不安を抱いていた。
「それにしても、ハジッコさんの言葉通りだとすると、あの手鏡は一度割れている事になる。だが、私達が中に入った時は何でもなかった……普通に考えれば、割れた時点で夜桜の命運は尽きてもおかしくはなさそうだが……」その豊川刑事の言葉に「あの手鏡が本体じゃないのかもね」とまつりが返した。
「ですが、それだと本体はいったいどこに? あの女も単に操られていただけでしたし……」豊川の疑問にまつりが答えた。
「私にも確証はないわ。でも……もしかしたら、あの幽世自体が怪しいかも。あの手鏡はただの玄関なのかもしれないわよ」
「……だとすると、先日の突入はちょっと無謀でしたね。今度、幽世に入る時はもっと準備しないと。実際、侵入に気付かれてはじき出されましたし……ですから次に備えて、私は一度国元に戻って奴に対抗する準備をして来ようと思っています」
「宇迦様に報告してくるの?」
「はい。それだけではなく、出来れば奴の幽世対策も授かって来ようと存じます」
「それがいいわね。私も自分の法力にはちょっと自信があったんだけど、あんなところではじき出されるくらいじゃまだまだだわ。だから私も一度、国元で修行し直してくる」そう言うまつりにハジッコが食い下がった。
「あの……お二人のそれって、どのくらい時間がかかるものなのですか?」
「そうね。最低二~三年はかかるかも。どうせ今まで何十年もかかってたし、いまさらその位は……」まつりが事もなげに言う。
「そんな! それでは困ります。私は、早くスミちゃんとブチャ先生の魂を元に戻さないとならないのです!」
「まあまあ、ハジッコさん落ち着いて。あなたの気持ちも理解出来ますが、急いては事を仕損じます。なるべく早めに用事を済ませる様努力はいたしますので、辛抱下さい」豊川刑事がそう言ってハジッコをなだめた。
(ですが、あんたらがいない時にまた夜桜が来たら、ハジッコさんはどうすればよいのですか? まさか見捨てるおつもりか……)
カキツバタの強めの言葉に、豊川刑事もまつりも押し黙って、お互いの顔を見合わせた。そして何やら相談した後こう言った。
「……わかったわ。お姉ちゃんのいう事も一理ある。それじゃハジッコ。一ヵ月よ! その間にわたしと豊川は出来る限りの準備をして戻ってくるわ。あいつも私達を幽世から強制排除するのにかなりの霊力を使ったと思うから、いきなり直ぐには大きな行動に出られないはずよ。それならいいでしょ、お姉ちゃん!?」
(それでいいでありんす。それじゃ、その間あちきらも極力連絡を取り合いましょうね、ハジッコさん)
「えっ、カキツバタさん。あさってには理恵さんが帰ってきちゃうし……どうやって連絡を?」
(まあ、なんとかなりんしょ。あちきにまかせてくれなんしょ)
そう言いながら、カキツバタが入ったブチャ先生はニャーと鳴いた。
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