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CHAPTER3 謎のご当地ヒーロー

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 偉大なる部長(貴島本人が自分のことをこう呼んだ)の話によると、稲高の人形劇部のOBが、文化祭の発表に使えそうな人形を所持しているらしい。
 貴島はそのOBに直接連絡を取り、人形を貸し出してもらえるよう交渉していた。その結果、なんと、今日中に実物を受け取りに行くことになっているという。
 さっきの『大丈夫』はハッタリじゃなかったのか。疑って悪かったな、貴島。
 というわけで僕たちは今、くだんのOBの家に向かっている。目的地は、稲高の最寄り駅から電車に乗って二駅先だ。
 まず『稲垣高校前』のバス停からバスに乗り、『稲垣海岸駅』で降車した。
 ここが稲高の最寄りで、駅の名前はもちろん、学校の前に広がる海岸からきている。天候によってはこのあたりでも潮のにおいを感じることがあり、まさに名は体を表すといった感じだな。
 駅の周りには本屋や洋服屋が入ったビルが立ち並び、近くには個人経営の店が軒を連ねる商店街もあった。
 ちなみに、僕と沙世子の家は、商店街を抜けて五分ほど歩いた住宅地の中だ。毎朝駅まで徒歩で来て、バスに乗って通学している。
「OBのお宅を訪問するなら、手土産を買っていった方がいいんじゃないかしら」
 バスを降りたところで、沙世子が控えめにそんな提案をした。貴島はポンと一つ手を打って頷く。
「さすが沙世子。気が利く~! わたし、手土産なんて思いつかなかったよ」
 僕の幼馴染みは誰よりも礼儀正しい。小学生のころ、通学路ですれ違った近所のおばさんに挨拶をしないでいると、横から沙世子の小言が飛んできたものだ。
 あのころ、沙世子はいつも通学用の鞄と一緒に画材の入った木のトランクをしっかりと抱えていた。
 だが、今その手に握られているのは、稲高のスクールバッグだけだ。
「あーっ、見て、『イナライガー』がいる!!」
 沙世子の手元を見てぼんやりしていた僕は、貴島の素っ頓狂な声で我に返った。顔を上げると、視界の真ん中に奇妙なものがある。
 顔まですっぽり覆うタイプの真っ赤なボディースーツを纏った何者かが、商店街の真ん中で仁王立ちしていた。
 身体つきからして、おそらく『中身』は成人の男だろう。
 小学校に上がる前にテレビで見ていた戦隊ヒーローのようだが、コスチュームはかなり安っぽい。
 傍らには昔ながらのラジカセが置いてあり、やかましい音楽が流れてくる。
「何だ、あれ」
 思わずそう漏らすと、貴島がすかさず食いついてきた。
「宏樹くん、知らないの?! 稲垣商店街を守るヒーロー、イラナイガーだよ!」
「あんなの初めて見たぞ」
 困惑している僕に、沙世子がそっと教えてくれた。
「……商店街を活性化させる目的で、新しく作られたキャラクターみたいよ。三か月くらい前から時々、姿を見かけるわ」
 なるほど。イナライガーの『イナ』は稲垣商店街の『稲』。僕が関西にいる間に誕生したご当地キャラか。
 しかし、ヒーローにしてはなんとなく頼りない。音楽に合わせて両方の腕を振り回したり、空手のようなポーズを取ったりしているが、どうもへっぴり腰だ。
 もしかしたら、商店街のおじさんたちが持ち回りで中の人を演じているのかもしれない。何にせよ、プロのスーツアクターではなく素人だろう。スーツ自体の安っぽさといい、予算が少ないことが窺える。
 小物感が漂っているせいだろうか、人気も今一つに思えた。戦隊ヒーローが好きそうな年代の子供さえ、イナライガーに近寄ろうとしない。
 そんな中、ただ一人、貴島が嬉々として飛びついていった。
「わーい、イナライガー!! 握手してー!」
 イナライガーは照れたように頭を掻きながら握手に応じた。
 周囲からは冷めた視線が注がれていたが、貴島はそんなものを気にも留めず、満面の笑みを浮かべている。
「ねぇ、イナライガー。わたしたち、これから部活のOBの家に行くんだけど、手土産は何がいいと思う?」
 貴島に尋ねられたイナライガーは、左右の手をバタバタと動かし始めた。ジェスチャーで何か伝えようとしているようだ。
「うんうん。あー、あそこの店? へー、その商品が美味しいんだー!」
 イナライガーの動きは傍から見たら謎の踊りでしかなかったが、貴島にはなぜか話が通じているようだ。
「『シャルロット』っていう店のお菓子がいいみたいだよ。沙世子、宏樹くん、そこに行こう!」
 やがてイナライガーに別れを告げて戻ってきた貴島に、僕は小声で尋ねた。
「あいつ、ジェスチャーするだけで喋らないのか?」
「そこがカッコいいところなんだよ。ヒーローは無駄口を叩かないの」
「そういう設定なのか。中の人も大変だな」
「何言ってるの、宏樹くん。イナライガーの中の人なんていないよ!!」
「……は?」
 僕が顔をひきつらせたとき、当のイナライガーがこっちに近づいてきた。「え、どうしたのイナライガー」と声を弾ませた貴島の横を素通りし、黙って立っていた沙世子の前にスッと歩み出る。
「…………」
 イナライガーは商店街の宣伝チラシが挟まったポケットティッシュを、沙世子に無言で手渡した。そしてそのまま、定位置に戻っていく。
「あいつ、何がしたかったんだ?」
「私も……意味が分からないわ」
 眼鏡を押し上げながら首を傾げる僕の隣で、沙世子はポケットティッシュを持ったまま若干困惑している。
「なんで沙世子だけティッシュもらえるのー?! いいなー、羨ましい!」
 立ち尽くす僕らの傍で、ただ一人、貴島が能天気にはしゃいでいた。
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