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第一章

神獣

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 息も忘れて硬直していると、四方八方からエネルギーの塊が飛んできて、目の前の巨大な爬虫類に直撃した。

 —-ドオォォォン

 爆音と共に猛煙が辺りに広がっていく。

「今のうちにこちらへ」

 ジンバウムに声をかけられて、沙奈が乃愛の手を引いた。
 頭が真っ白になっていたが、連れられるまま船内に入ったところで、乃愛はやっと息をすることができた。

「ッ…は、はぁ…」

 背を撫でてくれる沙奈の手の動きに合わせるよう意識して、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

「あれは、なんですか」

 沙奈は険しい顔つきでジンバウムに問いかけた。

「神獣レッドドラゴンです。普段は霊峰にいてそこから出てくることは滅多にないのですが…どうやら興奮状態のようでした。知能が高いので、落ち着かせてから対話を試みると思います。力で押さえつけられる存在ではありませんから」

 ジンバウムも相当困惑している様子だ。声が少し震えている。本当に想定外の出来事なのだろう。

「…神獣。それで…まずいな」

 沙奈はぼそりと呟いて焦りを見せる。
 乃愛も胸騒ぎを覚えて冷や汗をかく。なぜか“彼”が非常に怒っていた。

 —-ドォンッ

 船体が揺れる。まだ興奮が収まらないようだ。

「とにかく今は客室に避難をお願いします」

 ジンバウムに誘導されて動き始めた時、「あ」という声と共に沙奈の姿が消えた。

「え!?…あ、ノア様!」

 考えるより先に足が動いていた。
 乃愛は踵を返して勢いよく外に飛び出した。

 辺りは静まり返っていて、攻撃をしていた人たちの手が止まってある一点を凝視していた。その視線を辿れば、船首で佇んでいる沙奈の後ろ姿が見える。その先には、首を垂れて伏せている、というよりも、頭を無理やり押さえつけられたような格好をした、背に翼が生えた巨大蜥蜴がいた。

 よく見ると、大きな顎の口元には髭があったり、鬣の隙間からは立派な角が二本生えている。背中には蝙蝠のような翼の他に凸凹した骨板が背筋に沿っていくつも飛び出しており、表皮は鮮やかな赤い鱗で覆われて光に反射して宝石のように煌めいていた。
 全長は十メートルほどだろうか。充分大きくはあるが、先ほど見た時は飛行船と同じくらいの規模感に見えたので、それに比べると随分小さく感じる。

 常なら恐ろしく感じたはずの生物だが、今は沙奈を守ることで頭がいっぱいで恐怖感が麻痺している。
 近づいていくと、頭に直接言葉が響いてきた。

 ——頭は冷えてきた?

 ——はい。醜態を晒して大変申し訳ないことをした。どうか許して欲しい。

 ——私自身は別に怒っているわけではないんだけどね。とりあえずこのまま立ち去ってくれるならもういいよ。

 ——その…我が巣の霊峰に迎えたいのだが、やはり無理だろうか。

 ——うーん…興味はあるんだけど…今は他に行きたい所があって、そこに向かってる最中なの。また後日改めてもらってもいい?

 ——もちろん都合の良い時で構わない。感謝する。この呼笛を吹けばすぐに参上する。

 ——わかった。じゃあまたね。

 重圧が無くなったレッドドラゴンはすっと静かに立ち上がると、翼を大きく広げて飛び去って行った。

「大丈夫だった?」

 小さく声をかけると、振り返った沙奈の顔は少し疲れているように見えた。

「まぁ…うん…とりあえずは。それより、この後どう説明しようかな」

 確かに何事もなかったかのように戻れない雰囲気を背後から感じる。
 全部はわからないが、察するに、沙奈がレッドドラゴンを力尽くで大人しくさせることに成功し、対話できるようになって交渉の末に引き取ってもらえた、というようなところか。
 ただ対外的には、何故そんなことが可能だったのか訝しく思われそうだ。実のところそれは乃愛もよくわかっていないが、この世界に来てからはそんなことばかりで、そういうものだという認識で受け流すようにしている。でないと身が持たない。沙奈も似たようなものなら、説明を求められてもさぞかし困るだろう。

「聞かれたら、答えたらいいんじゃないかな」
「…そうだね」

 何が藪蛇になるかわからないので、こちらから先に諸々話すのは危険かもしれない。難しそうだが、会話を通じて最適解を導き出すしかないだろう。乃愛にはできない芸当を提案するのもどうかと思うが、何やかや沙奈はうまくやりそうだ。

 二人並んで船室の方に戻れば、入り口付近でジンバウムが待機していた。
 頬をかきながら沙奈が気まずげに口を開く。

「あー…」
「お怪我などはなかったでしょうか」
「その、…はい。大丈夫です」
「そうですか。安心いたしました。それでは改めて客室にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 通された客室で呆然と立ち尽くす。ジンバウムは案内を終えるとすぐに退室していった。
 乃愛は首を傾げてぽつりと溢す。

「…何も聞かれなかったね」
「そうね…」

 空気を読んで気を遣ってくれたと都合良く考えるのは楽観しすぎだろう。あのまま戦闘が続けば、あわや墜落する危険もあったのだ。沙奈が対応してすんなりと帰った状況だけを見ると、仲間などの関係性を疑われて犯人扱いされても不思議はなかった。

「元々魔族側の意図もよくわからないわけだし…ま、いいか」

 そう言って沙奈はソファにダイブして動かなくなった。やはり疲れが出ているのかもしれない。

 それにしてもこの部屋は何か落ち着かない。所謂スイートルームというやつだろうか。リビング、ベッドルーム、バスルームの三室に区切られていて、広さは昨晩泊まったログハウスとあまり変わりないが、とにかく内装が豪奢で気軽に触れるのを躊躇してしまう。

 これからの滞在先を思うと憂鬱になってくる。ここでこのレベルだと着いた先ではどうなってしまうのか、先が思いやられるようで溜め息が漏れた。


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