上 下
44 / 68
序章 迷宮脱出編

探索三日目: 焦燥と仲直り

しおりを挟む
「信心深い方だったんですか?ここで信仰されている神というのは…」

 死の間際に光や神が見えるというのはよく聞く話だ。
 何をそんなに重要視しているのか不思議に感じて、小高は首を傾げた。

「…?人族が信仰するのは地母神だけだが…」

 それを聞いて違和感を持ったフォルガーも首を傾げる。

「あっ、そうなんですね。僕たちの国では多神教でして」

 この話題は藪蛇になってしまいかねないと、小高は捲し立てるように言い訳する。

「そうなのか…。常ならば気にならなかったかもしれない言葉だが、この状況下では、あれのことのように思えてならない」

 フォルガーが指した先は、粉々になった彫像だった。
 小高は引き攣っていく顔を抑えられない。

「え…。何でですか…」
「地母神の視線の先があそこだからだ」

 そう言って、中央にある彫像に目をやる。ここに入った時に真っ先に目を惹いた、陽の光に照らされて輝く女性像のことだった。よく見れば確かにどこかを向いていて、それは粉々になっている箇所の方に思える。

「魔物が現れ出したタイミングを考えると、おそらくあれが最後の手順だったのだろう。だが我々はそれに気づかず、あのような事に…」
「なるほど。…少し失礼します」

 フォルガーは無念そうに顔を俯けてしまったが、小高はそれどころではない。早歩きになって埴生の所へ向かう。

「それの内容が気になって仕方ないんだけど。俺にも見せてくれよ」
「一緒にやろう」
「お、いいな。どれどれ…」
「埴生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 埴生は何やら海上と楽しげにしているが、余裕のない小高は割り込むように前に出た。

「おっと。なんだよ小高。今いいとこで—」
「お前が破壊した彫像のことなんだけど」
「ちょ…!?しー!何なんだいきなりっ」

 ここで最も触れたくない話を持ち出された埴生はぎょっと目を剥くと、冷や汗をかきながら周囲に聞こえていないかキョロキョロと辺りを見回す。
 小高は声を潜めてそのまま話を続ける。

「あれ、ダンジョン化を防ぐ最後のキーだったかもしれないんだよね」
「は…?」

 小高は先ほどあった会話を埴生に告げた。

「いやいや…そんなことってある…?」
「こっちのセリフだよ…。もう今さら、めちゃくちゃ言い出しにくいよ」

 フォルガーたちの様子を遠目に見て、冷や汗が止まらない。

「ちなみに、どんな像だったか思い出せる限り教えて」
「どんなって…どれも似たり寄ったりに見えてあんまり印象に残ってない—」
「いいから早く」
「…ん~、人じゃなかった。何かの生物…あ、大きな角があった。鹿…トナカイ?みたいな…」
「他の像とは違う特徴がなかった?スイッチになるものとか」
「ギブギブ、もう思い出せない」
「…そう。他のみんなにも聞いてみるよ」
「ダンジョンとかもう終わったことだし、今そんなに気にしなくてもさぁ…」

 逸るような小高の様子に、埴生は肩を竦める。それよりも自分が吊し上げられるかもしれない事で頭がいっぱいだ。

 小高はずっと何かが引っかかっていて、言いようのない焦燥感を覚えていた。全てのことが繋がっているように感じる。
 相馬が近くにいるうちは共有されている〈念話〉に切り替えて、皆に探索情報を含めた経緯を説明してから、像について尋ねた。

(…はぁ。そんなことすっかり忘れてたわ。よりによってあれが関係してくるのかよ)
(もうこの神殿のこと調べてくれてたんだね)
(一瞬のことだったから全く覚えてないな。周りは動物っぽい像ばかりで本当に印象が薄いし)
(うーん、私も全然見てなかったなぁ)
(確かに角のようなものはあったかも…?)
(え、凛みてたの?)
(まぁ…うん、そのとき埴生の近くにいて超びびったし。その像の足元にも何かあった気がするけど)
(何かって!?)
(おおぅ…なんなの、落ち着きなよ。あれ、なんだろ。貝殻…真珠みたいなのがあったから、アコヤガイ?)
(貝は開いた状態だったってこと?その真珠は何でできてた?)
(そう開いてた。何でできてたかまでは…でも石像っぽくはなかったんだよね。だから宝石みたいに見えて綺麗だなーって)

 小高はドクドクと鼓動が早くなってきて、バッと振り返って周囲の彫像を見回した。破壊されたのも含めて全部で十二体。足元には様々な形の貝殻のようなものが一つずつ見える。しかし開いているものはない。
 それぞれの貝に触れていくが、開いたり何か仕掛けがあるといった様子は見られない。

「何してるの?」
「これ、ワンちゃんにすっごく似てると思わない?」
「似てる…のかな」

 ある一つの彫像の前で国分が佇んでいて、キラキラした瞳を向けてくる。見上げると、確かに国分が召喚した巨狼に見えなくもない。

(調べたら、地母神が従える十二の聖獣ってことみたいだけど)
(え、調べた?相馬が今?)
(そう。あー…この辺は後で説明するけど、私の能力の一部ってことで。確かに狼や鹿のような聖獣もいるらしいよ)

「…」

 そのまま調べていくと、破壊された彫像の前ではフォルガーたち騎士三人が難しい顔をして佇んでいた。

「…それ、何かわかりますか」
「いや…爆発でもしたのか、見事に粉々となっていて何もわからない。聖鹿シルバディアだったということは想像がつくが…」
「他の像には足元に何かありますよね。あれって何かご存知ですか?」
「あぁ、シェルのことか。聖獣と共に描かれていることが多いが、治癒を象徴するものということくらいしか知らないな。何か関係ありそうか?」
「いえ…ただの思いつきですが、もし仕掛けがあったのならそこに何かあったかもしれないなと」
「ふむ…。まぁ手に触れやすい位置にはあるな」
「それと、先ほどの研究資料の続きを見たいのですが」
「あぁ、そうだった」

 フォルガーはすっかりこの件について気を取られているようだ。他にも気がかりなことがあるのかもしれない。小高は資料を受け取って、この場所唯一の机代わりとなる祭壇上にそれを広げた。
 相馬と上総が近寄ってくる。

「何かわかった?」
「いや…まだはっきりしない。それを確かめるためにもう一度見直そうと思って」
「読み進めるんじゃなくて?」
「まずはセキュリティの正規手順を確認する。暗号化されていて詳しい内容までは読み解けなかったんだ」
「なるほどね。よくわからない神話から推測するよりそっちの方が手っ取り早いか。手伝うよ」
(そういえば、さっき言ってた能力って?)
(記録ってやつでね。触れた書物の内容をスキャンして記憶保管庫みたいなところに保存しておけるの。書庫に行ったのはそれが目的で全部読み取って保存してきた。本当に全部頭に入れるとパンクするから、キーワードで検索して保管庫から情報を取り出して使う感じかな)
「すご…つまりググれるってこと?先生って呼びたい」
「言うと思ったけど、やめてね」
「何か気になるし、錬金絡みとかあれば俺も手伝うよ」

 そうして三人で頭を捻る時間が続いた。

♦︎

 乃愛は未だに昨夜のことを引きずって、気持ちがモヤモヤとしたままだった。それに先ほどまでの話を聞いて、気になっていたことを皆に打ち明けるべきかどうか迷ってもいた。
 一人蹲って悶々としていると、いつの間にか沙奈が隣に腰を下ろしていて、話しかけられた。

「どうしたの?今朝からどこか元気ない気がしてて」
「あ…えと、おつかれさま」
「お疲れ様。ノアもここを守ってくれててありがとう」
「うん…サナちゃん、あの、ちょっと、き、聞いてもいい?」
「うん?どうぞ」
「えっと…なんか、わ、わたしだけ探索に行けてなくて…あ、大須賀くんもだけど…」
「…行きたかったの?」
「ううん!こ、こわいけど…、でもみんなもそうだと思うし…」
「危ないから、私はここにいてくれた方が安心するんだけどな。ノアは私のスキルが効かないから」
「えっ」
「…?」
「な、なんで…?」
「なんでだろうね…ノアもわからないの?」
「わからない…そうだったんだ…」
「無自覚だったのね。あ、それで。ごめんね、除け者とかにしてたわけじゃなくて、何かあったら転移で逃げられないから不安だったの」
「うぅ…」

 乃愛は思わず両手で顔を覆い隠す。勝手に色々と思い違いをしてて羞恥で悶え死にそうになる。
 思い返せば、初めに〈鑑定〉ができないと言っていたし、沙奈の姿が他の人は見えていないのに乃愛だけが見えていたりしていた。ずるずると思い当たる節が出てきて、今まで気づかなかった鈍すぎる自分を呪いたくなる。

 しかし、なぜ乃愛にはスキルが効かないのだろう。他の人でもそうなのだろうか。自分が何かをしているという実感は全くない。
 そうなると“彼”だろうか。理由はわからないが、強く念じてお願いしてみる。沙奈だけでも自分にスキルが効くように。
 すると困っているような感情が流れてきた。違ったのかもしれない。慌てて、言いがかりをしてごめんなさいと謝る。
 随分と悩んでいる感じが続いたかと思えば、お許しが出た。ほっと安心する。

「…落ち着いた?」
「うん…ごめん、全然気づいてなくて、勘違いしちゃってた」
「こっちこそ、ちゃんと言っていなかったせいでもあるから。念話とか、新田さんの水には効果がありそうだったからてっきり、その…」

 沙奈がぽりぽりと頬を掻いて急に歯切れが悪くなる。
 そう言われるとそうだ。念話やマップは共有されるし、あの聖水も確かにどこか効いている感じがあった。

「自分のことなのに…よくわかっていないことが多くて…」
「それは私も、ここに来てからは一緒かも」
「仲直りしていい?」
「…ふふっ、そうね、はい」

 手を差し出されたので握手した。温かい気持ちになって、頬が緩む。

「あれ?」

 沙奈が小首を傾げる。
 手を離して、また握られた。

「…なにか変?」
「あ、ううん。そうじゃなくて」

 慌てて沙奈がまた手を離して、目を瞬かせる。

「手を握ったときだけ、鑑定が勝手に発動して…また触っていい?」
「う、うん…」

 肩に手を乗せられた。

「何もない。やっぱり手…?」

 次は首元に手を当てられる。触診みたいだ。

「素肌に触れているときだけスキルが効く感じがする」
「そうなの?」
「元々そうだったのかな…それともさっき何かした?」
「うーん…加護の神様にお願いしてみたけど…違ったみたいで、困らせちゃった…」
「え、お願いきいてくれるの?」
「う、うん。強く念じてお願いすると…今回のはわからないけど…」
「それは…ここに来て一番のびっくりだね…」

 沙奈は心底驚いたようで、目を見開いて放心している。

「みんなはそうじゃないの?」
「少なくとも、私は無理かな…」
「あ、あの。私がそう感じただけでたまたまかもしれない…」

 よほど衝撃を受けたのか、沙奈は気が抜けたままだ。
 その様子に乃愛は困惑する。

「でもそっか。ノアにとって悪くないのなら良かったよ」
「サナちゃんにとっては悪いの…?」

 あんなにも心強い存在なのに、そうではないとしたら。このような状況下ではとても耐えられそうにない。想像すると乃愛は悲しくなってきて眉尻が下がる。

「あ、いや。そういうことでは…あるようなないような…」

 沙奈は目を泳がせて、しどろもどろになる。

「ほ、ほら。スキルも効くことがわかったし、危険そうなところではなるべく側にいてくれる?」
「うん…ありがとう。私もちゃんと結界で守るね」

 はぐらかされてしまって不安は消えないが、乃愛もしっかりと役割を果たすべきだと決意を新たにする。

「あ、みんな集まってきたね。ちょっと遅くなったけど、そろそろ食事かな」

 そう言うと、そわそわと落ち着きなく沙奈は立ち上がった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。 目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。 今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる! なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!? 非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。 大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして…… 十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。 エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます! エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~

暇人太一
ファンタジー
 大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。  白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。  勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。  転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。  それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。  魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。  小説家になろう様でも投稿始めました。

処理中です...