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序章 迷宮脱出編

探索三日目: セキュリティ

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「…読み取れたのはほとんど術式の部分だけだったけど、ここに立ち入った後、時間内に正規の手順を踏まなければ、ここがダンジョン化する仕組みになっていた」

 それに耳をぴくりと反応させたフォルガーは、眉が上がって目を見開く。

「なんだって?そんな話は聞いていないが…」

 張り詰めた空気を感じて、小高は慌てて前置きを入れる。

「あくまでこれは研究資料で、本当に実施されていたかはわかりません。ただ…侵入者を排除するための方法として、ここに閉じ込めることの他に、用意した屍をアンデッド化するということが書かれていて…」

 思い当たる節があった埴生と君島は、驚愕を露わにする。

「まさか…嘘だろ…」
「あの手記にあった、埋葬に切り替えた理由って…」

 小高は神妙な面持ちでこくりと頷く。

「ゴーストの発生源は埋葬された遺体だ。でも、スケルトンは違う。あれは放置された遺体が白骨化したものだ。だからどれも装備がそのままだったんだと思う」

 背筋が寒くなった東は顔が強張り、震えた声を出す。

「スケルトンの方が数が多かったと思うんだけど…」

 小高は目を伏せて、弱々しく答える。

「最後の方は人が少なかったから放置されていたかもしれないけど…あれだけの数が埋葬できていなかったのは不自然だ。そう考えていくと、封鎖した一階層に閉じ込めて見殺しにしたんじゃないのかって思えてきて…」

 河内が苦虫を噛み潰したかのような顔で、怒気を滲ませた。

「武装したスケルトンがほとんどだった。兵士を犠牲にしたのか」

 束の間、沈黙が降りる。

 付け加えるように小高が口を開いた。

「スケルトン化した魂の方は何かに利用するような事も書いてあった。まだその辺までは読めてないけど…」

 難しい顔をしていたフォルガーは深く息を吐いた。

「ここへの避難は隊長が指揮していた。今際の際に何か残していなかったか、後で仲間に聞いてみよう」

 その後は部屋にあったものをフォルガーが全て回収して、戻ってから再考することになった。

 部屋を後にして通路に出ると、有原と国分が何か揉めていた。

「元のところに返してきなさい」
「やだ」
「我儘言わないの。このまま連れて戻っちゃうと皆を怖がらせるでしょ。小さな子もいるんだから」
「こんなに可愛いのに、怖がることなんてないよ」
「…餌とか、世話はどうすんの」
「餌は大丈夫。魔力だけだから」
「ん?どういうこと?」
「私の魔力で顕現してるの」
「魔力がなくなったら?」
「消えちゃう…」
「え、幻獣ってそういうこと?実体じゃないの?」
「普段は幻獣界ってところにいて、私の魔力を通じて来てもらってるの」
「じゃあ、消えちゃってもその幻獣界に戻るだけ?」
「うん…」
「それって、また招べばいいだけじゃない?」
「うん…あ」
「返しなさい」
「うー!」

 国分が聞き分けのないことを言っているようだ。巨狼にしがみついて、駄々を捏ねている。
 結局、他の皆が受け入れてくれるかどうかで今後の扱いを決めることになり、神殿に入る前に一旦送還してもらうことになった。

 また少し進めたが、現れるスケルトンに複雑な気持ちになってしまって捗らないまま、二階層を三分の一ほど残したところで頃合いとなり、今日は引き揚げることにした。

 戻る途中、三階層のとある扉の前で、東がふと立ち止まった。

「あ、そういえばここだよ。例の魔法陣の部屋」
「そうだった。見てくるよ」

 中に入って、小高が魔法陣を確認する。

「うん、やっぱり同じだね。でもこの床の陣は…座標がちょっとズレてるな。どこを指しているのか…」

 小高が顎に手を当てて悩み始めたので、東がマップを共有した。

「あ、助かる。結構見やすくなってきたね。んー…んん?これって…神殿かも」
「え?でも、ここから割とすぐそこだよ」
「…ちょっと、神殿の方もよく見ておこうか」
「そうだね。思い返せば、神殿の中ってちゃんと調べてなかった気がする」

 神殿に戻るまで、小高はずっと上の空だった。

♦︎

「あ、お帰りー」
「ただいま。なんか疲れたぁ」

 神殿に戻ると、相馬たちがいた。
 沙奈が〈念話〉で連絡を受けていたが、戻る途中も一応書庫を覗くと既にいなかったので、先に戻っているだろうことは分かっていた。

「テントなかったけど、回収できたの?」
「あぁ、結已に頼まれてたやつね。中に入ったとき真ん中にポツンとあったから、笑っちゃった。この四角いやつを当てるだけで消えたよ」
「そうなんだ。これ便利そうだから色々試したいよね」

 東と相馬は楽しげにその魔道具を見る。
 椎名は混乱していたのだろうが、これは所謂キャンプセット兼サバイバルキットで、戦闘用途で使うものではない。便利なこと以外にパズルとして楽しめるのも一押しのポイントだ。

 話題に上がった椎名はといえば、千田にずっと寄り添っていた。千田は当初よりは随分と落ち着いてきていたが、浮かない顔をしたままだった。
 それを見兼ねた新田が近寄って、椎名に声をかけた。

「…どう?」
「んー、なんかね。あれが怖いみたい」
「…ああ」

 椎名が指差した方を見ると、棺があった。そこには二人分の遺体が納められていて、アンデッドを見てからあれもいつ動き出すかわからないと、千田は心休まらずにいた。

 新田は千田に優しく声をかける。

「あれがそんなに怖い?」
「…うん」
「お祓いしてあるから大丈夫だよ」
「そうなの…?」
「ほら、私のジョブ知ってるでしょ」
「うん…でも、ほんとに動かない?」
「気になるなら、中身燃やしてこよっか?」
「え?」
「ふふっ、冗談。本当に動かないから安心して」
「そっか。わかった」

 まだ不安はあるだろうが、千田に少し笑顔が戻った。
 新田と椎名は安堵して、そのまま談笑を交わした。

 一方、小高は神殿内を調べていた。
 転送のリンク先となる魔法陣がどこかにあるはずだ。だが何処にも見当たらない。部屋にあった魔法陣と対になっているのであれば、それなりの大きさがあるはずなので、見つけにくいということ自体がおかしい。人が転送されるので、隠すこともできないはずだ。地下の洞窟は魔法の練習で何度も行ったので、何もないのは確認済みだ。そもそも座標が少し異なる。

 最も気になるのは、ここに転送される意図だ。
 エレベーターになっているのはわかる。時短や荷物の運搬が目的だろう。だがここは距離が近すぎて、その意味を果たしていない。何がしたかったのか。

 ぐるぐると考えるが、答えが見つからない。
 小高は少しでもヒントを得たくて、残りの研究資料に手をつけようと所持しているフォルガーのところへ向かう。

「なに!?何故それを黙っていた!」
「…済まない。それほど重要なことだとは思わなかった。それに…」
「まさかそれでダンジョン化したのか…」
「どういうことですか?」

 他の騎士たちと言い争いになっていて小高は声をかけるのを躊躇していたが、気になる言葉を聞いて思わず後ろから口を挟んだ。

 話に夢中になっていたフォルガーたちは、声をかけられたことではじめて小高の存在に気づき、ハッと振り向いた。
 フォルガーは動揺を隠しきれない様子で、気まずそうに答えた。

「それが…最期に隊長は言葉を残していたようだ」
「…聞いても?」

「“神の目が導く先に光が訪れる”」


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