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4章 再開に向かって

第13話 永遠に、さようなら

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守梨まもり、ごめんなぁ』

『ごめんねぇ』

 両親は開口一番、守梨を抱き締めて詫びた。きっと死んでしまったことを言っているのだと思う。あれは避けられない事故だった。ふたりが悪いのでは無い。守梨は力いっぱい首を横に振った。

『お母さんらな、ほんまに守梨のことが心配で、気ぃ付いたらふたりでここに帰って来てしもてたんよ。お店のこともあったけど、やっぱり守梨のことやんねぇ。気付かれへんでもええ、守梨を見守られたらて思ってたのに、ゆうちゃんが見える体質やったからびっくりしたわ。守梨、私らを受け入れてくれてありがとうねぇ』

「……ううん、帰って来てくれて嬉しかった。私、お父さんとお母さんが戻って来てくれへんかったら、いつまでも落ち込んだままやったと思う」

 間違い無く、ふたりの存在を感じることができたから、守梨は立ち直ろうとする気力を保つことができたのだ。

 本来なら安らかな成仏を願わなければならなかったのだろう。だが当時の守梨にそんな余裕は無く、守梨自身がどこかに魂を置いて来てしまった様な日々を送っていた。それこそ祐ちゃんが毎日来てくれなければ、完全に引きこもってしまっていたと思う。

 今にして思えば、毎日「テリア」の掃除ができていたのも、祐ちゃんの存在が守梨を引き上げてくれていたのだろう。ぼろぼろではあるものの、それだけはやりたいと、意思を持つことができたのだ。

 今でも完全に立ち直ったとは言えないのかも知れない。それでも笑えるまでになった。ご飯だって普通に食べられる。だからもう大丈夫だと伝えたかった。笑顔でふたりと話をしたかった。

『お母さんら、ずっと守梨のこと見とったよ。ほんまに頑張ったなぁ。元気になって、たくさん勉強して、今日もええ采配さいはいやったで』

 お母さんの労いに、守梨は顔を緩ます。祐ちゃんや松村まつむらさんに導かれ、両親に支えられ、どうにかここまで漕ぎ着けた。自分もできることはやって来たつもりだが、周りの人のお陰な部分が大きい。

「ありがとう。お母さんがどうやってたかとか、思い出しててん。お母さん、にこにこしてお客さんに接してて、お客さんも楽しそうに、お父さんが作ったお料理食べはんの。私、お父さんとお母さんの「テリア」が好きやった。私はお料理ができひんから、お店を継ぐなんて考えもできひんかったけど、いろんな人が後押ししてくれたんよ。せやから私でも、どうにかできそうやねん。せやから、お父さんとお母さん、これからも」

 守梨は言葉を切ってしまう。切るしかできなかった。そうだ、お父さんとお母さんは、もうすぐ消滅してしまうのだ。これから見守ってもらうことはできないのである。

 お父さんとお母さんは、お星さまになったのよ。

 死が把握できない小さい子にされてきたこんな言葉も、当てはまらない。お父さんとお母さんは、お星さまにはなれないのだ。

 お空から見守ってくれてるよ。

 いいや、それは叶わないのだ。ふたりは、もうどこからもいなくなってしまうのだから。

 ふたりの腕のぬくもりの中で、守梨は絶望に襲われる。絶対に離したく無いと、ふたりの胸元にしがみ付いた。

「やっぱり……、消えて欲しくない。なんで? お父さんは私と祐ちゃんを助けてくれただけやのに、なんで消えなあかんの? なんで……」

 また新たな涙が溢れ出す。ああ、こんな暗い話をしたいわけでは無いのに。時間が限られているからこそ、両親が安心してくれる様にと思っていたのに。

『守梨』

 お父さんの優しい声が降って来る。守梨は涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔をのろのろと上げた。

『お父さんは、後悔してへん。守梨と祐樹くんを守れて、ほんまに良かったって思ってる。せやから今は、悪霊にならんで、しかもこうやって守梨と会えることができたんが、ほんまに嬉しいんや』

『そうやねぇ。どうなることかと思ったけど、ほんまに良かったわぁ』

 お母さんものんびりとそんなことを言う。守梨は毒気が抜かれた様な気分になって、ぽかんとしてしまう。どうしてふたりはこんなに落ち着いていられるのか。もうすぐ存在が消えてしまうというのに。

『せやからね、守梨、お母さんらは大丈夫なんよ。あとは、守梨と祐ちゃんが「テリア」を再開して盛り立ててくれたら、そんで元気でいてくれたら、ほんまに充分。守梨が笑っててくれたら、満足や』

 お母さんは笑顔で言って、守梨の頭を優しく撫でてくれた。お父さんも腕をさすってくれる。ああ、こんなことではいけない。ふたりが安心できないでは無いか。守梨は目元にぐっと力を入れて、どうにか涙を止めようとした。

「お父さん、お母さん、私、これからも頑張るから。「テリア」も頑張る。たくさんのお客さんに楽しんでもらえる様に。せやから……、安心して、行ってな」

 笑顔を作れる様な余裕は無い。それでも、精一杯頬を動かそうと努めた。きっと強張っていただろうし、泣いているのでとんでも無く不細工だ。それでも、少しでも両親に心残りが無い様に。

『守梨、幸せになるんやで。大丈夫、守梨は人に恵まれてるんやから』

『そうやな』

 両親が頷いた時、ふたりの姿が薄らいだ様に見えた。

「え……」

 守梨が驚きで声を漏らすと、両親の姿は透明感を帯びる。守梨は目を見張った。

「お父さん? お母さん!?」

『もう時間やわ。守梨、最後に会えて嬉しかった。じゃあね』

『元気でな、守梨』

「お父さん! お母さん!」

 守梨はふたりに手を伸ばす。だがもうふたりに触れることはできず、空をさまよった。そして間も無くふたりは、跡形も無く、消えた。

 静寂が訪れる。もう気配も無い。何も無い。本当にお父さんとお母さんは、消えてしまった。魂は消滅してしまった。

「あ……、あああああああーーー!!」

 守梨は下を向いて、力の限り泣き叫んだ。そうしなければ、精神が壊れてしまいそうだった。悲哀で満たされた心は錯乱し、ただただ、声を上げるしかできなかった。

「守梨!」

 祐ちゃんの両腕が強く守梨を包み込む。あやす様に背中が優しく撫でられた。そのぬくもりに、守梨はわずかな落ち着きを取り戻す。

「俺がおるから。俺やとおやっさんらの代わりにはなられへんし、頼んないやろうけど、おるから」

「ゆう、ちゃ、ゆうちゃ、ああ、うあ、ひっ、あああ……っ」

 守梨は祐ちゃんにしがみ付き、喉を詰まらせながら泣き続けた。
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