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3章 意図せぬ負の遺産
第11話 さらなる進化
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来たのは、やはり榊原さんの奥さんだった。
「こんにちは! 榊原から「テリア」の味が食べられるて聞いて馳せ参じました。妻の杏沙子です!」
ネイビーのカットソーにカーキのカーゴパンツというシンプルな服装ながら、とても華やかな美人だった。お化粧は濃く無いのだが、彫りが深いと言うのだろうか、はっきりとした目鼻立ちがきらきらしている。
「は、初めまして。「テリア」をやっていた夫婦の娘で、春日守梨と言います」
その明るさに当てられたのか、守梨は少しばかりたじろぎながら自己紹介をする。
「守梨ちゃんやね! よろしくね!」
杏沙子さんは両手で守梨の両手を取って、千切れんばかりに上下に振った。
「杏沙子さん、あんた距離感おかしいんやから、まずは一歩引かんと」
榊原さんが呆れた様に言うと、杏沙子さんは「あら」と目を丸くした。
「あたし、またやってしもた?」
「しっかりとな。お嬢さん引いとるがな」
「やだ、守梨ちゃんごめんやで。あたし、人との距離感がおかしいて良う言われてて」
自覚をしつつも、なかなか上手く計れないのだろう。驚きはしたが、同時に社交的な人なのだなと感じる。杏沙子さんは焦っていた。
「いえ、大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」
「ほんま? ほんまに大丈夫?」
「はい」
守梨がにっこりと笑うと、杏沙子さんは「良かったぁ~」と胸を撫で下ろした。
「あたしこんなんやから、また嫌な思いさせてしもたら、遠慮無く言うてな?」
「はい。でもほんまに大丈夫ですよ」
「ありがとう。ええ子やね!」
杏沙子さんは嬉しそうに言って、守梨の頭をぽんぽんと撫でる。そして。
「杏沙子さん、距離感」
榊原さんに言われ、「ひゃっ」と声を上げた。
「ごめぇ~ん」
また焦る杏沙子さんが何だか可愛く見えて、守梨はくすりと笑みを零した。
「大丈夫ですよ。気になさらんでくださいね」
守梨が言うと、杏沙子さんは「ほんまにええ子~」と身悶えた。
そのタイミングで祐ちゃんが帰って来る。合鍵を使い、エコバッグを担いでリビングに上がって来た。
「ただいま」
「おかえり、祐ちゃん」
「原口くんおかえり。これがうちの奥さん、杏沙子さん」
「よろしく!」
杏沙子さんは守梨にもした様に祐ちゃんの両手を取り、また榊原さんに「距離感!」と突っ込まれていた。
祐ちゃんが作ったのは、豚肉のシードル煮込みと、夏野菜のティアンの2皿。
「いただきます」
「テリア」のフロアで、揃って手を合わせた。
守梨は夏野菜のティアンから口に運ぶ。これはプロヴァンス地方の家庭料理で、野菜を耐熱皿に並べてオーブンで焼いたものである。
まずは上に掛けられているハーブがふわりと香った。使われている夏野菜は、お茄子とズッキーニとトマトである。底面にはきつね色に炒めた玉ねぎが敷かれていて、それも旨味の一端になっている。
火が通ってとろとろになった夏野菜が、玉ねぎとともに口の中で優しく広がり、ハーブとにんにくがアクセントになっている。ハーブは火が通されて、フレッシュが持つ爽やかさが豊かな風味に変貌を遂げた。
そして、豚肉のシードル煮込み。シードルはりんごから作られる、微発砲のお酒である。ノルマンディー地方のお料理だ。
豚肉は赤身と脂身のバランスの良い肩ロースが使われている。それと玉ねぎ、にんにくが、甘酸っぱいシードルで煮込まれているのである。
アルコールとは不思議なもので、ワインや日本酒もそうなのだが、アルコールを飛ばしてさらに煮込むと、旨味の塊になる。そこに食材からも滋味が溶け出し、それが豚肉にたっぷりと絡むのである。絶妙な甘みと酸味だ。
「美味し~い」
「ほんまや。めっちゃ美味しいですね!」
榊原さんご夫妻はとろけそうな表情で悶絶している。分かる。2品ともとても美味しい。絶品だ。
祐ちゃんがお父さんに教えてもらいながら作るお料理を、守梨はほぼ毎日食べている。だから祐ちゃんがどれだけ力を付けているのかは分かっているつもりだった。
だがここに来て、またレベルアップしたのでは無いだろうか。
これは松村さんからも、ドミグラスソースのお許しが出るはずである。本当に凄い。祐ちゃんは凄い。自慢の幼馴染みだ。
守梨は緩んでしまう頬が止められなかった。
「こんにちは! 榊原から「テリア」の味が食べられるて聞いて馳せ参じました。妻の杏沙子です!」
ネイビーのカットソーにカーキのカーゴパンツというシンプルな服装ながら、とても華やかな美人だった。お化粧は濃く無いのだが、彫りが深いと言うのだろうか、はっきりとした目鼻立ちがきらきらしている。
「は、初めまして。「テリア」をやっていた夫婦の娘で、春日守梨と言います」
その明るさに当てられたのか、守梨は少しばかりたじろぎながら自己紹介をする。
「守梨ちゃんやね! よろしくね!」
杏沙子さんは両手で守梨の両手を取って、千切れんばかりに上下に振った。
「杏沙子さん、あんた距離感おかしいんやから、まずは一歩引かんと」
榊原さんが呆れた様に言うと、杏沙子さんは「あら」と目を丸くした。
「あたし、またやってしもた?」
「しっかりとな。お嬢さん引いとるがな」
「やだ、守梨ちゃんごめんやで。あたし、人との距離感がおかしいて良う言われてて」
自覚をしつつも、なかなか上手く計れないのだろう。驚きはしたが、同時に社交的な人なのだなと感じる。杏沙子さんは焦っていた。
「いえ、大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」
「ほんま? ほんまに大丈夫?」
「はい」
守梨がにっこりと笑うと、杏沙子さんは「良かったぁ~」と胸を撫で下ろした。
「あたしこんなんやから、また嫌な思いさせてしもたら、遠慮無く言うてな?」
「はい。でもほんまに大丈夫ですよ」
「ありがとう。ええ子やね!」
杏沙子さんは嬉しそうに言って、守梨の頭をぽんぽんと撫でる。そして。
「杏沙子さん、距離感」
榊原さんに言われ、「ひゃっ」と声を上げた。
「ごめぇ~ん」
また焦る杏沙子さんが何だか可愛く見えて、守梨はくすりと笑みを零した。
「大丈夫ですよ。気になさらんでくださいね」
守梨が言うと、杏沙子さんは「ほんまにええ子~」と身悶えた。
そのタイミングで祐ちゃんが帰って来る。合鍵を使い、エコバッグを担いでリビングに上がって来た。
「ただいま」
「おかえり、祐ちゃん」
「原口くんおかえり。これがうちの奥さん、杏沙子さん」
「よろしく!」
杏沙子さんは守梨にもした様に祐ちゃんの両手を取り、また榊原さんに「距離感!」と突っ込まれていた。
祐ちゃんが作ったのは、豚肉のシードル煮込みと、夏野菜のティアンの2皿。
「いただきます」
「テリア」のフロアで、揃って手を合わせた。
守梨は夏野菜のティアンから口に運ぶ。これはプロヴァンス地方の家庭料理で、野菜を耐熱皿に並べてオーブンで焼いたものである。
まずは上に掛けられているハーブがふわりと香った。使われている夏野菜は、お茄子とズッキーニとトマトである。底面にはきつね色に炒めた玉ねぎが敷かれていて、それも旨味の一端になっている。
火が通ってとろとろになった夏野菜が、玉ねぎとともに口の中で優しく広がり、ハーブとにんにくがアクセントになっている。ハーブは火が通されて、フレッシュが持つ爽やかさが豊かな風味に変貌を遂げた。
そして、豚肉のシードル煮込み。シードルはりんごから作られる、微発砲のお酒である。ノルマンディー地方のお料理だ。
豚肉は赤身と脂身のバランスの良い肩ロースが使われている。それと玉ねぎ、にんにくが、甘酸っぱいシードルで煮込まれているのである。
アルコールとは不思議なもので、ワインや日本酒もそうなのだが、アルコールを飛ばしてさらに煮込むと、旨味の塊になる。そこに食材からも滋味が溶け出し、それが豚肉にたっぷりと絡むのである。絶妙な甘みと酸味だ。
「美味し~い」
「ほんまや。めっちゃ美味しいですね!」
榊原さんご夫妻はとろけそうな表情で悶絶している。分かる。2品ともとても美味しい。絶品だ。
祐ちゃんがお父さんに教えてもらいながら作るお料理を、守梨はほぼ毎日食べている。だから祐ちゃんがどれだけ力を付けているのかは分かっているつもりだった。
だがここに来て、またレベルアップしたのでは無いだろうか。
これは松村さんからも、ドミグラスソースのお許しが出るはずである。本当に凄い。祐ちゃんは凄い。自慢の幼馴染みだ。
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