上 下
18 / 55
2章 なりたいものになるために

第5話 互いにできることを

しおりを挟む
 このお料理は、言わばお父さんとゆうちゃんの合作である。守梨の心にじんわりと暖かみが広がる。実際に作ったのは祐ちゃんなのだが、お父さんの存在をしっかりと感じられた。

守梨まもりにまず、おやっさんの味を食べてもらいたかった。せやからおやっさんにめっちゃ丁寧に教えてもろたんや」

 そう言うことか。今日は教えることを兼ねつつ、お父さんの味の再現を第一に置いたのだ。

「せやから守梨が一緒や言うてくれて、ほんまに良かったわ。ただな、この味は今日みたいにおやっさんがおるから出せるんや。行き着かなあかんのは、おやっさんがおらんでも、これが作れる様になれることや。まだまだ先のことやと思ってる」

 お料理ができない守梨は、そんなもんなんか、と軽く考えてしまうが、きっと祐ちゃんにとってはそうでは無いのだろう。祐ちゃんは深刻な表情のまま続ける。

「おやっさんの言う通りにやりながら、自分の力の低さを実感したんや。確かにレシピを読み込んで作ったら、それなりのもんは作れると思う。けど微妙な火加減とか火通りとか、これは経験が無いと難しい。ラペはともかく、鶏肉は俺やったらもっと火を通さなって思ってまう。生焼けとか怖いからな。でもおやっさんはそうやない。見て、ここやって思ったら躊躇ちゅうちょ無くひっくり返すんや。中までちゃんと火が通って、けど通しすぎひんから柔らかくふっくらと仕上がる。それは付け焼き刃やどうにもならんねん。何度も何度もやって、身に付けなあかん。それでも俺はラッキーや。分かりやすいレシピがあって、おやっさんに教えてもらる。土曜日には松村さんにも鍛えてもらえるんやから」

 祐ちゃんの話を聞いて、守梨にはひとつの疑問が浮かぶ。守梨は素直にそれを口にした。

「ねぇ祐ちゃん、何で祐ちゃんは、ここまでやってくれるん?」

 すると祐ちゃんは一瞬ぽかんとし、次には苦笑いを浮かべる。

「……俺がやりたいねん。ドミグラスソースのこともそうやし、おやっさんが遺したもんを無くしたないねん」

「ありがたいけど、祐ちゃんの負担になってもうたらって。お昼は仕事かてあるんやし」

「大丈夫や。俺はデスクワークやから体力に余裕あるし、ここでも1食分を作る程度やから。俺よりも守梨やろ。今までやったこと無いことをやるんやから」

 祐ちゃんの労りがありがたい。だが守梨こそ大丈夫なのだ。

「私、「テリア」を続けられるかもって思ったら、力が沸いて来るんよ。せやから私こそ、できることまでやってみたいって」

 それが今の守梨の励みになっている。悲しんだり落ち込んだりしている時間が勿体無い。見据える先ができたことは、守梨にとって幸運なのだった。

「互いに、できることをやろうっちゅうことやな」

「そうやね」

 ゆっくりと心が癒されていくのが分かる。お父さんの味はまだこれからも未来があって、「テリア」にも可能性がある。両親は幽霊になってしまったが、この世にいてくれるからこそまだ残してもらえるものがあるのだ。これは本当に幸福なことなのである。



 美味しいお料理を食べ終え、後片付けと掃除を済ませると、祐ちゃんは帰って行った。

 自室に入った守梨は、まず情報収集である。先日「マルチニール」を訪れた時に、松村さんとSNSアカウントを交換していた。なので自分でもネットなどで調べつつ、土曜日まで待つことにした。その日だとランチ営業が無いので、午前中なら少しは余裕があるのではと思ったのだ。

 自分で調べた範囲なのだが、週に1度6ヶ月間、飲食店を開業するためのセミナーがあるそうなのだ。社会人が通うならちょうど良い間隔である。他の日を予習復習や、それこそ実技練習に充てられる。

 実は副業も考えていた。守梨の会社は副業可能なのである。週に2、3日程度、洋風居酒屋やバルなどのホールでアルバイトができないかと思ったのだ。土曜日なら会社が休みなのでフルに入れられる。

 守梨ももちろん無理はしない。日曜日の休みは確保するつもりだ。

 何せ時間が無いのだ。正確な日決めがされているわけでは無いが、両親がいつまでこちらにいてくれるのか、いられるのかが判らない。その時までに少しでも「テリア」を再開できる道筋を作れる様にしたいのだ。

 その相談を松村さんにしたかった。祐ちゃんだけでは無く松村さんにも甘えてしまうことになって心苦しい。ただでさえ土曜日には祐ちゃんがお世話になるのだ。だが素人の守梨はどこから手を付けたら良いのか見当が付かない。セミナーが正解なのかどうかも判らないのだ。

 そういうコミュニティもあるのだろうが、ひとりで飛び込むのには勇気がいる。自分はただ少しお手伝いをしていただけのビストロの娘で、飲食店アルバイトの経験すら無く、お料理音痴なのだ。さすがに気後れしてしまう。

 お料理などをせず、オーナーという形で経営に関わる人も多いとは思う。だが守梨は運営そのものに関わりたい。ならお料理ができない守梨がすることができるのは給仕、そしてワインを始めとするドリンクの知識である。

 ソムリエ試験には実地経験が3年以上必要なので、まだ守梨には受験資格が無いが、ワインエキスパートなら20歳以上で取ることができる。このふたつの難易度は同程度だ。なのでかなりの難関である。だが目指すほどの知識量が必要なはずだ。実際お母さんはソムリエだったのだから。

 きっとやらなければならないことは盛り沢山である。だからこそ前を向いて行かなければならないのだ。



 そして土曜日。午前中松村さんにメッセージを送るとすぐにお返事があり、翌日の日曜日、お昼から会えることになったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~

415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

戦国武将と晩ごはん

戦国さん
キャラ文芸
 ある地方都市で暮らす女子高校生・御角 倫(みかど りん)。  彼女の家には、なぜか織田信長を筆頭に、週に一度さまざまな武将が訪れてくる。  織田信長と伊達政宗との出会い。  真田兄弟の時空を超えた絆の強さ。  信長と敗走する明智光秀や関白・豊臣秀吉との邂逅。  時間も時空も超えて訪れる武将たちは、倫が振る舞う美味しい現代飯の虜になっていく。  今日も武将たちと倫の間に起こる日常の『飯』物語。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...