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4章 心と身体の痩せ方太り方
第6話 人が呼び寄せるもの
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「みのり」
悠ちゃんの優しい声が店内に響く。みのりはそろそろと顔を上げた。きっと情けない顔をしているだろう。
「どうしたん?」
ああ、悠ちゃんがこうして甘やかしてくれるから、みのりはいつまで経っても独り立ちできない。
それはきっと幸せなことなのだと思う。いつまでも守られて、大事にされて、支えられて。
だが果たして、それで良いのだろうか。成長できず、ちゃんとした大人になれず、ぬくぬくとした環境に置いてもらえて。
みのりはお茄子さんが語ったこと、そして自分の立場をぽつりぽつりと漏らす。みのりは自分の力で「すこやか食堂」を開店できたわけでは無い。両親が、そして悠ちゃんがいなければ成り立たなかった。今も悠ちゃんがいてくれるから、こうして運営できている。
悠ちゃんは大学の経営学部を卒業し、お仕事は事務職だった。なので経営やお金に関してはみのりよりもよほど長けている。悠ちゃんがいなければこの「すこやか食堂」はとうに傾いていた可能性だってある。みのりはお料理しか学んで来なかったのだから。
その時点で自分の甘さが露呈している。若かったと許されることでは無い。悠ちゃんと役割分担をしていると言えば聞こえは良いが、仕込みは悠ちゃんにも手伝ってもらっているし、お金関係は悠ちゃんに負んぶに抱っこ状態なのだから、あまりにも寄り掛かり過ぎている。
「すこやか食堂」開店から数年、目の前のことで精一杯で、そんな状況を見る視野がすっかりと欠けていた。
みのりはみのりなりに目一杯力を注いで来た。だが自分ひとりでは何もできていない現実に打ちのめされたのだ。
本当に今さらだ。あまりにも不甲斐無い。
「みのり」
悠ちゃんの掌が、みのりの背中を優しく撫でる。
「みのりは確かに、僕はともかく周りの人や運に恵まれたんかも知れんな。「運も実力のうち」なんて言われても、みのりは納得せんのやろ」
みのりはこくりと頷く。みのりが実力以上の環境に身を置けるのは、私生活を支えてくれる両親、たった1年ほどで腕を鍛えてくれ、今もアドバイスをしてくれる赤塚さん、条件付きとはいえこの場所を格安で提供してくれる沙雪さん、そして日々そばで尽力してくれる悠ちゃんのおかげなのだ。
「でも、みのりかて、めっちゃがんばってきたやん。せやから周りが助けてくれるんやと僕は思うけどなぁ」
本当に感謝している。周りの人たちの力があって、みのりの能力が1段2段と引き上げられている。
赤塚さんの教室に通いながらの勤め先も、みのりはアルバイトという雇用形態だったから、立場としては調理補助だった。なのでやることと言えば下ごしらえや盛り付けなどで、調理師専門学校を順当に卒業できる腕があれば充分だったのだ。叱られたりした記憶なんてほとんど無い。プロの調理場にいられる満足感があっただけだった。
本当に、自分は苦労知らずでここまで来れた。場所に恵まれたからお客さまにも恵まれたのだ。
「なぁ、みのり、ここは確かにめっちゃええ場所やと思うで。でもな、みのりの料理が美味しく無かったら、お客は続かんかったんとちゃうか?」
「……でも、美味しいだけやったらお店は続けられへん」
「せや。接客も大事やわな。それもみのりの力なんやあらへんか? 今までいろんなお客がおったやん。ただ食べてくだけの人も多いけど、みのりの優しさで寄り添えた人かておったやん。お茄子さんかてそうやんか。健康的に太りたいて言わはったから、みのりは知識を持って寄り添った。せや、前にはツナをメインで食べられる料理かて、休日返上で考えて試作したやん。卵アレルギー持った人かておったな。お客の希望でしながきに無い料理作ったり。そんなん、思いやりが無いとできひんよ。この「すこやか食堂」はそういう店や。僕は確かに経理とかやってるけど、料理ができたとしても、みのりみたいな接客はできひん。僕は優しないからな」
みのりからしたら、悠ちゃんは充分優しいが。みのりが不思議に思って首を傾げると、悠ちゃんは苦笑いを浮かべる。
「確かに……、確かにお茄子さんはみのりがしてへん苦労をしてはるんやと思う。でもみのりが苦労せんかったかって言われたらそうや無いやろ。みのりには貧血があって、それでもこうして人に料理で健康に、幸せになって欲しい言うて立ち仕事を選んだ。僕からしてみたら無理してる様にも見える。それの何があかんの?」
そんなの、苦労でも無理でも何でも無い。みのりがしたいことをしているのだから、当たり前のことなのだ。
「人にはその人に染み付いとるもんがあって、それが努力やったり前向きな気持ちやったり、人への思いやりやったり。それが運の強弱を決めるんやて僕は思ってる。怠けたり性格が悪かったりしたら、運は逃げてく。みのりは今まで腐らんとそのときそのときでできることを精一杯やってきたんや。僕はずっとそんなみのりを見てた。せやからできることをしたりたいって思った。やから今、一緒に「すこやか食堂」に立ってる。おじさんもおばさんも、赤塚さんとかかって分かってるからみのりに手を伸ばす。それがみのりがこれまでやってきたことの結果や」
みのりはそんな大それたことはしていない。できていない。みのりが優しいと言うのなら、それは周りがそうだからだ。暖かな空間にみのりを導いてくれたから、みのりも穏やかでいられるのだ。
だがそれを引き寄せたのはみのりなのだと、悠ちゃんは言ってくれている。人徳なんてそんな大層なものはみのりには無い。だがこれまでみのりが自分なりに精一杯やってきたことが今を育んでくれたのなら。
悠ちゃんの言葉なら、信じられる。みのりにとって、肉親以外にいちばん優しいのは悠ちゃんなのだから。
「ありがとう、悠ちゃん」
みのりはこみ上げるものを堪えながら笑みを浮かべる。悠ちゃんはそんなみのりの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
悠ちゃんの優しい声が店内に響く。みのりはそろそろと顔を上げた。きっと情けない顔をしているだろう。
「どうしたん?」
ああ、悠ちゃんがこうして甘やかしてくれるから、みのりはいつまで経っても独り立ちできない。
それはきっと幸せなことなのだと思う。いつまでも守られて、大事にされて、支えられて。
だが果たして、それで良いのだろうか。成長できず、ちゃんとした大人になれず、ぬくぬくとした環境に置いてもらえて。
みのりはお茄子さんが語ったこと、そして自分の立場をぽつりぽつりと漏らす。みのりは自分の力で「すこやか食堂」を開店できたわけでは無い。両親が、そして悠ちゃんがいなければ成り立たなかった。今も悠ちゃんがいてくれるから、こうして運営できている。
悠ちゃんは大学の経営学部を卒業し、お仕事は事務職だった。なので経営やお金に関してはみのりよりもよほど長けている。悠ちゃんがいなければこの「すこやか食堂」はとうに傾いていた可能性だってある。みのりはお料理しか学んで来なかったのだから。
その時点で自分の甘さが露呈している。若かったと許されることでは無い。悠ちゃんと役割分担をしていると言えば聞こえは良いが、仕込みは悠ちゃんにも手伝ってもらっているし、お金関係は悠ちゃんに負んぶに抱っこ状態なのだから、あまりにも寄り掛かり過ぎている。
「すこやか食堂」開店から数年、目の前のことで精一杯で、そんな状況を見る視野がすっかりと欠けていた。
みのりはみのりなりに目一杯力を注いで来た。だが自分ひとりでは何もできていない現実に打ちのめされたのだ。
本当に今さらだ。あまりにも不甲斐無い。
「みのり」
悠ちゃんの掌が、みのりの背中を優しく撫でる。
「みのりは確かに、僕はともかく周りの人や運に恵まれたんかも知れんな。「運も実力のうち」なんて言われても、みのりは納得せんのやろ」
みのりはこくりと頷く。みのりが実力以上の環境に身を置けるのは、私生活を支えてくれる両親、たった1年ほどで腕を鍛えてくれ、今もアドバイスをしてくれる赤塚さん、条件付きとはいえこの場所を格安で提供してくれる沙雪さん、そして日々そばで尽力してくれる悠ちゃんのおかげなのだ。
「でも、みのりかて、めっちゃがんばってきたやん。せやから周りが助けてくれるんやと僕は思うけどなぁ」
本当に感謝している。周りの人たちの力があって、みのりの能力が1段2段と引き上げられている。
赤塚さんの教室に通いながらの勤め先も、みのりはアルバイトという雇用形態だったから、立場としては調理補助だった。なのでやることと言えば下ごしらえや盛り付けなどで、調理師専門学校を順当に卒業できる腕があれば充分だったのだ。叱られたりした記憶なんてほとんど無い。プロの調理場にいられる満足感があっただけだった。
本当に、自分は苦労知らずでここまで来れた。場所に恵まれたからお客さまにも恵まれたのだ。
「なぁ、みのり、ここは確かにめっちゃええ場所やと思うで。でもな、みのりの料理が美味しく無かったら、お客は続かんかったんとちゃうか?」
「……でも、美味しいだけやったらお店は続けられへん」
「せや。接客も大事やわな。それもみのりの力なんやあらへんか? 今までいろんなお客がおったやん。ただ食べてくだけの人も多いけど、みのりの優しさで寄り添えた人かておったやん。お茄子さんかてそうやんか。健康的に太りたいて言わはったから、みのりは知識を持って寄り添った。せや、前にはツナをメインで食べられる料理かて、休日返上で考えて試作したやん。卵アレルギー持った人かておったな。お客の希望でしながきに無い料理作ったり。そんなん、思いやりが無いとできひんよ。この「すこやか食堂」はそういう店や。僕は確かに経理とかやってるけど、料理ができたとしても、みのりみたいな接客はできひん。僕は優しないからな」
みのりからしたら、悠ちゃんは充分優しいが。みのりが不思議に思って首を傾げると、悠ちゃんは苦笑いを浮かべる。
「確かに……、確かにお茄子さんはみのりがしてへん苦労をしてはるんやと思う。でもみのりが苦労せんかったかって言われたらそうや無いやろ。みのりには貧血があって、それでもこうして人に料理で健康に、幸せになって欲しい言うて立ち仕事を選んだ。僕からしてみたら無理してる様にも見える。それの何があかんの?」
そんなの、苦労でも無理でも何でも無い。みのりがしたいことをしているのだから、当たり前のことなのだ。
「人にはその人に染み付いとるもんがあって、それが努力やったり前向きな気持ちやったり、人への思いやりやったり。それが運の強弱を決めるんやて僕は思ってる。怠けたり性格が悪かったりしたら、運は逃げてく。みのりは今まで腐らんとそのときそのときでできることを精一杯やってきたんや。僕はずっとそんなみのりを見てた。せやからできることをしたりたいって思った。やから今、一緒に「すこやか食堂」に立ってる。おじさんもおばさんも、赤塚さんとかかって分かってるからみのりに手を伸ばす。それがみのりがこれまでやってきたことの結果や」
みのりはそんな大それたことはしていない。できていない。みのりが優しいと言うのなら、それは周りがそうだからだ。暖かな空間にみのりを導いてくれたから、みのりも穏やかでいられるのだ。
だがそれを引き寄せたのはみのりなのだと、悠ちゃんは言ってくれている。人徳なんてそんな大層なものはみのりには無い。だがこれまでみのりが自分なりに精一杯やってきたことが今を育んでくれたのなら。
悠ちゃんの言葉なら、信じられる。みのりにとって、肉親以外にいちばん優しいのは悠ちゃんなのだから。
「ありがとう、悠ちゃん」
みのりはこみ上げるものを堪えながら笑みを浮かべる。悠ちゃんはそんなみのりの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
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