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6章 肝臓不調のお爺ちゃんと、癒しのご飯

第9話 順調に良くなっている様で安心しましたカピ

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 バリーはひとつ空いていた椅子、カロムの横に腰掛けると、ほぅと小さく息を吐いた。

「バリー爺さんお疲れさま。仕事はどうですか?」

 カロムがねぎらうと、バリーは「ほほ」と小さく笑う。

「いやはや、立ち仕事だから、中々大変なものもあるが、充実しているぞ」

「それは良かったです。バリーさんはお料理はしているんですか?」

「いいや、わしは食材の下拵したごしらえと、後は洗い物をしているんだ。儂にこの店の味は出せんからなぁ」

「そっかぁ。でも楽しそうですね」

「おお、そう見えるか?」

 カロムの台詞に、バリーは嬉しそうに眼を開いた。

「そうなんだ。楽しいんだよ。養鶏ようけいの仕事を辞めた事と妻の逝去せいきょが殆ど続いたからか、儂は本当に腑抜ふぬけになってしまっていたんだなぁ。それが深酒に繋がって、肝臓を悪くしてしまった。だがアサギくんが料理を教えてくれて、こうして再就職して、張り合いが出てきてなぁ。そうそう、酒の量はまたぐっと減ってなぁ。今は寝る前に少し飲む程度になっておる。勿論チーズなんかを摘みながらな。前はな、深酒してしまっている時には、酒を旨いと思って飲んでいなかった。ただただ現実を忘れる様に飲んでいた。だが今は、仕事の後の酒が旨くてなぁ。ほんのりと気持ち良くなって寝るのが心地良いんだ。ワインを多くても2杯ぐらいかなぁ」

「ああ、それぐらいなら適量ですね。本当に良かったです」

「本当ですカピ。それならお身体もすぐに快復すると思うのですカピ」

 浅葱あさぎとロロアが言うと、バリーはまた嬉しそうに眼を細める。

「錬金術師さまにそう言って貰えると、本当にすぐにでもすっかりと治ってしまいそうだ。勿論肝臓に良い食事と、錬金術師さまの薬は続けてな。本当にありがとうなぁ」

 そんな話をしている内に、壮年そうねん夫妻は会計を済ませて店を出ていた。それから少しすると、女将が料理を盛られた皿を両手に厨房から出て来た。

「いつもはお客が全員出てからまかないにするんだけどね、バリーさんまだ話したいだろうし、錬金術師さまたちの料理もまだある様だから、一緒に食べながらどうぞ。ペトラ、ご飯だよ!」

「はーい!」

 給仕係の名前はペトラと言うらしい。テーブルを拭き終えて元気に返事をすると、賄いが置かれた席、浅葱たちの隣のテーブルに掛けた。

 バリーの前に置かれた皿をちらりと見ると、海老えび燻製豚ベーコン、ほうれん草のトマト煮込みだった。これもまたとても美味しそうだ。

 バリーたちは神に感謝を捧げると、早速賄いを口に入れ、「ううむ」と感嘆かんたんうめきを上げた。

「やはり旨いなぁ。浅葱くんもだが、儂では中々追いつけそうに無いなぁ」

 そう関心した様に言って、息を吐くバリー。浅葱は「とんでも無い」と首を振った。

「バリーさんが食べさせてくれたワイン蒸しもホルモンの酢の物も、とても美味しかったですよ」

「おや、そうなのかい。バリーさんが作ったものを食べさせて欲しいって頼んでも、恥ずかしいなんて言っちゃって作ってくれないんだよ」

 女将がやや不満げに言うと、バリーは「いやいやいや」と大きく手を振った。

「確かにアサギくんに教えて貰って、少しは出来る様にはなったと思う。食べて貰って、旨いと言ってくれた時は本当に嬉しかったなぁ。だがな、アサギくんたちに食べて貰う時にも、本当に緊張していたんだ。勿論恥ずかしさもあった。だが勇気を出したんだ。あれが無かったら、こうしてこの食堂に勤めるなんて出来なかった。つい女将さんに雇ってくれなんて言ってしまったが、実はその後後悔してしまってなぁ。それを乗り越える為に、アサギくんたちに料理を食べて貰う事にしたんだ。そんな事でな、女将さんに食べて貰うのはまだ無理なんだ。もう少し巧くなって、その勇気が出来てからだなぁ」

 バリーが言うと、女将は可笑おかしそうに「ははっ」と笑う。

「じゃあ気長に待ちましょうかね。その日を楽しみにしてますよ、バリーさん」

「その時は私にも食べさせてください!」

 ペトラが勢い良く言うと、バリーは照れ臭そうに笑みを浮かべ、「ああ」と頷いた。

「次の目標は、女将さんとペトラちゃんに食べて貰える様になる事だな。まだまだ頑張らないとなぁ」

「そうですよ、バリーさん。まだまだお元気でいてください。お料理もまた食べたいです。あ、女将さんたちの後で」

「ああ。女将さんに食べて貰えるくらいに練習をして、自信が付いたら、是非また食べて欲しいなぁ」

 バリーは言うと、優しげな笑みを浮かべた。



 帰りの馬車に乗り込む時、御者台に上るカロムを見て、ふと「飲酒運転」が頭を過ぎったが、カロムは決まり事などを破る様な人間では無いので、この世界では酒を飲んでの馬車の運転は問題無いのだろう。

 何よりカロム自身が酔っ払っている様には見えない。酒豪、羨ましい。

「バリー爺さん良かったなぁ。本当に元気そうだし楽しそうだったし、もう大丈夫だろ」

 カロムの台詞に浅葱は「そうだね」と返し、ロロアも大きく頷いた。

「やっぱりさ、甲斐がいとか生き甲斐って、本当に大事なんだなぁってしみじみ思ったよ。沢山笑ってくれる様にもなったんじゃ無いかなぁ」

「それに、お顔のお色もとても良くなったのですカピ。最初お会いした時はとてもしんどそうでしたのに、順調に良くなっている様で安心しましたカピ」

「そうだな」

 カロムが言って、手綱を軽く振り上げる。馬車はまたがたごとと心地の良い揺れでゆっくりと走って行く。

 浅葱はふと思い付いた事があって、ロロアにこそこそと耳打ちする。ロロアはその提案に「それは良いですカピね!」とにっこりと笑った。



 さて、馬車が家に到着し、降り立った時。

「ねぇカロム、良かったら今夜泊まって行かない?」

「お?」

 浅葱の誘いに、カロムは眼を丸くする。

「飲み足りないと言うか、乾杯したいなぁって。バリーさんの事、嬉しくて」

 そう笑顔で言うと、カロムは「はは」と可笑しそうに笑う。

「そうだな。俺も嬉しいもんな。よし、じゃあ今夜は飲み明かすか! 酒どんだけあったかな。その前に風呂だな。で、心置きなく飲むっと」

「あ、新品の下着あるからあげるね。服、僕のやつでサイズ合うかなぁ。大きめなのだったらいけるかな?」

「下着は買い取るぜ。服は悪いが借りるな」

「嬉しいですカピ。僕はお米のお酒が飲みたいですカピ」

「僕も米酒が良いな。まだ封開けてないのもあったよね」

さかなも用意しなきゃな。チーズと、塩漬け豚ハムもあったな」

「ブラックオリーブもあるよ」

「いいですカピね!」

 そうして浅葱たちは、楽しげにわいわいと家に入って行った。夜はまだまだこれからである。
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