上 下
7 / 92
2章 関節痛のお婆ちゃんと、骨を強くするご飯

第2話 丁寧語使われる方がむず痒いぜ

しおりを挟む
 翌日、朝8時に訪れたカロムとともに、塩漬け豚ハムとチーズを挟んだクロワッサン、玉葱とレタスにシンプルなドレッシングのサラダ、燻製豚ベーコンときゃべつをブイヨンで煮込んだスープで朝食を取る。

 それらはカロムが用意してくれたものだ。浅葱あさぎとロロアは8時に起きる事にしていて、カロムはその時間に合わせて来てくれる事になっている。

 浅葱とロロアは自力で起きられるので、洗顔や歯磨き、着替えなど、朝の支度をしている間にカロムが朝食を準備し、3人でそれをいただく。

 その後、コーヒーや紅茶などで一服する。

 そうしてひと心地付いた後は、ロロアは工房で錬金術師としての仕事に精を出し、浅葱はその手伝い。カロムは家事と馬車の馬の世話に励む。

 昼食を作るのは浅葱の役目だ。食べ終えると、浅葱とロロアはまた工房へ。

 カロムは村へと戻り、翌日の昼食までの食材をメインとした買い出しだ。日用品などが足りなくなれば、この時に買い足す。帰って来たらまた馬の世話をして。

 そして夕飯の支度も浅葱の仕事である。後片付けを終えると、カロムは帰って行く。

 これが毎日の大まかな流れである。勿論その時々で何かがあれば、その限りでは無い。

 さて、今日はカロムに村を案内して貰う事になっている。ついでに買い物だ。朝食の後片付けを終え、出掛ける準備をする。

 と言ってもロロアは持ち物など無いし、カロムも買い物用の折り畳める大きなバッグと財布だけを入れた小振りなバッグをたすき掛けにするだけだ。

 浅葱はこの世界に来た時に持っていたボディバッグを背中に背負う。しかし中身は大分抜いて、自室の机の引き出しに入れていた。スマートフォンも紙幣も硬貨もカード類も、この世界では役立たずである。

 財布の中には、この世界に来てからレジーナに貰った小遣いが幾らか入っている。これからは国からの手当てが浅葱たちの生活費及び研究費、小遣いである。

 錬金術師には、国から研究費が支払われる。これはあくまで名目であって、生活費などもそこから捻出するのだ。

 とは言えその額は充分で、錬金術師は余程の事が無ければ生活に困る事は無い。

 そして浅葱はロロアの助手と言う事になっているので、その分も上乗せされる。

 ちなみにロロアがレジーナの元にいた時も、弟子と言う身分だったので、当然上乗せされていた。その額は助手の浅葱の分より多い。しかし助手でもロロアの研究費と合わせれば充分だ。

「よし、行くか」

 カロムの声に浅葱とロロアは「はい」「はいカピ」と頷き、家を出た。



 カロムが操縦するオープンタイプの馬車に乗り、ガタゴトと細かく揺れる道を走る。歩くとそれなりの距離だが、馬車なら早い。10数分後には立ち並ぶ家々が見えて来た。

 ちなみにカロムは、村と浅葱たちの家の往復は、鍛錬たんれんがてら走って来ているのだそうだ。だが買い物の時は荷物が出来る事もあって馬車を使う予定である。

 馬車に乗ったまま村の中に入り、真っ直ぐに進んで行く。するとやがて見えて来たのは。

「わぁ、噴水だ」

 浅葱が歓声に似た声を上げる。そう大きくは無いが、石造りの噴水がなみなみと水を噴き出していた。

「噴水はどの村や街にもあってな。それを中心に放射線状に道が広がってるんだ。で、噴水がちゃんと機能しているかどうかで、その村なんかの豊かさをはかれるって言われてる。と言っても、乏しい村なんかはそう無いと思うんだがな。って、ロロアは知ってるか」

 カロムが言うと、ロロアは「はいカピ」と頷いた。

「お師匠さまの村の噴水も、いつでも充分なお水が流れていましたカピ。このお国には様々な街や村がありますカピが、どこかが困窮こんきゅうしているというお話は聞いた事がありませんカピ。お国そものもが豊かなのだと思うのですカピ」

「表立って無いだけで、困ってるところもあるかも知れんがな。ま、ともあれこの村は安泰あんたいだ。さ、まずは村長んとこに行くぜ。役場にいる筈だ。馬車もそこに停める」

 役場は噴水から眼と鼻の先だった。そう大きな建物では無かったが、馬車を停めるスペースは充分に取られていた。

 カロムはそこに馬車を停めると、ひらりと身軽に地面に降り、馬を柱に繋いで「お疲れ」とでも言う様にその優しい頬をぽんぽんと撫でる様に叩いた。

 浅葱とロロアも馬車から降り、馬に「ありがとう」と声を掛ける。すると馬は心なしか嬉しそうに「ひひん」と小さく鳴いた。

「そう言えば、この子に名前を付けてあげないとね。これから沢山お世話になるんだし」

 この馬と馬車は、浅葱とロロアの独立前日、要は一昨日に用意したばかりのものだった。

「そうですカピね。是非強そうで優しそうなお名前を付けてあげたいですカピ」

「ま、追い追い考えようぜ。とっとと村長んとこに挨拶行って、その後村の案内な」

「はい」

「はいカピ」

 歩き出したカロムに付いて行く浅葱とロロア。役場に入り、中で様々な業務に励んでいる人に適当に声を掛けるカロム。

「おはようございます。錬金術師さまを連れて来ましたぜ」

「あら、じゃあ村長を呼んで来ますね」

 机で何やら書き物をしていた若い女性が立ち上がり、奥のドアへと小走りで向かう。ドアをノックして開くと、数秒後そこから顔を覗かせたのは壮年そうねんの男性だった。

「おやおやおや、錬金術師さま、ようこそ!」

 満面の笑みで近付いて来る。人の良さそうな柔らかな笑顔である。

「私はこの村の村長で、ゲイブと申します。錬金術師さま、ようこそ我が村へ」

 村長は躊躇ためらい無くロロアの前にかがみ、にこにこと自己紹介をする。

「こんにちはカピ、初めましてカピ。ロロアと申しますカピ。これからどうぞよろしくお願いしますカピ」

「いえいえこちらこそどうぞよろしくお願いいたします。本来でしたらこちらから伺わなければなりませんのに、ご足労をお掛けして申し訳ありません。そちらが助手のアサギさまですね?」

 村長の視線がその格好のまま浅葱に移る。浅葱は慌てた。

「さ、さまは止めてください! はい、浅葱と言います。よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」

 村長は立ち上がり、そう言って浅葱に頭を下げた。その視線が今度はカロムに移ると、それまでたたえていた笑みがなりひそめた。

「カロム、錬金術師さまやアサギさまに失礼はしていないだろうね? お前は少し人に馴れ馴れし過ぎるところがあるから」

「大丈夫ですよ。俺そんなに信用無いですかね?」

 カロムが心外だと言う様に眼を見開く。

「お前の能力は信頼しているよ。だからこそお世話係を任せたのだから。問題は人との距離感だ。錬金術師さま、アサギさま、何か嫌な思いはしておられませんか?」

 村長が訊くと、カロムは憮然ぶぜんとした表情になる。

「いえ、全然大丈夫なのですカピ。僕もアサギさんも、楽に接してくださった方が気が楽なのですカピ」

「はい。お陰さまで変な遠慮とかせずに、いろいろとお願いが出来ます」

「そう仰っていただけると助かるのですが」

 浅葱とロロアの台詞に、カロムは「ほら見ろ」と言いたげに「ふふん」と小さく鼻を鳴らした。

「俺としては、ロロアとアサギにももっと楽にして欲しいんだけどな。ほら、その言葉使いとか。ふたりとも丁寧語だろ」

「でも、カロルさんは僕よりも年上でしょう? 多分」

「あんま変わらんだろ。なのに丁寧語使われる方がむず痒いぜ」

「そう? だったら、普通に話そうかな」

「おう、そうしてくれ。ロロア、お前さんもな」

「僕はこれが癖なのですカピ。なので変えるのは難しいのですカピ」

「ロロアは小さな子ども相手にも丁寧語だって言っていたもんね」

「そうなんか?」

「そうなのですカピ」

「じゃ、ロロアはそのままで良いか」

 そんな浅葱たちの遣り取りを眺めていた村長が、呆れた様な大きな溜め息を漏らす。

「カロム、そういうところだぞ。まぁ、錬金術師さま方が良いと仰られるなら、私は何も言うまい」

「大丈夫ですって村長。俺ら上手くやってますから」

「本当にそう願うよ。錬金術師さま、アサギさま、もしこのカロムが不快だと感じましたらすぐに仰ってくださいね」

「大丈夫ですカピ」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「本当に、ありがとうございます」

 村長は言うと、深く頭を下げた。浅葱とロロアは「頭を上げてください!」と慌ててしまう。

「じゃあ村長、俺らはこれで。これからロロアたちに村を案内するんで」

「くれぐれも失礼の無い様にな」

「解ってますよ」

 また笑顔を取り戻した村長に見送られ、浅葱たちは役場を辞した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日突然、異世界転移してしまった料理人のタツマ。 わけもわからないまま、異世界で生活を送り……次第に自分のやりたいこと、したかったことを思い出す。 それは料理を通して皆を笑顔にすること、自分がしてもらったように貧しい子達にお腹いっぱいになって貰うことだった。 男は異世界にて、フェンリルや仲間たちと共に穏やかなに過ごしていく。 いずれ、最強の料理人と呼ばれるその日まで。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。

SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。 そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。 国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。 ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。 お読みいただき、ありがとうございます。

(完結)やりなおし人生~錬金術師になって生き抜いてみせます~

紗南
恋愛
王立学園の卒業パーティーで婚約者の第2王子から婚約破棄される。 更に冤罪を被らされ四肢裂きの刑になった。 だが、10年前に戻った。 今度は殺されないように生きて行こう。 ご都合主義なのでご了承ください

処理中です...