大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている

山いい奈

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幕間1

遠い様な近い様な

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 きんぴらごぼう、卯の花、切り干し大根、ひじきの煮物、白和え、ポテトサラダ、そして季節の青菜のおひたし、などなど。

 これらベーシックなお惣菜は、「とりかい」では仕込み中に作っていて、注文があれば小鉢に盛り付けて提供する、いわゆる作り置きのスピードメニューである。全て大皿に盛り付け、ラップをしてカウンタに置いていた。空腹のお客さまから見えるので、人気も高い。

 お客さまからしてみたら気軽に注文できるものなのだが、亜沙あさにとっては「とりかい」の味の根本とも言える。だからこれらの味付けは、すべてお父さんによるものなのだ。

 ごぼうをささがきにしたり、切り干し大根やひじきを戻したり、お豆腐を水切りしたり、じゃがいもを蒸したりは亜沙でもお手の物だが、味を入れるときはお父さんの手が必要になるのだ。

 亜沙はお父さんが味付けをしているのを見ながら、そのだいたいの分量をメモする。お父さんは目分量で味付けをするので、なかなかきっちり正確な分量は割り出せないが、これでも一応長年お料理に関わって来たのだ、体感で大さじ小さじの容量の目星を付けることはできる。

「亜沙、卯の花作ってみるか」

「……うん」

 本来なら光栄なことなのだろう。だが亜沙はじわりと緊張を感じた。巧くできるだろうかと。

 「とりかい」の卯の花はお出汁がしみしみで、少し甘めの味付けだ。入れる具材は突きこんにゃく、干し椎茸、ちくわ、人参、季節の青いもの。夏の今日は枝豆である。

 突きこんにゃくは下茹でをする。最近のこんにゃくは下茹で不要のものも多い。だが臭みを完全に抜くのと味沁みを良くするために下茹でをするのだ。

 干し椎茸は昨夜から冷蔵庫で戻してある。水分をしっかりと含んでふっくらとしたそれの軸を切り落とし、傘は少し厚みのある薄切りに。

 ちくわ、人参は細切りにし、枝豆は塩揉みをしてから茹でて、鞘から丁寧に外した。

 食材の支度を終えたら、少し深さのあるフライパンを火に掛け、おからを入れた。

 このおからは、お豆腐と同様ふうとが作ってくれたものだ。おからはお豆腐を作ったときに出る、いわゆる搾りかすなのだが、それがふうとの栄養になるそうなのだ。そのおすそ分けである。

 実際、おからは栄養満点である。食物繊維、植物性たんぱく質、カルシウムに大豆イソフラボン、それらが豊富に含まれているのだ。

 おからの癖を飛ばすために、まずはから炒りしてやる。香ばしさを出す意味もある。そうしていると水分が飛んでぱらぱらになってくる。そうするとお出汁や調味料をよく含んでくれる様にもなる。

 そこにお出汁を入れる。たっぷりの昆布とかつおで取った風味豊かなお出汁だ。干し椎茸の戻し汁も加える。これも旨味のひとつになる。

 亜沙はもうひとつフライパンを出し、火に掛けたらごま油を引く。そこで人参と突きこんにゃく、ちくわ、干し椎茸を炒めた。

 にんじんがしんなりしたら、おからのお鍋に移す。軽く混ぜ合わせたら調味である。日本酒、お砂糖、みりん、お醤油。お父さんから盗んだ分量からやや少なめを入れる。入れすぎてしまったら取り返しが付かないからだ。

 あとは時折まぜながら、水分が程よく少なくなるまで煮含めていく。あまり水分を飛ばしすぎたらぱさぱさになってしまう。しっとり滑らかな舌触りが理想である。

 仕上がりの少し前に枝豆を加える。これで彩りがぐっと良くなった。亜沙はスプーンで少しすくって味見をする。

 首を傾げる。悪くは無いのだが、お父さんの味には何かが足りない気がする。甘みは充分な気がする。お醤油だろうか。

 亜沙はお醤油をほんの少し足した。しっかりと混ぜ合わせ、また味見。

 また首を傾げる。お醤油はもう大丈夫だと思うのだが、やはり何かが足りない様な。

 これは亜沙が下手にいじるより、お父さんに助力を求めた方が良いだろう。自分ひとりで完成させたい気持ちは大いにあるが、それこそ作り直しなんてことになってしまったら、お父さんの手間が大き過ぎる。

「おとうさん、卯の花、味見てくれへん?」

 亜沙は小さなスプーンにすくった卯の花を豆皿に乗せ、お父さんに持って行った。お父さんはできあがったきんぴらごぼうを大皿に移しているところだった。

「ん、どうや?」

 お父さんはスプーンを受け取ってぱくりと食べ、飲み下すと「うん」と頷いた。

「干し椎茸の戻し汁を少し足してみ。様子見ながらな」

「そっか! ありがとう」

 なるほど。干し椎茸の風味が足りなかったのか。亜沙は注意深く味見をしながら、少しずつ干し椎茸の戻し汁を加えて行く。するとようやく納得ができる卯の花の味になった。

 程よく水分が無くなり、シリコンヘラで混ぜる卯の花はもったりとしている。そろそろ良いだろう。亜沙は火を消してフライパンを鍋敷きに移し、また味見用にスプーンですくった。

「お父さん、できたと思う」

「おう」

 どきどきする。できれば頼るのは1度で終わらせたい。どうか、巧くできています様に。祈る様な気持ちで味見をするお父さんを見守る。

「うん、ええな。ちゃんとできとる。ようやった。大皿に移しといて」

「ありがとう!」

 良かった。心の底から安堵と喜びが沸き上がる。亜沙はすぐさま卯の花のフライパンに戻り、大皿に中身を盛り付けた。

 まだほかほかと湯気が上がる卯の花。その湯気には滋味深い香りが含まれていて、亜沙はふんわりと口角を上げた。

 さぁ、仕込みはまだ続く。そろそろポテトサラダ用のじゃがいもが蒸かし上がるころだ。そうしたら皮を剥いて潰さねば。お父さんがスムーズに味付けをできる様に。亜沙はキッチンタイマーに目を移した。

 亜沙は「とりかい」でお料理をすることを目標に、「つるの郷」での追い回しの年月にも耐えて来た。だから目指すところはお父さんの味である。

 お父さんから学びながら、今必死で付いて行こうとしているのである。それがこの先も「とりかい」の味を守ることにも繋がると思っている。

 お父さんの、「とりかい」の味が亜沙の理想でもある。だが、ひりょうずと揚げ出し豆腐、卯の花以外のお豆腐料理は別である。これらはふうとが「とりかい」に来てから出し始めたもので、亜沙とお父さんふたりで味を決めて行った。お母さんにも味見をお願いした。

 お父さんは、そこまでこれまでの「とりかい」にこだわる必要は無いと言ってくれている。だが今までお客さまが慕ってくれている「とりかい」を崩したく無いのだ。

 だから最低限、作り置きのお惣菜はお父さんの味を守る。他のお料理もできる限りこれまでの味を。亜沙が入ったことで味が変わった、ならぎりぎり耐えられても、味が落ちたなんて言われたら、それこそ「とりかい」崩壊の始まりである。

 正直なところ、亜沙はお父さんのお料理を食べて育っているので、それなりに近いところには来ていると思う。お惣菜作りを任せてもらえても、味見をしつつ近いところには行けるのだ。

 あと少し。きっとあと1歩。その1歩が遠いのかも知れないが、手が届くところにまで来ていると思うのだ。

 それを励みに、これからも「とりかい」に立ちたいと思うのだった。
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