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3章 こんがらがる慕情
第9話 偶然の再会
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本日、カフェ・シュガーパインは定休日である。兄弟揃って朝ごはんを食べてから仕事に行く冬暉を送り出し、春眞たちは家事に取り掛かる。洗濯機を回し、家具などにハンドモップを掛け、掃除機を掛ける。3人でやれば早いものだ。
お昼が近付き、秋都が昼ごはんの支度を始める。休日はゆっくりと取り掛かれるので、栄養バランスを心掛ける。今日はあじの開きをグリルで焼き、副菜には温やっこ、小松菜ともやしの炒め物、じゃがいもとグリンピースのサラダ。汁物には大根とわかめの味噌汁だ。そして白いご飯。
こういったメニューはシュガーパイン営業日にはとても作れない。昼の賄いも晩ごはんも、時間柄どうしても手軽に作れるものばかりになってしまう。晩ごはんについては昨日冬暉が作ってくれると言う話が出たが、冬暉も仕事で疲れているだろうから、今までと変わらず手軽なものになるだろう。もちろん充分なのだが。
朝にはサラダをたっぷりと食べるので、春眞と冬暉はあまり気にしていないが、秋都と茉夏は「栄養が偏る!」と青汁を飲んでいる。
さて、見事仕上がった和食の品々がテーブルに並べられた。
「茉夏~、春眞~、お昼ごはんよ~」
「はーい」
「はーい!」
秋都の呼び掛けに、春眞と茉夏は揃って返事をする。茉夏は自室に、春眞はリビングにいた。朝から動いていたので、すっかりお腹が空いている。
「やっぱり休みの日はええよね! 普段のご飯も美味しいけど、和食嬉しいわ!」
テーブルを見て茉夏が歓喜の声を上げる。美容に気を使う女子となれば、ヘルシーな和食は大歓迎なのだろう。
普段の晩ご飯も、それなりに気を使っているつもりではある。炭水化物の量を少なくして、野菜を増やすなど。それでもやはりこうした一汁三菜を意識したメニューには叶わない。
「いただきます」
「いただきます!」
「はい、どうぞ~」
揃ってテーブルに着き、さっそく箸を取る。普段シュガーパインでも家でも洋食を作ることが多い秋都だが、和食だってお手の物なのである。飲食店を開くと決めた時に、定食屋も視野に入ったほどだ。結局「カフェの方が可愛いお店にできるから」と言う理由で、今のシュガーパインになったのだが。
あじの開きを崩しながら、茉夏が口を開く。
「秋ちゃん春ちゃん、お昼から予定ある?」
「お昼から~? いいえ~?」
「俺も特には」
未だ付き合いのある学生時代や会社員時代の友人もいるが、そのほとんどと休みが合わないので、約束のしようも無かった。もう何ヶ月も会っていない。
以前会ったのはその内のひとりの結婚式だった。書き入れ時の土曜日だったが、冬暉に手伝いに入ってもらって、春眞は休みをもらう事ができた。
「そっか~。ボクもどないしよかな~」
言いながら、あじの身を口に運ぶ。
「茉夏が予定無いん珍しい。いつも買い物行ったりすんのに」
「ユキちゃんと夕子さんが帰って来るまで落ち着かへんねんもん。外に出ても気になるし、家におってもそわそわするし。どないしよかなー」
「大人しく待っていなさいよ~」
「でもさぁ~」
秋都がやんわりと嗜めるが、茉夏は苛つく様に身体を揺らした。
「ほな、犯行現場行ってみる?」
「現場!?」
春眞の提案に茉夏は即座に食い付いた。
「僕、この前冬暉らに連れてかれたやろ。場所覚えとるからさ。運動場んとこ。行ったかて何があるわけや無いけど、家で鬱々しとるよりええやろ」
「行く行く! やったー!」
茉夏は両手を挙げて大喜びだ。
「春眞がこんな提案するなんて、珍しいわね~」
秋都の台詞に、春眞は小さく息を吐いた。
「家で苛々されても面倒やし」
「それもそうかしら~?」
秋都は微笑む。さすが秋都、春眞はすっかりと見透かされていた。茉夏が機嫌を損ねた時、基本は冬暉にその苛立ちが向かうのだが、いない今は繰り上げで春眞がターゲットになる。それも確かに困るのだが、茉夏の好奇心を少しぐらいは満たしてあげても良いのではと思ったのだ。
「じゃあ茉夏~、洗い物お願いしてもええかしら~?」
「何でもやるやる! 早よ食べて行こうや!」
茉夏が白ご飯をかっ込んだ。そんな茉夏をじらす様に春眞はペースを崩す事無く小松菜ともやしの炒め物に箸を付け、秋都もあじの骨を丁寧に取り始めた。
3人は徒歩で長居公園に向かう。茉夏は今にも走り出しそうな足取りである。到着すると、以前と同じ様にヤンマースタジアム長居近くの出入り口から公園に入る。
日曜日だった先日より人は少なかった。小さな子どもを連れた母親らしき女性などがちらほらと見える。舗装された歩道では、定年退職されたであろう年頃の夫婦が連れだって散歩していたりしている。
それらを横目に、春眞の案内で真っ直ぐに現場に向かう。まだブルーシートに囲まれたままの現場が春眞の目に映って来たころ、春眞の足が止まった。
「どうしたの~?」
「現場んとこ、誰かおる」
「え?」
「見えへんわよ~」
茉夏は目を丸くし、秋都は目を細めて先を眺める。
「俺の目でやっと見えるぐらいやから、兄ちゃんらにはまだ見えへんかも。ひとりやから刑事ってわけでも無いんかな」
「ユキちゃんたちとかや無いの?」
「ちゃう」
そうしてまた進んで行き、秋都と茉夏の目でも現場が視認できる場所に差し掛かる。
「あ、ほんまや、誰かおるね。女の人?」
茉夏が声を潜めた。3人の視線の先に佇んでいるのは確かに女性だった。ネイビーのスーツを着込み、ふんわりとウエーブの掛かった濃い茶色の髪が背中の真ん中ぐらいまで伸びた、キャリアウーマン然とした後ろ姿だった。
「何やろう、野次馬?」
「茉夏やあるまいし」
「何やねんそれぇ」
春眞の何気ない軽口に、茉夏が唇を尖らす。
「それかあれや無い? 犯人は現場に戻るってやつ!」
「それこそ物語の中の話や無いんか?」
「まぁね~、確かに実際には近付きたく無いんやないかしら~。で・も」
秋都が意味ありげに口角を上げる。
「冬暉らが接触した事で落ち着かなくなっちゃって、つい来ちゃったって事はありえるかも知れないわね~」
「いや、兄ちゃん、茉夏、あの女性が犯人て前提で話しとるけど、判らへんねんからな」
「まあね~」
春眞の指摘に、秋都はしれっと返す。女性はまだ現場を、正確には現場を囲むブルーシートをじっと見つめたままだ。
茉夏の言う様な野次馬には思えない。興味本位や物見遊山で訪れた様には思えない。偶然通り掛かっただけにしては、時間が長い様にも思える。
何よりも、後ろ姿を見ているだけだから気のせいかも知れないが、思い詰めている様な雰囲気を感じる。この女性も容疑者たりえるのだろうか。例の掲示板に書き込んだ主のひとりなのか。それとも田渕の被害者なのだろうか。
こちらを向いてくれたら、顔を見る事ができたら、田渕とともにシュガーパインに来店された女性かどうか判るのに。合致したからと言って容疑者かどうかは確定では無いのだが。被害者、もしくは被害者未満ではあるだろうが。
春眞たちは葉が落ちた木の陰に隠れる様にしながら、女性の様子を見守った。
「い、行かへんの?」
「い、行きにくい」
「そうよねぇ~」
ひそひそと会話を交わす春眞たち。そうしている内に、女性の足が動いた。それに気付いた3人の視線が再び女性に集中する。
女性がゆっくりと踵を返す。その時、やっと顔を見る事ができた。春眞は目を凝らす。ああそうだ、確かに田渕と一緒にシュガーパインを訪れた女性だった。確か1日目だったか。
「あら、そうなの?」
「やっぱり犯人は現場に戻るってやつや!」
「だから確定や無いって」
例えば容疑者であるのなら。昨日萩原薫の元に警察が行った事で動揺し、いてもたってもいられなくなって、現場に足を運んでしまったのかも知れない。もしくは直接接触されたか。今日も冬暉たちは動いているはずである。
例えば被害者であるのなら。ニュースなどで田渕が死んでしまったことを知って、いい気味、そんなことを思って来てみたのかも知れないし、被害者未満であるのなら、まんざらでも無かった男性の死を偲ぶ為に来たのかも知れない。
そう言えば女性の足下を見ると、白を基調とした小振りな花束がひとつ置かれていた。それが女性が持って来たものかどうかは判らないが、少なくとも田渕の死を悼んでいる者が最低でもひとりはいると言う事だ。肉親かも知れない。
「……秋ちゃん春ちゃん、あの女性の後を付けるで!」
茉夏が女性の姿を見つめたまま、勢い込んで言った。また茉夏の悪い癖が出たか? 春眞はつい溜め息を吐いてしまったが、秋都はゆっくりと頷いた。
「冬暉たちが聞き込みに行けるのは、掲示板に書き込んでいたあの3人だけよね~。お店に来ていた女性たちと全員が一致するとは限らへんわけやから、調べられるんなら調べた方がええわね~」
「そうやんね!」
茉夏がそこまで考えていたかは判らないが、味方を得て嬉しそうに何度も頷いた。
そうしている内に、女性はゆっくりと春眞たちが潜んでいる辺りに近付いて来る。下を向いてとぼとぼと。前髪で隠れてしまって表情ははっきりと窺えないが、やはり思い詰めている様に見えた。
そして春眞たちを見る事もせず、擦れ違って行く。その後ろ姿を見送りながら、秋都がゆっくりと静かに足を踏み出した。
「秋ちゃん、行くんやね?」
「行くわよ~。あんまり騒いじゃ駄目よ~」
「解ってるよ!」
「その代わり、車で来ていたら諦めるのよ~。車取りに行ってる時間んなんて無いし、タクシーを使ってまではしないんだからね~」
「ボクがタクシー代払うって言うても?」
「言うても」
茉夏は納得はしていない様だったが、それでも秋都には強く反抗できないのか、小さく頷いた。
女性のペースに合わせて進むうち、女性は長居公園にある3ヶ所の駐車場には向かわず、長居駅に近い正面の出入り口から出て行く。春眞たちは少し距離を開け、慎重に付いて行った。
お昼が近付き、秋都が昼ごはんの支度を始める。休日はゆっくりと取り掛かれるので、栄養バランスを心掛ける。今日はあじの開きをグリルで焼き、副菜には温やっこ、小松菜ともやしの炒め物、じゃがいもとグリンピースのサラダ。汁物には大根とわかめの味噌汁だ。そして白いご飯。
こういったメニューはシュガーパイン営業日にはとても作れない。昼の賄いも晩ごはんも、時間柄どうしても手軽に作れるものばかりになってしまう。晩ごはんについては昨日冬暉が作ってくれると言う話が出たが、冬暉も仕事で疲れているだろうから、今までと変わらず手軽なものになるだろう。もちろん充分なのだが。
朝にはサラダをたっぷりと食べるので、春眞と冬暉はあまり気にしていないが、秋都と茉夏は「栄養が偏る!」と青汁を飲んでいる。
さて、見事仕上がった和食の品々がテーブルに並べられた。
「茉夏~、春眞~、お昼ごはんよ~」
「はーい」
「はーい!」
秋都の呼び掛けに、春眞と茉夏は揃って返事をする。茉夏は自室に、春眞はリビングにいた。朝から動いていたので、すっかりお腹が空いている。
「やっぱり休みの日はええよね! 普段のご飯も美味しいけど、和食嬉しいわ!」
テーブルを見て茉夏が歓喜の声を上げる。美容に気を使う女子となれば、ヘルシーな和食は大歓迎なのだろう。
普段の晩ご飯も、それなりに気を使っているつもりではある。炭水化物の量を少なくして、野菜を増やすなど。それでもやはりこうした一汁三菜を意識したメニューには叶わない。
「いただきます」
「いただきます!」
「はい、どうぞ~」
揃ってテーブルに着き、さっそく箸を取る。普段シュガーパインでも家でも洋食を作ることが多い秋都だが、和食だってお手の物なのである。飲食店を開くと決めた時に、定食屋も視野に入ったほどだ。結局「カフェの方が可愛いお店にできるから」と言う理由で、今のシュガーパインになったのだが。
あじの開きを崩しながら、茉夏が口を開く。
「秋ちゃん春ちゃん、お昼から予定ある?」
「お昼から~? いいえ~?」
「俺も特には」
未だ付き合いのある学生時代や会社員時代の友人もいるが、そのほとんどと休みが合わないので、約束のしようも無かった。もう何ヶ月も会っていない。
以前会ったのはその内のひとりの結婚式だった。書き入れ時の土曜日だったが、冬暉に手伝いに入ってもらって、春眞は休みをもらう事ができた。
「そっか~。ボクもどないしよかな~」
言いながら、あじの身を口に運ぶ。
「茉夏が予定無いん珍しい。いつも買い物行ったりすんのに」
「ユキちゃんと夕子さんが帰って来るまで落ち着かへんねんもん。外に出ても気になるし、家におってもそわそわするし。どないしよかなー」
「大人しく待っていなさいよ~」
「でもさぁ~」
秋都がやんわりと嗜めるが、茉夏は苛つく様に身体を揺らした。
「ほな、犯行現場行ってみる?」
「現場!?」
春眞の提案に茉夏は即座に食い付いた。
「僕、この前冬暉らに連れてかれたやろ。場所覚えとるからさ。運動場んとこ。行ったかて何があるわけや無いけど、家で鬱々しとるよりええやろ」
「行く行く! やったー!」
茉夏は両手を挙げて大喜びだ。
「春眞がこんな提案するなんて、珍しいわね~」
秋都の台詞に、春眞は小さく息を吐いた。
「家で苛々されても面倒やし」
「それもそうかしら~?」
秋都は微笑む。さすが秋都、春眞はすっかりと見透かされていた。茉夏が機嫌を損ねた時、基本は冬暉にその苛立ちが向かうのだが、いない今は繰り上げで春眞がターゲットになる。それも確かに困るのだが、茉夏の好奇心を少しぐらいは満たしてあげても良いのではと思ったのだ。
「じゃあ茉夏~、洗い物お願いしてもええかしら~?」
「何でもやるやる! 早よ食べて行こうや!」
茉夏が白ご飯をかっ込んだ。そんな茉夏をじらす様に春眞はペースを崩す事無く小松菜ともやしの炒め物に箸を付け、秋都もあじの骨を丁寧に取り始めた。
3人は徒歩で長居公園に向かう。茉夏は今にも走り出しそうな足取りである。到着すると、以前と同じ様にヤンマースタジアム長居近くの出入り口から公園に入る。
日曜日だった先日より人は少なかった。小さな子どもを連れた母親らしき女性などがちらほらと見える。舗装された歩道では、定年退職されたであろう年頃の夫婦が連れだって散歩していたりしている。
それらを横目に、春眞の案内で真っ直ぐに現場に向かう。まだブルーシートに囲まれたままの現場が春眞の目に映って来たころ、春眞の足が止まった。
「どうしたの~?」
「現場んとこ、誰かおる」
「え?」
「見えへんわよ~」
茉夏は目を丸くし、秋都は目を細めて先を眺める。
「俺の目でやっと見えるぐらいやから、兄ちゃんらにはまだ見えへんかも。ひとりやから刑事ってわけでも無いんかな」
「ユキちゃんたちとかや無いの?」
「ちゃう」
そうしてまた進んで行き、秋都と茉夏の目でも現場が視認できる場所に差し掛かる。
「あ、ほんまや、誰かおるね。女の人?」
茉夏が声を潜めた。3人の視線の先に佇んでいるのは確かに女性だった。ネイビーのスーツを着込み、ふんわりとウエーブの掛かった濃い茶色の髪が背中の真ん中ぐらいまで伸びた、キャリアウーマン然とした後ろ姿だった。
「何やろう、野次馬?」
「茉夏やあるまいし」
「何やねんそれぇ」
春眞の何気ない軽口に、茉夏が唇を尖らす。
「それかあれや無い? 犯人は現場に戻るってやつ!」
「それこそ物語の中の話や無いんか?」
「まぁね~、確かに実際には近付きたく無いんやないかしら~。で・も」
秋都が意味ありげに口角を上げる。
「冬暉らが接触した事で落ち着かなくなっちゃって、つい来ちゃったって事はありえるかも知れないわね~」
「いや、兄ちゃん、茉夏、あの女性が犯人て前提で話しとるけど、判らへんねんからな」
「まあね~」
春眞の指摘に、秋都はしれっと返す。女性はまだ現場を、正確には現場を囲むブルーシートをじっと見つめたままだ。
茉夏の言う様な野次馬には思えない。興味本位や物見遊山で訪れた様には思えない。偶然通り掛かっただけにしては、時間が長い様にも思える。
何よりも、後ろ姿を見ているだけだから気のせいかも知れないが、思い詰めている様な雰囲気を感じる。この女性も容疑者たりえるのだろうか。例の掲示板に書き込んだ主のひとりなのか。それとも田渕の被害者なのだろうか。
こちらを向いてくれたら、顔を見る事ができたら、田渕とともにシュガーパインに来店された女性かどうか判るのに。合致したからと言って容疑者かどうかは確定では無いのだが。被害者、もしくは被害者未満ではあるだろうが。
春眞たちは葉が落ちた木の陰に隠れる様にしながら、女性の様子を見守った。
「い、行かへんの?」
「い、行きにくい」
「そうよねぇ~」
ひそひそと会話を交わす春眞たち。そうしている内に、女性の足が動いた。それに気付いた3人の視線が再び女性に集中する。
女性がゆっくりと踵を返す。その時、やっと顔を見る事ができた。春眞は目を凝らす。ああそうだ、確かに田渕と一緒にシュガーパインを訪れた女性だった。確か1日目だったか。
「あら、そうなの?」
「やっぱり犯人は現場に戻るってやつや!」
「だから確定や無いって」
例えば容疑者であるのなら。昨日萩原薫の元に警察が行った事で動揺し、いてもたってもいられなくなって、現場に足を運んでしまったのかも知れない。もしくは直接接触されたか。今日も冬暉たちは動いているはずである。
例えば被害者であるのなら。ニュースなどで田渕が死んでしまったことを知って、いい気味、そんなことを思って来てみたのかも知れないし、被害者未満であるのなら、まんざらでも無かった男性の死を偲ぶ為に来たのかも知れない。
そう言えば女性の足下を見ると、白を基調とした小振りな花束がひとつ置かれていた。それが女性が持って来たものかどうかは判らないが、少なくとも田渕の死を悼んでいる者が最低でもひとりはいると言う事だ。肉親かも知れない。
「……秋ちゃん春ちゃん、あの女性の後を付けるで!」
茉夏が女性の姿を見つめたまま、勢い込んで言った。また茉夏の悪い癖が出たか? 春眞はつい溜め息を吐いてしまったが、秋都はゆっくりと頷いた。
「冬暉たちが聞き込みに行けるのは、掲示板に書き込んでいたあの3人だけよね~。お店に来ていた女性たちと全員が一致するとは限らへんわけやから、調べられるんなら調べた方がええわね~」
「そうやんね!」
茉夏がそこまで考えていたかは判らないが、味方を得て嬉しそうに何度も頷いた。
そうしている内に、女性はゆっくりと春眞たちが潜んでいる辺りに近付いて来る。下を向いてとぼとぼと。前髪で隠れてしまって表情ははっきりと窺えないが、やはり思い詰めている様に見えた。
そして春眞たちを見る事もせず、擦れ違って行く。その後ろ姿を見送りながら、秋都がゆっくりと静かに足を踏み出した。
「秋ちゃん、行くんやね?」
「行くわよ~。あんまり騒いじゃ駄目よ~」
「解ってるよ!」
「その代わり、車で来ていたら諦めるのよ~。車取りに行ってる時間んなんて無いし、タクシーを使ってまではしないんだからね~」
「ボクがタクシー代払うって言うても?」
「言うても」
茉夏は納得はしていない様だったが、それでも秋都には強く反抗できないのか、小さく頷いた。
女性のペースに合わせて進むうち、女性は長居公園にある3ヶ所の駐車場には向かわず、長居駅に近い正面の出入り口から出て行く。春眞たちは少し距離を開け、慎重に付いて行った。
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