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2章 未来のふたり(仮)
第17話 明るいふたり
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「これからどこ行きましょうか」
「紗奈はどこ行きたい?」
「そうですねぇ」
紗奈が振り返り、大きな窓から外を見ると、外を歩く人々は傘を閉じ、空には晴れ間が見えて来ていた。
「雨も上がったみたいですし、天王寺動物園とかどうですか?」
「ええな! 行こか」
雪哉さんが持ち直してから数分後、紗奈と雪哉さんはそんな会話を繰り広げていた。雪哉さんの目元は赤くなっていたが、幸いまだ腫れてはいない。
ふたりは使い終わった食器をひとつのトレイにまとめて席を立つ。返却口にそれを返し、カフェを出た。
落ち着いて思い出してみると、雪哉さんは大学入学からひとり暮らしで、学業と並行しながら家事を賄っていたのだ。最近ではそれをすごいことだと思っていた。ただ雪哉さんのせりふが浅慮だったことに間違いは無いので、今はそんなこと絶対に言わないが。
「雪哉さん、晩ごはん一緒でええんですよね?」
「もちろん。新世界で串かつでも食べようか。もつ鍋でもええな」
「私、串かつ食べたいです! あ、ごめんなさい、家に連絡しますね」
紗奈は雪哉さんから距離を取りながらスマートフォンを出す。家の電話の番号を呼び出して発信ボタンを押すと、間も無く応答があった。
「はい、天野です」
万里子の落ち着いた、かしこまった声だった。
「お母さん? 私、紗奈。あのね、今日晩ごはんいらんから」
そう明るい声を上げると、「はーい」と弾んだ万里子の声が返って来た。
翌週の水曜日、仕事を終えた紗奈が家に帰ると、食卓に着いて晩ごはんを食べていたのは隆史と万里子のふたりだった。
「ただいま。お姉ちゃんは今日もデート?」
「おかえり。そうやて。紗奈ちゃんはご飯食べるやろ?」
「もちろん。荷物置いて着替えて来るわ」
紗奈は自室に入り、バッグを机の脇に置く。そして手早く部屋着の赤いTシャツとチャコールグレイのハーフパンツに着替えた。
脱いだ服を脱衣所の洗濯かごに入れてダイニングに戻ると、万里子がキッチンに立ち、フライパンでメインのおかずを温め直してくれていた。
「ありがとう。ご飯よそうな」
「ん」
紗奈は食器棚から自分のお茶碗を出し、炊飯器からご飯をよそう。万里子はいつも食べる分だけを炊くので、紗奈の分で内釜は空になった。保温ボタンを切り、内釜は粗熱が取れるまで少し置いておく。
「紗奈ちゃん、冷蔵庫に小鉢ラップして入れてあるから、出したって」
「はーい」
前まではこういうことも全て万里子がやってくれていたのだが、紗奈が家のことを手伝う様になってから、万里子も遠慮無くこうしたことを頼んで来る様になった。紗奈としては自分が食べるものなのだから、手伝いにもならないと思っている。
今日のメインは鮭の塩麹焼きだった。小鉢はマカロニサラダときゅうりとわかめの酢の物、おくらと納豆のねばねば和えである。お汁物は貝割れのお味噌汁だ。
ようやくひとりでお料理ができる様になった紗奈だが、こうして1度に何品ものおかずを揃えるのは、まだまだ難しいだろうなと思っている。週末家にいる時には晩ごはんの支度を手伝うこともあるが、手際の良い万里子に付いて行くだけでやっとだった。
「その内できる様になるって」
万里子は笑いながらそう言ってくれるが、その域に達するまではまだまだ修行が必要だなと紗奈は思っていた。
「いただきまーす」
紗奈がテーブルに着いて手を合わせてお箸を取ると、入れ違う様に隆史が「ごちそうさん」と席を立った。そしてそのままダイニングを出て行く。
隆史は相変わらずだった。使った食器をシンクに持って行くこともせず、お茶が飲みたければ万里子に淹れてもらって、やはりお礼などは無い。だが万里子がそれを良しとしているのならそれで良いのだろう。
お礼を言ってくれたら嬉しいと零していたが、照れ臭いという隆史の気持ちも分からないでは無い。雪哉さんは言ってくれる人だが、もしかしたら世代によって違うのかも知れない。
それから少しして万里子も食べ終わったが、そのまま紗奈に付き合ってくれている。ぽつぽつと仕事での話などをしながら、紗奈は食事を進めて行った。
「紗奈はどこ行きたい?」
「そうですねぇ」
紗奈が振り返り、大きな窓から外を見ると、外を歩く人々は傘を閉じ、空には晴れ間が見えて来ていた。
「雨も上がったみたいですし、天王寺動物園とかどうですか?」
「ええな! 行こか」
雪哉さんが持ち直してから数分後、紗奈と雪哉さんはそんな会話を繰り広げていた。雪哉さんの目元は赤くなっていたが、幸いまだ腫れてはいない。
ふたりは使い終わった食器をひとつのトレイにまとめて席を立つ。返却口にそれを返し、カフェを出た。
落ち着いて思い出してみると、雪哉さんは大学入学からひとり暮らしで、学業と並行しながら家事を賄っていたのだ。最近ではそれをすごいことだと思っていた。ただ雪哉さんのせりふが浅慮だったことに間違いは無いので、今はそんなこと絶対に言わないが。
「雪哉さん、晩ごはん一緒でええんですよね?」
「もちろん。新世界で串かつでも食べようか。もつ鍋でもええな」
「私、串かつ食べたいです! あ、ごめんなさい、家に連絡しますね」
紗奈は雪哉さんから距離を取りながらスマートフォンを出す。家の電話の番号を呼び出して発信ボタンを押すと、間も無く応答があった。
「はい、天野です」
万里子の落ち着いた、かしこまった声だった。
「お母さん? 私、紗奈。あのね、今日晩ごはんいらんから」
そう明るい声を上げると、「はーい」と弾んだ万里子の声が返って来た。
翌週の水曜日、仕事を終えた紗奈が家に帰ると、食卓に着いて晩ごはんを食べていたのは隆史と万里子のふたりだった。
「ただいま。お姉ちゃんは今日もデート?」
「おかえり。そうやて。紗奈ちゃんはご飯食べるやろ?」
「もちろん。荷物置いて着替えて来るわ」
紗奈は自室に入り、バッグを机の脇に置く。そして手早く部屋着の赤いTシャツとチャコールグレイのハーフパンツに着替えた。
脱いだ服を脱衣所の洗濯かごに入れてダイニングに戻ると、万里子がキッチンに立ち、フライパンでメインのおかずを温め直してくれていた。
「ありがとう。ご飯よそうな」
「ん」
紗奈は食器棚から自分のお茶碗を出し、炊飯器からご飯をよそう。万里子はいつも食べる分だけを炊くので、紗奈の分で内釜は空になった。保温ボタンを切り、内釜は粗熱が取れるまで少し置いておく。
「紗奈ちゃん、冷蔵庫に小鉢ラップして入れてあるから、出したって」
「はーい」
前まではこういうことも全て万里子がやってくれていたのだが、紗奈が家のことを手伝う様になってから、万里子も遠慮無くこうしたことを頼んで来る様になった。紗奈としては自分が食べるものなのだから、手伝いにもならないと思っている。
今日のメインは鮭の塩麹焼きだった。小鉢はマカロニサラダときゅうりとわかめの酢の物、おくらと納豆のねばねば和えである。お汁物は貝割れのお味噌汁だ。
ようやくひとりでお料理ができる様になった紗奈だが、こうして1度に何品ものおかずを揃えるのは、まだまだ難しいだろうなと思っている。週末家にいる時には晩ごはんの支度を手伝うこともあるが、手際の良い万里子に付いて行くだけでやっとだった。
「その内できる様になるって」
万里子は笑いながらそう言ってくれるが、その域に達するまではまだまだ修行が必要だなと紗奈は思っていた。
「いただきまーす」
紗奈がテーブルに着いて手を合わせてお箸を取ると、入れ違う様に隆史が「ごちそうさん」と席を立った。そしてそのままダイニングを出て行く。
隆史は相変わらずだった。使った食器をシンクに持って行くこともせず、お茶が飲みたければ万里子に淹れてもらって、やはりお礼などは無い。だが万里子がそれを良しとしているのならそれで良いのだろう。
お礼を言ってくれたら嬉しいと零していたが、照れ臭いという隆史の気持ちも分からないでは無い。雪哉さんは言ってくれる人だが、もしかしたら世代によって違うのかも知れない。
それから少しして万里子も食べ終わったが、そのまま紗奈に付き合ってくれている。ぽつぽつと仕事での話などをしながら、紗奈は食事を進めて行った。
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