上 下
33 / 41
2章 未来のふたり(仮)

第17話 明るいふたり

しおりを挟む
「これからどこ行きましょうか」

紗奈さなはどこ行きたい?」

「そうですねぇ」

 紗奈が振り返り、大きな窓から外を見ると、外を歩く人々は傘を閉じ、空には晴れ間が見えて来ていた。

「雨も上がったみたいですし、天王寺てんのうじ動物園とかどうですか?」

「ええな! 行こか」

 雪哉ゆきやさんが持ち直してから数分後、紗奈と雪哉さんはそんな会話を繰り広げていた。雪哉さんの目元は赤くなっていたが、幸いまだ腫れてはいない。

 ふたりは使い終わった食器をひとつのトレイにまとめて席を立つ。返却口にそれを返し、カフェを出た。

 落ち着いて思い出してみると、雪哉さんは大学入学からひとり暮らしで、学業と並行しながら家事を賄っていたのだ。最近ではそれをすごいことだと思っていた。ただ雪哉さんのせりふが浅慮せんりょだったことに間違いは無いので、今はそんなこと絶対に言わないが。

「雪哉さん、晩ごはん一緒でええんですよね?」

「もちろん。新世界しんせかいで串かつでも食べようか。もつ鍋でもええな」

「私、串かつ食べたいです! あ、ごめんなさい、家に連絡しますね」

 紗奈は雪哉さんから距離を取りながらスマートフォンを出す。家の電話の番号を呼び出して発信ボタンを押すと、間も無く応答があった。

「はい、天野あまのです」

 万里子まりこの落ち着いた、かしこまった声だった。

「お母さん? 私、紗奈。あのね、今日晩ごはんいらんから」

 そう明るい声を上げると、「はーい」と弾んだ万里子の声が返って来た。



 翌週の水曜日、仕事を終えた紗奈が家に帰ると、食卓に着いて晩ごはんを食べていたのは隆史たかしと万里子のふたりだった。

「ただいま。お姉ちゃんは今日もデート?」

「おかえり。そうやて。紗奈ちゃんはご飯食べるやろ?」

「もちろん。荷物置いて着替えて来るわ」

 紗奈は自室に入り、バッグを机の脇に置く。そして手早く部屋着の赤いTシャツとチャコールグレイのハーフパンツに着替えた。

 脱いだ服を脱衣所の洗濯かごに入れてダイニングに戻ると、万里子がキッチンに立ち、フライパンでメインのおかずを温め直してくれていた。

「ありがとう。ご飯よそうな」

「ん」

 紗奈は食器棚から自分のお茶碗を出し、炊飯器からご飯をよそう。万里子はいつも食べる分だけを炊くので、紗奈の分で内釜は空になった。保温ボタンを切り、内釜は粗熱が取れるまで少し置いておく。

「紗奈ちゃん、冷蔵庫に小鉢ラップして入れてあるから、出したって」

「はーい」

 前まではこういうことも全て万里子がやってくれていたのだが、紗奈が家のことを手伝う様になってから、万里子も遠慮無くこうしたことを頼んで来る様になった。紗奈としては自分が食べるものなのだから、手伝いにもならないと思っている。

 今日のメインは鮭の塩麹しおこうじ焼きだった。小鉢はマカロニサラダときゅうりとわかめの酢の物、おくらと納豆のねばねば和えである。お汁物は貝割れのお味噌汁だ。

 ようやくひとりでお料理ができる様になった紗奈だが、こうして1度に何品ものおかずを揃えるのは、まだまだ難しいだろうなと思っている。週末家にいる時には晩ごはんの支度を手伝うこともあるが、手際の良い万里子に付いて行くだけでやっとだった。

「その内できる様になるって」

 万里子は笑いながらそう言ってくれるが、その域に達するまではまだまだ修行が必要だなと紗奈は思っていた。

「いただきまーす」

 紗奈がテーブルに着いて手を合わせておはしを取ると、入れ違う様に隆史が「ごちそうさん」と席を立った。そしてそのままダイニングを出て行く。

 隆史は相変わらずだった。使った食器をシンクに持って行くこともせず、お茶が飲みたければ万里子に淹れてもらって、やはりお礼などは無い。だが万里子がそれを良しとしているのならそれで良いのだろう。

 お礼を言ってくれたら嬉しいとこぼしていたが、照れ臭いという隆史の気持ちも分からないでは無い。雪哉さんは言ってくれる人だが、もしかしたら世代によって違うのかも知れない。

 それから少しして万里子も食べ終わったが、そのまま紗奈に付き合ってくれている。ぽつぽつと仕事での話などをしながら、紗奈は食事を進めて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

鎌倉古民家カフェ「かおりぎ」

水川サキ
ライト文芸
旧題」:かおりぎの庭~鎌倉薬膳カフェの出会い~ 【私にとって大切なものが、ここには満ちあふれている】 彼氏と別れて、会社が倒産。 不運に見舞われていた夏芽(なつめ)に、父親が見合いを勧めてきた。 夏芽は見合いをする前に彼が暮らしているというカフェにこっそり行ってどんな人か見てみることにしたのだが。 静かで、穏やかだけど、たしかに強い生彩を感じた。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

どうせなら日々のごはんは貴女と一緒に

江戸川ばた散歩
ライト文芸
ギタリストの兄貴を持ってしまった「普通の」もしくは「いい子ちゃん」OLの美咲は実家に居る頃には常に長男の肩を持つ両親にもやもやしながら一人暮らしをしている。 そんな彼女の近所に住む「サラダ」嬢は一緒にごはんをしたり、カフェ作りの夢などを話し合ったりする友達である。 ただ美咲には悪癖があった。 自由奔放な暮らしをしている兄の、男女問わない「元恋人」達が、気がつくと自分を頼ってきてしまうのだ。 サラダはそれが気に食わない。 ある時その状況にとうとう耐えきれなくなった美咲の中で何かが決壊する。それをサラダは抱き留める。 二人の夢に突き進んで行こうとするが、今度はサラダが事故に遭う。そこで決めたことは。 改行・話分割・タイトル変更しました。

まずい飯が食べたくて

森園ことり
ライト文芸
有名店の仕事を辞めて、叔父の居酒屋を手伝うようになった料理人の新(あらた)。いい転職先の話が舞い込むが、新は居酒屋の仕事に惹かれていく。気になる女性も現れて…。 ※この作品は「エブリスタ」にも投稿しています

アナグラム

七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは? ※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。 イラスト:カリカリ様 背景:由羅様(pixiv)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

家政夫くんと、はてなのレシピ

真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です! *** 第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました! 皆々様、本当にありがとうございます! *** 大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。 派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。 妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。 それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。 野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。 「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」 これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。 「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。 ※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。

処理中です...