上 下
35 / 190

#35 麹は純白で栗の香り

しおりを挟む
「さてどうするカピか。ここで作れるカピか?」

「作れるけど、麹菌きくきんが飛んで天井とか壁とかに付くからな。蔵ではそれが味噌作りの助けになるんだけど、ここは家だから、外でやる方が良いと思う」

「そうカピか。じゃあ材料と器具を持って裏庭に行くカピ。あ、大豆がいるのだったカピな」

「じゃあそれは儂が貰って来るとしようかの。どれぐらいあったら良いかのう」

「とりあえずは試作だし、あんまり貰うと次の枝豆育てるのに影響が出るかな」

「そうじゃの。収穫量があまり減ってしまうのも困るのう」

「じゃあこのボウルに」

 壱は言いながら、棚からボウルを出す。小さめのボウルで、入るのは1リットルほどだろうか。

「一杯分貰えたら嬉しいかな」

「それぐらいなら大丈夫じゃと思うぞ。じゃあ行って来るでの」

 茂造は言うと、ボウルを手に階段を降りて行った。この建物には、厨房にも裏庭に出るドアが付いているのだが、従業員専用のドアなどがある訳では無いので、裏と表、都合の良い方を使う。

 茂造は表ドアを使ったと思われる。表は要は食堂のドアである。

「まず、米を蒸すんだよ。蒸し器ってこの世界にあるのかな」

 壱は調理器具が置いてある棚をさぐる。ここでは朝食ぐらいしか作らないので、あまり種類は無かった。

「どうだろうカピな。少なくともこの食堂では蒸し物を出してはいないカピ」

「だよなぁ。だったら代わりに」

 壱はふた付きの深めの鍋に小振りのお椀状の器と、お椀よりふた回りほど大きめのザルを出す。

「まずは米を洗って、と」

 大豆の量が多くは無いので、米もさほど量は要らない。こうじはあまり保存が効かないので、使用する度に作るのが理想である。

 壱はボウルで丁寧に米を洗い、水に浸ける。先日裏庭で育てた魚沼のコシヒカリである。贅沢ぜいたくな麹だ。

「これで、そうだな、年中春みたいなここの気候なら10時間ぐらい置くかな」

「では我の魔法の出番カピな」

 サユリが右前足を上げる。

「終わったカピ」

「じゃあこれをザルにあげて、と」

 何度か優しく振って、軽く水気を切る。あまり強く振ると米が割れてしまったりして、麹の出来上がりに影響が出るのだ。

 ザルを、小振りのお椀に重ねる様に置く。

「しっかりと水気を切らなきゃいけないから、このまま2時間、1度混ぜて2時間」

「では、また我の魔法で」

 サユリの右前足がくるり。壱が米を混ぜて、またサユリが右前足をさらり。

「はいカピよ」

「ありがとう。じゃあ、これを布に包んで蒸す、と」

 鍋に水を張り、蓋をして火に掛ける。沸くまでの間に米を布に包み、ザルに入れる。

 鍋の湯が沸いた。蓋を開けてお椀と米のボウルを重ねて入れ、素早く蓋をし、火加減を調整する。

「これで1時間蒸すんだ」

「では、また我の出番カピな」

 サユリの右前足がふらり。

「出来たカピ」

 鍋の蓋を上げると、派手に蒸気が上がる。熱いのを我慢して布を開き、米の様子を見る。数粒を指で潰すと芯も無く、容易に餅みたいになった。

「よっし」

 壱は湯気が上がる蒸し米をバットに開ける。しゃもじ代わりの木べらで混ぜながら、水分と熱を飛ばし、平たくならす。

「さぁて。じゃあ、裏庭に行こう。ここから麹菌を使うから」

 サユリと一緒に階段を降りる。厨房に入ると調理台にバットを置き、すみに積まれている予備の椅子を2脚取ると、厨房のドアから裏庭に出た。

 椅子を裏庭に並べて置いてから、厨房にバットを取りに戻る。裏庭には物を置く様なものは無いので、椅子を台代わりにバットなどを置いた。

「ここから米の温度を保たなきゃいけないんだけど、サユリ、いけるかな」

 壱が聞くと、サユリは鼻を鳴らした。

「当然カピ。我を誰だと思っているカピか」

「助かる。40度ほどにして欲しいんだ」

「任せるカピ」

 サユリが右前足を動かす。

「これで40度ぴったりだカピ」

「ありがとう。じゃ、ここに麹菌を振り掛ける」

 壱は麹菌を乾いたザルに入れると、米に満遍まんべん無く振って行く。途中で木べらで混ぜ、また麹菌を振り、また混ぜ、を繰り返す。

「うん、この状態で置いて米を発酵はっこうさせる。35度ぐらいを保って、20時間ぐらい」

「温度も時間も我に任せるカピ」

 サユリが右前足を振る。あっと言う間だ。米の表面に目視出来るスピードで白い菌糸きんしかすかに湧き上がって来る。ちゃんと発酵が始まっている証拠だ。

「じゃあ、これを解して」

 出来たかたまりなどを解す様に、1粒1粒がバラバラになる様に両手で丁寧ていねいに揉む。

 これを、数時間ごとに繰り返す。時間経過はサユリの時間魔法に頼り、手作業は壱が慣れた手付きで行っていった。

 実家の相葉味噌の蔵では、経験の少ない壱はペラッペラの下っ端だった。跡継ぎだと言う事もあって歓迎はされつつ、しかし様々な事を覚えるのに必死だったのである。

 現当主、壱の父が麹や味噌の作り方をみっちり教えてくれた。初めて麹菌を米や麦に振った時、初めて麹の手入れをした時、初めて大豆を煮て潰した時。

 ふとその時の事を思い出す。たった数年前の事なのに懐かしい。

 さて、麹からは栗の様な甘い香りがほのかに漂って来る。巧く行っていた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

異世界チートはお手の物

スライド
ファンタジー
 16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
 事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。  そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。 「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」  神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。  露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。  やりたいことをやって好き勝手に生きていく。  なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。  人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...