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#184 スマートフォンの解決

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 昼営業が終わり、休憩時間に入る。

 サユリにはミルク、茂造には紅茶、壱は珈琲コーヒーを準備し、テーブルを囲う。

 そのテーブルの中心には、壱のスマートフォンが鎮座ちんざしていた。

 サユリのお陰で電池の消耗は無く、電源はいつでも入れられていて、ディスプレイにはアプリのアイコンが整然と並べられている。

 それらの中で目立つのは幾つかのSNSのアイコン。右上に赤い丸が付き、それぞれに3桁にも近い数字が表示されていた。

 壱がこの世界に転移してすぐの頃は、かなりの勢いで数字は増えて行っていたが、数日も過ぎる頃にはゆるやかになっていた。

 あれからもう1ヶ月程度も経つのだ。友人はともかく家族が壱を諦めたとは思いたく無いが、既読も付かないメッセージを送り続けても仕方が無いと言う事は思い知らされているだろう。

 それでもぽつりぽつりと増える数字は賭けの様な、願掛けの様なものなのかも知れない。

 壱はこの世界で、平和で楽しい生活を送って来た。だが元の世界では行方不明扱いになっていて、生死すら不明だ。

 家族がどんな思いでいるのか、想像すると身がえぐられる思いがする。

 スマートフォンのディスプレイを見る度に、心が痛んだ。

 アイコンをタップして、メッセージを読みたくなる。そして家族に送りたい。俺は無事だと。茂造と再開出来て、一緒に平和に暮らしていると。

 壱はそれを茂造とサユリに正直に打ち明けた。

「既読が付けられるんだったら家に帰らないはおかしい。だから既読もそうだけど、返信も出来ない。異世界がどうのこうのなんて言えないでしょ。だから」

「いや、別に構わんのじゃ無いかの?」

 壱の言葉尻に被せる様に、茂造の呑気のんきな声が乗る。

「どうかの? サユリさん」

「異世界云々を壱の家族が信じるかどうかはともかく、手段があるなら連絡を取っても全然構わないカピ。どちらにしても現状行き来は出来ないカピがな」

「そ、そうなの?」

 壱は呆然と間抜けな声を上げる。

「ついでに三枝子(茂造の娘、壱の母)に儂の無事も知らせてくれると嬉しいのう。儂は携帯電話など持っておらんかったからのう」

 にこにこしながら言う茂造。壱はすっかりと力が抜けてしまった。

 こんな簡単に解決してしまうとは思わなかった。

 拍子抜けした壱は椅子の背凭せもたれにだらりと身体を預け、溜め息とともに「はぁ~」と声を上げた。

「なぁんだ~悩んだのに~」

「もっと早くに言ってくれれば良かったカピ」

 サユリが呆れた様に言う。

「ま、あまり口外はしない方が良いとは思うカピが、我も茂造と壱の家族には申し訳無い事をしたとは思っているカピよ」

「ほっほっほ、まぁ何せの、異世界がどうだのと言われたらの、判らん事も多いじゃろう」

 茂造が壱を慰める様に言ってくれる。

「……よしっ!」

 壱は気分を切り替える為に声を上げ、上半身を起こす。

「まずはメッセージ見てみよう!」

 壱はスマートフォンを取ると、自らを落ち着かせる為に深呼吸をし、SNSのアイコンをタップした。

 それは他者とのコミニュケーションツールとして主に使用されているインスタントメッセンジャーで、スマートフォンのキャリアに依存するメールとは別に、母親や妹、友人らとの通信手段として使用していた。

 父親は「良く判らん!」と言って未登録である。ちなみにフィーチャーフォンを使用し続けている。

 届けられたメッセージを見てみたら、やはり「どこにいるの?」「返事ください」と言う様なものばかりだった。

 スクロールしながら眼を通す。ヤバい、目頭が熱くなる。最後のメッセージは「どうか無事でありますように」だった。

「やっぱり母さんにも妹にも心配掛けてたなぁ。早速家族グループにメッセージ入れてみよう。えーっと」


  父さん、母さん、柚絵、心配掛けてごめん。
  俺は無事です。
  信じられないかも知れないけど、異世界の村で元気で暮らしてます。
  当分帰れないけど、心配しなくても大丈夫だから。

  母さん、その異世界で茂造じいちゃんと再会したよ。
  じいちゃんも無事です。元気です。一緒に暮らしてます。

  だから安心してください。
  またメッセ送ります。

  あ、異世界の事は一応口外しないでね。
  誰も信じないと思うけど。


 送信マークをタップした。

「よしっと」

 母親も妹も仕事中だろうから、気付くのは後になるだろう。

 異世界云々はやはり信じて貰えない可能性が高いが、まずは壱と茂造が無事だと言う事が伝われば良い。

「おや、そろそろ夜の仕込みの時間かの?」

「あ、じゃあ俺スマホ部屋に仕舞しまって来る」

「では儂は洗い物を済ませてしまおうかの」

 壱と茂造はそれぞれ腰を上げ、サユリも伸びをしながら立ち上がった。
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