上 下
164 / 190

#164 健康診断スタート

しおりを挟む
 昼営業が終わり、休憩時間に入る。壱と茂造は健康診断の為に、ノルドの診療所に向かう。勿論サユリも一緒だ。

 健康診断と言っても、採血などがある訳では無い。聴診器での診察と、気になる部分があれば触診などと、話を聞くだけ。

 ノルドによると、1人につき10分ほどを想定しているそうだ。

 診察室に到着し、壱は声を掛ける。

「こんにちはー!」

 すると待合室奥の真ん中のドアが開き、ノルドが顔を覗かせた。

「店長さん、壱くん、サユリさん、こんにちは。もう少しお待ちくださいね」

「ゆっくりで良いからの」

「はい、ありがとうございます」

 茂造の台詞に、ノルドは会釈をして、ドアの向こうに消えた。前の人の検診の途中なのだろう。

 壱たちはベンチに掛け、待つことにする。

 あらためて待合室を見渡すと、そう言えば受付の様なものが無い事に気付く。

 この村ではほとんど患者は出ないだろうから、事務を含めてもノルドひとりで事足りるとも思うが、受付は必要では無いのだろうか。

 後でノルド本人に聞いてみるとしよう。

 少し時間が経つと、先程ノルドが顔を出したドアから、猫背気味の老婆が出て来た。続いてノルドも。

「先生、ありがとうございました」

 老婆は穏やかに言い、ノルドに頭を下げる。

「いえいえ。お元気で、お話も出来て良かったです。少しでも何かありましたら、ご遠慮無くお越しくださいね、スミナさん。勿論お話だけでも」

「はい。ありがとうございます」

 スミナは上品な女性だ。毎日麦畑で精を出している。猫背気味なのも、長年の畑仕事の為だろう。

 サユリの加護のお陰で、大きな怪我や病気は無いのかも知れない。だが経年に寄るこうした変化は、ある程度自然に任せているのだろう。

 この村にはトラクターなどの農業機械が無いので、特に農業従事者じゅうじしゃにこうした変化が多いのでは無いかと思う。

 しかしこの村には、所謂いわゆる定年などは無いのだろうか。スミノはもうかなりの高齢に見える。茂造よりも年上だ。

 年齢を聞いた事は無いが、茂造が丁寧語で話していたので、そう思っている。

 とは言え、スミノはまだまだ元気な様子。これからも健在でいて欲しいものだ。

「あらまぁ、店長さん、イチくん、サユリさん。こんにちは」

 振り返ったスミノが、ここで壱たちに気付く。壱と茂造は「こんにちは」と言いながら立ち上がった。サユリのベンチの上で立つ。

「どうでしたかの? 健康診断は。初めてでしたじゃろう」

 スミノはこの村で生まれ育っているのである。

「ええ、ええ。お医者さまに掛かる事しら初めてでしたからねぇ。でも痛い事もありませんし、心臓の音を聞かれて、血圧? を測られて、お話をさせていただくだけでしたよ。怖くも何ともありませんでしたよ」

 スミノは安心しきった様な穏やかな笑顔で、幾度と小さく頷きながら言う。しかし。

「でもねぇ、もう高齢ですから、そろそろお仕事を引退して、ゆっくりしても良いのでは無いかと言われましてねぇ。私はまだまだ元気ですのに」

 そうも言いながら、困った様に小さく息を吐いた。するとノルドが遠慮がちに口を開く。

「はい……確かにスミノさんはとてもお元気です。ですが、少しはごゆっくりされても良いのではと思ったんです。この村の定年は自己申告制だと店長さんにお伺いしました。でしたらせめて、例えば毎日では無く、2日に1日ですとか。1日の就業時間は然程さほど長くは無く、休憩も充分に取られていると言う事で、お休みそのものを取られる方が少ないともお聞きしているものですから」

 確かに壱も、この村に来て食堂で働き出してから、1日も休んだ事は無い。

 仕込みに営業にと、恐らくこの村の仕事の中では、拘束時間は長い方だと思う。それでも不思議と不満を感じなかった。

 それは仕事内容が好きである事と、人間関係の良さから来ているのだと思う。壱は毎日充実を感じていた。

 茂造は他の街から来た人間の価値観に、「ふむ」と考え込む様にするが、そんな時間は無い事に気付いたのか、小さく首を振る。

「それはまた考えねばならんのう。儂がこの村に来た時には、既にみんな休み無く働いとったからのう。それは確かに良くは無いかものう。とは言えの、わしひとりで決められる事では無いからの、少し待って欲しいのう。ああスミノさん、働き方については、ひとまずお任せしますからの。体調はともかく、疲れですとかの、そういうのの調子を見て、決めてくださいのう」

「はい。私も少し考えてみますね。ご心配をお掛けします」

「いやいや、スミノさんにはまだまだお元気でいていただきませんとのう。何せこの村の最高齢者ですからのう」

「そうだったの!?」

 茂造の台詞に壱は驚く。初耳だった。本当に人の年齢は見た目だけでは判断出来ないものだ。

 壱は他の男性の老人が最高齢かと思っていた。つるりと禿げ上がった頭に、たっぷりとたくわえられた白いひげ。よく陽に焼けた顔にはしわも深く、ふくよかな頬が重力に従ってゆったりと下がっていて、背中もスミノより曲がっていたものだから、その人が最高齢だと勝手に思っていたのだ。

「そうカピよ。スミノも高齢ではあるが、まだまだ上がいるカピ。年齢も追々おいおい把握して行けば良いカピよ」

「うん、そうする」

 サユリの台詞に、壱は大きく頷く。少しはこの村に馴染んだつもりだったが、まだまだ不慣れな部分も多い。

 後何年この村にいる事になるのか、それとも骨を埋めるのか、それは判らないが、いる限りは出来る事をしたいと思う。

「では店長さんの健康診断を始めましょう。お待たせいたしました。イチくん、申し訳ありませんが、もう少々お待ちください。スミノさん、お気を付けてお帰りくださいね」

「はい、ありがとうございました」

 スミノは会釈すると病院を辞して行った。働き者のスミノは、また職場である麦畑に戻るのだろう。壱も少しはゆっくりして貰いたいと思うが。

「では、お願いするとしようかと」

 茂造がノルドとともに診察室に入り、壱はまたベンチに、サユリの横に腰掛けた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

異世界チートはお手の物

スライド
ファンタジー
 16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
 事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。  そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。 「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」  神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。  露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。  やりたいことをやって好き勝手に生きていく。  なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。  人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...