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#157 夜の賄いで、鰹のタタキ完全版 その1

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 食堂の夜営業が終わり、壱たちは賄いを作る。

「じゃ、俺、かつおのタタキを作るから!」

 威勢良く言うと、水槽から鰹を揚げて、苦しげにぴちぴちと跳ねるそれをまな板に押さえ付ける。

 先日教えて貰った下ろし方、それをマスター出来たかと言うとまだ微妙ではあるが、覚えてはいる。出来れば今回は自力でやってみたい。

「うんうん、ではやってみると良いぞい。もし判らなかったら、カリルかわしに聞くと良いからの」

 茂造の穏やかな台詞に、壱はあらためて気合を入れる。

「うん。ありがとう」

 さて、茂造たちはそれぞれの作業に移り。

 壱はまず、鰹を大人しくさせる為に、その脳天に包丁の背を振り下ろす。すると意識を失った鰹は活きの良いまま、ぐったりと意識を失う。

 まずはうろこを取る。これがなかなか硬くて大変だ。

 次に頭を落とす。そして腹を開き、内臓を取り、血を流し、ひれを取り、と、辿々たどたどしくも作業を進めて行く。

 そしてどうにか、自力で5枚下ろしにする事が出来た。

 腹身が2さく、背身が2柵、そして骨。皮は付いたままだ。

 不慣れではあるので、表面が少しがたついたりささくれ立ってはいる。だが上出来だと思う。

「出来た!」

 壱は声を上げると、大きく息を吐いた。するとカリルが寄って来る。

「お、凄いじゃん! 巧いもんだな!」

「そうかな。表面ガタガタになっちゃったんだけど」

「いやいや、この前1回教えただけでこんだけ出来るんだったら上等だよ。凄いって。で、これがまた旨くなるって?」

「うん。その筈。みんなの口に合うと良いんだけどなぁ」

 これまでのフライパン焼きとは癖が全く変わるので、不安ではある。だがあの香ばしさと旨さ、自信はある。

 壱は先日ロビンに作って貰った2本の串を出し、鰹の腹身に刺す。持ち手の部分は重ねて片手で持てる様に。先に向かってVの字になる様にして、そこに鰹を刺すのだ。

 1柵ずつあぶるのが良いだろう。なのでもう1柵の腹身はトレイに乗せておく。

 そして水を張ったボウルを用意して、厨房で出来る準備は完了。串に刺した腹身もトレイに乗せて、壱はボウルとトレイを抱えて裏庭に出た。

 台にふたつを置いたところで忘れ物に気付き、再び中へ。マッチを取る。

 さて、では鰹のわら焼きに挑戦だ。焼き方は昨夜スマートフォンで調べておいた。動画もチェックした。

 折角せっかくの新鮮な鰹に火を通し過ぎない様に注意して、いざ。

 まず、藁に火を付ける。貰った藁を耐火煉瓦れんがの枠に入れ、火を点けたマッチを放る。するとパチパチと小さくぜる様な音がし、藁の間から赤い炎が見え始めた。

 そうなると、後は早い。藁が威勢良く燃え出し、煙が上がり出した。

 今だ!

 壱は串打ちした鰹の腹身を、素早く燃える藁の上にかざす。

 皮の面から炙る。チリチリと皮が焦げる音がし、同時にかぐわしい香りが漂って来る。

 藁の燃えた香りも良く、初めていだ壱は驚いたものだった。その香りが鰹に移ったら、そして焼けた香ばしさも加わるとどうなるのか。

 その答えを確かに壱は知っている。だがそれでも、楽しみでならなかった。

 焼くのは皮のみとレシピにもあったが、好みで身が出ている部分を炙る事もあるらしい。

 今回は香ばしさで鰹を美味しく食べて欲しいので、全面を炙る事にする。

 腹身なので、脂の控えめな鰹でも割合は多く、だがしたたる程では無い。それでも甘い香りも香ばしさに混じって漂って来る。

 これは旨いタタキが出来そうだ。

 炙り終えると、串から抜きながら水のボウルに落とす。余分な火入りを抑える為だ。

 さて、次の柵を炙る。トレイに乗せておいたふたつめの腹身を、先程と同じ様に串に刺し。

 藁を足して再び炎を上げながら、炙って行く。

 そして終わるとまた水のボウルへ。

 2柵文のタタキを入れたので、水の温度も上がっているだろう。壱はボウルだけを手に急いで厨房へと戻ると、シンクに温くなってしまった水を捨て、新たに冷たい水を入れた。

「壱、どうしたんじゃ?」

 厨房に入るや否や、焦る様に作業を始めた壱に、茂造がつられたのか慌てた様子で声を掛けた。

「炙った後はスピード勝負だからね! 余分に火が通らない様に、急いで冷やさないと。こういう時に氷が欲しいなって思うよ」

「おお、成る程の。しかし確かに氷はのう、この村には製氷機は無いからのう」

「街にはあるんだけどな。この村では氷使う事ってあんま無くて、買うってまでにはならねぇんだよな」

「そうじゃのう。水道水が普通に冷たいからのう」

 カリルの言葉に、茂造も頷く。

 確かにそうだ。この村の水道水は冷たい。壱たちの世界で言うところの、真冬とまでは言わないが、寒い時の水温だ。

 そう思うと洗い物担当のサントは大変だと思う。あまり手を見る機会は無かったが、赤切れなどは大丈夫なのだろうか。

 それとも、これもサユリの加護のお陰で問題無いのだろうか。赤切れも怪我の一種である。

 壱の耳にカリルの不満が届いた事などは無いが。本人が無口だと言う所も要因なのかも知れないのだが。

 壱はやや気にしつつも、まずは鰹のタタキだ。この水の冷たさなら、ボウルに入れたまま流水に少しさらせばしっかりと冷える筈だ。

 あまり水に入れたままで、身が水っぽくなってしまうと台無しなので、適当な所で取り上げ、布で表面の水分を優しく押さえる様に拭う。

 後は切るだけである。

 その頃には、茂造たちの手で他の賄いはほぼ出来ていた。
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