上 下
130 / 190

#130 ノルドの境遇、そしてこれから。その2

しおりを挟む
 昨日の悶着もんちゃくの場面に新聞記者がいて、女性の「ノルドを知らない」と言う台詞を聞く前に、会社に持ち帰ったのでは無いだろうかと予想される。

 眼を潰されてはいたし、白黒でロングショットだったが、昨日の現場の写真も掲載されていた。

 ノルドと同僚はヘアスタイルも似ていた。眼を隠された状態で遠目から見れば、区別など殆ど付かない。

 新聞社が裏付け無しに記事にした事に付いては、その余りの杜撰ずさんさに呆れるしか無い。

 しかし、問題はそこでは無い。

 病院側は、誰が医療ミスをしようがどうでも良い。病院そのものがそういう事態を起こしたかどうかだ。

 そして実際に出したかどうかもどうでも良い。病院に悪評が付く、それが重要なのだ。

 なので病院は、その騒ぎを沈静化させる事に尽力じんりょくした。ノルドへの濡れ衣は放ったらかしにして。

 病院が「医療ミスは無かった」と声を大きくしたところで、実際に患者がひとり亡くなっている。

 患者の妻と言う女性も、新聞のインタビューに熱く応えていた。夫を失った未亡人と言う立場は、読む者の同情を大いに誘う。

 当然記者も面白おもしろ可笑おかしく記事にする。

 そして誤報の謝罪も訂正もしない。

 こうしたモラルの低さも、この街の魔法使いの魔力の弱さに比例していた。

 そうなると、病院は責任を取らざるを得無くなる。

 まず、病院は表立ってしまったノルドを解雇かいこした。責任を取らせると言う形だ。そうして少しでも落ち着かせようとした。

 解雇は表向きで、実際は会社都合退職。退職金は通常の金額にかなりの色を付けて支払われた。

 納得出来る事では無かったが、このままこの病院に勤めても、誰のえきにもならない事はノルドにも解っていたので、受け入れるしか無かった。

 だが、加熱した街人は鎮静ちんせいの気配を見せなかった。あおり続けているのは新聞だった。

 しかし何のミスも無く退職に追い込まれたノルドにとって、そんな事はどうでも良かった。

 食べるものを買いに外に出ると、罵声ばせいを浴びせられる。そんな数日を過ごしたノルドは、親の代から暮らしていた街そのものにも失望した。

 その両親は既に他界していたし、ひとりっ子で天涯孤独の身だったので、誰にも迷惑を掛ける事が無かったのだけが救いだった。

 その時、思い出したのだ。どこかに、前科者が身を寄せ合い暮らす村があると聞いた事を。

 自分は無実だ。医療ミスなど犯してはいない。だが今の自分の気持ちを解ってくれるのは、そういう人たちなのでは無いか。信じてくれるのでは無いか。

 無職になり、街の人々にうとまれるだけの存在になってしまったノルドは、ありったけのお金と必要最小限のものだけを手に、旅に出た。

 その噂の村が東西南北どの方向にあるのか判らぬまま、出会った人に話を聞きながら、しかし大した手掛かりも得られないまま。

 だが求めたノルドは、無事にコンシャリド村に辿り着いたのである。



「……そうカピか」

 サユリはノルドの話を聞き終え、溜め息を吐きながら言う。

「ノルド、お前の境遇は解ったカピ。大変だったのだカピな。で、お前はどうしたいのだカピ? この村に来たいと思った目的は何カピ?」

「目的、ですか。ああ……」

 ノルドはうめく様に言うと、困った様に顔を伏せた。

「とにかく村に行きたいと、着けばどうにかなると、そればかりを考えていました。私はこの村で何が出来るでしょうか」

「この村で暮らすのじゃったら、医者として働いたら良いぞい。この村はの、老若男女全員が働いておる。学校に行っておる子どもも、親の手伝いをしておるんじゃ。家族や夫婦、全員が力を合わせて助け合いながら生活をしておる。家事だけの女性、仕事だけの男性、勉強と遊びだけの子どもはおらんのじゃ。まずは村のこの決まりに従えないのであれば、受け入れる事は出来んのじゃ」

「それは大丈夫です。独身のひとり暮らしでしたから、一通りの事は自分で出来ます」

「将来結婚する事になっても、変わらんぞい。家事は嫁さんと協力するんじゃぞ」

「はい、大丈夫です」

 ノルドは真剣な顔で、大きく頷いた。その表情からは強い意志を感じた。

「ならノルドよ、我たちはお前を歓迎するカピ。人間の医者が来るのは実際に助かるカピ。この村には獣医しかいなかったカピからな」

「ノルドさん、これからよろしくお願いします」

 壱が笑顔で言うと、ノルドも笑みを浮かべた。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。この村での生活、楽しみです」

「村の人はみんな良い人ですから。前科をお持ちの方がいますけど、本当に良い人ばっかりで」

「そうなんですか。お会い出来るのが楽しみです」

 壱とノルドが話に花を咲かせていると、茂造が頃合で「まぁまぁ」と口を挟む。

「では、ノルドが暮らす家を決めんとのう。その1部を病院と言うか診療所に改装出来たら良いの。壱、済まんがわしは昼営業分の仕込みを抜けるから、よろしくの。サユリさんはどうするかの?」

「我は残るカピ」

 サユリは考える風も無く即答する。

「うんうん。では儂らは行って来るでの。壱よ、済まんついでに洗い物も頼んで良いかのう」

「うん、良いよ」

 壱が朝食を作る様になってから、洗い物は茂造がしてくれていた。

「出来るなら今日中に家を決めて、ノルドが暮らせる様にしたいからのう。では行って来るからの。後はよろしくの」

「うん、行ってらっしゃい」

「行って来るカピ」

「行って来ます。あの、朝食ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 ノルドの皿は綺麗に空になっていた。

「いえいえ」

 そうして壱とサユリは、茂造とノルドを見送った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

異世界チートはお手の物

スライド
ファンタジー
 16歳の少年秋月悠斗は、ある日突然トラックにひかれてその人生を終えてしまう。しかし、エレナと名乗る女神にチート能力を与えられ、異世界『レイアード』へと転移するのだった。※この作品は「小説家になろう」でも投稿しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
 事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。  そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。 「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」  神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。  露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。  やりたいことをやって好き勝手に生きていく。  なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。  人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...