上 下
25 / 32
2章 新しいお家といちょう食堂

第8話 いちょう食堂再オープン!

しおりを挟む
 そうして翌週の金曜日、「いちょう食堂」の再開日がやって来た。新店では無いのでプレオープンは無しだ。

 仕事を終えたリリコは職場から直接「いちょう食堂」に向かう。お祖母ちゃんは17時の開店と同時に入っているはずだ。

 表には様々な仕入先などから、お祝い花のスタンドがぎっしりと並べられていた。その中には野江のえ建築事務所からのものもある。リリコが所長さんに言われて手配したものだ。ちゃんと届いていてほっとする。

 真冬だと言うのに色とりどりの花で彩られ、とても華やかだ。リリコはスマートフォンを取り出すと、様々な角度から写真を撮った。お花もだが差出人がちゃんと写る様に。

 帰りの電車の中で「いちょう食堂」のSNSをチェックすると、若大将さんの手によって再開のお知らせと、今日のおすすめ料理の舌平目のお刺身、なにわ星の豚のローストの写真がアップされていたが、祝い花は投稿されていなかった。若大将さんに聞いて、許可がもらえたらお礼の文章とともにアップさせてもらおう。

 新しい「いちょう食堂」のドアは押しボタン式の自動ドアだ。開くと美味しそうな香りに混じって新しい家の匂いがする気がした。

 濃い茶色に塗装された木材をふんだんに使った落ち着いた内装だ。壁やカウンタも同じ色で揃えられている。前の「いちょう食堂」の内装に寄り添った形で、まるで雰囲気もそのまま持って来た様だ。

 店内は常連さんで大賑わいで、立ち飲み客もいて、一時閉店を控えた最終日を思い出す。あの時も、まるで来れない間の食い溜めをせんばかりのお客さんが詰め掛けていた。

 そして再開した今日。常連さんたちはしばらく来れなかった飢えを満たすかの様に、飲んで食べてと大いに楽しんでいた。

 カウンタの中で忙しなく動き回る大将さんと若大将さん。リリコに気付いて「お、リリコちゃんおかえり」「おかえり!」と迎えてくれた。

「ただいまです。こんばんは」

 リリコは返事をして奥に進む。前の店舗でもリリコとお祖母ちゃんの指定席の様になっていた、カウンタの奥の席。新しいこの店舗でも、大将さんたちはリリコとお祖母ちゃんのためにキープしてくれる。行くとお祖母ちゃんがちょこんと座ってビールを傾けていた。箕面みのおビールのお猿さんの絵柄のグラスだ。

「お祖母ちゃん、ただいま。お待たせ」

「リリちゃんお帰り。ほら、はよ座って暖まりぃ」

「うん」

 リリコはマフラーを外してコートを脱ぎ、壁のハンガーに掛けると椅子に腰を下ろす。若大将さんが温かいおしぼりを持って来てくれたので手を拭くと、つい「はぁ~」と溜め息が出た。

「あったまるなぁ~」

「外は寒かったやろ。まずは温かいお茶でも淹れよか?」

 若大将さんがそう言ってくれるので、リリコは「ありがとうございます」といただくことにする。

 若大将さんが出してくれた熱いほうじ茶を口に含み、こくんと飲み下すと、温かさがじんわりと身体の芯まで伝わって行く気がした。また「ふぅ~」と心地よい息が漏れる。

「あったまるわぁ。さてと、飲みもんどうしよ」

 リリコはメニューを取ると、大阪もんのドリンクメニューを開く。メニューの内容は変わらないが、再開のタイミングで新しく作り直された。まだしわも折れも無いぴかぴかである。

 記念すべき再開の今日は何にしようか。若大将さんに作ってもらったコークハイも美味しかった。だがせっかくのいちょう食堂なのだから、普段他のお店ではお目に掛かれないものをいただきたい。お願いしたら大阪もんのソフトドリンクを使ったお酒を作ってくれる。でも箕面ビールのヴァイツェンもすっかりご無沙汰だ。ああ、迷う。

「リリちゃん、飲みたいもんたくさんあるんやったら、ゆっくり何杯でも飲んだらええんよ。しんどくならん程度にねぇ」

 真剣な顔でメニューを睨み付けるリリコに、お祖母ちゃんがおかしそうに言う。それもそうだ。リリコは強くも無いが弱くも無い。実はそこそこ飲める様だ。最近の発見である。

「じゃあやっぱり、1杯目は箕面ビールのヴァイツェンかな」

 若大将さんに注文し、さっそく出してもらう。お祖母ちゃんがお猿さんのグラスに綺麗に注いでくれた。

「リリちゃんお疲れさま。乾杯」

「お祖母ちゃんもお疲れさん。乾杯」

 軽くグラスを重ね、口を付ける。冬の乾燥で喉が乾いていたのか、リリコはごっごっごっと喉を鳴らした。

「あーやっぱり美味しい! まずはビールって言う人の気持ちがほんまに分かるわ」

「せやねぇ。お祖母ちゃんも一杯目はビールお願いしてしまうわ。でも今日はねぇ、あとで熱燗あつかんつけてもらおう思って」

「ええねぇ。身体あったまりそう。私はやっぱりまだ飲まれへんのやろうなぁ」

「せやねぇ。日本酒もそうやけど、お酒は熱くすると余計に香りが立つからねぇ。慣れてへん人には辛いと思うわぁ。好きな人にはそれがたまらへんのやけど」

「お祖母ちゃんってそんなにお酒好きやったっけ?」

「たまーにやけど、お祖父ちゃんが晩酌ばんしゃくで熱燗用意した時、ご相伴に預かったこともあるんよ。リリちゃんお部屋か居間にいることが多かったから、気付かへんかったんやろかねぇ」

「あ~、そうかも」

 お祖父ちゃんはリリコに悪い影響が無いようにするためか、晩酌はダイニングですることがほとんどだった。お台所仕事をするお祖母ちゃんと、話をしたかったこともあったかも知れない。

 お祖父ちゃんはあまり深酒もしないし酒癖も悪く無かったから、リリコはまるで気にしていなかった。だが親代わりとしてあまり良く無い姿を見せたくはなかったのだろう。

 お祖父ちゃんと一緒にお酒を飲むことができなかったのが本当に残念だ。夢の中では飲むことができたが。それを思うときっとお祖父ちゃんは、大人になったリリコと嬉しそうに盃を交わしてくれただろうに。

「あんまりお家でお酒の匂いをさせるのもなんやから、お祖母ちゃんもお祖父ちゃんが死んでから燗酒を飲むことも無かったんやけど、もうリリちゃんも大人やし、お家の近くで少し飲むぐらいやったらええかと思ってねぇ。リリちゃんに嫌な匂いや無かったらええんやけど」

「気にせんと好きなん飲んで欲しいわ。多分大丈夫やと思うし。私もこのあと、また若大将さんに美味しいの作ってもらおう思って。あ、そうや」

 リリコはカウンタ下の棚に置いてあるバッグからスマートフォンを出し、カメラロールを表示させる。

「お祝い花撮ってん。これ「いちょう食堂」のSNSに上げてええか、若大将さんに聞こうかと思って」

 リリコが写真をお祖母ちゃんに見せると、お祖母ちゃんは「あらぁ、綺麗に撮れてるねぇ」と表情を和ませる。

 リリコは若大将さんを呼ぶ。まずはお料理の注文。お祖母ちゃんは泉だこと大阪きゅうりの酢味噌和えと、天王寺蕪のお漬物と言う控えめな品でリリコを待っててくれていた。

 まずは今日のおすすめの舌平目のお造りとなにわ星の豚のロースト、リリコの好物犬鳴豚の角煮。豚肉が被るが気にしない。他に大阪地玉子のだし巻き、菊菜(春菊)のごま和え、田辺大根のふろふきを頼んだ。

「でね、若大将さん、表のお祝い花の写真、SNSに上げてもええですか?」

「あ、そやな。そういうのもあった方がええな。お礼も添えて上げてくれたら助かるわ」

「わかりました」

「よう気付いてくれたなぁ。ありがとう」

「いえいえ」

 若大将さんは作業に戻る。リリコは写真を数枚厳選した。


 再開のお祝いにたくさんのきれいなお花<花の絵文字>をいただきました。本当にありがとうございます!<笑顔マーク>これからもどうぞよろしくお願いいたします<お辞儀の絵文字>


 「いちょう食堂」と大阪産、大阪もんなどのハッシュタグも入れて、ふたつのSNSにアップした。いいねや拡散があったら嬉しいのだが。

 若大将さんが書き込んだ今日のおすすめには、少ないがいいねが付いていた。フォロワーさんもまだ少ない。アカウント作成から間も無いこと、アカウントの知名度が低いことなどが原因だろう。

 バズらせるのはどうしたら良いのだろうか、と思うが、それこそこの「いちょう食堂」には向いていない気がする。無理の無いペースでのんびり運営する方が良いのだろう。

 リリコは書き込んだ記事をお祖母ちゃんに見せた。

「ほら、こんな風になるねん」

 お祖母ちゃんもSNSとはあまり縁が無い生活をしている。ほとんど家にいるのでスマートフォンなどの携帯端末も持っていない。

「へぇ~。今時はこんな風にして宣伝するんやねぇ」

「今はほとんどのお店とかがアカウント持ってると思うで。リアルタイムで宣伝とかお知らせができるから重宝するねん」

「お祖母ちゃん、こんなハイテクなんよう分からんわぁ」

「そんな難しいもんでも無いけど、無理にせなあかんもんでも無いしな。私らはここのことは大将さんと若大将さんに聞いた方が早いしな」

「それもそうやねぇ」

 リリコはスマートフォンをバッグにしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

お昼ごはんはすべての始まり

山いい奈
ライト文芸
大阪あびこに住まう紗奈は、新卒で天王寺のデザイン会社に就職する。 その職場には「お料理部」なるものがあり、交代でお昼ごはんを作っている。 そこに誘われる紗奈。だがお料理がほとんどできない紗奈は断る。だが先輩が教えてくれると言ってくれたので、甘えることにした。 このお話は、紗奈がお料理やお仕事、恋人の雪哉さんと関わり合うことで成長していく物語です。

夜食屋ふくろう

森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。 (※この作品はエブリスタにも投稿しています)

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

嘘を吐く貴方にさよならを

桜桃-サクランボ-
ライト文芸
花鳥街に住む人達は皆、手から”個性の花”を出す事が出来る 花はその人自身を表すものとなるため、様々な種類が存在する。まったく同じ花を出す人も存在した。 だが、一つだけ。この世に一つだけの花が存在した。 それは、薔薇。 赤、白、黒。三色の薔薇だけは、この世に三人しかいない。そして、その薔薇には言い伝えがあった。 赤い薔薇を持つ蝶赤一華は、校舎の裏側にある花壇の整備をしていると、学校で一匹狼と呼ばれ、敬遠されている三年生、黒華優輝に告白される。 最初は断っていた一華だったが、優輝の素直な言葉や行動に徐々に惹かれていく。 共に学校生活を送っていると、白薔薇王子と呼ばれ、高根の花扱いされている一年生、白野曄途と出会った。 曄途の悩みを聞き、一華の友人である糸桐真理を含めた四人で解決しようとする。だが、途中で優輝が何の前触れもなく三人の前から姿を消してしまい――……… 個性の花によって人生を狂わされた”彼”を助けるべく、優しい嘘をつき続ける”彼”とはさよならするため。 花鳥街全体を敵に回そうとも、自分の気持ちに従い、一華は薔薇の言い伝えで聞いたある場所へと走った。 ※ノベマ・エブリスタでも公開中!

ずっとずっと

栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」 職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。 思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。 垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。 「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」

処理中です...