あずき食堂でお祝いを

山いい奈

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4章 ミステリアスレディの中身

第12話 ささやかな願いごと

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 マリコちゃんはいやしを求める様に、さくの腕にしがみつく。ようはそんなマリコちゃんをなぐさめる様にさらりと頭を撫でた。

 伊集いしゅうさんは穏やかな表情で口を開く。

「……これも、ご縁だったのかも知れませんね。朔さんと陽さん、マリコさんにまでご迷惑を掛けてしまったのですが、あの時朔さんと陽さんにダイエーで助けていただけていなければ、今回の除霊はうまくいかなかったかも知れません。本当にありがとうございます」

 そうおっしゃり、しとやかに頭を下げられる。

「いえ、ほんまにとんでもありません。こちらこそ、貴重な経験をさせてもろうたと思ってます」

 朔も頭を下げると、伊集さんは「ふふ」と微笑まれる。

「あの時はやっと捕まえたタクシーに乗車拒否をされて、う様に曽根そねに帰って来て、でも家まで帰り着けなくて、ダイエーで休憩していたところを、朔さんと陽さんに見付けていただいたのです」

「乗車拒否されたんですか?」

 朔が驚いて目を丸くする。伊集さんは苦笑した。

「明らかに私の体調が悪かったですからね。厄介だと思われたのでしょう。もちろんそんな運転手さんばかりでは無いと思いますよ。庄内しょうない駅前にはタクシー乗り場がありませんので、176号線まで出たのですけどもね。あの時タクシーで家まで帰れていたら、お赤飯の恩恵を受けることはできませんでした」

「え、でも、朔とマリコちゃんを護るリソースを悪霊に注いどったら、大丈夫やったんや無いんですか?」

 陽が聞くと、伊集さんは「ふふ」と優しい笑みを浮かべる。

「護る力と攻撃の力は別物なのです。マリコさんのご加護がいただけるお赤飯は、双方の力を底上げし、なおかつ同時を安定して発揮できる能力を授けてくださったんです。ですから私は安心してあのお仕事に取り掛かれたのです」

「マリコちゃんのお赤飯て、そこまでのご加護なん?」

 朔も驚いたが、陽も目をぱちくりさせて聞く。マリコちゃんはようやく落ち着いたのか、朔の腕の中からするりと抜け出て「ふふん」と得意げに胸を反らした。

「それだけでは無いぞ。伊集の元々の力が強かったんじゃ。わしの加護はそれを少しばかり補強したに過ぎん」

 マリコちゃんの言葉は、吉本よしもとさんが伊集さんに伝えてくださっている。伊集さんは照れた様に肩をすくめられた。

「お恥ずかしいですわ」

「だから言ったのじゃ。伊集は特別じゃと」

 ああ、やはりそういう意味だったのか。霊能力を持つから、マリコちゃんにとって特別だった。その力は双子が想像するより大きかったのだが。

「朔さん、陽さん、マリコさん、これからもお赤飯のご加護に頼ることもあるかと思います。どうかこれからもどうぞよろしくお願いいたします」

 伊集さんは綺麗な笑顔を浮かべ、三つ指を付いた。双子も恭しくお応えした。

「はい。こちらこそ。これからもご贔屓ひいきにしていただけたら嬉しいです」

「はい。いつでもお待ちしとります」

「僕も妖怪の専門家として、もしかしたらこれからもお役に立てることがあるかも知れません。できることはそう多く無いかも知れませんけど、いつでも頼うてください」

 吉本さんはそう言って、双子にそれぞれ名刺を渡してくれた。白いシンプルな名刺だった。肩書きは無かったが、吉本啓一けいいちというフルネームと電話番号などの連絡先が記してあった。

「ありがとうございます」

「僕も、今度食べに来てもええですか? マリコさんのご加護にあやかってみたいですわ。家が十三じゅうそうなんで、頻繁には来れんかもですが」

 十三駅は阪急電車の駅名である。大阪市の淀川よどがわ区になる。宝塚たかたづか線含め、京都線と神戸線も通っている。大阪梅田駅から十三駅までこの3路線が並行して走り、十三から分岐するのである。乗降者数も多い、大きな主要駅だ。

 駅周辺は繁華街になっており、多くの商店が並ぶが、その周りは住宅街になっている。かつては東京都新宿の歌舞伎町、北海道札幌市のすすきのと並ぶ風俗街として知られ、今でもその名残があった。

 夏に開催される「なにわ淀川花火大会」の最寄り駅でもあり、ただでさえ乗客が多いのに、当日はもの凄い混雑を見せるのだ。

「ええ、もちろんです。お待ちしておりますね」

 双子はにっこりと笑みを浮かべた。



 伊集さんと吉本さんがお帰りになり、双子とマリコちゃんも一旦家に帰る。朝ごはんのあとに洗い終わった洗濯物は干して来たが、掃除をすっかりと母に任せてしまった。

「気にせんでええのに~」

 母は笑ってそう言ってくれたが、いつも双子も手伝っているので、何だか申し訳無い。

「お昼も、外に出たんやったら食べて来たら良かったのに。お友だちは大丈夫やったん?」

 そうも言ってくれたのだが、せめてお昼ごはんぐらいはちゃんと用意したかった。母には双子共通の友人に呼び出されたということにしていたのだ。

「うん。話してすっきりしたみたい。解決すると思うわ」

 後ろめたさを感じながら、朔はそんな嘘を重ねる。お母さん、ごめん。心の中で言いながら。陽と顔を合わせてつい苦笑してしまう。同じ思いなのだろう。

「ほな、お昼の準備しようか」

「そやな」

 双子はキッチンに入り、マリコちゃんも楽しそうに付いて来た。



 その日も「あずき食堂」は時間通りに開店する。いつもの煮浸しと卵焼きを含めたお惣菜を5品用意し、メインにお肉やお魚、今が旬のやりいかやさわらぶりなどを準備した。

 瑠花るかさんが訪れたのは、開店して1時間が経ったころ。

「こんばんは!」

 今夜もお元気である。こちらまで活気付く様だ。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませー」

 朔がお渡しした温かいおしぼりで手を拭き、お惣菜から若竹煮と豆苗の煮浸しをご注文された。

 若竹煮は生の筍と生わかめを使った、春のご馳走である。水煮では味わえない筍の新鮮さと、塩蔵や乾燥には無い生わかめのしゃきしゃきさ。滋味深いお出汁で煮込まれ、しっとりと味が蓄えられる。優しい味が沁み入る一品である。

 豆苗の煮浸しはお揚げと一緒にさっと煮てある。癖は少ないものの青臭さのある豆苗は火を通すことで旨味を増し、お揚げから出た味もまとって味わい深くなるのだ。

 メインには鰤の照り焼きをご注文された。お味噌汁はお豆腐である。

「ご飯は白米でよろしいですか?」

 朔がお惣菜をお出ししながら聞くと、瑠花さんは意を決した様に首を振る。

「ううん、今日はお赤飯にします」

「あら、お珍しい。苦手やっておっしゃってたのに」

「苦手っちゅうかぁ……、あんま美味しいて思えへんで。でもいっつも伊集さんが美味しそうに食べてはるから~、私も食べてみようかなぁって~」

 朔としては、苦手なものを無理していただきたく無い。双子はマリコちゃんのご加護のことを含めても、「あずき食堂」のお赤飯はぜひともおすすめしたい一品だが、それとは関係が無いのだ。お客さまのご満足が第一である。

 だが挑戦したいというお気持ちは大事にしたい。しかし1ぜんをお出しして、やはりあまりお好みで無かったら、瑠花さんにとっても「あずき食堂」にとっても悲しいことである。

「せやったら瑠花さん、まずはひとくち味見してみます? それで大丈夫そうやったらお茶碗でお出ししますよ」

「ええんですか?」

「ええ、もちろん。美味しくいただいて欲しいですもん」

 朔は豆皿を出すと、そこにほんのひとくちほどのお赤飯を載せ、ごま塩をほんのちょこっと振り掛けた。

「どうぞ」

「ありがとうございますぅ」

 豆皿を受け取られた瑠花さんは、緊張の面持ちでお赤飯をすくい上げ、ゆっくりとお口に運ぶ。少しばかり眉間にしわを寄せながらもぐもぐと咀嚼そしゃくし、次には目を丸くした。

「美味しい!」

「ほんまですか?」

「はい! 前食べた時は美味し無いて思ったんですけど」

「それっていつのことですか? もしかしたら小さいころやったりしません?」

「そうです。せやからお母さんにも、家で炊くんはええけど私は食べへんでって言うてて」

 瑠花さんは呆気に取られた様なお顔で、空になった豆皿を見つめる。

「お赤飯は、もちろんお好みはあるとは思いますけど、あんま小さい子は好きや無いかも知れませんね。それから年月が経って、瑠花さんの味覚も変わったんですよ、きっと」

 朔が微笑むと、瑠花さんが感心した様に「はぁ~」と溜め息を吐かれた。

「そんなもんですかぁ~。でもこれで、私もお赤飯がいただけますね!」

「そうですね。ほな1膳お出ししてよろしいですか?」

「はい。お願いします!」

 朔はお茶碗にお赤飯を盛り、ごま塩を振って瑠花さんにお出しした。

「はい。お赤飯どうぞ。お塩、足りなければ卓上に置いてあるお塩を使うてください。鰤の照り焼きお待ちくださいね」

「ありがとうございまーす!」

 瑠花さんは新たな食の扉を開いた嬉しさもあるのか、伊集さんと同じものが食べられた喜びからか、いつも以上に楽しそうな表情でお赤飯を頬張る。

 するとその時開き戸が開き、新たなお客さまが現れた。

「こんばんは」

 伊集さんだった。朝にお会いした時と同じ、全身真っ黒の衣装をまとっておられる。いつもの通りである。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ~」

 瑠花さんはお赤飯を慌てて飲み込んで、伊集さんに大きく手を振られた。

「伊集さーん、こんばんはー!」

 伊集さんはそんな瑠花さんにくすりと笑みを零し、自然なご様子で横に掛けられた。

「こんばんは、瑠花さん。あら、お赤飯だなんてお珍しいですわね」

「はい! 食べられる様になったんです!」

「まぁ、良かったですわねぇ」

 瑠花さんは喜色満面で伊集さんにお話をしている。伊集さんも和やかなお顔でそれにお応えしていた。

 そんなおふたりを微笑ましく思いながら、温めたフライパンに鰤に切り身を置くと、ボトムがぐいと引っ張られる。下を見ると柔らかな笑みをたたえたマリコちゃんがいた。

「ふふ。瑠花のやつ、お赤飯が効いた様じゃな」

 ああ、なるほど。お赤飯のご加護が、伊集さんにお会いしたいという瑠花さんの願いを叶えたのか。やっぱりマリコちゃんは凄い。

 朔がマリコちゃんに笑い掛けると、マリコちゃんはにっこりと笑った。心の底から嬉しい、そう思わせる笑顔だった。
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