あずき食堂でお祝いを

山いい奈

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4章 ミステリアスレディの中身

第5話 人ならざるもの

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「実は私、霊能者なんです」

 伊集いしゅうさんのせりふに大いに驚いた双子だが、先に我に返ったのはさくだった。

「霊能者って、あの、幽霊とかをはらったりする……?」

 詳しく無い朔のなけなしの知識である。恐る恐る聞くと、伊集さんは「ええ」と冷静に応えられる。

 朔が幼いころから触れて来たのは妖怪であるマリコちゃんである。なので、どうしても興味の矛先は妖怪だった。とは言え絵本や漫画、アニメなどからの見聞なので、やはりそう多くは知らないのだが。

 幽霊というものがこの世に存在するのかどうか、そういったことを真剣に考えたことなど無い。それほど朔にとっては関わる機会の無いものだったのだ。

 だがその幽霊と向き合うことを生業にしている伊集さんが目の前にいる。

 この世にマリコちゃんの様な妖怪が実在するのだから、幽霊がいても何ら不思議は無いのだろう。

 もしかしたら伊集さんが浮世うきよ離れした雰囲気をお持ちなのは、そうした「人ならざるもの」と常に相対しているからなのかも知れない。超常的なお力をお持ちだからということもあるのだろう。

 双子に幽霊は見えない。妖怪もマリコちゃん以外見えないし、たまに来られる小豆あずき洗いさんの様な他の妖怪も、マリコちゃんの力が無ければ見ることはできない。だがそこに確実に存在するのである。見えないからと言って否定するものでは無いのだ。

「あの、ほんまに、ほんまに霊能者なんですか……?」

 ようがかすかに震える声で言う。見ると、陽の目はきらきらと輝いていた。あ、そう言えば。

「はい」

 伊集さんがたおやかに応えられると、陽は「うわぁ~」と身悶みもだえた。

「私、ほんまもんの霊能者に会うん初めてです~!」

 まだ他にお客さまがおられるので、小声ではある。だがその声は歓喜に溢れていた。

 そうだった。陽は心霊、オカルトものが好きで、フィクションノンフィクション関わらず、漫画や小説などをいろいろ持っていた。

「私、もちろん見えへんのですけど、興味があって。興味って言うたらお気を悪ぅさせてしまうかも知れへんのですけど」

「いいえ、大丈夫ですわよ。でもそれでしたら、私の様な者が存在するということもお分かりいただけるかと」

「はい、もちろんです」

 陽が力強く言い、朔も頷いた。

「昨日はお仕事に失敗してしまって、霊障れいしょうを受けてしまったのです。それであんなことになってしまって。朔さんに取って来ていただいた黒い木箱には、お清めのお塩とお数珠が入っていたんです。それで霊障を癒したのです」

「そうやったんですね。その霊障は、もう完全に取り払われたんですか?」

 朔が聞くと、伊集さんは「いいえ」とゆっくりと首を振る。

「その浄霊を完了させないとならないのです。ですので、こちらで英気を養い力をいただき、また明日です。依頼主さまを少しでも早く楽にして差し上げたいですから」

「大変なお仕事なんですね」

 陽が言うと、伊集さんはにっこりと微笑まれた。

「大変では無いお仕事なんてありませんよ」

 程度の差はあれ、確かにその通りではあると思う。だが失敗してしまった時のダメージが、伊集さんの場合酷すぎるのでは無いかと朔は思ってしまう。お身体があんなことになってしまっては、お心もお辛いだろう。

 その時、酒盛りグループがご機嫌のまま、お会計を申し出られた。もう閉店の時間も近付いている。

 陽が対応し、グループが出て行かれてお店は一気に静かになった。

「お騒がせしてしまってすいません」

 朔が頭を下げると、伊集さんは「いいえ」と穏やかに返される。

「みなさまとてもリラックスされていて、とても良い波長でした。気持ちが良いですわ」

「波長、ですか?」

 朔が小首を傾げると、伊集さんは「ふふ」と微笑む。

「嬉しい、楽しい、悲しい。そんな感情は波になって放出されます。それは見えるものでは無いのですけども……ほら、いらいらしている人の近くにいたら、あまり良い気はしないでしょう?」

「ええ、そうですね」

「そういうことです」

 楽しい人のそばにいたら、こちらも楽しい気分になる。そういうことなのだろうか。それなら朔にも解る気がする。

 そんな話をしているうちに、陽も戻って来た。

 その時、朔のボトムの腰あたりが引っ張られる。見るとマリコちゃんが姿を現していた。

「あ、マリコちゃん」

「あら、今そこにきものがいらっしゃいますわね」

 伊集さんがぱっと目を見開いた。

「はい。見えますか?」

「いいえ、やはり私には見えません。ですが気配が濃くなりました。この善きものは何さまとおっしゃるのですか?」

座敷童子ざしきわらしで、マリコちゃんと言います。陽と私でお名前を付けたんですよ」

「まぁ、可愛らしいお名前ですね」

 伊集さんはお珍しくころころと笑った。

「伊集、わしの声は聞こえるか?」

 いつの間にかフロアに出て、伊集さんの隣に座っていたマリコちゃんが問い掛ける。だが伊集さんの反応は無かった。

「伊集さん、マリコちゃんの声は聞こえますか?」

 伊集さんは「あら」と目を丸くされる。

「もしかして、私に話し掛けてくれているのですか? まぁ」

 伊集さんは嬉しそうである。だがすぐに目を伏せてしまう。

「でもごめんなさい。私には聞こえないんです。残念なことです」

 姿は見えず、声も聞こえない。だが気配は感じられる。それが伊集さんが常人では無いということを示していた。なるほど、これがマリコちゃんが言っていた「伊集さんは特別」ということなのだろう。

 伊集さんが接しておられる幽霊の領域と、マリコちゃんの様な妖怪の領域は違うのだろう。だからきっと、伊集さんには幽霊が見えても妖怪は見えないのだ。

「朔さんと陽さんは、マリコさん以外の妖怪も見えるのですか?」

「いいえ、私たちにはマリコちゃんしか見えません」

 朔が言い、陽が頷いてあとを引き継ぐ。

「マリコちゃんはうちの家にいてくれてるんです。せやから見えると思うんですよ」

「ああ、なるほど。それにしても座敷童子に憑かれるだなんて、おふたりもご両親も、とても徳の高い方なんですね」

「少しでもそうやと嬉しいんですけど」

 朔は微笑を浮かべる。マリコちゃんは両親を気に入ってくれたのである。双子は言うなればおまけだ。両親が産んだ子だからご加護を与えていてくれるに過ぎない。ただそれに大いに助けられているのも事実なのだが。

「なぁ朔、陽」

「ん? なぁに?」

「どうしたん?」

 双子の声に伊集さんは目をぱちくりさせる。マリコちゃんの声が聞こえていないので、双子がいきなり何かしらに返事をした様に聞こえただろう。

「伊集の仕事に興味がある。明日、わしも付いて行きたい」

 マリコちゃんの目は好奇心で輝いている。マリコちゃんも普段は幽霊に関わりが無いはずだ。だから興味があるのだろう。きっと伊集さんのお仕事にも。

 マリコちゃんは伊集さんに好意的である。マリコちゃんは日々真摯にがんばる人の味方だ。だが他の人とは少し違う様な気がする。もしかしたら親近感の様なものを覚えているのだろうか。

 人ならざるものであるマリコちゃんと、人ならざるものが見える伊集さん。妖怪と幽霊という垣根はあるが、近しいものを感じているのかも知れない。

「伊集さん、明日マリコちゃんが伊集さんのお仕事に付いて行きたいと言ってるんですが」

 朔が言うと、伊集さんは「あら」と目を見張った。

「でもそんなおもしろいものでも無いんですよ。退屈させてしまうでしょうし、何より危険ですし」

「危ないですか?」

「そうですね。マリコさんは妖怪なので、害の及ぶ範囲外かも知れませんが、何せ私にも未知なことなので」

 伊集さんが戸惑う様に言うと、マリコちゃんはしょんぼりと肩を落とす。

「やはり、難しいかのう」

 すると少し間を開けて、伊集さんが「……ですが」と言葉を続ける。表情から迷いが消えている。

「今日こちらでお赤飯をいただいたので、マリコちゃんをお護りできると思います。それだけの力はいただきました」

「そうか!」

 マリコちゃんはぱぁっと顔を輝かす。

「なら、わしも行っても良いか?」

「マリコちゃんが行っても大丈夫ですか?」

「ええ」

 するとマリコちゃんは「やったぞ!」と飛び跳ねそうな勢いで身体を上下に揺らした。

「朔、陽、どちらかが付いて来い。お前たちにも良い経験になるはずじゃ」

「それは難しいわ、マリコちゃん。私らここがあるんやから」

 朔が申し訳無さげに言うと、マリコちゃんは「むぅ」と膨れる。

「臨時休業とやらは駄目なのか?」

「難しいかなぁ。今日の明日、やしなぁ」

 陽も難色を示すと、マリコちゃんは「むぅ」と唇を尖らせてしまう。

「わしは五十嵐家に憑いておるのじゃから、五十嵐家の誰かと一緒で無いと動けんのじゃ」

 ああ、そういうことか。それなら。

「伊集さん、明日のお仕事は何時からですか?」

「午前中です。朝の10時に先方のお宅に伺うことになっておりますわ」

 それなら何とかなるかも知れない。

「あの、ちなみに場所は」

庄内しょうないですわ。駅から数分の距離です」

 近い。曽根からだと阪急電車で2駅だ。移動時間も短くて済む。仕込みにあまり穴を開けずに済むかも知れない。

「あの、伊集さん、陽か私もご一緒してええですか?」

 すると伊集さんは少しばかり考え込む。

「……私のお願いを聞いていただけるのであれば」

「私らにできることでしたら」

 朔が言い、陽も「はい」と頷くと、伊集さんはにっこりと微笑まれた。

「ではまだありましたら、お赤飯を1膳分持ち帰りたいのです」

 そのお願いに双子もマリコちゃんも、きょとんとした表情になった。
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